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第3部 戸惑いと、意識の始まり
⑧
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「私、あなたみたいな人が嫌いです。」
私は桐生部長の腕を振りほどいた。
でもその手のぬくもりが、まだ腕に残っている。
「でも……」
声が震える。
「自分でも分からないくらいに、あなたに惹かれています。」
それは事実だった。嫌いなはずなのに、目で追ってしまう。声を聞くだけで胸が熱くなる。触れられると、もうダメだった。
「だったら、俺に本気になってくれ。」
部長は一歩、私に近づいた。
「遊びなんかじゃない。本気だって、ずっと言ってるだろ?」
その目が真剣だった。ふざけた雰囲気も、いつもの軽口もない。ただ、私だけを見つめていた。
「他の誰にも見せない顔を、君にだけ見せたい。……俺を、選んでくれないか。」
私は目を伏せたまま、首を横に振った。
「分かりません……部長が私をどこまで本気で想ってるのか……怖いんです。」
すると部長が、私の手をそっと握った。
「じゃあ証明する。君が納得するまで、何度でも言うよ。何度でも、抱きしめる。」
「……っ……」
「君のことを、本気で愛してる。」
私の中の何かが崩れた。
苦しいのに、嬉しかった。
そして、私は――。
桐生部長の言葉が、胸にしみ込んでくる。
なのに。
「……それでも、今は信じきれないんです。」
私はそっと手を引いた。
「信じたい気持ちはあります。でも、今はまだ……あなたを見てると、不安になる。」
「紗英……」
「私、ただの一人になりたくないんです。他の誰かと比べられるのも、思い出されるのも、もう耐えられない。」
言ってしまった。ずっと胸の奥でうずいていた気持ち。
部長は何も言わずに、ただ静かに私を見つめていた。
「だから、部長から、離れます。」
「……そうか。」
それだけだった。いつものように追いかけてくれると思っていた。けれど、桐生部長は黙っていた。
「自分の気持ちに嘘をつきたくないから。いつか……私があなたを本当に信じられる日が来たら、その時は――」
言葉の続きを飲み込み、私はゆっくりと背を向けた。
背中に感じたのは、部長の沈黙と、手放す痛み。
一歩、また一歩と、距離が遠ざかっていく。
でも、涙があふれるのを止めることはできなかった。
家の天井を見つめながら、私はそっと涙をこぼした。
胸の奥が、じわじわと痛む。
「どうして……こんなに好きになっちゃったんだろう。」
私は桐生部長の腕を振りほどいた。
でもその手のぬくもりが、まだ腕に残っている。
「でも……」
声が震える。
「自分でも分からないくらいに、あなたに惹かれています。」
それは事実だった。嫌いなはずなのに、目で追ってしまう。声を聞くだけで胸が熱くなる。触れられると、もうダメだった。
「だったら、俺に本気になってくれ。」
部長は一歩、私に近づいた。
「遊びなんかじゃない。本気だって、ずっと言ってるだろ?」
その目が真剣だった。ふざけた雰囲気も、いつもの軽口もない。ただ、私だけを見つめていた。
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私は目を伏せたまま、首を横に振った。
「分かりません……部長が私をどこまで本気で想ってるのか……怖いんです。」
すると部長が、私の手をそっと握った。
「じゃあ証明する。君が納得するまで、何度でも言うよ。何度でも、抱きしめる。」
「……っ……」
「君のことを、本気で愛してる。」
私の中の何かが崩れた。
苦しいのに、嬉しかった。
そして、私は――。
桐生部長の言葉が、胸にしみ込んでくる。
なのに。
「……それでも、今は信じきれないんです。」
私はそっと手を引いた。
「信じたい気持ちはあります。でも、今はまだ……あなたを見てると、不安になる。」
「紗英……」
「私、ただの一人になりたくないんです。他の誰かと比べられるのも、思い出されるのも、もう耐えられない。」
言ってしまった。ずっと胸の奥でうずいていた気持ち。
部長は何も言わずに、ただ静かに私を見つめていた。
「だから、部長から、離れます。」
「……そうか。」
それだけだった。いつものように追いかけてくれると思っていた。けれど、桐生部長は黙っていた。
「自分の気持ちに嘘をつきたくないから。いつか……私があなたを本当に信じられる日が来たら、その時は――」
言葉の続きを飲み込み、私はゆっくりと背を向けた。
背中に感じたのは、部長の沈黙と、手放す痛み。
一歩、また一歩と、距離が遠ざかっていく。
でも、涙があふれるのを止めることはできなかった。
家の天井を見つめながら、私はそっと涙をこぼした。
胸の奥が、じわじわと痛む。
「どうして……こんなに好きになっちゃったんだろう。」
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