69 / 212
第一章 転生者二人の高校生活
ダンスの裏側
しおりを挟む
玲奈が実行委員のテントに戻るや、一八が近寄ってきた。
「お前な、少しくらい空気を読めよ……」
「あん? まるで私がデリカシーに欠けているみたいじゃないか?」
「そのまんまだ。アカリってやつはインハイ三連覇なんだぞ? 少なくとも見ている者は接戦を予想していたはず。なのに目で追うのも困難なほど圧倒するなんて馬鹿だろ? 今頃、高剣連の偉いさんは全員が頭を抱えてるぞ……」
一八の言い分は理解できたが、玲奈にも全力を出す理由があった。
「手を抜いて浅村殿が納得できるか? 私は彼女を侮辱する気になれなかった」
「いやだけど、勝つにしても何かあるだろうが?」
一八は長い息を吐いた。やはり玲奈は騎士なのだと思い直す。彼女に手を抜いて勝つという器用な真似ができないということを。
『只今より自由参加プログラムのダンスとなります。参加者は入場ゲートへお集まりください』
会話の途中であったが、最終プログラムのダンスが始まるというアナウンスがあった。玲奈は防具を外して、再びグランドの方へと歩き出す。
「おい、どこいくんだよ?」
「あ? 私はダンスに参加しないからな。資材の運搬だ……」
昼休みから武道学館生を中心として片付けが始まっていた。既に入場門やら飾り付けは取り外され、燃えるゴミは一箇所に集められている。
グランドの中心に設営するキャンプファイヤーの準備係は決まっていたものの、玲奈はそれを手伝うという。
「一八君、ゲートに行こうか!」
舞子が一八を誘いに来た。彼女は一八のダンスパートナーである。二人は速やかに入場ゲートへと向かわねばならない。
「あ、ああ……」
玲奈が気になったものの、舞子とダンスをする約束だ。待たせるわけにはならない一八は話を打ち切っている。
陽気な音楽がグランドに流れる。加えて組み上げられた廃材が勢いよく燃え上がり、最後のプログラムに花を添えていた。
競技ではないダンスは皆が笑顔だ。体育祭に消極的であったカラスマ女子学園の生徒たちも、多くがペアを作り交流を楽しんでいる様子。
「玲奈さん、これでよかったのですか?」
準備から戻った玲奈に恵美里が声をかけた。何やら気になる言い回し。けれど、玲奈は真意が汲み取れない。
「どういうことです? ダンスは事前に決められたペアが参加するのでしょう?」
「そうですけど、舞子さんが無理矢理に奥田会長を誘ってましたから。なんだかんだで玲奈さんたちは仲がよろしいようですので……」
恵美里が危惧していたのは玲奈の感情である。強引すぎる舞子に不快感を覚えたのではないだろうかと。
「殿下、私は一八が誰と付き合おうが構わないのです。ただの隣人であり幼馴染み。願わくば彼がこの人生を満喫してもらえたらと考えているだけです」
一八という存在に困惑した玲奈も、今や彼を一人の人族として認めている。だからこそ彼が今世を堪能できるようにと願っていた。
「本当にそれだけですか?」
妙にしつこく感じる問いであったものの、玲奈の本心は告げたままだ。よって彼女がそれ以上の弁明を並べることはなかった。
「わたくしは中等部で玲奈さんに出会った日のことを今でも思い出します……」
玲奈が何も答えなかったからか恵美里が続けた。六年も前の記憶。それは彼女と玲奈が出会った場面である。
「わたくしはずっと初等部で孤立しておりました。知っての通り七条家の娘であるからです。カラスマ女子初等部では友人と談笑した記憶などありません。それこそ玲奈さんが中等部に編入されるまで一度も……」
カラスマ女子学園は初等部から高等部まで一貫教育である。中等部と高等部には編入試験があったものの、それぞれ四十人程度であってひとクラス分でしかない。
「ですので中等部の初日ほど衝撃的な出来事は後にも先にもないのです。初対面で抱きつかれるだなんて思いもしないことでした……」
