お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】

日下奈緒

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第6章 寵を知ってしまった妃 ④

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「宮殿では、噂が立っている。」

「なんと?」

「大臣が――後宮の妃に溺れていると。」

少しの沈黙の後、王景殿はちらりと寝台の方を見る。

私はまだ寝息を装いながら、内心で身体を強張らせていた。

すると――

「ふははっ。」

低く、含み笑いのような声が響いた。

景文が笑っている。

「……その通りですので、言わせておけばよろしい。」

まるで、誇らしげに。

「陛下が振り向かぬ妃に、俺が心を奪われた。民も朝廷も、好きなように騒げばいい。――俺は、翠蘭を手に入れたのですから。」

息が止まりそうになった。

寝たふりをしているのが、もう限界だった。

でも――その言葉だけは、心の奥深くに焼き付いた。

私は、愛されている。

誰かの代わりではなく。憐れみでも、同情でもない。

ひとりの男の、まっすぐで、誇り高い愛情で。

王景殿は深くため息をついた。

「あなた様は、私が本当は陛下のご落胤だと、その首の刺青が何よりの証拠だと伝えた時――その刺青を、消そうとされた。」

王景殿の声は、穏やかながらも重かった。

えっ……⁉

刺青を、消そうとした……?

私は寝台の中で、目を見開きそうになるのを必死に堪える。

あの刺青は、皇族の血を引く者にだけ刻まれる証。それを――消す?

「それは苦痛を伴うことなのに……」

王景殿は、ふっと遠くを見るように語った。

「私のことを想うが余りでしょう。――この人生を、誰かの子としてではなく、“王景の子”として全うしたいと。」

静寂が流れた。

景文は、何も言わなかった。

だが、その沈黙こそが、答えだった。

「……今回も、同じではありませんか?」

「……」

「翠蘭様を想うあまり、あなた様は深く、深く――溺れていらっしゃる。」

景文の背中が、わずかに揺れた。

それが動揺か、あるいは否定の言葉を飲み込むためなのかは、わからない。

「あなた様は今、文部大臣を務めておられる。実力で登りつめ、陛下からも信任を得て、その手でつかみ取った大事なお役目です。」

王景殿の声には、情愛と同時に、父としての願いが滲んでいた。

「道を誤ってはいけません。」

長い沈黙ののち、景文が、ぽつりと呟いた。

「……分かっております。」

その声には、迷いと、そして覚悟が混ざっていた。

「けれど、父上。俺は……この命を賭けてでも、守りたい人を見つけたのです。」

私は思わず、息を呑んだ。

――命を、賭けてでも。

王景殿はそれ以上、何も言わなかった。

ただ静かに、その場を去っていった。

扉が閉まり、寝台の中に沈黙が戻る。

私は、ゆっくりと目を開ける。

そこには、景文の姿。

優しい瞳が、私を見つめていた。

「……聞いていたか。」

「……ええ。」

私はそっと身を起こし、その胸に顔をうずめた。

「……私も、あなたを守ります。」

景文の腕が、強く私を抱き締めた。

まるで、決して離すまいとするように――。
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