全部、俺のものになるまで 【R18】【完結】

日下奈緒

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【3】ホテルのエレベーターで

その日は出版の打ち合わせで、ホテルのロビーに来ていた。

「では、来月から執筆を開始していただけるということで、よろしいですね?」

「はい。」

目の前に座る奥田先生は、人気作家だ。

何度もお願いを重ね、ようやく新連載の承諾を得た。

今日はその初打ち合わせ。

緊張しながらも、ようやくここまで辿り着いた達成感が胸を満たしていた。

「いやあ、奥田先生に連載していただけるなんて、うちの編集部も本当に光栄です。」

そう口にすると、先生は少し笑い、目の前のカップに手を伸ばす。

「そんなふうに言ってもらえるのは、ありがたいですね。」

コーヒーを一口すすり、ふっと息を吐いたその仕草に、私は密かに肩の力を抜いた。

打ち合わせは順調に進んでいた。

「では、書き出しが決まったら教えてください。」

「分かりました。ご連絡は、早瀬さん宛てでよろしいですか?」

「はい。」

「先生、俺のこと、覚えていますか?」

突然声をかけられ、振り向いた瞬間、息が止まった。

スーツ姿の青年がそこに立っていた。

きれいに整えられた黒髪、大人びた目元――でもその声は、忘れもしない。

「……覚えているわよ。成瀬陽翔君、でしょ?」

そう。私がかつて塾講師をしていた頃の教え子。

いつも真っ直ぐに私を見つめていた、あの少年が――今、目の前に大人になって立っているなんて。

「大人になったわね。」

そう声をかけると、陽翔君はにっこり笑った。

あの頃と同じ、少し照れたような笑顔。

胸が少しだけ、くすぐったくなる。

「先生、お昼、食べました?」

「まだよ。」

「この上にレストランあるんで、食べに行きませんか?」

自然な流れだった。

昔の教え子と偶然会って、軽く食事くらい――そう思ったのに、どうしてだろう。胸がこんなに高鳴っている。

「いいわね。」

私は頷いて、彼の横に並んで歩き出した。

エレベーターの前で、彼がそっと扉を押さえてくれる。

何気ないその仕草にも、大人になった時間を感じる。

そして、エレベーターが静かに動き出し、数階を過ぎたあたりで突然止まった。

「え……?」

私たちは顔を見合わせ、モニターを見ると「停止中」の文字が灯っている。

「直ぐ動きますよ。」

陽翔君が笑って言う。

「そうよね……」

でも、密室の静寂が不安を煽る。少し汗ばんだ手を握りしめた、その時だった。

「大丈夫です。俺がいますから。」

陽翔君が私をそっと抱きしめた。胸元に顔を寄せられ、ドクンと心臓が跳ねた。

「……ありがとう。」

腕の中の陽翔君は、もう昔の少年じゃない。

背も高く、体温も声も――全部が“大人の男”になっていた。

見上げると、真っすぐな目が私を見つめている。

「こんな偶然……あっていいのかな。」

ぽつりと呟くと、彼の目が静かに揺れた。

「陽翔君……」

私がそう呟くと、彼は静かに言った。

「今は、二人きりだよ。」

抱きしめた腕が少し緩んで、視線が近づく。

陽翔君の顔が、目の前にある。

そのまま――キスされた。優しく、でも迷いのない口づけ。

「……拒まないの?」

私がそっと肩に顔を埋めると、彼は静かに答えた。

「だって、陽翔君が……男の顔をするから。」

その言葉に、陽翔君の目が細められる。

「先生も、女の顔をしてますよ。」

そう言って、再び唇が重なった。

今度は少しだけ深く、甘く。

彼の吐息が耳元にかかるたびに、胸が高鳴った。

ああ、何もかもが変わったのだ。

小さな少年だった彼が、今は私を見つめる男になっている。

戸惑いと、熱が、私の体を包み込んでいた。

「もう、我慢できない。ここで舐めてもいい?」

その瞬間、彼の目が変わった。男の、それも“獣”の目だった。

私は言葉を失い、ただ背中をエレベーターの壁に押しつけられる。

熱いキス。舌が絡まり、呼吸が奪われる。

服の隙間から伸びた指先が、私の胸元をなぞった。

「あ……」

抗えない。彼の指先に、体が敏感に反応する。

首筋に舌が這う。

「甘い……」

耳元でささやく声に、体の奥が震えた。

もう、誰も止められない。

このまま堕ちてしまっても構わない――そう思った時、

「……動いた?」

エレベーターが再び上昇を始める。

「Stopか。」

陽翔君が小さく舌打ちをして、私を抱きしめた。

「もう少し、欲しかったのに……」

私は彼の胸に顔を埋めた。

逃げたいのに、もう戻れない。心も体も、彼に奪われ始めていた。

「……お願い。私を奪って。」

震える声でそう告げると、陽翔の動きが止まった。

「そんなこと言われたら……」

戸惑いの中に、確かな情熱が宿る瞳。

私はもう迷えなかった。彼の胸に飛び込む。

「先生……」

陽翔はそっと私の背を抱きしめ、ポケットからカードキーを取り出した。

「逃げるなら今だよ。」

低く、優しい声。けれどその言葉に、私の心が強く揺れた。

逃げる?

――このまま本気の恋も知らずに終わってしまっていいの?

一歩だけ後ろに引いた足は、再び彼の方へと戻った。

「……私、知らなかったの。好きって、こんなに苦しくて、嬉しいものなんだって。」

私は涙を浮かべながら首を横に振った。

「逃げない。だって……私、陽翔君が好き。」

彼の目が見開かれた。

「……ありがとう。」

静かに、けれど熱を孕んで見つめ合うふたり。

運命の扉は、今、ゆっくりと開かれていく。

部屋に入ると、私はシャワーを浴びた。

熱い湯に打たれながら、これから起こることを想像して心がざわつく。

――本当に、このまま陽翔に抱かれるの?

けれど、不思議と怖くはなかった。

バスローブを羽織ってベッドに戻ると、そこには上半身裸の陽翔がいた。

鍛えられた胸板。真剣な眼差し。

その目に映るのは、私だけだった。

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