それは玲奈も覚えている。一八を避けるようにして受験したカラスマ女子中等部。そこで運命の出会いが待っているだなんて想像もしていなかった。
「玲奈さん、覚えていますか? あの日、わたくしに仰ったことを……」
ここで質問が加えられる。玲奈と恵美里の出会いに何があったのかと。
玲奈はコクリと頷いていた。それは決して忘れぬ出会い。女神の加護が発動したとしか思えぬ現実だった。
「もちろんです。私は殿下に言いました……」
少しばかり気恥ずかしい。昂る感情を抑えきれなくなり、思わず口にした言葉は今思うと意味が分からないものだ。
「今度こそ幸せに――――と」
恵美里を見た瞬間に確信したのだ。彼女が主君であり、志半ばで失われた姫君なのだと。
転生から十三年を経て玲奈は再び出会っていた。
「まるでわたくしが不幸せであるかのような話ですよね? ですけど、徐々にわたくしも玲奈さんの言葉に嘘がないことを知りました。クラスが違うというのに貴方は休み時間ごと会いに来てくださったのですから。玲奈さんから聞く話はどれも新鮮で楽しかったです……」
今思うと趣味を押し付けすぎたかもしれない。玲奈はお気に入りのアニメや漫画の話を延々と話していたのだ。それはもちろん恵美里があまり話をするタイプではなかったからであり、玲奈が話題を用意しただけである。
「すみません。私はちょうど漫画やアニメにハマっていまして、殿下にも見ていただきたかったのです。押し付けがましく面倒であったでしょうが……」
「いいえ、そんなことはありません。わたくしも楽しめましたし、何より玲奈さんとの会話はクラスメイトたちの興味を惹きました。貴方が熱心に話しかけてくれたからこそ、わたくしの孤立は終わりを告げたのです……」
玲奈との会話は無駄にならなかったらしい。彼女のおかげで恵美里は生徒たちとの垣根が取り払われたという。
「わたくしも一人の学生でしかないことを貴方が知らしめてくれたのです。中等部では舞子さん、高等部では小乃美さんという大切なご友人にも出会えました……」
玲奈としては自分の思うがままに接しただけである。そこに意図や思惑は存在していない。
「玲奈さんには感謝しております。だからこそ貴方がわたくしに語ったように、わたくしも玲奈さんの幸せを願っているのです。わたくしの騎士であろうとしてくれるのは有り難いのですけど、ご自身の幸せを蔑ろにするなど望んでおりませんので……」
玲奈としては前世の失態を取り戻したいだけだ。けれど、それを知らぬ恵美里には重すぎるように感じられたのかもしれない。
小さく笑みを浮かべる玲奈。もうあの過去は捨てたのだ。恵美里の話に改めて思い出していた。
「恵美里殿下、私はずっとお側にいるつもりです。ですが、自身の人生も満喫しようと最近になって考えを改めました。平和な時代が訪れたあかつきには恋愛の一つもしてみたいと。ですが一八のことは本当に幼馴染みとしてしか見ておりません。最近の一八は本当に努力していますし、舞子殿の隣に立ったとして恥ずべきところはないと断言できます。今の私は一八を応援しているにすぎないのですよ……」
その言葉に嘘はないように思う。元より恵美里は知っている。玲奈は嘘をつくのが下手だということ。必要に迫られた嘘を玲奈が口にしたときには、いつも顔にそれが書いてあるのだから。
「お友達といってもなかなか理解できないものですね。わたくしは玲奈さんの真っ直ぐな生き方が好きですよ? これからも今まで通り仲良くしてください」
恵美里は笑顔を見せた。騎士学校では学科が異なるけれど、同じ学び舎に入れるように願っている。親友というには距離のある関係であったけれど、恵美里にとって玲奈は一番近くにいる友人に他ならない。
「もちろんです。私はあの頃と何も変わっていません。今も殿下が幸せでいられるよう願っておりますので……」
