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第一章 転生者二人の高校生活
魔道剣術
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玲奈と共に学校をあとにした一八。一時間ほど無駄にしたけれど、玲奈のおかげで早く切り上げられていた。
「それで玲奈、最近道場で姿を見かけんが、勉強でもしているのか?」
ふとした疑問を聞く。春先は朝と晩は必ず稽古場で見かけたのだが、夏以降は殆ど見なくなっていた。
「いや別に勉強というわけではない。貴様のパワーを見たとき思ったのだ。私も筋力をつけてみようと。夏場はずっと自宅のトレーニングルームに籠もっていた」
見た目は大して変わった感じがない。一八はその成果に疑問を覚えている。
「全然変わってねぇじゃねぇか。効果はあったのかよ?」
「まあ長袖シャツを着ているし、見た目はそう変わらんかもな。だが、脱ぐと凄いんだぞ?」
「知らねぇよ!」
玲奈によるとかなり増強できたらしい。負荷の重りも春先と比べて二倍以上となり、技の威力も飛躍的に向上したとのこと。
「おい一八、走って帰るぞ!」
言って急に走り出す玲奈。一八としても急いで帰りたかったから、素振り前のウォーミングアップとして付き合うことにした。
二人は立ち所に岸野家へと到着する。ただし、玲奈は家の方へと入っていき、一八は道場の門を開く。今日もまた二人は別々に行動するようだ。
「失礼します!」
更衣室で胴着に着替えた一八。大きな声で挨拶をする。最初は怖がられていた小学生にも可愛らしい挨拶が返されていた。既に一八は各クラスで有名人となっていたのだ。
「一八、今日は遅かったな? 早く素振りを終わらせい」
全ては日課である。夏休みであった昨日ならば十分に時間があった。しかし、学校が始まってしまえば、素振りをして打ち込みをすると時間など幾らも残らない。
「気合い入れて終わらせっぞ。今日は半ドンだが、明日からは通常授業。素振りを三時間で終わらせてやる……」
言って一八は大竿を振る。目にも留まらぬ速さで振り抜かれていた。随分と風切り音にも慣れていた門下生たちだが、一様に驚き視線を向ける。超高速で振り始めた一八から目が離せない。
武士は何も言わなかった。速いだけであれば口出ししただろうが、その一振り一振りは正確であり文句のつけようがなかったのだ。
開始から三時間。午後二時から続けた素振りは学生クラスが終わるタイミングで最後のカウントを告げた。
「ふむ、良い感じだな。一八は七時まで打ち込みをしていなさい。そのあとは飯を食って実戦形式の試合をするからな」
一八が待っていたのは試合形式の稽古である。今日こそ武士から一本取ろうと意気込む。八時からの試合に向け、打ち込みにも熱が入った。
時計が七時半を指すと稽古場の扉が開かれている。それは見慣れた光景だ。夕飯を持ってくるのは決まって玲奈である。
「おい一八、今日はカツ丼だぞ? それもご飯一升の特別デカいやつ!」
玲奈は満面の笑みである。彼女自身は今し方カツ丼を平らげたはずなのに、持ってきたのは土鍋サイズのどんぶりが二つだ。
「今日は来田が休みなんだぞ? おばさんに言ってなかったのか?」
「すっかり失念していた! 仕方がない。このカツ丼は私が……」
夏休みは皆勤賞であった来田なのだが、珍しく今日は学校も休んでいた。詳しい理由は聞かされていないけれど、恐らくは体調を崩したのだと思われる。
「確信犯じゃねぇか……」
呆れてものが言えない。超巨大なカツ丼を二杯も食べる女子。玲奈以外には見たことがなかった。
「カツ丼は三杯目でも美味い!」
「二杯じゃねぇし!」
