オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我

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第二章 騎士となるために

女神マナリス

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 ふと一八が目を覚ましたのは光の中である。普通であれば驚愕してしかるべき状況であったものの、一八は記憶を掘り返すだけでよかった。
 一面の白銀というべき輝いた世界。更には眼前に立つ女性の姿に……。

「マナリス……?」
 一八はここが天界であると察した。しかし、不思議に思う。もしも仮に一八が亡くなったのであれば、到着すべき場所はここではない。なぜなら、前世最後の場面に聞いたのだ。次に向かう世界はマナリスの庇護下にないことを。

『お久しぶり。オークキング……。ああいや、今は奥田一八でしたね……』
 やはり彼女は女神マナリスであった。チキュウ世界の全てを見守る主神に他ならない。

「もしかして俺は死んだのか?」
 まずは疑問を口にする。その確認は必須であった。まだ失われていい場面じゃない。一八にはやるべきことが多く残されていたのだ。

『いいえ、少しばかり話がしたいと思って、貴方の精神に入り込んでいるだけです。ここは別に天界ではないのですよ……』
「なら良いがよ。ちゃんと戻してくれよ? 俺が人族を救うんだ……」
 一八の話にマナリスは目を細めた。立派に成長した一八の姿が誇らしいと言った風に。

「さっきの魔法はお前の仕業か? あの武器は欠陥品なんだぞ?」
 直ぐさま理解する。意識を失う前に見た輝き。恵美里でさえ起動させられなかった武器を一八が扱えるはずもなかったのだ。

『ええ、その通りです。色々と間違った構築をされていたようですが、手直しをして貴方の頭に書き込ませてもらいました。凄かったでしょ?』
 ウフフとマナリスが笑う。しかし、妙な話であった。確かに新しい魔法の術式は強みとなるだろうが、その行動は明確に彼女のスタンスと異なっていたのだ。

「お前は誰にも荷担しないんじゃないのか? オークも天軍もお前の信徒になるんだろう?」
『もちろん、今も同じですよ? ワタクシは別に人族に荷担したのではありません。先ほどの術式は奥田一八に対するご褒美なのですから……』
 一八は眉根を寄せる。一体何の褒美なのかと。熱心に祈ったことなどないし、ずっと一八は彼女のことを恨んでさえいたのだ。

「褒美をもらうようなことはしてねぇがな……」
『いいえ、貴方は褒美に値する人生を送っております。なぜなら貴方の存在が世界線を動かしたから。貴方が起点となり固定されていた運命が動いたのです……』
 益々分からなくなる。マナリスの話には小首を傾げるだけだ。何かを成し遂げたとすれば騎士学校に入学したくらい。努力をして入学したけれど、それが世界線を動かしたなんて話にはならないはずだ。

『疑問でしょうか? まあ良いでしょう。十八年前のこと。貴方たちを送り出したあの日、ワタクシは見ていました。人族が辿るべき滅びの結末とやらを……』
 そういえばマナリスは天界で語っていた。人族への転生を希望したオークキングに対して……。

【人族は貴方が思うより難しい局面にありますが、それでも構わないのですか?――――】

 今思えばそれは暗に滅びを指していたのかもしれない。人族が全滅する未来を彼女は見ていたから。
 一八は意味も分からず鼓動を早めている。ひょっとしたらという記憶が彼にはあったのだ。もしもマナリスが見ていた行く末が変わったのなら、あの出来事ではないだろうかと。

『人族にこの現在は存在しないはずだったのです。今があるのは貴方が運命を斬り裂いたから……』
 言ってマナリスは告げる。一八が成し遂げた転換点ともいえる偉業について。

『オークエンペラーの右腕ごと――――』

 やはり予想は正しかった。一八としては意地になっていただけ。人生の集大成とすべく、強大な魔物に一矢報いてやろうと。
「あれが人族の運命を変えたのか……?」
『あの瞬間、明確に切り替わりました。本来ならオークエンペラーに奥田一八は殺されてしまう運命にあったのです。けれども、貴方は斬り落としてしまった。それはワタクシが見ていた未来にはないことであり、キョウト市の壊滅まで防いだのです……』
 マナリスの話には息を呑むしかない。もしもあのとき最高の一太刀を繰り出せなかったのなら、一八が死んだだけでなく、キョウト市も壊滅する運命にあったようだ。

『オークの軍勢にキョウト市が制圧されただけでなく、一気呵成に攻め立てた天軍によって人類は三ヶ月で滅びる運命でした。加護を与えた者として忍びなく感じるほどに』
 どうやら冗談でも何でもないらしい。本当に一八の一撃が人類を救ったとのこと。どの勢力にも荷担しないといったマナリスだが、やはり個別に加護を与えた一八には思い入れがあるようだ。

「人族を救った褒美ってわけか?」
『いえ、人族を救った褒美ではありません。運命を動かした偉業に対してのものです。また意図的に隣人とした岸野玲奈との関係も褒美に値します。ワタクシの失態により、紡ぐことを許されなかった美しい思い出。貴方はそれらを改めて構築してくれました。転生させたワタクシはそれを嬉しく感じておるのです……』
 言われて記憶を蘇らせる一八。マナリスが語る美しい思い出とは何かと。だが、一八の脳裏に描かれるのは喧嘩にも似た場面ばかりであり、玲奈との関係に美しさなど感じられない。

