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【3】ホテルのエレベーターで
①
その日は出版の打ち合わせで、ホテルのロビーに来ていた。
「では、来月から執筆を開始していただけるということで、よろしいですね?」
「はい。」
目の前に座る奥田先生は、人気作家だ。
何度もお願いを重ね、ようやく新連載の承諾を得た。
今日はその初打ち合わせ。
緊張しながらも、ようやくここまで辿り着いた達成感が胸を満たしていた。
「いやあ、奥田先生に連載していただけるなんて、うちの編集部も本当に光栄です。」
そう口にすると、先生は少し笑い、目の前のカップに手を伸ばす。
「そんなふうに言ってもらえるのは、ありがたいですね。」
コーヒーを一口すすり、ふっと息を吐いたその仕草に、私は密かに肩の力を抜いた。
打ち合わせは順調に進んでいた。
「では、書き出しが決まったら教えてください。」
「分かりました。ご連絡は、早瀬さん宛てでよろしいですか?」
「はい。」
「先生、俺のこと、覚えていますか?」
突然声をかけられ、振り向いた瞬間、息が止まった。
スーツ姿の青年がそこに立っていた。
きれいに整えられた黒髪、大人びた目元――でもその声は、忘れもしない。
「……覚えているわよ。成瀬陽翔君、でしょ?」
そう。私がかつて塾講師をしていた頃の教え子。
いつも真っ直ぐに私を見つめていた、あの少年が――今、目の前に大人になって立っているなんて。
「大人になったわね。」
そう声をかけると、陽翔君はにっこり笑った。
あの頃と同じ、少し照れたような笑顔。
胸が少しだけ、くすぐったくなる。
「先生、お昼、食べました?」
「まだよ。」
「この上にレストランあるんで、食べに行きませんか?」
自然な流れだった。
昔の教え子と偶然会って、軽く食事くらい――そう思ったのに、どうしてだろう。胸がこんなに高鳴っている。
「いいわね。」
私は頷いて、彼の横に並んで歩き出した。
エレベーターの前で、彼がそっと扉を押さえてくれる。
何気ないその仕草にも、大人になった時間を感じる。
そして、エレベーターが静かに動き出し、数階を過ぎたあたりで突然止まった。
「え……?」
私たちは顔を見合わせ、モニターを見ると「停止中」の文字が灯っている。
「直ぐ動きますよ。」
陽翔君が笑って言う。
「そうよね……」
でも、密室の静寂が不安を煽る。少し汗ばんだ手を握りしめた、その時だった。
「大丈夫です。俺がいますから。」
陽翔君が私をそっと抱きしめた。胸元に顔を寄せられ、ドクンと心臓が跳ねた。
「……ありがとう。」
腕の中の陽翔君は、もう昔の少年じゃない。
背も高く、体温も声も――全部が“大人の男”になっていた。
見上げると、真っすぐな目が私を見つめている。
「こんな偶然……あっていいのかな。」
ぽつりと呟くと、彼の目が静かに揺れた。
「陽翔君……」
私がそう呟くと、彼は静かに言った。
「今は、二人きりだよ。」
抱きしめた腕が少し緩んで、視線が近づく。
陽翔君の顔が、目の前にある。
そのまま――キスされた。優しく、でも迷いのない口づけ。
「……拒まないの?」
私がそっと肩に顔を埋めると、彼は静かに答えた。
「だって、陽翔君が……男の顔をするから。」
その言葉に、陽翔君の目が細められる。
「先生も、女の顔をしてますよ。」
そう言って、再び唇が重なった。
今度は少しだけ深く、甘く。
彼の吐息が耳元にかかるたびに、胸が高鳴った。
ああ、何もかもが変わったのだ。
小さな少年だった彼が、今は私を見つめる男になっている。
戸惑いと、熱が、私の体を包み込んでいた。
「もう、我慢できない。ここで舐めてもいい?」
その瞬間、彼の目が変わった。男の、それも“獣”の目だった。
私は言葉を失い、ただ背中をエレベーターの壁に押しつけられる。
熱いキス。舌が絡まり、呼吸が奪われる。
服の隙間から伸びた指先が、私の胸元をなぞった。
「あ……」
抗えない。彼の指先に、体が敏感に反応する。
首筋に舌が這う。
「甘い……」
耳元でささやく声に、体の奥が震えた。
もう、誰も止められない。
このまま堕ちてしまっても構わない――そう思った時、
「……動いた?」
エレベーターが再び上昇を始める。
「Stopか。」
陽翔君が小さく舌打ちをして、私を抱きしめた。
「もう少し、欲しかったのに……」
私は彼の胸に顔を埋めた。
逃げたいのに、もう戻れない。心も体も、彼に奪われ始めていた。
「……お願い。私を奪って。」
震える声でそう告げると、陽翔の動きが止まった。
「そんなこと言われたら……」
戸惑いの中に、確かな情熱が宿る瞳。
私はもう迷えなかった。彼の胸に飛び込む。
「先生……」
陽翔はそっと私の背を抱きしめ、ポケットからカードキーを取り出した。
「逃げるなら今だよ。」
低く、優しい声。けれどその言葉に、私の心が強く揺れた。
逃げる?
