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第2章 政略結婚

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一日目は、コラリー様の遊び相手で終わった私も、2日目からはそうもいかなくなった。

「まず、朝はコラリー様より早く起きて、起こしにいきます。」

「はい。」

私は、家から持って来た小さなメモ帳に、その事を書いた。

「そして、朝の身支度。顔を洗って頂き、化粧、髪を結って差し上げます。」

「化粧に、髪結いですか。」

まさか化粧もまともにした事がない私が、コラリー様の化粧をするなんて。

「アンジェリク嬢は、化粧はしていますか?」

教育係のエリクに、じーっと顔を見られる。

「……いいえ。」

「では、まずはご自分の事ですね。社交界にデビューできるお歳で、化粧もしないなんて、はしたないですよ。」

「はしたない……」


ショック。

そんな事、今まで言われた事もないのに。

「そうですね。眉も整えた方がいいですね。」

突然の事に、胸が詰まる。

そりゃあ、家が貧乏だったから、私にお付きの侍女はいなかったけれど、これでもお父様から大切に育てられたのに!

女としての心得も、学ばずに社会に出るところだったなんて。

「そんなにガッカリしないで下さい。アンジェリク嬢は、これからでしょう。」

「そうでしょうか。」

「そうですよ。」

エリクは、優しいのか優しくないのか、分からなくなってくる。

「そうですね。他の侍女に、アンジェリク嬢の身支度を、教育させましょう。」

「えっ……教育?」

エリクからも教育されて、次は侍女さんにも教育されるの?

私は、肩身が狭くなった。

そんなに私って、教育が必要?


「今が正念場ですよ。」

「早速ですか?」

エリクは、すっごい笑っている。

「まあ、そうですね。ですが、頑張って貰わねばなりません。」

「はあ……」

なんだか、肩が重くなってくる。

「実はコラリー様は、結婚が決まっているのです。」

「結婚!?」

私は大きな声で、叫んでしまった。

「まあ、アンジェリク嬢もいづれ結婚されると思いますが、コラリー様も近々、結婚されます。」

「そう……なんですね。」

昨日会ったばかりだというのに、私はコラリー様の結婚に、興奮している。

「ですので、アルノ―家としても、優秀な侍女をコラリー様にお付けするのが、需要なのです。」

「そうなんですね。」

優秀な侍女。

私にできるかしら。

「本来ならば、もっと下級の位から、侍女を探すのですが、今回は公爵家からの侍女をお付けするという事で、アルノ―家としても、自慢なのです。」

「……私がですか?」

私は、自分を指差した。

「そうです。あなたがです。」

「うぅ……」

まさか、そんな身分になってるだなんて、考えもしなかった。


「ですから。あなた自身が冴えないと、コラリー様も冴えなく見えるのです。ぜひ、ああこの侍女が仕えているのなら、コラリー様は素敵な人だと、思わせて頂きたいのです。」

「そんなぁ……」

「弱きになっては、いけません!」

テーブルを叩くエリク。

もしかして私は、とんでもないお役目を、承ったのでは?

ああ、もう少し考えるんだった。


「ところでアンジェリク嬢は、紅茶はお好きですか?」

「紅茶……ですか?」

確か、お母様が生きていた時に、お茶会で飲まされたような。

苦い思いをして以来、紅茶は飲んでいない。

「もしかして、嗜まれないのですか?」

「うぅ……」

「うぅではなく、はいかいいえで、お答えください。」

「……いいえ。」

「まずは、そこからなのですね。」

エリクは、ため息こそつかなかったけれど、がっかりしていると思う。


「いいですか?紅茶を嗜むのは、貴族階級でも当たり前の事です。そこでポイントを稼ぐのが、侍女が作るオリジナルブレンドです。」

「オリジナル……」

紅茶の、”こ”の字も知らないのに、急にオリジナルブレンド。

「その人にしか作れないオリジナルブレンドが、ご主人様を元気にさせ、引いては旦那様の気を引くのです。で・す・か・ら!いかにご主人様が悦ぶオリジナルブレンドを作れるかが、侍女の力量になるのです。」

「そんな!」

「考えれもみてください。」

エリクが、私に顔を近づける。

「もしコラリー様の旦那様が、他に愛人を作ったとしましょう。」

「ええっ!?」

ちょっと私には、刺激が強すぎるんだけど!

「その愛人の侍女が、旦那様が好きなオリジナルブレンドを作れたとしましょう。旦那様が好きな紅茶と、そうでもない紅茶。旦那様は、どちらに行くと思いますか?」

「……好きな紅茶。」

「その通りです!旦那様の訪問する機会が多いという事は、お子様がお生まれになる確率も、高くなるという事です。」

私はゴクンと、息を飲んだ。

「アンジェリク嬢。あなたは、自分が産んだお子様がいなく、愛人が産んだお子様しかいなかったら、どう思いますか?」

「……ショックです。」

「その通りです!コラリー様も同じ。早く旦那様のお好きな紅茶を作り、コラリー様に跡継ぎを産ませるのも、侍女の勤めです。」

なんだか肩だけではなく、背中も重くなってきた。


「まあ、まだ社交界にデビューしていないアンジェリク嬢に、そんな事は重荷かもしれませんが。」

「はい。重荷です。」

そしてまた、エリクにテーブルを叩かれてしまった。

「しっかりしてください。これは、あなたにも言える事なのですよ。」

「私……ですか?」

「アンジェリク嬢も、元は公爵家。何かのきっかけで社交界にデビューし、誰かに見初められる事は十分にあります。」

「ええー……」

誰かに見初められるって、何だか恥ずかしい。

「今のままでは、誰も見向きもしないですけどね。」

「一言、多くないですか?」

確かに私はまだ、冴えない女の子だけど。

いつか、誰かれも振り向かれるような、いい女になってやるもん!


