白いカーネーション

日下奈緒

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第2章 子供の頃

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両親に捨てられた私は、自動的に祖母の家に預けられた。

「芽実。これからは、自分の事は自分でやらなければいけないんだからな。」

「うん。」

自分の事は自分でやる。

小学生の私には、自分の身の回りの事は、自分でやらなければならない。

それは理解していた。

朝起きるのも、自分で。

学校に行く支度も自分で。

髪を梳かすのも自分で。

おやつも自分で探し、勉強も自分で。

お風呂も自分一人で入るし、布団に入るのも自分一人で。


母親と一緒に暮らしていた時は、なんでも母親と一緒だった。

特にお風呂も、母親と一緒だったし。

布団に入るのも、寝るのも一緒だった。


母親と別れて一番寂しかったのは、お風呂に一人で入る事と、布団に一人で寝る事だった。

特に祖母の家は昔の家だったから、広い部屋で一人で寝るのは、小学生の私にとって寂しさや恐怖を覚えた。

それを毎晩を繰り返し、自分は強い人間になっていっているのだと思いこんでいた。


だが、祖母が考える自分で自分の事をやるという意味は、もっと幅広くて、深いものだった。

「芽実。これはあんたの洗濯物だ。ばあちゃんが洗濯して干しておいたから、あとはあんたが畳みなさい。」

他の家では、お母さんが洗濯して畳んでくれる洋服。

だがここでは本当は自分で洗濯しなければイケないモノを、祖母が代わりに洗ってあげた。

だから後は自分で畳んで、箪笥に片づけなければいけない。


衝撃的だった。

胸が痛んだ。

人生、10年も生きていないと言うのに、洗濯物は自分でしなければいけない物に切り替わっていたのだ。

だれも自分の面倒を見てくれない。

仕方なく洗濯物を畳む。

「下手くそだね。もう一度やり直し。」

祖母は目の前で畳んだ洗濯物を、また広げ直した。

畳んだ洗濯物を広げられないように、時間をかけて丁寧に畳んだ。

「仕事が遅いね。日が暮れるよ。」

それも、祖母には受け入れられなかった。


学校から帰ってくると、友達はみんな遊びに出かけた。

一方の私は、家に帰れば、祖母から掃除をするように言われていた。

玄関・廊下・階段。

お風呂掃除も頼まれた。


「芽実ちゃんは、学校が終わると何をしているの?」

クラスの友達が尋ねてきた。

「掃除してるよ。」

「なんで?お母さんがしてくれないの?」

私は、その答えにいつも困っていた。

「うん。」

友達には曖昧に答えて、私はいつも自分の身の回りの事は自分でしていた。

ジャージを学校から持ってきたのであれば、自分で洗濯するし。

給食着も、自分で洗った。

いつしか洗濯は、祖母に教えてを乞わなくても、自分の判断できるものになっていった。


友達と遊んでいても、雨が降ると洗濯物が気になって、一人雨降る中、家に帰ってしまうのが日課だった。

小学生のくせに雨が降ると、

「大変。洗濯物とりこまなきゃ。」

と、少々おばさんくさい女の子になっていた。


料理もそうだった。

「おまえが料理を作ってみなさい。」

フライパン片手に作ってはみても、最初から作れるはずはなかった。

「不味いな。芽実の作る料理は。」

一緒に暮らしていたじいさんにそう言われて、自分には料理の才能はないのだと悟った。

無理もなかった。

ばあさんは、自分が作るところをよく見てなさい。と言うだけで、表だって教えないタイプ。

当然1度や2度見ただけで、その料理を作れる事もなく、“不味い、不味い”と言われる事にも慣れた。

ただ自分だけは、自分好みの味付けにしているせいかはたまた、時間をかけて手作りしているせいか、自分が作った料理は美味しくて仕方がなかった。

いつしか他の人が料理を残しても、自分が美味しく食べれれば、それで満足だと思えるようになった。


お弁当もそうだった。

一度も祖母にお弁当を作ってもらった事がなかった。

所謂、蓋を開けてみて「うわぁ~」という感覚が、私にはわからなかった。

お弁当はいつも、自分で作っていた。


そんな私には、大輔という幼馴染みがいた。

大輔は隣の家の子供で、よく私の家に、回覧板を持ってきてくれた。

「またおまえ、洗濯物畳んでいるのか。」

自分と同い年の女の子が、家の事をしているのが、不思議だったらしい。

終いには、私の事を「母ちゃんみたい。」と言いだした。


お弁当持参の時も、私は自分で作ったお弁当をみんなに見せたくなかった。

みんながお母さんに作って貰える、色取り取りのカラフルなお弁当と比べて、私はご飯を詰めた後、夕食の残りを入れてくるのが定番だった。

当然祖母が作る夕食だから、煮物や葉物、炒め物や揚げ物が主流だった。

全体的に茶色いお弁当だった。


蓋を半分しか開けなくて、少しずつ食べていた私に、大輔はわざと蓋を全部開けて、

「地味な弁当。」

と、言っては私の作った物を笑っていた。


恥ずかしくはあったけれど、悲しくもなかった。

周りのみんなが持ってくるような、カラフルなお弁当は、自分は一生持てないだろうと思っていたからだ。


ある日、私は友達と一緒に遊ぶ約束をした。

当然ランドセルを置いて、すぐ外に飛び出した。

「芽実。掃除は終わったか?」

祖母の一言が、私を引き留める。

「帰ってきてからやる。」

「帰ってきたら、夕食の支度しなきゃなんねべ。今のうちにしちまえ。」


その時はまだ、祖母の言いつけを守っていたから、不機嫌な顔をしながらでも、掃除に取りかかった。