貴族であり公家の姫君である恵美里とて血筋だけで議長に選ばれることなどない。議長となるには選挙によって議員となり議会で承認を得るしかなかった。また彼女の幸せがそういった立場にあるのかも不明だ。どのような状況になろうとも玲奈は恵美里の側にいることだけは決めている。
「殿下、ついでといってはなんですが、天軍についてどうお考えでしょう?」
唐突に話題が切り替わった。華やかなダンスの音楽が流れる校庭には相応しくないような話。玲奈は天軍という敵について聞いた。
「天軍? トウカイ王国を陥落させたときと比べれば、動きは穏やかであるように感じますけれど……。玲奈さんは何か危惧されているのでしょうか?」
恵美里は問いを返す。正直に天軍は攻めあぐねている印象。タテヤマ連峰を越えての進軍は羽のある天主とて容易ではないと思われる。
「天軍は近い内に大軍勢を送り込んでくるでしょう……」
思わぬ玲奈の話に恵美里は言葉を失っていた。今でも年に数回は交戦があるけれど、いずれも大規模とは言えず、共和国軍守護兵団は何とか退けている。
恵美里の反応に玲奈は何度も首を振った。彼女は思い出している。前世の自分が失われたあとのこと。天界で聞いた女神マナリスの言葉を。
『平穏は二十年も持ちません――――』
既に十八年が経過している。従って幾ばくも時間が残されていないのは明らかだ。下手をすれば学園を卒業するよりも前に世界が一変するかもしれない。
「玲奈さん、どうしてそのような話を?」
「私には分かるのです。オークの侵攻にしても天軍が一枚噛んでいるとしか思えません。漠然としておりますが、猶予がないことだけは事実であります」
真面目に語る玲奈に恵美里は頷いている。玲奈のストイックな生き方の理由。原因ともいうべき思考が彼女にあることは明らかであった。
「やはり稀有なスキルを有しているからでしょうか?」
恵美里が言った。それは女神の加護という過去に例のないスキルを指している。
生まれて直ぐ所有者である玲奈と一八は天恵技研究所の調査を受けていたけれど、効果も発動条件も不明なままであった。
「まあそういうことです。私には分かります……」
そう答えるしかない。前世の話など女神の加護以上に説明できない。魂が流転するという話こそあるにはあったが、それは神話ともいうべきレベルの考えである。
「分かりました。お父様にはそう伝えさせていただきます。せっかく殿方とお付き合いしたとしても、共和国が滅びてはどうしようもありませんしね?」
冗談めいた話で恵美里は返していた。けれど、彼女は本気である。笑い飛ばして然るべき話であったというのに、彼女はその話を信じるらしい。
「ありがとうございます。テレビなどで報じられている神が人族を庇護するなんて馬鹿げたことを信じないでください。敬虔なマナリス教徒であられる殿下にはお伝えしづらい話でありますが……」
それは玲奈と一八だけが知る話である。女神マナリスは地上の混乱も意に介さぬスタンスであり、どの種族が滅びようとも構わないと考えているのだ。
人族として玲奈は運命に抗うだけ。人族が再び復興できるように戦うだけだ。マナリスが話した揺れ動く運命とやらを手繰り寄せるのみであった。
「あらあら、奥田会長と舞子さんはマスコミに捕まってしまいましたよ?」
ここで恵美里が話題を変えた。ダンスが終わり退場したあと、一八たちがマスコミに囲まれてしまったと。
ニヤけた表情の一八を見ると真面目に考えるのも馬鹿らしい。けれど、同時に守るべき笑顔だと感じる。この平穏を守っていかねばならないと玲奈は改めて考えさせられている。
この今が何よりも大切だと玲奈は気付く。前世には何の未練も感じなかった玲奈も、この人生は最後まで続けたいと願う。
途中退場ではなく、幸せというものを自身も掴んでみたくなっていた……。
「お前な、少しくらい空気を読めよ……」
「あん? まるで私がデリカシーに欠けているみたいじゃないか?」
「そのまんまだ。アカリってやつはインハイ三連覇なんだぞ? 少なくとも見ている者は接戦を予想していたはず。なのに目で追うのも困難なほど圧倒するなんて馬鹿だろ? 今頃、高剣連の偉いさんは全員が頭を抱えてるぞ……」
