オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我

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第一章 転生者二人の高校生活

奥田家の血筋

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 奥田家では朝食の時間となっていた。テーブルを囲むのは三人だけだ。祖父は存命であったけれど仙人になりたいと山に籠もってしまった結果である。
「一八、早くご飯を食べなさい! 学校に遅れるわよ! 父さんもどうせ味なんて分かんないんだから掻き込んでくれない? 片付けができないじゃないの!」
 声を張ったのは母である清美だ。大きなテーブルに所狭しと並べられた料理を早く食べろと二人を急かす。

「母さん、無理言うな。おかず一に対し米は三。それは儂の不文律だ。これだけのおかずがあるのなら三升は必要……」
 清美に返事をしたのは父である三六《さぶろう》だ。味音痴を指摘された彼だが食事には一応の基準を設けているらしい。
「馬鹿言ってないで早くしてちょうだい!」
 毎朝慌ただしい。朝稽古の時間に料理をし片付けをしたあと大量の洗濯をして昼ご飯を用意する。清美の一日はとても忙しかった。

「なぁ親父、俺はどんな進路を選べばいい?」
 ふと一八が口にする。流石に気になってしまった。突拍子もない玲奈の問いは今まで考えたことのない思考に彼を導いている。

「んん? 将来か……。まあ奥田家は代々武道家だ。それ以外に生きる道はない」
「じゃあさ、騎士になるのも一つの手か?」
 玲奈は騎士学校を受験すると言ったのだ。共和国における騎士とは国に仕える者を指す。王政であった頃の名残であるが、今では兵をまとめ上げ国に貢献する者の称号である。

 騎士になるには国立の騎士学校へと進学しなければならなかったが、一八は試験の合否よりも目指すかどうかの時点で悩んでいるようだ。
「あんた馬鹿なんだから騎士学校なんて無理よ。うちの家系で合格できた人なんていないの。血筋なんだから素直に道場を継ぎなさい!」
 馬鹿の血筋だなんてと一八は溜め息を漏らす。確かに騎士となるには学力も必須だ。雑兵でよければ広く門戸は開かれているけれど、士官候補となる騎士学校生は高い教養も同時に求められてしまう。

「そういや儂も受験したな。見よう見まねの剣術で……」
「マジか? 親父でも駄目だったのか? 難しいのかよ?」
「受かっておれば町道場の師範などしとらん」
 まあそうだなと一八。天下に轟く奥田流魔道柔術の師範であっても騎士学校には合格できなかったようだ。

「クソッ、玲奈の奴は俺でも合格できるとか話してたのに……」
 今思うと玲奈にからかわれただけかもしれない。彼女自身はエリート高に通っているものだから前世の仕返しとばかりに一八を貶めるためではないかと。
「玲奈ちゃんと比べちゃ駄目よ。あの子は努力家だし才能もある。間違いなく騎士になるでしょうね。それに騎士学校には柔術科なんてないのよ? 今から剣術を始めたとして無理に決まってるわ」
 自分の子供とは異なり玲奈に対する清美の評価は高い。まるで実の子であるかのように彼女は玲奈を信頼しているようだ。

「まあ一八は柔術を極めろ。全国優勝したといっても所詮は高校生の大会。この先に待ち受ける強敵は少なくない。しかし、全てを倒して行け。儂はお前がどこまで強くなれるのかを見てみたい。そしていつか必ず見せてくれ。お前が世界で一番の柔術家となったその姿を……」
 馬鹿であること以上に一八は柔術家として評価されていた。幼少期から圧倒的な強さを発揮する息子は武道面においてのみ期待されている。

「そうよ、七二さんだって高校時代まで無敗の柔術家だったのよ? それでも騎士学校への入学は叶わなかった。騎士なんて夢は捨てて柔術家として食べていけるように頑張りなさい」
 奥田七二《おくだしちじ》は仙人になると家を出た祖父である。その彼も学生時代は無敵であったというのに、やはり学力がネックとなったのか合格できなかったらしい。

「前から思ってたけどウチの家系の名前は一体何なんだ? 親父が三六で爺ちゃんが七二。ひい爺さんとか知らねぇが、そのままなら一四四だろ? 一体どう読めばいいんだよ?」
 一八は嘆息している。自身が知る七二からずっと法則的に名前が決まっているのだ。先祖代々の習わしであったとして、ひい爺さんの名前が気になってしまう。