どれだけ大食らいだよと一八。まあしかし、玲奈の食いっぷりは見ていて飽きない。豪快にご飯を掻き込む様子は呆れるを通り越して寧ろ清々しかった。
「さて腹も満たされたし、私は筋トレに戻るか……」
「食い過ぎだけどな?」
立ち上がった玲奈に一八が一言。とはいえいつも通りである。晩ご飯後の間食を済ませた玲奈はこのまま自宅へ戻ってしまうのだ。
そんなとき、急に道場の扉が開かれる。それは岸野家と直結する引き戸。まだ夜の部が始まる前であったというのに、師範の武士が現れていた。
「一八、打ち込みは終わったか?」
友人の息子というより、もう完全に弟子の一人。武士は稽古の進捗状況を聞いた。
「終わりました。夜は直ぐにでも師範と試合できます」
「いや、今日の相手は儂ではない……」
楽しみにしていた武士との試合だが、一八の希望は叶わない。今日こそは武士から一本取ってやろうと考えていたのに。
「玲奈が相手だ――――」
今まさに玲奈は道場の扉を開いていた。だが、彼女にも聞こえたはず。他には誰もいない道場である。一八と武士の会話はしっかりと聞き取れていた。
クルリと振り返る玲奈。そんな話は初めて聞く。彼女は事前に何も言われていないのだ。
「父上、本気ですか?」
やや不満げに問いを返している。自身は筋トレに重点を置いていたから。
「なんだ? 敗戦を恐れておるのか? まあ逃げるのも一つの手だ……」
「ま、負けるはずがありません! 一八など滅多打ちにしてやります!」
「ならば用意しろ。早速始める……」
まだ夜の部が始まるまで時間があった。しかし、武士は玲奈の準備を急かす。
間違いなく意図があっただろうが、一八も玲奈も推し量れない。ただ言われるがまま準備を始めるだけだ。
「父上、模造刀の使用を許可願いたい。大竿が相手となると竹刀ではきつい」
「良かろう。数ヶ月前の清水も模造刀で戦ったのだから」
社会人クラスで一番の猛者である清水も模造刀を使ったという。そのとき勝利を収めたのは清水であったけれど、それは辛勝であった。
「玲奈、早々にまいったと言え。如何に強かろうがお前は女だ。俺の敵じゃねぇよ」
一八が言った。武士の指示であるから従っているだけであり、本心は玲奈との戦いに得るものなどないと考えている。
「はん、私に勝つつもりか?」
「勝つも何も素手で戦った俺にもお前は苦戦しただろうが?」
それは春先のこと。確かに二人は戦っていた。一応は玲奈が強烈な一撃を入れたのだが、過程を考えると二人は互角であった。
「あれは貴様の戦闘スタイルに戸惑っただけだ。剣術の試合であれば負けようがない。早々に一本入れさせてもらうからな」
「言ってろ。俺はこの数ヶ月に亘って門下生の誰にも負けていない。師範以外は雑魚なんだよ」
二人共が勝つつもりのよう。お互いが成長を疑っていない。この数ヶ月に努力してきた全てが自信となっていた。
「では始める。両者構え!」
二人の剣先が軽くぶつかり合う。魔道剣術においてそれは試合開始を意味した。
「うおおおぉぉっ!」
早速と一八の力強い一撃が放たれる。敵じゃないと言った台詞の通りに、いち早くこの茶番を終わらせようとして。
刹那に金属音が響き渡った。上段から振り下ろされた一八の攻撃。道場生の誰もいなすことすらできなかった一撃をどうしてか玲奈は受け止めている。
「ぬぅ、これは……?」
即座に距離を取り玲奈は武士と視線を合わせた。一八の攻撃を受けた彼女は何かに気付いてしまったらしい。
「父上、一八はまだ!?」
「玲奈よ、試合中だ。気にするな……」
気にするなと言われても気になってしまう。玲奈はこの試合の意味合いすら分からなくなっていた。
「玲奈、よそ見するな! いくぞっ!」
再び一八の大竿が振り下ろされた。その一撃は力強くあり、身につけた正確さも持ち合わせている。
