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第一章 転生者二人の高校生活
玲奈が去ったあと……
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玲奈が役員室を出て行ったあと、部屋の雰囲気は殺伐としていた。それはそのはず鬼の形相で睨み付ける一八が言葉を発しなかったからだ。扉が閉められたあとは極度の緊張状態が続いている。
「さてお前ら……」
やたらと低いトーンで一八が切り出している。この場を威圧し、仕切るのだという強い意志が感じられた。ただし、それは生徒会長としての意味合いを少しも含んでいない。
「全員、覚悟はできているんだな……?」
「お、奥田会長! 我々だって嫌なんですよ! そんな役割を受け持ったことなどありませんし、何をどうすればいいのかまるで分かっていません! 会長は代表としての責任があるはずです!」
言い訳を始めたのは中堅どころである牧野であった。彼は委員の四人に該当しなかったが、どうしてか一八に意見している。失敗が決定的である事案の処理は代表者の責務であると。
「かといって俺を話し合いに加わらせずに決定とは良い度胸じゃねぇか? なぁ牧野!?」
「生徒会長じゃないっすか!? 一番に逃げようとしないでください!」
「何だと!? 俺だって好きで会長なんかやってねぇよ!」
とても決着がつくとは考えられない。行き着く先は乱闘であるとしか思えなかった。
「これは奥田会長が体育祭をゴリ押しした仕返しに決まってます!」
「お前らがポンコツだからだろうがよ!」
折り合う隙すら見せない両者。牧野は委員に含まれていないのだが、これ程までに反論するのは彼の序列が下から数えて四番目だからだ。一八が外れるとなると次は牧野の番。従って一八が決定を覆すことだけは避けたかった。
後世まで伝わりそうな恥を掻くかもしれない。せっかく共学になるというのに、初っぱなから失態を晒したくなかった。よって牧野は必死である。生徒会長という看板を逆手に取り、どうあっても一八にその役を押し付けなければと思う。
対する一八も絶対に拒否しようと考えていた。ここで断っておかねば、この先に変更を願い出るチャンスがないことを一八も分かっている。ただでさえ騎士学校を目指して勉強を始めたばかりだ。少しでも時間が惜しい彼は断固として了承できない。
両者一歩も引かぬ展開。既に決定していた三人は諦めたのか話に加わる様子がない。また、それ以外のメンバーも自分に被害が及ばぬうちは静観の構えである。
ところが、この論争は思わぬ形へと変貌を遂げていく。収束することはなかったものの、誰もが予想すらしなかった方向に展開していくのだった。
「でも実行委員は悪くないっすよ? カラスマ女子からも四名が選ばれるみたいですし。俺もお近づきになれちゃうかなぁって!」
何気ない土居の一言が状況を一変させた。
刹那に電撃が迸る。それは強大な緊張感だ。誰もがゴクリと唾を呑み、部屋にいた全ての男たちは隣り合う人間と数珠つなぎに視線を合わせていく。
「土居……。それは本当か……?」
遂には総大将である一八が口を開いた。確認というより脅しのような声色で。
使いっ走りの土居は真っ先にメンバーに選ばれていた。また他の二名も概ね同じような立場にいる者たちである。
一八はある程度の推測を済ませていた。返答を聞くよりも前であったものの、真っ先に選ばれた三名が不平不満を口にしなかったわけ。それは語られた内容を彼らが知っていたからではないかと。
「奥田さん、読まなかったんすか? 玲奈さんが委員向けのプリントを置いていったじゃないっすか?」
言われて初めて目を通す。確かに玲奈は資料を机に置いていった。放置されたままの資料を手にし、一八は食い入るように内容を読んだ。
「なん……だと……?」
確かに明記してあった。資料を持つ一八の手は震えている。