一八の言い分は理解できたが、玲奈にも全力を出す理由があった。
「手を抜いて浅村殿が納得できるか? 私は彼女を侮辱する気になれなかった」
「いやだけど、勝つにしても何かあるだろうが?」
一八は長い息を吐いた。やはり玲奈は騎士なのだと思い直す。彼女に手を抜いて勝つという器用な真似ができないということを。
『只今より自由参加プログラムのダンスとなります。参加者は入場ゲートへお集まりください』
会話の途中であったが、最終プログラムのダンスが始まるというアナウンスがあった。玲奈は防具を外して、再びグランドの方へと歩き出す。
「おい、どこいくんだよ?」
「あ? 私はダンスに参加しないからな。資材の運搬だ……」
昼休みから武道学館生を中心として片付けが始まっていた。既に入場門やら飾り付けは取り外され、燃えるゴミは一箇所に集められている。
グランドの中心に設営するキャンプファイヤーの準備係は決まっていたものの、玲奈はそれを手伝うという。
「一八君、ゲートに行こうか!」
舞子が一八を誘いに来た。彼女は一八のダンスパートナーである。二人は速やかに入場ゲートへと向かわねばならない。
「あ、ああ……」
玲奈が気になったものの、舞子とダンスをする約束だ。待たせるわけにはならない一八は話を打ち切っている。
陽気な音楽がグランドに流れる。加えて組み上げられた廃材が勢いよく燃え上がり、最後のプログラムに花を添えていた。
競技ではないダンスは皆が笑顔だ。体育祭に消極的であったカラスマ女子学園の生徒たちも、多くがペアを作り交流を楽しんでいる様子。
「玲奈さん、これでよかったのですか?」
準備から戻った玲奈に恵美里が声をかけた。何やら気になる言い回し。けれど、玲奈は真意が汲み取れない。
「どういうことです? ダンスは事前に決められたペアが参加するのでしょう?」
「そうですけど、舞子さんが無理矢理に奥田会長を誘ってましたから。なんだかんだで玲奈さんたちは仲がよろしいようですので……」
恵美里が危惧していたのは玲奈の感情である。強引すぎる舞子に不快感を覚えたのではないだろうかと。
「殿下、私は一八が誰と付き合おうが構わないのです。ただの隣人であり幼馴染み。願わくば彼がこの人生を満喫してもらえたらと考えているだけです」
一八という存在に困惑した玲奈も、今や彼を一人の人族として認めている。だからこそ彼が今世を堪能できるようにと願っていた。
「本当にそれだけですか?」
妙にしつこく感じる問いであったものの、玲奈の本心は告げたままだ。よって彼女がそれ以上の弁明を並べることはなかった。
「わたくしは中等部で玲奈さんに出会った日のことを今でも思い出します……」
玲奈が何も答えなかったからか恵美里が続けた。六年も前の記憶。それは彼女と玲奈が出会った場面である。
「わたくしはずっと初等部で孤立しておりました。知っての通り七条家の娘であるからです。カラスマ女子初等部では友人と談笑した記憶などありません。それこそ玲奈さんが中等部に編入されるまで一度も……」
カラスマ女子学園は初等部から高等部まで一貫教育である。中等部と高等部には編入試験があったものの、それぞれ四十人程度であってひとクラス分でしかない。
「ですので中等部の初日ほど衝撃的な出来事は後にも先にもないのです。初対面で抱きつかれるだなんて思いもしないことでした……」
それは玲奈も覚えている。一八を避けるようにして受験したカラスマ女子中等部。そこで運命の出会いが待っているだなんて想像もしていなかった。
「玲奈さん、覚えていますか? あの日、わたくしに仰ったことを……」
ここで質問が加えられる。玲奈と恵美里の出会いに何があったのかと。
玲奈はコクリと頷いていた。それは決して忘れぬ出会い。女神の加護が発動したとしか思えぬ現実だった。