「ああ、ひい爺さんなら……」
 一八の疑問には父親の三六が答える。
 若干の苛立ちを感じさせる口調通りに、一八にとって名前はコンプレックスである。名前の響きは気に入っていたものの、当て字的な数字がからかわれる原因となっていたからだ。ただのオークキングであった一八は名前というものに憧れがあったというのに。

「奥田太郎だ……」
「普通かよっ!?」
 一八はより大きな溜め息を吐く。こうなると諸悪の根元がひい爺さんであるのは明らかだ。何故に息子へ七二という妙ちくりんな名をつけてしまったのかと疑問を覚える。

「七二爺は何と七十二人目の子供であったらしい……」
「子だくさんすぎっ! ってか、七二爺が不憫でならねぇし!」
 詰まるところ悪いのはひい爺さん。七十二人も子供をもうけてしまったその人に違いない。確か前世の異世界線において一八はレイナとの間に百人の子をもうけたという。しかし、それはオークの精力があってこそだ。人族としてあり得ない太郎のDNA保全本能に一八は呆れていた。

「せめて親父の代で妙なしがらみを切っておいてくれよ。小さい頃とか名前を書くのが恥ずかしかったんだぞ?」
「甘えるな、一八よ。カズヤなんて素晴らしい響きだし、儂よりもよっぽど格好良いじゃないか? それにお前の名を一八にしたのには明確な理由がある……」
 言って三六もまた溜め息を吐いた。三六とて何か理由があって一八と名付けただけなのだという。

「儂も辛かったからだ……」
「完全な嫌がらせじゃねぇか!」
 声を荒らげる一八。既に怒りを通り過ぎて、寧ろ清々しかったりする。同じ理由で三代続いたのは間違いない。一八は自分の代で必ずやこの連鎖を脱してやるのだと誓うのだった。

「兎にも角にも騎士学校は諦めろ。前線の指揮を執るのに相応しい知性と思慮深さが求められるのだ。強いだけでは受からん。奥田家に引き継がれるDNAの所有者である一八には無理だ。また幾ら天軍が騒がしいといっても雑兵になるなど許さんからな?」
 確かにと一八は納得していた。自身が辛かったことを息子にも強いる家系である。とても思慮深さがあるようには思えない。

「まあ分かった。俺は強さだけを追い求める。かといって今年は学校じゃろくに稽古できんからな。生徒会長なんか引き受けるんじゃなかったぜ。最強への道が遠のくだけだ……」
 一八が通うアネヤコウジ武道学館は二年生の最後に生徒会長選挙がある。だが、立候補者が一人もいなかったため、武術成績がトップである一八が教員に指名されていた。

「何言ってんのよ? ただでさえお馬鹿な学校なのよ? 生徒会長を歴任した肩書きでもあれば進学に有利なんだから。玲奈ちゃんみたいに頭も良ければ苦労せずに済んだのに……」
 清美は頻繁に玲奈を引き合いに出して一八を腐す。全国高等学校柔術選手権において未だ一度の敗戦もない一八だが、対する玲奈も中学時代は無敗であり何度も全国大会で優勝している猛者だ。加えて彼女はキンキ共和国でも有数のエリート校に通っており、その対比が息子の頑張りを今ひとつ輝かせていない。

「玲奈と比べんな。俺はもう学校に行く……」
 ふて腐れたように一八はいつもより少ない量で箸を置いた。玲奈と比べられるのは彼の日常であったはずが、将来に明確な差がついた現状を知らされた彼は少しばかり落胆している。

「それじゃあ、行ってくる……」
「一八、忘れ物はない?」
「ねぇよ! もうすぐ十八歳になるんだぞ!?」
 雲一つない晴天であったけれど、一八は何だか気が滅入っている。武人らしく自身の非であることを潔く認められたのならよかったものの、一八は女々しく後悔するだけだ。

 強さこそが正義であったオーク時代の記憶。だからこそ一八は武道のみに邁進してきた。しかし、人族の世界は武力だけでなく知性や道徳といった内面の評価も同じくらいに重要である。それに気付いた頃にはもう進学先が選べなかった。
 全ては記憶を引き継いだせい。一八は女神の配慮こそが原因であると考え、オークの記憶が残っていたからだと思ってしまう。

「やっぱ記憶の引き継ぎなんて無駄なことだったな……」
 トレーニング代わりにと一八は走り出していた。雑念を振り払うかのように全力疾走している。
 高校生活もあと一年だ。将来を劇的に変化させることなど不可能であるが一八はそれでも何とかしたいと思う。同じ世界から転生した玲奈のように上手く生きられたならと。
 額から流れる汗を拭いながら、一八が駆けていく。
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