【実行委員会は武道学館四名とカラスマ女子四名とで構成。体育祭の準備から運営を行う】
土居の語った内容は真実であった。これにより状況は明確に翻ってしまう。
カラスマ女子学園はその名の通り女子校である。従ってカラスマ代表がマッチョマンである可能性は皆無だ。
一八は思った。とんでもない過ちを犯す寸前であったのだと。
「痛恨のミスじゃねぇか……。俺はみすみす好機を逃すところだった……」
一八がそんなことを考えた瞬間のこと、唐突に牧野が口を開いた。
「奥田会長、そんなにも敬遠されるのでしたら、この牧野が恥を忍んで引き受けましょう! いや下っ端ですから当然のことっす!」
一転して牧野が委員会への参加を表明する。
役員室に充満する不穏な空気。確実に先ほどよりも重く澱んでいた……。
「チッ……。全く下衆いな、牧野よぉ……?」
一八の鋭い視線が牧野へと向けられていた。背筋が凍るようなその視線は思わずひっくり返ってしまうほど邪悪なものに映る。
「いやでも会長は嫌がっていたじゃないですか!?」
「記憶にねぇよ……。それにそれはテメェもだろうが……」
牧野は絶対王者の風格を感じていた。少しでも間違えたならば命はないだろう。かつてここまでの覇気を一八が見せたことはない。冷酷な瞳へと宿る明確な殺意に気付いた牧野は慎重に言葉を選び、話を続けるのだった。
「お、奥田会長はただでさえ激務です! 合併の準備に奔走されていることを知っています! その上に体育祭の準備だなんて無理でしょう!? 私は是非とも会長のお役に立ちたい。実行委員はこの牧野にお任せください!」
忠誠を全面に散りばめた台詞。とりあえず牧野は生命の維持を最優先とした。かといって実行委員を諦めたわけではない。あわよくば自分が選ばれるようにと、精一杯の願望を込めていた。
「なあ牧野……。こう見えて俺は奉仕精神に溢れているんだ。もちろんお前も知っていただろう? 俺のボランティア好きは有名な話だからな……。まあそれはそれとして、このところの事務仕事で俺は身体がなまっているんだ。一つ柔術の稽古に付き合ってくれないか? 激しい練習を今日から毎日六時間ほど。生徒会長の仕事も随分と片付いたからな。だから俺には時間が有り余っているんだ。仮に実行委員会の仕事でも入れば、特訓する時間なんて取れなかったんだがなぁ……」
選択を迫られているのは牧野だ。明らかな脅迫である。牧野にとって天国を選択することは同時に地獄へ墜ちることを意味した。
「し、しかし……」
女子高生との楽しい放課後。一瞬でも夢見てしまった牧野にとって、切り捨てるにはあまりにも甘美すぎた。
「どうした……? 早く決めろ。牧野の好きにして良いんだぜ……? 俺は単純にボランティアが好きなだけで、別に女子高生たちとイチャコラしたいわけじゃない。だからどちらを選ぼうが俺はぜんっっぜん構わないぜ……?」
一八の見せた悪魔的な笑みは遂に牧野の心を折る。牧野は膝から崩れ落ちるようにして這いつくばり、最後に嗚咽を漏らした。
「うおおぉぉぉっ! すみませんでしたぁぁ! 俺が間違っていましたぁぁっ! 夢見てしまっただけなんです! どうか死刑だけは……」
「良いんだぜ? 顔を上げろよ、牧野……。間違いは誰にでもある。特に俺は心が広いからな……。お前の過ちは許そう……」
牧野への対応を見る他の面々は異議を唱えられなくなった。全員が実行委員会に参加してみたいと考えていたけれど、代償として地獄へ送られるのは本望ではない。
「みんな聞いてくれ。俺を含めた四名は体育祭実行委員会に参加することになった。だが、残った者も喜べ。委員に選ばれていないお前たちにも協力させてやろう……」
この場にいるのは七人。何と一八は生徒会長としての強権を行使し、残る三人にも天国を体験させてあげるのだという。
「本当ですか、奥田会長!?」
「マジッすか!? 絶対に参加します!」
「ありがとうございます! 一八さん!!」