――このまま本気の恋も知らずに終わってしまっていいの?
一歩だけ後ろに引いた足は、再び彼の方へと戻った。
「……私、知らなかったの。好きって、こんなに苦しくて、嬉しいものなんだって。」
私は涙を浮かべながら首を横に振った。
「逃げない。だって……私、陽翔君が好き。」
彼の目が見開かれた。
「……ありがとう。」
静かに、けれど熱を孕んで見つめ合うふたり。
運命の扉は、今、ゆっくりと開かれていく。
部屋に入ると、私はシャワーを浴びた。
熱い湯に打たれながら、これから起こることを想像して心がざわつく。
――本当に、このまま陽翔に抱かれるの?
けれど、不思議と怖くはなかった。
バスローブを羽織ってベッドに戻ると、そこには上半身裸の陽翔がいた。
鍛えられた胸板。真剣な眼差し。
その目に映るのは、私だけだった。
「では、来月から執筆を開始していただけるということで、よろしいですね?」
「はい。」
目の前に座る奥田先生は、人気作家だ。
何度もお願いを重ね、ようやく新連載の承諾を得た。
今日はその初打ち合わせ。
緊張しながらも、ようやくここまで辿り着いた達成感が胸を満たしていた。
「いやあ、奥田先生に連載していただけるなんて、うちの編集部も本当に光栄です。」
そう口にすると、先生は少し笑い、目の前のカップに手を伸ばす。
「そんなふうに言ってもらえるのは、ありがたいですね。」
コーヒーを一口すすり、ふっと息を吐いたその仕草に、私は密かに肩の力を抜いた。
打ち合わせは順調に進んでいた。
「では、書き出しが決まったら教えてください。」
「分かりました。ご連絡は、早瀬さん宛てでよろしいですか?」
「はい。」
「先生、俺のこと、覚えていますか?」
突然声をかけられ、振り向いた瞬間、息が止まった。
スーツ姿の青年がそこに立っていた。
きれいに整えられた黒髪、大人びた目元――でもその声は、忘れもしない。
「……覚えているわよ。成瀬陽翔君、でしょ?」
そう。私がかつて塾講師をしていた頃の教え子。
いつも真っ直ぐに私を見つめていた、あの少年が――今、目の前に大人になって立っているなんて。
「大人になったわね。」
そう声をかけると、陽翔君はにっこり笑った。
あの頃と同じ、少し照れたような笑顔。
胸が少しだけ、くすぐったくなる。
「先生、お昼、食べました?」
「まだよ。」
「この上にレストランあるんで、食べに行きませんか?」
自然な流れだった。
昔の教え子と偶然会って、軽く食事くらい――そう思ったのに、どうしてだろう。胸がこんなに高鳴っている。
「いいわね。」
私は頷いて、彼の横に並んで歩き出した。
エレベーターの前で、彼がそっと扉を押さえてくれる。
何気ないその仕草にも、大人になった時間を感じる。
そして、エレベーターが静かに動き出し、数階を過ぎたあたりで突然止まった。
「え……?」
私たちは顔を見合わせ、モニターを見ると「停止中」の文字が灯っている。
「直ぐ動きますよ。」
陽翔君が笑って言う。
「そうよね……」
でも、密室の静寂が不安を煽る。少し汗ばんだ手を握りしめた、その時だった。
「大丈夫です。俺がいますから。」
陽翔君が私をそっと抱きしめた。胸元に顔を寄せられ、ドクンと心臓が跳ねた。
「……ありがとう。」