そして午後からは、コラリー様の部屋に戻ってこられた。

「ふふふ。エリクったら、そんな事言ってたの?」

「もう、肩身が狭くて、落ち込んでしまいました。」

コラリー様は、すごく明るくて、よく笑う人。

きっと、旦那様になる人も、気に入るんだろうなぁ。


「そう言えばコラリー様は、近々結婚されると伺いました。」

「ああ、その話ね。」

途端にコラリー様は、悩んだ表情をされた。

「……ねえ、アンジェは恋した事ある?」

「恋……ですか?」

私は、コラリー様をじーっと見る。

「ないのね。」

「ないです。すみません。」

するとコラリー様は、巻き髪を触って窓の外を見た。

「いいのよ。私もないから。」

私は目が点になった。

「えっ……だって、結婚されるって。」

「結婚って言っても、政略結婚なのよ。」

なんだか、胸が寂しくなる。

「好きでもない人と、結婚するのですか?」

「家の為だもの。仕方ないわ。」

コラリー様の綺麗な金髪の巻き髪も、綺麗に整えられた化粧も、寂しくなってきた。

「あの……お相手の方と会われた事は……」

「結婚相手と?ないわ。」

コラリー様が、寂しい顔をすると、私も寂しくなった。


「一度も会わずに、結婚されるのですか?」

「一度は会うんじゃない?確か。」

そんな寂しい事ばかり。

優秀な侍女だったらここで、”結婚なんてそんなもの”ぐらい言えるんでしょうけど、私はまだそんな事言えない。

「嫌ね。暗くならないで。皆そういうモノよ。友人のお嬢様も皆、そうだったわ。」

「コラリー様……」

「私ね、今まで好きになった人と、結婚するんだって思ってたの。でも、今年25歳になるのよね。結婚するにはもう遅いんですって。だから、今回のお話、お受けしたの。」

好きになった人と、結婚したい。

その願いは、女の子だったら誰だって持つはず。

それが、叶わないなんて。

私は、目から涙が出た。


「もう!泣かないで!」

「すみません。」

「アンジェはまだ、18歳でしょ。私が好きな人と結婚できなかった分、アンジェは好きな人と結婚しないとダメよ。」

コラリー様は、私の手を握ってくれた。

そうだ。

私が暗くなって泣いていたら、コラリー様だって泣けないわ。

私は、涙を拭った。


「もしかしたら、一度お会いしたら、好きになるかもしれませんよ?」

「……そうかしら。」

「一目惚れするかもしれませんし。」

私は必死に、コラリー様を勇気づけた。

「そうね。もしかしたらね。そのくらい素敵な人かも。」

やっとコラリー様に、笑顔が戻った。

「そうですよ。ところで、お相手のお名前は、何ておっしゃるんですか?」

「セザール・バルニエ様よ。」

「同じ公爵様の家柄ですね。」

「そうなの。」

二人で話していて、少しでも気が紛れるといいな。

「そうだ。コラリー様の、タイプの方はどんな方なのですか?」

私はウキウキしながら聞いた。

「タイプ。そうね。金髪のサラサラ髪で、優しそうな方で、細身の方。」

「……なんだか、オラース様みたいですね。」

「そう?いつも見てるから、男の方って、あんな感じかなって、思ってるだけよ。」


そうだよね。

私もオラース様に会うまでは、男の人って、お父様みたいな人ばかりだと思っていた。

あんな……美しい男性もいるんだなんて。

オラース様に会って、初めて知った。


「逆に、髭が生えている人は嫌だわ。」

「私も嫌です。」

そこから、コラリー様との恋愛話は、盛り上がった。

「あーあ。早く会ってみたいわ、セザール様。」

ああ、どうか。

セザール様が、コラリー様のタイプの、オラース様に似たような人でありますように。

私は、そう願った。


「アンジェリク嬢。あなたの教育係を連れて来ましたよ。」

急にエリクが、一人のご婦人を連れて来た。

「あなたが、アンジェリク嬢?私に任せてちょうだい。」

その人は、エプロンをした太ったご婦人だった。


「は、はい。」

コラリー様も、エリクも笑いを堪えている。

「まあ、そうだね。今のままじゃ、台所で働いている女と一緒だね。」

「ひぇっ!」

だ、台所で働いている人と一緒!?

私これでも、公爵令嬢なのよ!?

貧乏家だけどっ。


「さあさあ、ここに座って。」

するとそのご婦人は、私の顔におしろいをはたいた。

「けほっ、けほっ!」

「ははは!最初は誰でも煙たがるよ。」

そして持ってきたピンセットで、眉を抜かれた。

「痛いっ!痛いっ!」

「我慢して!」

そして私はその日一日、ご婦人にみっちりと、教育された。
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