終わったのは30分後くらいだったと思う。

急いでみんなの場所に向かった。


「遅いよ、芽実ちゃん。何をしてたの?」

「ごめん、家の掃除していて。」

「なんで掃除なんかしてんの?親はやってくれないの?」


この頃はまだ、私が両親のいない孤児だとみんな知らなかった。

だから掃除をする私を、みんなは理解できなかった。

そんな事はどうでもよかった。

何よりも悲しかったのは、みんなが遊びに誘ってくれなくなったことだ。

「掃除をしなきゃいけないんでしょ?遊んでる暇ないじゃん。」

それがみんなの誘わなくなった理由らしい。

中学生になると、家の仕事はエスカレートした。

祖母はメインで家事をするよりも、私のサポートに回りたかったらしい。

だが一方で私は、部活に夢中だった。

部活はバスケ部に所属して、月曜から金曜まで私は、バスケに打ち込んだ。

本当は土曜日も、練習があった。

普段できないような、試合形式の練習をするらしく、みんな本番さながらの練習に、力を入れていた。


しかし私は土曜日は、家の仕事をしていた。

普段洗えない物や、布団干し。

近くのスーパーへの買い物に、時間を費やした。


その歪みは、2年生になってから出てきた。

「ねえ、芽実。土曜日も練習に出れない?」

同じクラスのバスケ部の子が、言ってきた。

「後輩も入ったし、土曜日休んでいる先輩がいると、示しがつかないのよ。」

そう言われて、試しに土曜日。

部活に参加してみた。

その反動は、すぐに現れた。

「芽実。どこに行ってた?」

「どこって部活。」

「ほうか。部活もいいけれど、家の事もちゃんとしろ。」

言われるがままの私も、いけなかったのかもしれないが、部活から帰った体で、掃除、買い物、夕食の準備、洗濯物の片付けを中学生がやるのは、オーバーワークだった。

ただの1か月で、体にガタが来てしまい、買い物に行く途中に倒れてしまった。

当時、近所では大変な騒ぎになって、買い物に行っただけで倒れるなんて、体が弱い、もっと体を鍛えろという話になった。

その話を聞いて、私の中で何かが壊れた。


頑張っても頑張っても、誰も評価してくれない。

自分の考えている自分と、世間の評価はあまりにも違い過ぎる事に気づいた。


一方、バスケは2年の秋に、レギュラーに選ばれなかったことが引き金になって、結局辞めてしまった。

「どうして辞めたんだよ。」

洗濯物を取り込んでいる時に、大輔が尋ねてきた。

「もったいねえよ。レギュラーに選ばれなかったのがなんだって言うんだよ。たまたまじゃねえか。」

その時の大輔の言いたいことは、なんとなくわかっていた。

私は倒れた事をきっかけに、土曜日部活に参加する事を控えていたが、その分。

平日の練習を誰よりも頑張っていた。

先生もそれを知っていて、後輩の特訓を担当させたり、たまに平日に行う練習試合でも、必ずいいポジションに選んでくれた。

最初は文句を言うメンバーもいたけれど、実力があるから仕方がないと言わせるくらいに、私は自分を追い込んでいた。

それを同じバスケ部に所属する大輔は、間近で見ていたのだ。

「次はきっとおまえ、スターだよ。辞めるなって。周りがなんか言ってきたら、俺がかばってやるからさ!なっ!!」

「無理だよ。」

「えっ?」

どんなに努力しても、報われない事を、私はわずか14歳で知った。

「人には人それぞれ、生きる道があるんだよ。私はバスケにのめり込む人生じゃなかっただけ。」

「なんだよ、それ。言い訳かよ。」

「言い訳じゃない。そうわかっただけ。」

悟った風な私に、大輔は無言で、庭から去って行った。


それが大輔との、最後の思い出になった。

私は人知れず、勉強を頑張るようになった。

大学に行きたかった。

大学に行って、いい会社に就職して、一人で生きていけるだけの給料を貰いたかった。

もちろん、勉強は夕食の片づけや、明日の朝食準備をしてからしていた。


「最近、電気代がかさむな。芽実、夜更かしはほどほどにしろ。」

勉強しているのに、夜更かししていると言われ、悲しかった。

それでも放課後少しだけ、図書室を借りて勉強する事ができた。

それでも足りない時には、自分で懐中電灯を買ってきて、自分の机を照らして勉強した。

今思うと、その時が一番自分らしかったかもしれない。

理不尽な人生の中で、自分の思い通りにできる事。

私は、もっともっと勉強にのめり込んだ。

他の事では報われなかったが、勉強は私に結果を見せてくれた。

私はいつの間にか学年で、トップ10に入る成績を残すことができたのだ。


その甲斐あって、高校は地元の進学校に通う事ができた。

毎度のように勉強はハードだが、放課後を使ってでも、大学進学の為の勉強をさせてくれるのが、気に入っていた。

そして家に帰れば、また夕食の準備、洗濯物の片付け、朝起きれば朝食の準備、家の掃除。

高校生になった私は、勉強と家事の両立ができるすごい学生になっていた。


一方大輔とは、中2の秋にバスケ部を辞めて以来、口を利いていない。

ちらっと見かけた時には、同じ高校の制服を着た女の子と、家の中に入って行った。


ああ、そうか。

高校生にもなると、恋愛とかするようになるのか。

そんな大輔を、私は羨ましくもあった。

実は同じ高校で、好きな人がいたのだけれど、好きだとアピールする事もできずに、ただただ勉強漬の毎日が過ぎて行くだけだったからだ。

恋愛よりも今は大学受験。

そんな雰囲気もあったけれど、私の友達なんかは隠れて彼氏がいたらしい。

私はなんとも恋愛に不器用な、高校生活を送ってしまった。
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