月夜の砂漠に一つ星煌めく

日下奈緒

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「じゃあ、ネシャが意地悪したら、おにいは泣かなくて済むの?」

その質問に、俺は思いっきり笑ってしまった。

「何で?何で意地悪してないのに、おにいは笑うの?」

笑いを堪えてネシャートを見ると、ぷうっと顔を膨らませていた。

それを見て、また大笑いの俺に、今度はネシャートが怒ってしまった。

「もう!」

「悪かった!悪かった、ネシャ。」

お互いを顔を合わせて、一緒に笑い合った。


そのまま、ずっとネシャートと一緒に、遊べるものだと、俺は信じていた。

それが覆ったのは、俺が9歳の時だった。


女中の一人が、俺に衝撃の一言を告げた。

「ジャラール王子。これよりは、ネシャート王女とお遊びになる事は、叶いません。」

「えっ?」

口を開けて、言われた事を理解するのに、どれ程かかったか。

「本来であれば、ジャラール王子が7歳の時に、ネシャート王女とは、引き離されるしきたりでございました。」

「しきたり?」

そんなしきたりなんか、聞いた事がない。

「ただ……ジャラール王子とネシャート王女は、とりわけ中のおよろしいものですから……王様とお妃様が、もう少しだけ、引き離すのは先延ばしにしようと、仰せられて。」

女中の話を聞くと、ネシャートと一緒にいる事は、もう叶わないらしい。

「……もう少しだけ、と言うのは、無理なのか。」

「ネシャート王女はもう既に、7歳でございます。ジャラール王子も、もうお付きになる侍従を、お選びにならなければ、なりません。」

少しだけ、分別のある年に成長すると言うのは、子供だった、楽しい時間との別れも、同時に意味していた。

「分かった。」

「ご理解頂き、恐れ入ります。」


俺はその後、しばらく座ったまま、ネシャートと過ごした子供時代を、思い出していた。

車輪を押して走る俺を、よく後ろから付いて来ていたっけ。

ああ、そうだ。

水遊びの途中で、二人で転んで、母上に怒られたものだ。

楽しかった思い出だけが、次から次へと思い出され、俺は一人で、悲しく微笑んでた。

あの時間はもう二度と、戻っては来ないんだ。


その時だった。

入り口の影に、人の気配を感じた。

誰だ?

侵入者か?

俺は、近くにある刀を持つと、足音を消し入り口に、近づいた。

ちらちらと、中を見ている。

忍び込む好機を、狙っているのか。

俺は、刀に手をかけた。


「動くな。」

あれだけソワソワしていた体が、ピクリとも動かなくなる。

スーっと刀を抜き、入り口の外を覗いた。

「おにい。」

「ネシャート……」

なぜこんな場所へ?

半信半疑になりながら、抜いた刀を収めた。

「さあ、こちらへ。」

ネシャートの腕を引き、部屋の中へ引き寄せた。

「どうした?あんなコソコソしていなくても、堂々と入ってくればいいだろう。」

するとネシャートは、悲しそうに俯いた。
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