一様に笑顔を見せる三人。ハイタッチをして大喜びである。
満足そうに一八は彼らを見つめていた。部下たちの嬉しそうな顔は代表者としてこれ以上ない報酬なのかもしれない。
「それじゃあ、お前たちよろしく頼む。全員ここに名前を書いてくれ!」
「了解しました! お任せください、奥田会長!」
我先にと全員が名前を書き込んでいく。これで全てが丸く収まったらしい。少なくとも名を書き込んだ三名はそう考えていた。
「助かる! もらった資料に資材の運搬係が必要と書いてあったんだ!」
三人の魂が抜けていったのは語るまでもなかった……。
「さてお前ら……」
やたらと低いトーンで一八が切り出している。この場を威圧し、仕切るのだという強い意志が感じられた。ただし、それは生徒会長としての意味合いを少しも含んでいない。
「全員、覚悟はできているんだな……?」
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「これは奥田会長が体育祭をゴリ押しした仕返しに決まってます!」
「お前らがポンコツだからだろうがよ!」
折り合う隙すら見せない両者。牧野は委員に含まれていないのだが、これ程までに反論するのは彼の序列が下から数えて四番目だからだ。一八が外れるとなると次は牧野の番。従って一八が決定を覆すことだけは避けたかった。
後世まで伝わりそうな恥を掻くかもしれない。せっかく共学になるというのに、初っぱなから失態を晒したくなかった。よって牧野は必死である。生徒会長という看板を逆手に取り、どうあっても一八にその役を押し付けなければと思う。
対する一八も絶対に拒否しようと考えていた。ここで断っておかねば、この先に変更を願い出るチャンスがないことを一八も分かっている。ただでさえ騎士学校を目指して勉強を始めたばかりだ。少しでも時間が惜しい彼は断固として了承できない。
両者一歩も引かぬ展開。既に決定していた三人は諦めたのか話に加わる様子がない。また、それ以外のメンバーも自分に被害が及ばぬうちは静観の構えである。
ところが、この論争は思わぬ形へと変貌を遂げていく。収束することはなかったものの、誰もが予想すらしなかった方向に展開していくのだった。
「でも実行委員は悪くないっすよ? カラスマ女子からも四名が選ばれるみたいですし。俺もお近づきになれちゃうかなぁって!」
何気ない土居の一言が状況を一変させた。
刹那に電撃が迸る。それは強大な緊張感だ。誰もがゴクリと唾を呑み、部屋にいた全ての男たちは隣り合う人間と数珠つなぎに視線を合わせていく。
「土居……。それは本当か……?」
遂には総大将である一八が口を開いた。確認というより脅しのような声色で。
使いっ走りの土居は真っ先にメンバーに選ばれていた。また他の二名も概ね同じような立場にいる者たちである。
一八はある程度の推測を済ませていた。返答を聞くよりも前であったものの、真っ先に選ばれた三名が不平不満を口にしなかったわけ。それは語られた内容を彼らが知っていたからではないかと。
「奥田さん、読まなかったんすか? 玲奈さんが委員向けのプリントを置いていったじゃないっすか?」
言われて初めて目を通す。確かに玲奈は資料を机に置いていった。放置されたままの資料を手にし、一八は食い入るように内容を読んだ。
「なん……だと……?」
確かに明記してあった。資料を持つ一八の手は震えている。
【実行委員会は武道学館四名とカラスマ女子四名とで構成。体育祭の準備から運営を行う】
土居の語った内容は真実であった。これにより状況は明確に翻ってしまう。
カラスマ女子学園はその名の通り女子校である。従ってカラスマ代表がマッチョマンである可能性は皆無だ。
一八は思った。とんでもない過ちを犯す寸前であったのだと。
「痛恨のミスじゃねぇか……。俺はみすみす好機を逃すところだった……」
一八がそんなことを考えた瞬間のこと、唐突に牧野が口を開いた。