ところが、またも金属音が鳴り響くだけ。玲奈は今度もまた一八の一撃をいとも簡単に受け止めていた。門下生の誰もが剣ごと弾き飛ばされていたというのに。
「なっ!?」
流石に一八も戸惑っている。先ほどの一太刀は会心といえるほどであった。思い通りに力強く振り切れたはず。華奢な女性に受け止められてしまう理由が分からない。
このあとも一八は攻め続けた。けれど、いずれも簡単に受け止められてしまう。玲奈は態勢を崩すことなく微動だにしなかった。
「なんでだ? 師範ならともかく……」
困惑するしかない。だが、一八は推測もしていた。確か玲奈は筋トレをしていると話していたのだ。にわかに信じがたい話であるが、その効果は揺らぎもしない彼女を見れば明らかであった。
「玲奈よ、そろそろ決めに行け」
ここで武士の指示が飛ぶ。受けるだけであった玲奈に試合を終わらせるようにと。また武士は間違っても一八が勝利することなどないと考えているようだ。
「ちくしょう……」
何度斬り掛かろうが同じである。いとも容易く止められてしまう。
「一八、残念だが試合は終わりだ。私にとって少しの価値もなかった……。よく見ておけ? これが私の剣。長年研ぎ澄ませてきた剣術の全てだ……」
言って玲奈は間合いを取る。集中をし睨むように一八を見ている。
「受けてみろ、カズヤァァァッ!!」
猛ダッシュに加え、電光石火の一撃が繰り出されていた。切っ先は空間を斬り裂くほど鋭敏にその位置を変えている。素早くも力強く水平に振り抜かれていた。
あまりのスピードに一八は間合いを取ろうと後方にステップ。目で追うのは苦労したけれど、武士との稽古が実を結んだのか何とか彼女の太刀筋は見えている。
「クソッ!」
避けきれないと判断し、咄嗟に大竿で玲奈の剣を受け止めた。速いだけの攻撃であれば問題ないはずと。
次の瞬間、カァンという甲高い音が道場に木霊した。あろうことか一八の大竿は弾かれただけでなく宙を舞い、終いには道場の床へと飛ばされている。
「嘘……だろ……?」
一八は呆然としていた。完全に力負けしたのだ。玲奈の剣圧に耐えられず大竿を握っていられなかった。どう考えても玲奈より自分自身の力は勝っているはずなのに。
「一八、一本だ……」
更には玲奈の剣が喉元を捕らえている。これは明確に一八の負けを意味した。信じられないほど重い一撃。一八は唖然と首を振るしかない。
「父上、あと四ヶ月もないのですよ? 一八はど素人のままじゃないですか?」
玲奈が怒気を含んだ口調で言う。指導は任せきりであったものの、流石に看過できないといった感じである。
「玲奈、もう下がって良いぞ。筋トレでもしておれい」
どうやら玲奈の文句を聞くつもりはないらしい。武士は玲奈を道場から追い出そうとする。呼び止めたのは彼自身であったというのに。
不満げな表情であったものの、玲奈は何も返さず道場を出て行く。それこそ自分の稽古が大事だといった風に。
道場に残ったのは一八と武士である。今も一八は放心状態であり、現状に至る過程がどうあったのかを考えているだけだ。
「一八よ、どうして玲奈の剣を止められなかった?」
答えが分からないから考えているというのに武士は聞いた。なぜに非力な女性に負けたのかを。
「分からねぇっす。玲奈の力なら余裕でしのげたはず……」
ど素人とまで言われてしまった。確かにその通りなのだが、それでも一八は門下生の誰にも劣っていない。彼がど素人であれば岸野魔道剣術道場の全員が素人ということになってしまう。
「ならば一八よ、どうして魔道剣術であるのか分かるか?」
ここで質問内容が変わる。かといって問われる理由が分からなかった。岸野魔道剣術道場というのだから意味合いは明らかである。
「魔道を使った剣術ですか……?」