「もちろんです。私は殿下に言いました……」
少しばかり気恥ずかしい。昂る感情を抑えきれなくなり、思わず口にした言葉は今思うと意味が分からないものだ。
「今度こそ幸せに――――と」
恵美里を見た瞬間に確信したのだ。彼女が主君であり、志半ばで失われた姫君なのだと。
転生から十三年を経て玲奈は再び出会っていた。
「まるでわたくしが不幸せであるかのような話ですよね? ですけど、徐々にわたくしも玲奈さんの言葉に嘘がないことを知りました。クラスが違うというのに貴方は休み時間ごと会いに来てくださったのですから。玲奈さんから聞く話はどれも新鮮で楽しかったです……」
今思うと趣味を押し付けすぎたかもしれない。玲奈はお気に入りのアニメや漫画の話を延々と話していたのだ。それはもちろん恵美里があまり話をするタイプではなかったからであり、玲奈が話題を用意しただけである。
「すみません。私はちょうど漫画やアニメにハマっていまして、殿下にも見ていただきたかったのです。押し付けがましく面倒であったでしょうが……」
「いいえ、そんなことはありません。わたくしも楽しめましたし、何より玲奈さんとの会話はクラスメイトたちの興味を惹きました。貴方が熱心に話しかけてくれたからこそ、わたくしの孤立は終わりを告げたのです……」
玲奈との会話は無駄にならなかったらしい。彼女のおかげで恵美里は生徒たちとの垣根が取り払われたという。
「わたくしも一人の学生でしかないことを貴方が知らしめてくれたのです。中等部では舞子さん、高等部では小乃美さんという大切なご友人にも出会えました……」
玲奈としては自分の思うがままに接しただけである。そこに意図や思惑は存在していない。
「玲奈さんには感謝しております。だからこそ貴方がわたくしに語ったように、わたくしも玲奈さんの幸せを願っているのです。わたくしの騎士であろうとしてくれるのは有り難いのですけど、ご自身の幸せを蔑ろにするなど望んでおりませんので……」
玲奈としては前世の失態を取り戻したいだけだ。けれど、それを知らぬ恵美里には重すぎるように感じられたのかもしれない。
小さく笑みを浮かべる玲奈。もうあの過去は捨てたのだ。恵美里の話に改めて思い出していた。
「恵美里殿下、私はずっとお側にいるつもりです。ですが、自身の人生も満喫しようと最近になって考えを改めました。平和な時代が訪れたあかつきには恋愛の一つもしてみたいと。ですが一八のことは本当に幼馴染みとしてしか見ておりません。最近の一八は本当に努力していますし、舞子殿の隣に立ったとして恥ずべきところはないと断言できます。今の私は一八を応援しているにすぎないのですよ……」
その言葉に嘘はないように思う。元より恵美里は知っている。玲奈は嘘をつくのが下手だということ。必要に迫られた嘘を玲奈が口にしたときには、いつも顔にそれが書いてあるのだから。
「お友達といってもなかなか理解できないものですね。わたくしは玲奈さんの真っ直ぐな生き方が好きですよ? これからも今まで通り仲良くしてください」
恵美里は笑顔を見せた。騎士学校では学科が異なるけれど、同じ学び舎に入れるように願っている。親友というには距離のある関係であったけれど、恵美里にとって玲奈は一番近くにいる友人に他ならない。
「もちろんです。私はあの頃と何も変わっていません。今も殿下が幸せでいられるよう願っておりますので……」
貴族であり公家の姫君である恵美里とて血筋だけで議長に選ばれることなどない。議長となるには選挙によって議員となり議会で承認を得るしかなかった。また彼女の幸せがそういった立場にあるのかも不明だ。どのような状況になろうとも玲奈は恵美里の側にいることだけは決めている。
「殿下、ついでといってはなんですが、天軍についてどうお考えでしょう?」
唐突に話題が切り替わった。華やかなダンスの音楽が流れる校庭には相応しくないような話。玲奈は天軍という敵について聞いた。