「奥田会長、そんなにも敬遠されるのでしたら、この牧野が恥を忍んで引き受けましょう! いや下っ端ですから当然のことっす!」
一転して牧野が委員会への参加を表明する。
役員室に充満する不穏な空気。確実に先ほどよりも重く澱んでいた……。
「チッ……。全く下衆いな、牧野よぉ……?」
一八の鋭い視線が牧野へと向けられていた。背筋が凍るようなその視線は思わずひっくり返ってしまうほど邪悪なものに映る。
「いやでも会長は嫌がっていたじゃないですか!?」
「記憶にねぇよ……。それにそれはテメェもだろうが……」
牧野は絶対王者の風格を感じていた。少しでも間違えたならば命はないだろう。かつてここまでの覇気を一八が見せたことはない。冷酷な瞳へと宿る明確な殺意に気付いた牧野は慎重に言葉を選び、話を続けるのだった。
「お、奥田会長はただでさえ激務です! 合併の準備に奔走されていることを知っています! その上に体育祭の準備だなんて無理でしょう!? 私は是非とも会長のお役に立ちたい。実行委員はこの牧野にお任せください!」
忠誠を全面に散りばめた台詞。とりあえず牧野は生命の維持を最優先とした。かといって実行委員を諦めたわけではない。あわよくば自分が選ばれるようにと、精一杯の願望を込めていた。
「なあ牧野……。こう見えて俺は奉仕精神に溢れているんだ。もちろんお前も知っていただろう? 俺のボランティア好きは有名な話だからな……。まあそれはそれとして、このところの事務仕事で俺は身体がなまっているんだ。一つ柔術の稽古に付き合ってくれないか? 激しい練習を今日から毎日六時間ほど。生徒会長の仕事も随分と片付いたからな。だから俺には時間が有り余っているんだ。仮に実行委員会の仕事でも入れば、特訓する時間なんて取れなかったんだがなぁ……」
選択を迫られているのは牧野だ。明らかな脅迫である。牧野にとって天国を選択することは同時に地獄へ墜ちることを意味した。
「し、しかし……」
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「どうした……? 早く決めろ。牧野の好きにして良いんだぜ……? 俺は単純にボランティアが好きなだけで、別に女子高生たちとイチャコラしたいわけじゃない。だからどちらを選ぼうが俺はぜんっっぜん構わないぜ……?」
一八の見せた悪魔的な笑みは遂に牧野の心を折る。牧野は膝から崩れ落ちるようにして這いつくばり、最後に嗚咽を漏らした。
「うおおぉぉぉっ! すみませんでしたぁぁ! 俺が間違っていましたぁぁっ! 夢見てしまっただけなんです! どうか死刑だけは……」
「良いんだぜ? 顔を上げろよ、牧野……。間違いは誰にでもある。特に俺は心が広いからな……。お前の過ちは許そう……」
牧野への対応を見る他の面々は異議を唱えられなくなった。全員が実行委員会に参加してみたいと考えていたけれど、代償として地獄へ送られるのは本望ではない。
「みんな聞いてくれ。俺を含めた四名は体育祭実行委員会に参加することになった。だが、残った者も喜べ。委員に選ばれていないお前たちにも協力させてやろう……」
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「本当ですか、奥田会長!?」
「マジッすか!? 絶対に参加します!」
「ありがとうございます! 一八さん!!」
一様に笑顔を見せる三人。ハイタッチをして大喜びである。
満足そうに一八は彼らを見つめていた。部下たちの嬉しそうな顔は代表者としてこれ以上ない報酬なのかもしれない。
「それじゃあ、お前たちよろしく頼む。全員ここに名前を書いてくれ!」
「了解しました! お任せください、奥田会長!」
我先にと全員が名前を書き込んでいく。これで全てが丸く収まったらしい。少なくとも名を書き込んだ三名はそう考えていた。
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