今度は君が、僕を殺して

森崎こはん

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クッキー缶

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 ハルはキッチンへ向かう。ハルが泥酔して記憶が無いときは冷蔵庫にスマホを入れる事が多かった。今回は酒を飲んだ記憶は無いが、冷蔵庫にスマホが入っている可能性を信じて、冷蔵庫を開ける。
「あれ?肉しか無い……」
冷蔵庫を漁ってもスマホは見当たらず、代わりにハルが見たこともないくらい大量の肉が入っていた。
(こんなに肉ばっかり買ってどうするんだろ?というか、野菜も買っとけよ。)
冷蔵庫を閉めると、ハルはあることに気が付く。
(あれ、全然お腹空いてない……)
冷蔵庫を漁って、食べ物を見ても全く食欲が湧かなかった。ハルは最後に食事を摂ったときの事を思い出す。婚約を告げた日の昼御飯が最後の食事だった。
(二日くらい食べてないのに……もしかして、そういう『病気』?食べられないから、外に出たら倒れる……的な?)
ハルは違和感を無理やり納得させて、再びスマホの捜索を開始する。
 食器棚の手前に新品のクーラーボックスが置かれていた。
「こんなのあったっけ?」
この不審なクーラーボックスをハルは開けてみる。そこには機体が割れて明らかに使い物にならなくなったハルのスマホが入っていた。
「あちゃー、これはダメだな……」
大きなクーラーボックスには他にヒビが入った腕時計と大きめのクッキー缶、指輪ケースが入っていた。
「なんだコレ?」
指輪ケースを開けると、中には結婚指輪らしき物の片割れが入っていた。
「なんだよ。なんで指輪なんか隠してあるんだよ。……なんなんだよ。」
ハルは一人で悩んでいた時間がバカらしく思えた。
(あーあ。シュウは既婚者だったから、婚約がバレたときもあんなにアッサリしてたんだろうな。悩んでたのはオレだけか……)
シュウは音を立てて指輪ケースを閉じ、テーブルに置く。
(ここに隠してあったってことは、このクッキー缶の中身はその人との思い出ってトコかな?)
クッキー缶を持ち上げると、想像よりも重かった。何が入っているのだろうと開けてみたが、びくともしなかった。
(シュウに開けてもらうか。)
クッキー缶もテーブルに並べた。クッキー缶と指輪ケースが置かれたテーブルをハルは羨望の眼差しで見つめる。ハルの知らない間に、シュウは誰かと結婚指輪を分かち合い、ハルとのイベントの定番であったはずのクッキーを二人で食べたのかと思うと、心臓を刺されたような気分になる。
(ホントは知らない誰かじゃなくて、オレだったら良かったのに。)

 電気も点けずにソファに座る。シュウが帰ってくる頃には、真っ暗な部屋にハルは一人で待っていた。
「ただいま。」
玄関からシュウの声がする。とてもじゃないが、答える気にはなれなかった。
「ハル?ハル!」
シュウが慌てたような声で叫ぶ。リビングのソファにいても慌てた様子が伝わるくらい、バタバタしていた。
「ハル……良かった。」
シュウが電気を点けて、安堵の声を漏らす。明るくなった室内とは裏腹に、ハルは隠し事についての答えを確定させる不安に沈んでいく。
「ねぇ、シュウ。これ……」
指輪ケースとクッキー缶が並べられたテーブルと対峙したシュウの顔が、分かりやすいくらい青ざめる。ああ、やはり隠していたのか。
「これ、結婚指輪だよね?お前、既婚者だったのかよ。そういうの先に言えって。」
ハルは目から溢れる涙を悟られぬように手で拭う。シュウは「それか」と小さく呟くと、指輪ケースを開けて指輪を取り出す。
「これはハルに渡そうと思ってたやつ。」
「誤魔化すなよ!それで騙されると思ってるのか?」
そもそも、ハルとシュウはただの同居人であった事を思い出し、ハルはシュウから顔を逸らす。
「いや、ゴメン。オレはお前の奥さんに浮気とか疑われたくなかっただけだし……。一緒に暮らしてるんだったら、教えて欲しかっただけで……。怒鳴ってゴメン。」
シュウはハルの左手を持ち上げる。
「いや、これはハルに渡そうと思ってた。同棲三年目のあの日、恋人から家族になろうって言おうと思って。」
ハルが疑いの目でシュウの持つ指輪を見つめる。シュウはハルの薬指にスッと指輪をはめ込む。
「ハルの指の太さに合わせて買ったんだから、嘘なんかじゃない。」
「シュウ……」
無表情のままハルを見つめるシュウに目を奪われる。けれども、シュウはハルから指輪を抜いてしまった。
「でも、僕以外の奴と結婚するんだろ?だから、これは要らない。僕だけの思い出。」
ハルは思わずシュウに抱きつく。シュウは困惑した声を上げた。
「早く言えよ!ずっと暮らしてるのに、オレだけが……オレだけがシュウを好きだと思ってたのに!」
「ずっと同棲してたのに、僕だけがハルと恋人同士だと思ってたんだね……」
「バカ!恋人だと思ってたなら、婚約なんか引き留めろよ!」
「……もう引き返せない所まで決まってたんだろ?」
「だからなんだよ!そんなものどうにでもなるだろ!」
ハルはシュウの肩に顔を埋めて、泣く。これまで堪えてた分だけ大泣きした。結婚指輪を渡す相手が自分であった事に大きく安堵した。
「婚約の話は、断っておくよ。親が決めた事だし、断れるでしょ。」
ハルが身体を離すと、シュウは無表情のまま立ち尽くしていた。
「ああ、その前にスマホどうにかしないと。……全部、『病気』が治ってからだな。早く治せるようにするよ。」
ハルは頬の涙を拭いながら、自分で指輪を嵌めるとシュウに笑顔を見せる。シュウは穏やかに微笑みながらハルを抱き締める。
「お揃いの時計じゃ伝わらなかった?」
「ああ、伝わらなかったよ。ちゃんと言ってくれないと。」
シュウはハルから身体を離すと、肩に手を置き真っ直ぐにハルを見つめる。
「ハル。好きだ。ずっと一緒にいてくれ。」
「うん。オレもシュウのこと、好き。これからもずっと一緒にいるよ。」

 しばらく見つめ合っていると、シュウは思い出したかのようにクッキー缶をクーラーボックスに片付けた。ハルもその背中に付いていく。
「そういえば、そのクッキー缶の中って何入ってるの?」
「ハルの思い出。」
「見ていい?開かなかったんだよね。」
シュウは素早く振り向いて、ハルを鋭く睨む。
「ダメ。絶対にダメ。」
ハルはシュウの気迫に押されて、それ以上は追及できなかった。
「あ……時計。ゴメンね、なんか割れてたし。」
シュウとお揃いで買った腕時計。シュウの見解だとその腕時計が恋人同士である証だったらしい。
「割れてるのは僕の腕時計の方。ハルの腕時計は今、僕が着けてる。」
シュウがスッと左手を挙げると、見覚えのある腕時計と薬指に指輪が光っていた。ハルはクーラーボックスから、割れた腕時計を取り出すと、自分の左手首に着ける。
「これでお揃いだね!しかも交換してるし……付き合いたてのカップルみたいだね?」
このクーラーボックスを初めて開けたときハルは悲しみが溢れていたが、シュウがクーラーボックスを閉めるときはハルは喜びに満ちていた。
「うん。」
シュウはいつもの無表情よりか心なしか寂しそうに思えた。
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