年下皇帝の甘い誘惑

日下奈緒

文字の大きさ
10 / 14

第10話 未来の王妃様?

しおりを挟む
それから、なんとなくだけど、皆の態度が変わった気がした。

「ああ、涼花。包丁は持たなくていいよ。」

テームさんが、私の元にやってきた。

「でも、包丁持たないと、何も切れませんよ。」

「そうだな。スープの味付けをお願いしようかな。」

「はい。」


来る日も来る日も、包丁は使わせて貰えなかった。

スープや焼き料理だけ。

もしかして私、カイと一緒に遊んでると思われた?

そう思われても仕方ないけれど、このままずっと包丁を握れないなんて嫌だ!


ある日私は、テームさんに話を聞いた。

「テームさん。私が包丁を握れない理由は、何なのでしょうか。」

「えっ?」

テームさんは私を壁側の方に連れていくと、こんな事を言った。

「未来の王妃様に、包丁は持たせられないよ。」

「未来の王妃?」

「結婚するんだろう?皇帝陛下と。」

「そんな話、どこからっ!」

「皆の噂だよ。」

「噂……」


『お相手は、料理人だって?』

あの言葉が、胸に刺さる。


「ああ、涼花。悪い噂じゃないんだよ?皇帝陛下にもようやく、愛する人ができたと、みんな喜んでいるんだ。」

「はい。」

「皆、涼花が王妃になる事、望んでいるんだよ?」

私は顔を上げた。

「涼花。皇帝陛下を支えてくれ。包丁で切るだけが、料理じゃないさ。味付けも今じゃあ、涼花に任せきりだ。」

「テームさん……」

「落ち込んではダメだよ。」

テームさんに励まされ、私はまた仕事に戻った。


「涼花。」

レーナが隣に来てくれた。

「ごめん。私が二人は結婚するかもよって、言ってしまったから。」

「ううん。いいの。」

「本当にごめん。」

レーナは何回も謝りながら、仕事に戻って行った。


仕方ない。

そう噂されるのも、カイと一緒にいるから。

結婚かぁ……

元カレとの間にも、結婚話が出たな。


『涼花!俺と結婚するんだよなぁ!』

『俺と結婚する身分で、生意気だぞっ!』

結婚のキーワードに付いてくるのは、決して甘い言葉じゃなかった。

そして次にやってくるのは……

『痛い!止めて!』

『うるせえ!言う事聞かないと、殴るぞ!』

降って来るのは、手足による暴力。

言う事を聞かないと言っては、私は殴られたり蹴られたりしていた。


「ふぅー……」

大丈夫。ここは日本じゃない。


元カレは、ここにはいない。

大丈夫だから、殴られないから。

「はぁはぁはぁ……」

息が苦しい。

もう殴られないって分かっているのに。


「涼花!大丈夫?」

私を見たレーナとパウリが、助けに来てくれた。

「顔が青い。部屋で安静にさせよう。」

「うん。」

パウリが私を抱きかかえて、二人は私を家に連れて行ってくれた。

「ベッドは奧の部屋だな。」

「うん。」

パウリとレーナは、私を寝室のベッドまで運んでくれた。

「いろいろあり過ぎたんだよ。少し休めばいい。」

「そんな……」

レーナは涙をぽろぽろと溢し始めた。

「せっかく、皇帝陛下と恋人同士になれたのに、それが負担になっているの?」

するとパウリは、レーナの肩を掴んだ。

「涼花が日本から来て、まだ1カ月経っていない。普通なら新しい環境や、新しい職場に慣れるだけで精一杯なのに。その上、皇帝陛下との恋愛や、王妃になれとか言われたら、それは考えてしまうさ。」

「私達はただ、二人に幸せになってほしいだけなのに。」

「時間が必要なんだよ。涼花には。」


違う。

私はカイとの恋愛に、悩んでいるんじゃない。

本当は、王妃になってもいいって言われて、嬉しかったの。

でも、結婚するには……結婚するには!