言って一八は気付いた。一八の剣術が根本的に間違っていたことを。
今までも柔術と同じように身体能力を強化していた。けれど、それだけなのだ。もしも考える通りであれば、一八はまだ基礎しか学んでいないことになる。
「魔道剣術とは魔道により強化された剣を振るうこと。一八が玲奈の剣に負けたのはそれが原因なのだ」
「いやでも、俺は他の道場生には負けていません!」
一八は口答えするように返した。実際に道場生と試合をしているのだ。また彼は最初こそ苦戦したものの、今では敵なしとなっている。だから余計に分からなくなっていた。
「それは魔力量の問題……。玲奈の魔力量が傑出しているからであり、門下生の多くが魔力に恵まれていないからだ。剣と身体に流す魔力が十分になければ、どちらかを削るか双方に少しずつ流すしかなくなる。玲奈のように最大解放してしまえば一秒ともたん。つまり大多数の門下生は一八が身体強化しかしていなくとも勝てる相手だ……」
一八の話を否定するように武士が語り始める。なぜ一八が負けたのか。どうして非力な玲奈が勝ったのかを。
門下生には騎士となった者もいる。だが、そういった才ある剣士は騎士学校に合格するや道場を辞めてしまうのだ。つまるところ現状の門下生たちは将来的な試験に備える者か、或いはアマチュアとして剣術を続ける者が大半であった。
「柔術でも同じだろう? 強い魔力を秘めたる者はより強固な肉体に昇華できる。それは剣術も同じだ。だが、決定的に異なることがある。剣術は身体だけに魔力を流すものではない。剣にも魔力を循環させなければならん。これにより棒きれは鉄となり、鉄ならば超鋼鉄にもなり得る。魔力を乗せるほどに威力が増し、重さも感じなくなるのだ。つまりは魔力に恵まれない者は身体と剣の双方に十分な魔力を注げない。魔力があってこそ魔道剣術の高みを目指せるのだ。技術という土台ができあがり、その上に魔道を加えたもの。お前と比べて非力な玲奈であっても先ほどのような結果をもたらすことができよう」
武士は魔道剣術の極意を語る。強く剣を振るだけでは駄目だと。一八にも理屈は分かったけれど、腑に落ちないこともあった。
「どうして教えてくれなかったのですか?」
「振る力がないうちに覚えてはならんからだ。剣の重さを把握し、それでいて正確に振り抜く。限界まで全力で振り続けることができて初めて上乗せができるのだ。それとも一八は上乗せよりも補完を望んだか? 初心者が並の剣士になる程度で我慢できるのか?」
武士の話は痛いところを突く。一八は世界一の柔術家を目指していた。それを投げ出してまで剣術を始めたのだ。
「いいや、俺は並の剣士になんてなりたくねぇっす……」
剣術の面白さが分かってきたばかり。奥の深さは柔術にも劣っていない。つまるところ一八が到達すべき場所は同じだ。
「俺は最強の上を目指す――――」
一八の目標に武士は笑みを浮かべた。未だかつて彼ほど素質に恵まれた弟子はいない。類い希なる体躯に秘めたる魔力。加えて決して折れぬ不屈の精神が備わっていた。根性という言葉では足りないそれは武道家としてあるべき資質に他ならない。
「ならばこれより魔道剣術を始める。一八よ、目指すべきは頂点だけだ……」
やってやろうと一八は意気込む。玲奈を落胆させた先ほどの試合は本当に不本意だった。
必ず見返してやるのだと心の内に誓う。彼女と同じ魔道剣術士となることによって……。
社会人の門下生が続々とやって来た。皆一様に驚いている。明らかに魔力伝達の特訓をする一八に。武士がようやく稽古の段階を上げたのだと。
一八の特訓は続く。彼はまだ魔道剣士としての道のりを歩み始めたばかりだ……。
「それで玲奈、最近道場で姿を見かけんが、勉強でもしているのか?」
