お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】

日下奈緒

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第8章 選ばれるのは誰か ②

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てっきり、今夜から同じ寝台で眠れるものと思っていたのに。

「私は? どこに寝るの?」

「俺の部屋の隣が空いているから、そこで寝泊まりしろとのことだった。」

「隣の部屋……?」

それって――

景文がふっと唇を引き結び、肩を竦める。

「絶対、忍び込めって言ってるようなものだよな。」

「え……!」

吹き出しそうになるのをこらえているのか、景文はクククッと喉を鳴らして笑った。

「俺が手を出さないようにって配慮のつもりだろうが、隣にお前がいるってだけで十分に拷問なんだが。」

「……そんなこと言われたら、ますます気まずいじゃないですか。」

「ふふ。でもな。」

不意に真面目な眼差しに変わって、彼は私の髪をそっと撫でた。

景文は私の髪をそっと撫でながら、優しく言った。

「そなたを一日も手放す気はない。だから待ってろ。俺が――忍び込むのを。」

その声はどこまでも甘く、けれど冗談めかしていて、思わず私は吹き出してしまった。

「うふふ……そんな風に言われたら、待ち遠しくなっちゃう。」

「そりゃ困るな。俺の理性がもたない。」

そう言って、景文は頬にキスを落とす。

その温もりに心が満たされていく。

そして私は机に向かい、弟たちへの手紙を書いた。

《金子の用立ての都合ができました。あなた達も勉学に励むように。》

筆を置いたとき、自然と笑みがこぼれていた。

「弟達もきっと喜ぶわ。」

景文がその様子を見て、私の隣に座った。

「よかったな。これで王都に来た理由も達成だ。」

「うん。」

思えば、すべては弟たちを救うために後宮入りを決めた。けれど、今は――

「それに加えて、大事な人までできた。」

そう言った私に、景文は驚いたように目を見開いたあと、少し照れたように微笑んだ。

「そなたは……俺の光だな。」

「ふふ、それはこっちの言葉です。」

静かで、穏やかで、満ち足りた夜だった。

そして正式に、皇帝陛下よりお言葉が下された。

「沈翠蘭。第四皇子、李景文の妃になることを、朕は許す。」

その声に、私は胸の奥が熱くなった。

「はい……ありがとうございます。」

深々と頭を下げると、皇帝陛下から調度品や衣装、金子までもが贈られた。

「こんなに……⁉」

きらびやかな婚礼の衣、金糸で縫われた掛け布、象牙の櫛に玉の髪飾り。煌びやかな贈り物が並べられていく。

「ははは、一応“下賜”っていう名目だからな。」

景文が肩をすくめて笑う。けれど、その目にはしっかりと安堵の光が浮かんでいた。

「いやあ……本当に、あのとき下賜を断られた時は焦ったぞ。」

「でも……」

私は、そっと彼の手を握る。

「こうして許してもらえた。陛下も、本当はあなたを――息子として認めてくれていたのね。」

「ああ。時間はかかったけれど……今、やっと、すべての場所に戻れた気がする。」

景文は私の手を強く握り返した。
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