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第7章 罪と罰と抱擁と ①
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ところが――それから数日が経ったある午後のこと。
ふたたび王景殿が景文の屋敷を訪れた。
私は廊下の奥でその気配に気づき、慌てて身支度を整える。
初めて、きちんと顔を合わせる機会だった。
私は一礼し、膝をついて頭を下げた。
「……初めまして。翠蘭と申します。景文殿に多くのご恩をいただいております。」
王景殿は、しばし私を見つめていた。
その眼差しには――驚きと、どこか遠い哀しみのようなものが浮かんでいる。
「これはおやめください。陛下のお妃様が、私のような者に頭など……お下げになるべきではありません。」
その優しい声が、かえって胸に突き刺さった。
私は顔を上げなかった。
「いえ……私は、陛下の妃ではありますが、心は……景文様の妻です。」
王景殿がわずかに目を見張ったのが分かった。
「お父上殿……」
そう呼びかけて、私はさらに深く頭を垂れた。
「どうか私を……景文殿の妻として、お認めください!」
廊下には、しんとした静寂が流れる。
数秒、それとも永遠にすら思えるほどの時間が経ったあと。
「えっ……」
王景殿の声が、低く震えた。
彼は視線を、傍らに控える景文へと向けた。
「……景文殿。これは……そなたの、願いなのだろうか?」
景文は黙ってうなずいた。
「はい、父上。俺は――この方を、人生の伴侶にしたいと思っています。」
静かな決意のこもった声だった。
何の虚飾もない、まっすぐな想い。
王景殿はしばらく二人を交互に見つめていたが、やがて溜め息のような笑みを浮かべた。
「……ああ。景文殿、おなたは変わりましたな。」
「……?」
「昔のあなたなら、己の立場と責任だけを考え、黙って身を引いていたでしょう。」
王景殿は私に向き直り、そっと膝をついた。
「翠蘭様。」
「は……はい……」
「息子を……どうか、頼みます。」
涙が、止められなかった。
景文が、私の手をそっと握ってくれる。
――ようやく得た、家族の承認。
この一瞬が、どれだけ私の心を救ってくれたことか。
廊下に射し込む陽の光が、暖かくふたりを包んでいた。
「そうだとすれば、景文殿――」
静寂を破るように、王景殿の低く響く声が落ちた。
「あなたは、やらねばならぬことがおありだ。」
王景殿は、私の方をまっすぐに見つめた。
年輪を重ねた眼差しは、厳しさの中に、どこか温かさを含んでいた。
「こうなれば、皇帝陛下に妃を下賜いただくしか他あるまい。」
「か、下賜……⁉」
私は思わず息を呑んだ。
下賜――それは皇帝の持ち物や地位ある者を、家臣に“与える”という意味。
すなわち、私は「皇帝の妃」から「景文の妻」へと、公式に渡されるということになる。
ふたたび王景殿が景文の屋敷を訪れた。
私は廊下の奥でその気配に気づき、慌てて身支度を整える。
初めて、きちんと顔を合わせる機会だった。
私は一礼し、膝をついて頭を下げた。
「……初めまして。翠蘭と申します。景文殿に多くのご恩をいただいております。」
王景殿は、しばし私を見つめていた。
その眼差しには――驚きと、どこか遠い哀しみのようなものが浮かんでいる。
「これはおやめください。陛下のお妃様が、私のような者に頭など……お下げになるべきではありません。」
その優しい声が、かえって胸に突き刺さった。
私は顔を上げなかった。
「いえ……私は、陛下の妃ではありますが、心は……景文様の妻です。」
王景殿がわずかに目を見張ったのが分かった。
「お父上殿……」
そう呼びかけて、私はさらに深く頭を垂れた。
「どうか私を……景文殿の妻として、お認めください!」
廊下には、しんとした静寂が流れる。
数秒、それとも永遠にすら思えるほどの時間が経ったあと。
「えっ……」
王景殿の声が、低く震えた。
彼は視線を、傍らに控える景文へと向けた。
「……景文殿。これは……そなたの、願いなのだろうか?」
景文は黙ってうなずいた。
「はい、父上。俺は――この方を、人生の伴侶にしたいと思っています。」
静かな決意のこもった声だった。
何の虚飾もない、まっすぐな想い。
王景殿はしばらく二人を交互に見つめていたが、やがて溜め息のような笑みを浮かべた。
「……ああ。景文殿、おなたは変わりましたな。」
「……?」
「昔のあなたなら、己の立場と責任だけを考え、黙って身を引いていたでしょう。」
王景殿は私に向き直り、そっと膝をついた。
「翠蘭様。」
「は……はい……」
「息子を……どうか、頼みます。」
涙が、止められなかった。
景文が、私の手をそっと握ってくれる。
――ようやく得た、家族の承認。
この一瞬が、どれだけ私の心を救ってくれたことか。
廊下に射し込む陽の光が、暖かくふたりを包んでいた。
「そうだとすれば、景文殿――」
静寂を破るように、王景殿の低く響く声が落ちた。
「あなたは、やらねばならぬことがおありだ。」
王景殿は、私の方をまっすぐに見つめた。
年輪を重ねた眼差しは、厳しさの中に、どこか温かさを含んでいた。
「こうなれば、皇帝陛下に妃を下賜いただくしか他あるまい。」
「か、下賜……⁉」
私は思わず息を呑んだ。
下賜――それは皇帝の持ち物や地位ある者を、家臣に“与える”という意味。
すなわち、私は「皇帝の妃」から「景文の妻」へと、公式に渡されるということになる。
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