ふとした疑問を聞く。春先は朝と晩は必ず稽古場で見かけたのだが、夏以降は殆ど見なくなっていた。
「いや別に勉強というわけではない。貴様のパワーを見たとき思ったのだ。私も筋力をつけてみようと。夏場はずっと自宅のトレーニングルームに籠もっていた」
見た目は大して変わった感じがない。一八はその成果に疑問を覚えている。
「全然変わってねぇじゃねぇか。効果はあったのかよ?」
「まあ長袖シャツを着ているし、見た目はそう変わらんかもな。だが、脱ぐと凄いんだぞ?」
「知らねぇよ!」
玲奈によるとかなり増強できたらしい。負荷の重りも春先と比べて二倍以上となり、技の威力も飛躍的に向上したとのこと。
「おい一八、走って帰るぞ!」
言って急に走り出す玲奈。一八としても急いで帰りたかったから、素振り前のウォーミングアップとして付き合うことにした。
二人は立ち所に岸野家へと到着する。ただし、玲奈は家の方へと入っていき、一八は道場の門を開く。今日もまた二人は別々に行動するようだ。
「失礼します!」
更衣室で胴着に着替えた一八。大きな声で挨拶をする。最初は怖がられていた小学生にも可愛らしい挨拶が返されていた。既に一八は各クラスで有名人となっていたのだ。
「一八、今日は遅かったな? 早く素振りを終わらせい」
全ては日課である。夏休みであった昨日ならば十分に時間があった。しかし、学校が始まってしまえば、素振りをして打ち込みをすると時間など幾らも残らない。
「気合い入れて終わらせっぞ。今日は半ドンだが、明日からは通常授業。素振りを三時間で終わらせてやる……」
言って一八は大竿を振る。目にも留まらぬ速さで振り抜かれていた。随分と風切り音にも慣れていた門下生たちだが、一様に驚き視線を向ける。超高速で振り始めた一八から目が離せない。
武士は何も言わなかった。速いだけであれば口出ししただろうが、その一振り一振りは正確であり文句のつけようがなかったのだ。
開始から三時間。午後二時から続けた素振りは学生クラスが終わるタイミングで最後のカウントを告げた。
「ふむ、良い感じだな。一八は七時まで打ち込みをしていなさい。そのあとは飯を食って実戦形式の試合をするからな」
一八が待っていたのは試合形式の稽古である。今日こそ武士から一本取ろうと意気込む。八時からの試合に向け、打ち込みにも熱が入った。
時計が七時半を指すと稽古場の扉が開かれている。それは見慣れた光景だ。夕飯を持ってくるのは決まって玲奈である。
「おい一八、今日はカツ丼だぞ? それもご飯一升の特別デカいやつ!」
玲奈は満面の笑みである。彼女自身は今し方カツ丼を平らげたはずなのに、持ってきたのは土鍋サイズのどんぶりが二つだ。
「今日は来田が休みなんだぞ? おばさんに言ってなかったのか?」
「すっかり失念していた! 仕方がない。このカツ丼は私が……」
夏休みは皆勤賞であった来田なのだが、珍しく今日は学校も休んでいた。詳しい理由は聞かされていないけれど、恐らくは体調を崩したのだと思われる。
「確信犯じゃねぇか……」
呆れてものが言えない。超巨大なカツ丼を二杯も食べる女子。玲奈以外には見たことがなかった。
「カツ丼は三杯目でも美味い!」
「二杯じゃねぇし!」
どれだけ大食らいだよと一八。まあしかし、玲奈の食いっぷりは見ていて飽きない。豪快にご飯を掻き込む様子は呆れるを通り越して寧ろ清々しかった。
「さて腹も満たされたし、私は筋トレに戻るか……」
「食い過ぎだけどな?」
立ち上がった玲奈に一八が一言。とはいえいつも通りである。晩ご飯後の間食を済ませた玲奈はこのまま自宅へ戻ってしまうのだ。
そんなとき、急に道場の扉が開かれる。それは岸野家と直結する引き戸。まだ夜の部が始まる前であったというのに、師範の武士が現れていた。
「一八、打ち込みは終わったか?」
友人の息子というより、もう完全に弟子の一人。武士は稽古の進捗状況を聞いた。
「終わりました。夜は直ぐにでも師範と試合できます」
「いや、今日の相手は儂ではない……」
楽しみにしていた武士との試合だが、一八の希望は叶わない。今日こそは武士から一本取ってやろうと考えていたのに。
「玲奈が相手だ――――」
今まさに玲奈は道場の扉を開いていた。だが、彼女にも聞こえたはず。他には誰もいない道場である。一八と武士の会話はしっかりと聞き取れていた。
クルリと振り返る玲奈。そんな話は初めて聞く。彼女は事前に何も言われていないのだ。
「父上、本気ですか?」
やや不満げに問いを返している。自身は筋トレに重点を置いていたから。
「なんだ? 敗戦を恐れておるのか? まあ逃げるのも一つの手だ……」
「ま、負けるはずがありません! 一八など滅多打ちにしてやります!」
「ならば用意しろ。早速始める……」
まだ夜の部が始まるまで時間があった。しかし、武士は玲奈の準備を急かす。
間違いなく意図があっただろうが、一八も玲奈も推し量れない。ただ言われるがまま準備を始めるだけだ。
「父上、模造刀の使用を許可願いたい。大竿が相手となると竹刀ではきつい」
「良かろう。数ヶ月前の清水も模造刀で戦ったのだから」
社会人クラスで一番の猛者である清水も模造刀を使ったという。そのとき勝利を収めたのは清水であったけれど、それは辛勝であった。
「玲奈、早々にまいったと言え。如何に強かろうがお前は女だ。俺の敵じゃねぇよ」
一八が言った。武士の指示であるから従っているだけであり、本心は玲奈との戦いに得るものなどないと考えている。
「はん、私に勝つつもりか?」
「勝つも何も素手で戦った俺にもお前は苦戦しただろうが?」
それは春先のこと。確かに二人は戦っていた。一応は玲奈が強烈な一撃を入れたのだが、過程を考えると二人は互角であった。
「あれは貴様の戦闘スタイルに戸惑っただけだ。剣術の試合であれば負けようがない。早々に一本入れさせてもらうからな」
「言ってろ。俺はこの数ヶ月に亘って門下生の誰にも負けていない。師範以外は雑魚なんだよ」
二人共が勝つつもりのよう。お互いが成長を疑っていない。この数ヶ月に努力してきた全てが自信となっていた。
「では始める。両者構え!」
二人の剣先が軽くぶつかり合う。魔道剣術においてそれは試合開始を意味した。
「うおおおぉぉっ!」
早速と一八の力強い一撃が放たれる。敵じゃないと言った台詞の通りに、いち早くこの茶番を終わらせようとして。
刹那に金属音が響き渡った。上段から振り下ろされた一八の攻撃。道場生の誰もいなすことすらできなかった一撃をどうしてか玲奈は受け止めている。
「ぬぅ、これは……?」
即座に距離を取り玲奈は武士と視線を合わせた。一八の攻撃を受けた彼女は何かに気付いてしまったらしい。
「父上、一八はまだ!?」
「玲奈よ、試合中だ。気にするな……」
気にするなと言われても気になってしまう。玲奈はこの試合の意味合いすら分からなくなっていた。
「玲奈、よそ見するな! いくぞっ!」
再び一八の大竿が振り下ろされた。その一撃は力強くあり、身につけた正確さも持ち合わせている。
ところが、またも金属音が鳴り響くだけ。玲奈は今度もまた一八の一撃をいとも簡単に受け止めていた。門下生の誰もが剣ごと弾き飛ばされていたというのに。
「なっ!?」
流石に一八も戸惑っている。先ほどの一太刀は会心といえるほどであった。思い通りに力強く振り切れたはず。華奢な女性に受け止められてしまう理由が分からない。
このあとも一八は攻め続けた。けれど、いずれも簡単に受け止められてしまう。玲奈は態勢を崩すことなく微動だにしなかった。
