お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】

日下奈緒

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第7章 罪と罰と抱擁と ③

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「そんな妃を……おいそれと他の男に下賜すると思うか?」

皇帝の声は冷たく、静かに重かった。

広間の空気が張りつめる中、景文は一歩も退かず、落ち着いた声で応えた。

景文はひれ伏したまま、落ち着いた声で口を開いた。

「それでは、もう一つ……願い出てもよろしいでしょうか。」

皇帝は目を細める。

「……なんだ。」

その問いに、景文は静かに顔を上げ、はっきりと告げた。

「この景文を――皇帝陛下の御子息と、お認め頂けないでしょうか。」

その言葉が玉座の間に響き渡った瞬間、家臣たちの間にどよめきが走った。

「なにっ⁉」

「今さら皇子と……?」

「いや、しかし……」

「確かに、あの首元の刺青は皇族の証だ。言い逃れはできまい……!」

場がざわつく中、景文は毅然として続けた。

「皇帝陛下の寵愛なき妃は、その息子が娶ってもよい――そう、後宮の古き規則に明記されています。」

その言葉に、再び一同が息を呑んだ。

「まさか……!」

「そこまでして、翠蘭妃様を……」

動揺と驚愕が入り混じる中、皇帝はしばらく沈黙していた。

やがて、ふっと小さく息をつき、景文を見下ろした。

皇帝は静かに立ち上がり、玉座の階段を一段だけ下りた。

重く荘厳なその動きに、大臣たちは一斉に頭を垂れる。

「……さすがは、文部大臣にまで昇った男だな。」

鋭い眼差しで景文を見下ろしながら、皇帝はそう言った。

景文は頭を下げ、静かに応えた。

「有難き幸せにございます。」

その声音に、一点の迷いもない。

すると皇帝は、ゆるりと片手を上げ、景文に近寄るよう促した。

「景文。そなたを……我が第四皇子と認める。」

その言葉が放たれた瞬間、玉座の間がざわめきに揺れた。

「だ、第四皇子⁉」

「まさか……本当にご落胤だったとは……!」

「皇帝陛下が、認めた……!」

景文は静かに立ち上がり、皇帝の御前へ進み出た。

そして、その身を深々と膝まづかせる。

「この上なき、光栄にございます。」

そして、皇帝は私を見た。まっすぐに。

「――そして、翠蘭。」

呼ばれた瞬間、私は胸が高鳴るのを感じながら一歩前に進んだ。

「はい。」

視線が合う。あの冷たかった皇帝の眼差しが、今はどこか、温かさを帯びていた。

「そなたを、第四皇子・景文の妃として、下賜する。」

涙が、堪えきれず溢れた。

こみあげる想いを抱えたまま、私は深く頭を垂れる。

「……皇帝陛下。ありがとうございます……。」

涙が床に滴る音が、やけに大きく響いた。

すると、玉座の一角――景文の後ろに控えていた王景殿が、ふいに膝をつき、顔を覆って泣き崩れた。

それは、厳しくも誇り高い父が、初めて見せる無防備な姿だった。

「……王景殿。」

景文が、静かに歩み寄り、その肩にそっと手を置いた。

「今まで育ててくださったご恩……必ず、お返しします。」

その声に、王景殿は嗚咽を噛み殺しながら、震える声で答える。

「……あなた様が、ようやく……日の当たる場所へ……。それだけで、私は……十分でございます。」

その時だった。

玉座から、再び皇帝の威厳ある声が響いた。

「王景。」

王景殿が、顔を上げた。

「そなたには、文部大臣の座を任せる。」

場が再びざわついた。

すると景文が、首を傾げて困ったように微笑んだ。

「……それは、私なのでは?」

皇帝はその言葉に、ふっと表情を和らげた。

「おまえは、第四皇子として――政務全体に携わるのだ。」

重臣たちは驚き、すぐさま頭を垂れた。

「第四皇子殿下……!」

「政務に……皇子が加わられるとは……!」

そして景文は、肩をすくめてから、にこりと笑う。

「……仕方ありませんね。」

その笑顔に、王景殿もまた目を細めた。

どこか、息子を誇らしげに見守る父の顔で。

私も思わず手を口元に当てて、涙をこぼした。

ようやく、すべての場所に――

愛と、名と、誇りが与えられたのだ。
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