「天軍? トウカイ王国を陥落させたときと比べれば、動きは穏やかであるように感じますけれど……。玲奈さんは何か危惧されているのでしょうか?」
恵美里は問いを返す。正直に天軍は攻めあぐねている印象。タテヤマ連峰を越えての進軍は羽のある天主とて容易ではないと思われる。
「天軍は近い内に大軍勢を送り込んでくるでしょう……」
思わぬ玲奈の話に恵美里は言葉を失っていた。今でも年に数回は交戦があるけれど、いずれも大規模とは言えず、共和国軍守護兵団は何とか退けている。
恵美里の反応に玲奈は何度も首を振った。彼女は思い出している。前世の自分が失われたあとのこと。天界で聞いた女神マナリスの言葉を。
『平穏は二十年も持ちません――――』
既に十八年が経過している。従って幾ばくも時間が残されていないのは明らかだ。下手をすれば学園を卒業するよりも前に世界が一変するかもしれない。
「玲奈さん、どうしてそのような話を?」
「私には分かるのです。オークの侵攻にしても天軍が一枚噛んでいるとしか思えません。漠然としておりますが、猶予がないことだけは事実であります」
真面目に語る玲奈に恵美里は頷いている。玲奈のストイックな生き方の理由。原因ともいうべき思考が彼女にあることは明らかであった。
「やはり稀有なスキルを有しているからでしょうか?」
恵美里が言った。それは女神の加護という過去に例のないスキルを指している。
生まれて直ぐ所有者である玲奈と一八は天恵技研究所の調査を受けていたけれど、効果も発動条件も不明なままであった。
「まあそういうことです。私には分かります……」
そう答えるしかない。前世の話など女神の加護以上に説明できない。魂が流転するという話こそあるにはあったが、それは神話ともいうべきレベルの考えである。
「分かりました。お父様にはそう伝えさせていただきます。せっかく殿方とお付き合いしたとしても、共和国が滅びてはどうしようもありませんしね?」
冗談めいた話で恵美里は返していた。けれど、彼女は本気である。笑い飛ばして然るべき話であったというのに、彼女はその話を信じるらしい。
「ありがとうございます。テレビなどで報じられている神が人族を庇護するなんて馬鹿げたことを信じないでください。敬虔なマナリス教徒であられる殿下にはお伝えしづらい話でありますが……」
それは玲奈と一八だけが知る話である。女神マナリスは地上の混乱も意に介さぬスタンスであり、どの種族が滅びようとも構わないと考えているのだ。
人族として玲奈は運命に抗うだけ。人族が再び復興できるように戦うだけだ。マナリスが話した揺れ動く運命とやらを手繰り寄せるのみであった。
「あらあら、奥田会長と舞子さんはマスコミに捕まってしまいましたよ?」
ここで恵美里が話題を変えた。ダンスが終わり退場したあと、一八たちがマスコミに囲まれてしまったと。
ニヤけた表情の一八を見ると真面目に考えるのも馬鹿らしい。けれど、同時に守るべき笑顔だと感じる。この平穏を守っていかねばならないと玲奈は改めて考えさせられている。
この今が何よりも大切だと玲奈は気付く。前世には何の未練も感じなかった玲奈も、この人生は最後まで続けたいと願う。
途中退場ではなく、幸せというものを自身も掴んでみたくなっていた……。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~
スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」
悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!?
「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」
やかましぃやぁ。
※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる