お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】

日下奈緒

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第8章 選ばれるのは誰か ①

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そして正式に、景文は「第四皇子・李景文」として、皇帝の李家へと籍を移された。

かつての「周 景文」という名は、今や歴史の片隅にそっと仕舞われる。

「俺としては、周のままの方が気楽でよかったんだけどな……」

肩を竦めながらも、新たに与えられた立派な宮殿の広間を見渡す景文は、どこか落ち着かない様子だった。

煌びやかな調度品、重厚な調香、完璧な礼法を備えた宦官や侍女たち。

「……あーあ、これで俺も本格的に政治介入か。」

新しく与えられた書斎の机に腰を下ろし、手元に置かれた詔書や奏状をめくりながら、景文はため息を漏らした。

私はその様子を少し離れて、微笑んで見ていた。

「殿下。」

そう呼びかけて、そっと景文の背中に手を置くと――

「……止せ。」

彼は振り向かずに、少しだけ声を低くする。

「景文でいい。」

その言葉に、私は小さく笑った。

「ふふふ。なんだか照れてらっしゃるようにも見えますが。」

「照れてなどいない。」

「でも、耳が赤い。」

「……うるさい。」

景文は顔を背けたまま、苦笑して肩を揺らす。

その背に、私は頬を寄せた。

その背に、私は頬を寄せた。

「本当によかったのですか?第四皇子になって。」

静かにそう問いかけると、景文は振り向きもせず、私の手に自分の手を重ねた。

その掌は温かくて、力強い。

「そなたを得るためだ。後悔などしていない。」

ぽつりと、けれど確かな覚悟を込めて、彼は言った。

その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。

――この人は、本当に私のためにすべてを差し出してくれた。

もしかしたら、陛下のご子息であると名乗らずとも、文部大臣として立派に生きていけたかもしれない。

それでも彼は、私のために、自らの出自をさらし、父にひざまずき、皇子としての人生を選んだ。

その優しさと強さが、何より私を守ってくれる。

「時期に、翠蘭には俺の妃になる許可が出る。」

そっと囁かれた言葉に、私は頷いた。

「ええ。」

「そうなったら、そなたはまた王族の妃だ。」

その声には、どこか誇らしげな響きがあった。

だが私は、そっと彼の胸に手を置いて言う。

「でも、今度は違います。」

「ん?」

「今度の私は、愛している人の妃です。」

景文がゆっくりと私を振り返った。

そして、深い瞳で私を見つめる。

「……その言葉だけで、俺は何よりの褒美を得た気分だ。」

ふたりの間に、柔らかな笑みが咲いた。

名も、地位も、肩書も越えて。

ただ、ひとりの男と女として。

私たちは、ようやく本当の夫婦になる。

「ところで、寝所なのだが。」

夕餉の後、少し緊張した面持ちで景文が言った。咳払いまでして、妙に改まっている。

「妃の許可が出るまで、寝所を共にすることができない。」

「えっ⁉」

思わず声を上げてしまった。
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