年下皇帝の甘い誘惑

日下奈緒

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第10話 未来の王妃様?

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それから、なんとなくだけど、皆の態度が変わった気がした。

「ああ、涼花。包丁は持たなくていいよ。」

テームさんが、私の元にやってきた。

「でも、包丁持たないと、何も切れませんよ。」

「そうだな。スープの味付けをお願いしようかな。」

「はい。」


来る日も来る日も、包丁は使わせて貰えなかった。

スープや焼き料理だけ。

もしかして私、カイと一緒に遊んでると思われた?

そう思われても仕方ないけれど、このままずっと包丁を握れないなんて嫌だ!


ある日私は、テームさんに話を聞いた。

「テームさん。私が包丁を握れない理由は、何なのでしょうか。」

「えっ?」

テームさんは私を壁側の方に連れていくと、こんな事を言った。

「未来の王妃様に、包丁は持たせられないよ。」

「未来の王妃?」

「結婚するんだろう?皇帝陛下と。」

「そんな話、どこからっ!」

「皆の噂だよ。」

「噂……」


『お相手は、料理人だって?』

あの言葉が、胸に刺さる。


「ああ、涼花。悪い噂じゃないんだよ?皇帝陛下にもようやく、愛する人ができたと、みんな喜んでいるんだ。」

「はい。」

「皆、涼花が王妃になる事、望んでいるんだよ?」

私は顔を上げた。

「涼花。皇帝陛下を支えてくれ。包丁で切るだけが、料理じゃないさ。味付けも今じゃあ、涼花に任せきりだ。」

「テームさん……」

「落ち込んではダメだよ。」

テームさんに励まされ、私はまた仕事に戻った。


「涼花。」

レーナが隣に来てくれた。

「ごめん。私が二人は結婚するかもよって、言ってしまったから。」

「ううん。いいの。」

「本当にごめん。」

レーナは何回も謝りながら、仕事に戻って行った。


仕方ない。

そう噂されるのも、カイと一緒にいるから。

結婚かぁ……

元カレとの間にも、結婚話が出たな。


『涼花!俺と結婚するんだよなぁ!』

『俺と結婚する身分で、生意気だぞっ!』

結婚のキーワードに付いてくるのは、決して甘い言葉じゃなかった。

そして次にやってくるのは……

『痛い!止めて!』

『うるせえ!言う事聞かないと、殴るぞ!』

降って来るのは、手足による暴力。

言う事を聞かないと言っては、私は殴られたり蹴られたりしていた。


「ふぅー……」

大丈夫。ここは日本じゃない。


元カレは、ここにはいない。

大丈夫だから、殴られないから。

「はぁはぁはぁ……」

息が苦しい。

もう殴られないって分かっているのに。


「涼花!大丈夫?」

私を見たレーナとパウリが、助けに来てくれた。

「顔が青い。部屋で安静にさせよう。」

「うん。」

パウリが私を抱きかかえて、二人は私を家に連れて行ってくれた。

「ベッドは奧の部屋だな。」

「うん。」

パウリとレーナは、私を寝室のベッドまで運んでくれた。

「いろいろあり過ぎたんだよ。少し休めばいい。」

「そんな……」

レーナは涙をぽろぽろと溢し始めた。

「せっかく、皇帝陛下と恋人同士になれたのに、それが負担になっているの?」

するとパウリは、レーナの肩を掴んだ。

「涼花が日本から来て、まだ1カ月経っていない。普通なら新しい環境や、新しい職場に慣れるだけで精一杯なのに。その上、皇帝陛下との恋愛や、王妃になれとか言われたら、それは考えてしまうさ。」

「私達はただ、二人に幸せになってほしいだけなのに。」

「時間が必要なんだよ。涼花には。」


違う。

私はカイとの恋愛に、悩んでいるんじゃない。

本当は、王妃になってもいいって言われて、嬉しかったの。

でも、結婚するには……結婚するには!