「言うほど美しかったか?」
『美しかったですよ! いがみ合いながらも互いを意識したり! とても甘酸っぱく、美しかったですよね!?』
 マナリスが問うも一八は首を振る。改めて考えても美しくはない。一八は加護のせいで苦労させられていたのだから。

「いや、俺は本当に苦労したんだ。あれが美しいというのなら、お前の美的感覚がおかしい……」
 次の瞬間、一八は全身に激しい痛みを覚えていた。鉄槍が頭から突き刺さったような激痛。意識は失わなかったけれど、それは過去にも経験した神雷による痛みであると思う。
 ただし、今回は痛みだけである。精神に入り込んだというマナリスの神雷は痛みだけを伴っており、一八が死に至ることなどなかった。

「くはっ……。いきなりぶっ放してんじゃねぇよ……」
『美しかったですよね!?』
 どうにもマナリスの性格は変わっていないようだ。短気なところも力業でゴリ押しするところも……。

「ああ、美しかったさ! だからもう神雷は勘弁してくれ!」
『それは良かった。貴方たちが美しい思い出を重ねることこそがワタクシの喜びなのですから……』
 一八は薄い目をしてマナリスを見ていた。押し付けがましい女神には言葉がない。

「まあ神雷は俺だけにしとけ。もし玲奈に会うことがあっても絶対に撃つなよ? せっかくあいつは雷を克服しようとしてんだ……」
『ああ、そうでしたね。ですが、今のところ岸野玲奈に会うつもりはありません。彼女は与えられた運命を淡々とこなしておりますし、ワタクシは見守るだけですから』
 玲奈の属性が雷であること。それは最早試練であった。トラウマを抱える彼女はその属性になかなか慣れずにいる。このところは積極的に属性発現をしていたけれど、本人曰く使用する度にメンタルを病むらしい。

「んで、俺はこのまま努力していたら良いのか? 俺の精神に入り込むくらいだ。何か伝えることがあんじゃねぇの?」
 一八は疑問をぶつけている。褒美を与えるだけならば、レイストームの習得だけで良かった。どの勢力にも荷担しないというスタイルから、人族を救った感謝を伝えるなんてことではないはずだ。

『やけに鋭いですね。ワタクシは貴方に確認したかったのです。個人が全体の運命を動かすなんてことは並大抵のことではない。ワタクシを驚かせたお礼に褒美を与えるだけでなく、直に聞いてみたいと思いました……』
 わざわざ赴いた理由がマナリスにはあった。それは一八の真意を聞くこと。彼女は女神であり、心の内を覗き見ることもできたはずだが、疑問を聞き出すために敢えて直接会いに来たらしい。

『奥田一八が望む未来は何ですか?――――』
 その質問はとても漠然としていて掴み所のないものだった。加えて彼女がわざわざ出向くような問いだとは思えない。

「それを聞いてどうする?」
『ただの好奇心です。立派に成長した魂が何を望むのかと……』
 どうにも思惑がありそうな気がしたけれど、元より彼女は女神である。下界のことなど知り尽くしているはずだ。

 一八は悩む間もなく返答している。考えることすら必要ないといった風に。
「俺が天軍を全滅させることだ……」
 どうしてか目を丸くするマナリス。女神マナリスとしては看過できない希望であったのかもしれない。

『運命は確かに動きましたが、今も人族は窮地にあるのですよ? 普通なら自身の幸せとか人族の平穏だとか言いません?』
「るせぇよ。全てに愛を注ぐお前には悪いが、俺は奴らを許せねぇんだ。俺が住む国だけじゃなく、人族という同類たちのために俺が天主を根絶やしにしてやる……」
 意味合いは仲間を守ることと大差がない。けれど、一八の望みはスケールが違った。攻め込まれている人族の立場を考慮せず、敵対勢力を根絶やしにしようと考えているなんて。

 ふぅっと息を吐いてからマナリスは一八と視線を合わせた。どうやら彼女は一八の希望に意見するつもりなどないようだ。始めに語ったまま好奇心であったかのように。
『ならば更なる努力を。ワタクシはこれからも見守らせていただきます。再びワタクシを驚かせてくれるような輝きを放ってください……』
 もう別れの時が近いのだと一八は思った。だからこそ一八はずっと溜め込んでいたことを口にしなければならない。もしもマナリスに会えたのなら、彼は文句を言おうとしていたのだから。

「おいマナリス、俺は確かにハンサムな人族にしてくれと頼んだはずだぞ? モテモテになるように希望したはずだ!」
 三六の半分だなんて駄洒落は許さない。十八歳になる今でも彼女がいないのはマナリスが望みを叶えなかったからだと。

 マナリスは笑っている。既に彼女の身体は薄く消えようとしていたけれど、完全に消えるよりも前にマナリスは何だか懐かしくもなる言葉を発していた。

 貴方は今でもハンサムよ?――――と。
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