腕の中の陽翔君は、もう昔の少年じゃない。
背も高く、体温も声も――全部が“大人の男”になっていた。
見上げると、真っすぐな目が私を見つめている。
「こんな偶然……あっていいのかな。」
ぽつりと呟くと、彼の目が静かに揺れた。
「陽翔君……」
私がそう呟くと、彼は静かに言った。
「今は、二人きりだよ。」
抱きしめた腕が少し緩んで、視線が近づく。
陽翔君の顔が、目の前にある。
そのまま――キスされた。優しく、でも迷いのない口づけ。
「……拒まないの?」
私がそっと肩に顔を埋めると、彼は静かに答えた。
「だって、陽翔君が……男の顔をするから。」
その言葉に、陽翔君の目が細められる。
「先生も、女の顔をしてますよ。」
そう言って、再び唇が重なった。
今度は少しだけ深く、甘く。
彼の吐息が耳元にかかるたびに、胸が高鳴った。
ああ、何もかもが変わったのだ。
小さな少年だった彼が、今は私を見つめる男になっている。
戸惑いと、熱が、私の体を包み込んでいた。
「もう、我慢できない。ここで舐めてもいい?」
その瞬間、彼の目が変わった。男の、それも“獣”の目だった。
私は言葉を失い、ただ背中をエレベーターの壁に押しつけられる。
熱いキス。舌が絡まり、呼吸が奪われる。
服の隙間から伸びた指先が、私の胸元をなぞった。
「あ……」
抗えない。彼の指先に、体が敏感に反応する。
首筋に舌が這う。
「甘い……」
耳元でささやく声に、体の奥が震えた。
もう、誰も止められない。
このまま堕ちてしまっても構わない――そう思った時、
「……動いた?」
エレベーターが再び上昇を始める。
「Stopか。」
陽翔君が小さく舌打ちをして、私を抱きしめた。
「もう少し、欲しかったのに……」
私は彼の胸に顔を埋めた。
逃げたいのに、もう戻れない。心も体も、彼に奪われ始めていた。
「……お願い。私を奪って。」
震える声でそう告げると、陽翔の動きが止まった。
「そんなこと言われたら……」
戸惑いの中に、確かな情熱が宿る瞳。
私はもう迷えなかった。彼の胸に飛び込む。
「先生……」
陽翔はそっと私の背を抱きしめ、ポケットからカードキーを取り出した。
「逃げるなら今だよ。」
低く、優しい声。けれどその言葉に、私の心が強く揺れた。
逃げる?
――このまま本気の恋も知らずに終わってしまっていいの?
一歩だけ後ろに引いた足は、再び彼の方へと戻った。
「……私、知らなかったの。好きって、こんなに苦しくて、嬉しいものなんだって。」
私は涙を浮かべながら首を横に振った。
「逃げない。だって……私、陽翔君が好き。」
彼の目が見開かれた。
「……ありがとう。」
静かに、けれど熱を孕んで見つめ合うふたり。
運命の扉は、今、ゆっくりと開かれていく。
部屋に入ると、私はシャワーを浴びた。
熱い湯に打たれながら、これから起こることを想像して心がざわつく。
――本当に、このまま陽翔に抱かれるの?
けれど、不思議と怖くはなかった。
バスローブを羽織ってベッドに戻ると、そこには上半身裸の陽翔がいた。
鍛えられた胸板。真剣な眼差し。
その目に映るのは、私だけだった。
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