『俺の側から離れようとするなよ!涼花!』


「はっ!」

私は一瞬で、目を覚ました。

「涼花!」

レーナは私の手を握ってくれた。

「大丈夫?キッチンで、倒れそうになったんだよ。」

「そう……」

私は顔を手で覆った。


「涼花、最近疲れてないか?」

パウリが心配そうに言った。

「王妃になる事、そんな真剣に考えなくても、いいと思う。」

「パウリ!」

レーナがパウリを止めた。

「だってそうだろう。急に日本からやってきて、王妃になれなんて、無理だよ。」

「そうだけど……」

「涼花も皇帝陛下もまだ若い。結婚は焦っては駄目だよ。」

パウリの言う事も、納得いく。

でも私が考えているのは、別の事で。

「パウリ、レーナ。心配してくれて、ありがとう。でも、私は何でもないから。」

「涼花。でも倒れそうになった。」

「うん。体調管理はちゃんとしておくね。」

そしてテームさんから、そのまま休んでいいという事付けがあって、私は家で休んでいた。


結婚の事で、元カレを思い出すのは、カイにも失礼だと思う。

でも、今でも蘇る悪夢を、取り払う事はできない。

それまで私は、結婚できないんだわ。

アラサーだって言うのに、嫌になっちゃう。


その時だった。

家のドアを叩く人がいた。

「誰だろう。」

ベッドから起き上がって、玄関を開けると、そこにはカイが立っていた。

「カイ……」

「仕事中に倒れたんだって?」

カイは家の中に入った。

「もっと早く知らせてくれたら、涼花をここに運べたのに。」

辛そうな表情。

私をそんなにも、心配してくれたのね。


「大丈夫、心配しないで。」

「そんな事言っても、ダメだよ。僕は涼花の顔を見れば、大丈夫かどうか分かる。」

そしてカイは、キッチンの横にある椅子に座った。

「何かあった?」

元カレの事なんか言えない。

「僕が結婚してって、言ったから?」

何も言えない。

「涼花、教えて。君の苦しみを、僕にも分け与えてほしい。」

何て言ったらいいか、分からない。

「涼花、愛しているんだ。」

カイは立ち上がると、私を抱きしめた。


「涼花。僕を信じられないのか?」

ハッとした。

「何を聞いても、答えてくれない。結婚してと言っても、ダメだという。そんなに僕を信じられないのなら、いっそ嫌いだと言ってほしい。」

「カイ……」

嫌いだなんて。

そんな事言えない。

「カイ。私も、あなたを愛している。」

「じゃあ、なんで?なんで何も答えてくれない?」

カイが、元カレとだぶる。

「ごめんなさい……」

「涼花?」

「ごめんなさい、怒らないで。」

私は身体を震わせながら、涙を溢した。

「涼花、おいで。」

カイが両腕を広げて、待っている。

「怒ってないよ。さあ。」

私はそっと、カイの腕の中に飛び込んだ。


「僕はね、涼花の力になりたいんだ。生きる力になりたいんだ。でも涼花が、僕を信じてくれなきゃ、それはできない。分かるね。」

「うん。」

「だったら、話せるところまで、話して。」

私はうんと頷いた。

「私、カイと結婚できないかもしれない。」

「どうして?」

「怖いの。昔の恋人が、結婚を言いだした途端に、暴力を振ってきて。」

「可哀相に。どうして、そんな事をするんだ。」

カイの抱きしめてくれる力が、強くなった。

「たぶん、独占欲が強いんだと思うの。もし、カイもそうなったら……」

「僕は、暴力を振わないよ。振わないと約束する。どんな暴力も、涼花の僕の間には存在しない。」

「カイ……」

私もカイを強く抱きしめた。

「私、怖いの……また同じ事が繰り返されるんじゃないかって。」

「涼花、大丈夫だよ。昔は昔。今は今だ。そうだ。涼花が結婚してもいいって言うまで、結婚は待っておくよ。」

「本当?」

「本当だよ。心から僕と結婚したいって言うまで、お預けだ。」

そしてカイは、私の額にキスをした。


「今日も君を抱きたいけど、今夜は遠慮した方がいいね。」

「ううん。いいの。抱いて。」

そう言うとカイは、頬を赤くした。

「いいの?僕今日は、優しくできないかも。」

「うん。あなたが抱いてくれるなら、優しくなくてもいいわ。」

こうして今夜は、私の家でカイとの、ルシッカの人が大好きな熱い夜を過ごした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

淫紋付きランジェリーパーティーへようこそ~麗人辺境伯、婿殿の逆襲の罠にハメられる

柿崎まつる
恋愛
ローテ辺境伯領から最重要機密を盗んだ男が潜んだ先は、ある紳士社交倶楽部の夜会会場。女辺境伯とその夫は夜会に潜入するが、なんとそこはランジェリーパーティーだった! ※辺境伯は女です ムーンライトノベルズに掲載済みです。

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

有名俳優の妻

うちこ
恋愛
誰もが羨む結婚と遺伝子が欲しかった そこに愛はいらない

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...