お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】

日下奈緒

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第9章 初めての春 ④

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「……私の、子供……」

小さな手、小さな足。だが、その存在のなんと大きいことか。涙が頬を伝って止まらなかった。

「翠蘭……よく頑張ったな。」

景文の声が震えていた。彼の目にも、確かに涙の光が宿っている。

赤子はしきりに泣き、時折、私の指をぎゅっと握る。

生まれたばかりの命を世話するのは本当に大変だ。

それでも、すべてが愛おしい。

しばらくして、景文が一枚の紙を手にやってきた。

「そうだ。翠蘭、名前をつけたぞ。」

差し出されたその紙には、筆でしっかりと書かれていた――

《文翔》

「ぶんしょう……」

「うむ。文をもって世界に翔ける者となれ、という願いを込めた。」

「……ああ、いい名前ね。」

私は赤子の小さな頬に指を滑らせながら、そっと微笑んだ。

その紙を王景殿にも見せると、彼はじっと文字を見つめ、ゆっくりと頷いた。

「うんうん……実に良い名だ。賢さと志、そして高みへの願いがこもっている。」

景文は誇らしげに微笑み、王景殿も目を細める。

「これから、文翔殿下とお呼びする日が来るのだな。」

そう言って、王景殿は赤子の額をそっと撫でた。

「……どうか、幸せな人生を。」

私たちの新たな家族が、こうして始まった。

産後の落ち着きを見せたある日の午後、私たちは王景殿を奥の客間に迎えた。

景文は、赤子――文翔の揺り籠をそっと覗き込んだあと、真剣な面持ちで王景殿の前に座った。

「ところで、王景殿にお越しいただいたのには、理由がございます。」

その口調に、場の空気が引き締まる。

王景殿もすぐに気づいたのだろう。微笑を引っ込めて、姿勢を正す。

「はい。何でございましょうか。」

景文は一呼吸置いた後、まっすぐに王景殿を見つめた。

「文翔は、一応、第四皇子である私の子であり、皇帝の血を引く者として、皇子の身分を与えられます。」

私は隣でそっと頷いた。

生まれたばかりのこの子は、すでに宿命を背負う立場にあるのだ。

「だが――」景文は続けた。

「皇子として育てるには、“養父”の存在が不可欠です。つまり、私に代わって日々の育成や儀式、初学の導きにあたる方を立てねばなりません。」

「……なるほど。」

王景殿は静かに頷き、視線を文翔に向けた。

「それほどの身分を持ちながら、乳母や女官任せにするわけにはいきません。文翔が皇子として立つには、血以上に“正しき導き”が必要です。」

景文の声は柔らかいが、どこかで震えているようにも思えた。

「その役目を、王景殿――あなたにお願いしたいのです。」

王景殿の目が、見開かれた。

「……わたくしが、殿下の養父に?」

「はい。あなた以上に、信頼できる人物はいない。あなたの教養、誠実さ、そして私にとっての“父”であったその背を、文翔にも見せてやってほしいのです。」
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