「なんでだ? 師範ならともかく……」
困惑するしかない。だが、一八は推測もしていた。確か玲奈は筋トレをしていると話していたのだ。にわかに信じがたい話であるが、その効果は揺らぎもしない彼女を見れば明らかであった。
「玲奈よ、そろそろ決めに行け」
ここで武士の指示が飛ぶ。受けるだけであった玲奈に試合を終わらせるようにと。また武士は間違っても一八が勝利することなどないと考えているようだ。
「ちくしょう……」
何度斬り掛かろうが同じである。いとも容易く止められてしまう。
「一八、残念だが試合は終わりだ。私にとって少しの価値もなかった……。よく見ておけ? これが私の剣。長年研ぎ澄ませてきた剣術の全てだ……」
言って玲奈は間合いを取る。集中をし睨むように一八を見ている。
「受けてみろ、カズヤァァァッ!!」
猛ダッシュに加え、電光石火の一撃が繰り出されていた。切っ先は空間を斬り裂くほど鋭敏にその位置を変えている。素早くも力強く水平に振り抜かれていた。
あまりのスピードに一八は間合いを取ろうと後方にステップ。目で追うのは苦労したけれど、武士との稽古が実を結んだのか何とか彼女の太刀筋は見えている。
「クソッ!」
避けきれないと判断し、咄嗟に大竿で玲奈の剣を受け止めた。速いだけの攻撃であれば問題ないはずと。
次の瞬間、カァンという甲高い音が道場に木霊した。あろうことか一八の大竿は弾かれただけでなく宙を舞い、終いには道場の床へと飛ばされている。
「嘘……だろ……?」
一八は呆然としていた。完全に力負けしたのだ。玲奈の剣圧に耐えられず大竿を握っていられなかった。どう考えても玲奈より自分自身の力は勝っているはずなのに。
「一八、一本だ……」
更には玲奈の剣が喉元を捕らえている。これは明確に一八の負けを意味した。信じられないほど重い一撃。一八は唖然と首を振るしかない。
「父上、あと四ヶ月もないのですよ? 一八はど素人のままじゃないですか?」
玲奈が怒気を含んだ口調で言う。指導は任せきりであったものの、流石に看過できないといった感じである。
「玲奈、もう下がって良いぞ。筋トレでもしておれい」
どうやら玲奈の文句を聞くつもりはないらしい。武士は玲奈を道場から追い出そうとする。呼び止めたのは彼自身であったというのに。
不満げな表情であったものの、玲奈は何も返さず道場を出て行く。それこそ自分の稽古が大事だといった風に。
道場に残ったのは一八と武士である。今も一八は放心状態であり、現状に至る過程がどうあったのかを考えているだけだ。
「一八よ、どうして玲奈の剣を止められなかった?」
答えが分からないから考えているというのに武士は聞いた。なぜに非力な女性に負けたのかを。
「分からねぇっす。玲奈の力なら余裕でしのげたはず……」
ど素人とまで言われてしまった。確かにその通りなのだが、それでも一八は門下生の誰にも劣っていない。彼がど素人であれば岸野魔道剣術道場の全員が素人ということになってしまう。
「ならば一八よ、どうして魔道剣術であるのか分かるか?」
ここで質問内容が変わる。かといって問われる理由が分からなかった。岸野魔道剣術道場というのだから意味合いは明らかである。
「魔道を使った剣術ですか……?」
言って一八は気付いた。一八の剣術が根本的に間違っていたことを。
今までも柔術と同じように身体能力を強化していた。けれど、それだけなのだ。もしも考える通りであれば、一八はまだ基礎しか学んでいないことになる。
「魔道剣術とは魔道により強化された剣を振るうこと。一八が玲奈の剣に負けたのはそれが原因なのだ」
「いやでも、俺は他の道場生には負けていません!」
一八は口答えするように返した。実際に道場生と試合をしているのだ。また彼は最初こそ苦戦したものの、今では敵なしとなっている。だから余計に分からなくなっていた。