『俺の側から離れようとするなよ!涼花!』


「はっ!」

私は一瞬で、目を覚ました。

「涼花!」

レーナは私の手を握ってくれた。

「大丈夫?キッチンで、倒れそうになったんだよ。」

「そう……」

私は顔を手で覆った。


「涼花、最近疲れてないか?」

パウリが心配そうに言った。

「王妃になる事、そんな真剣に考えなくても、いいと思う。」

「パウリ!」

レーナがパウリを止めた。

「だってそうだろう。急に日本からやってきて、王妃になれなんて、無理だよ。」

「そうだけど……」

「涼花も皇帝陛下もまだ若い。結婚は焦っては駄目だよ。」

パウリの言う事も、納得いく。

でも私が考えているのは、別の事で。

「パウリ、レーナ。心配してくれて、ありがとう。でも、私は何でもないから。」

「涼花。でも倒れそうになった。」

「うん。体調管理はちゃんとしておくね。」

そしてテームさんから、そのまま休んでいいという事付けがあって、私は家で休んでいた。


結婚の事で、元カレを思い出すのは、カイにも失礼だと思う。

でも、今でも蘇る悪夢を、取り払う事はできない。

それまで私は、結婚できないんだわ。

アラサーだって言うのに、嫌になっちゃう。


その時だった。

家のドアを叩く人がいた。

「誰だろう。」

ベッドから起き上がって、玄関を開けると、そこにはカイが立っていた。

「カイ……」

「仕事中に倒れたんだって?」

カイは家の中に入った。

「もっと早く知らせてくれたら、涼花をここに運べたのに。」

辛そうな表情。

私をそんなにも、心配してくれたのね。


「大丈夫、心配しないで。」

「そんな事言っても、ダメだよ。僕は涼花の顔を見れば、大丈夫かどうか分かる。」

そしてカイは、キッチンの横にある椅子に座った。

「何かあった?」

元カレの事なんか言えない。

「僕が結婚してって、言ったから?」

何も言えない。

「涼花、教えて。君の苦しみを、僕にも分け与えてほしい。」

何て言ったらいいか、分からない。

「涼花、愛しているんだ。」

カイは立ち上がると、私を抱きしめた。


「涼花。僕を信じられないのか?」

ハッとした。

「何を聞いても、答えてくれない。結婚してと言っても、ダメだという。そんなに僕を信じられないのなら、いっそ嫌いだと言ってほしい。」

「カイ……」

嫌いだなんて。

そんな事言えない。

「カイ。私も、あなたを愛している。」

「じゃあ、なんで?なんで何も答えてくれない?」

カイが、元カレとだぶる。

「ごめんなさい……」

「涼花?」

「ごめんなさい、怒らないで。」

私は身体を震わせながら、涙を溢した。

「涼花、おいで。」

カイが両腕を広げて、待っている。

「怒ってないよ。さあ。」

私はそっと、カイの腕の中に飛び込んだ。


「僕はね、涼花の力になりたいんだ。生きる力になりたいんだ。でも涼花が、僕を信じてくれなきゃ、それはできない。分かるね。」

「うん。」

「だったら、話せるところまで、話して。」

私はうんと頷いた。

「私、カイと結婚できないかもしれない。」

「どうして?」

「怖いの。昔の恋人が、結婚を言いだした途端に、暴力を振ってきて。」

「可哀相に。どうして、そんな事をするんだ。」

カイの抱きしめてくれる力が、強くなった。

「たぶん、独占欲が強いんだと思うの。もし、カイもそうなったら……」

「僕は、暴力を振わないよ。振わないと約束する。どんな暴力も、涼花の僕の間には存在しない。」

「カイ……」

私もカイを強く抱きしめた。

「私、怖いの……また同じ事が繰り返されるんじゃないかって。」

「涼花、大丈夫だよ。昔は昔。今は今だ。そうだ。涼花が結婚してもいいって言うまで、結婚は待っておくよ。」

「本当?」

「本当だよ。心から僕と結婚したいって言うまで、お預けだ。」

そしてカイは、私の額にキスをした。


「今日も君を抱きたいけど、今夜は遠慮した方がいいね。」

「ううん。いいの。抱いて。」

そう言うとカイは、頬を赤くした。

「いいの?僕今日は、優しくできないかも。」

「うん。あなたが抱いてくれるなら、優しくなくてもいいわ。」

こうして今夜は、私の家でカイとの、ルシッカの人が大好きな熱い夜を過ごした。
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