「それは魔力量の問題……。玲奈の魔力量が傑出しているからであり、門下生の多くが魔力に恵まれていないからだ。剣と身体に流す魔力が十分になければ、どちらかを削るか双方に少しずつ流すしかなくなる。玲奈のように最大解放してしまえば一秒ともたん。つまり大多数の門下生は一八が身体強化しかしていなくとも勝てる相手だ……」
一八の話を否定するように武士が語り始める。なぜ一八が負けたのか。どうして非力な玲奈が勝ったのかを。
門下生には騎士となった者もいる。だが、そういった才ある剣士は騎士学校に合格するや道場を辞めてしまうのだ。つまるところ現状の門下生たちは将来的な試験に備える者か、或いはアマチュアとして剣術を続ける者が大半であった。
「柔術でも同じだろう? 強い魔力を秘めたる者はより強固な肉体に昇華できる。それは剣術も同じだ。だが、決定的に異なることがある。剣術は身体だけに魔力を流すものではない。剣にも魔力を循環させなければならん。これにより棒きれは鉄となり、鉄ならば超鋼鉄にもなり得る。魔力を乗せるほどに威力が増し、重さも感じなくなるのだ。つまりは魔力に恵まれない者は身体と剣の双方に十分な魔力を注げない。魔力があってこそ魔道剣術の高みを目指せるのだ。技術という土台ができあがり、その上に魔道を加えたもの。お前と比べて非力な玲奈であっても先ほどのような結果をもたらすことができよう」
武士は魔道剣術の極意を語る。強く剣を振るだけでは駄目だと。一八にも理屈は分かったけれど、腑に落ちないこともあった。
「どうして教えてくれなかったのですか?」
「振る力がないうちに覚えてはならんからだ。剣の重さを把握し、それでいて正確に振り抜く。限界まで全力で振り続けることができて初めて上乗せができるのだ。それとも一八は上乗せよりも補完を望んだか? 初心者が並の剣士になる程度で我慢できるのか?」
武士の話は痛いところを突く。一八は世界一の柔術家を目指していた。それを投げ出してまで剣術を始めたのだ。
「いいや、俺は並の剣士になんてなりたくねぇっす……」
剣術の面白さが分かってきたばかり。奥の深さは柔術にも劣っていない。つまるところ一八が到達すべき場所は同じだ。
「俺は最強の上を目指す――――」
一八の目標に武士は笑みを浮かべた。未だかつて彼ほど素質に恵まれた弟子はいない。類い希なる体躯に秘めたる魔力。加えて決して折れぬ不屈の精神が備わっていた。根性という言葉では足りないそれは武道家としてあるべき資質に他ならない。
「ならばこれより魔道剣術を始める。一八よ、目指すべきは頂点だけだ……」
やってやろうと一八は意気込む。玲奈を落胆させた先ほどの試合は本当に不本意だった。
必ず見返してやるのだと心の内に誓う。彼女と同じ魔道剣術士となることによって……。
社会人の門下生が続々とやって来た。皆一様に驚いている。明らかに魔力伝達の特訓をする一八に。武士がようやく稽古の段階を上げたのだと。
一八の特訓は続く。彼はまだ魔道剣士としての道のりを歩み始めたばかりだ……。
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とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
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もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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