オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我

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第二章 騎士となるために

莉子の実家

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 早朝から列車に乗り、玲奈たちはキョウト中央駅へと来ていた。しかし、駅から出ることなく、乗り換えの列車に飛び乗っている。

「とんでもないド田舎なんだな?」
 一両編成の列車に一八は行き先を予想している。移動する人が少ない事実は目的地の風景を容易に推し量れていた。

「とんでもないは余計だよ! それに田舎じゃなく風光明媚っていうんだからね!」
 キョウト市は共和国第二の都市である。強固な街壁に囲まれたその都市は首都オオサカ市と比べても引けを取らぬ巨大なものであった。
 列車はキョウト市の街壁を抜け土魔法によって作られたトンネルへと入っていく。その事実はオオサカとキョウトを結ぶ街道沿いとは異なり、魔物が多く潜むエリアに進むのだと予想できた。一八が考えたように目的地は魔物駆除がままならぬ田舎であるはずと。
 列車がトンネルを抜けると視界には一面の水田が拡がっていた。恐らくは既に目的地の街壁内であることだろう。この先に人家があるのか不安を覚えるほど周囲には何もなかったが、トンネルを抜けたというのなら安全が確保されたエリアに入ったことになる。

 約一時間を要して到着したのはフクチヤマという地域。流石に駅周辺は賑わっており、想像していたよりも随分と開発されていた。
「やっと着いたな……」
 玲奈は背伸びをしている。オオサカからキョウトまでと同じだけフクチヤマまでかかったのだ。流石の彼女も疲れ果てていた。

「やっぱ辺境の地じゃねぇかよ……」
「いや町でしょ! 都会っしょ!?」
 家は沢山あったけれど、都会というにはビルがない。駅周辺にも車窓から見たような田畑もあり、田舎の集落といった感じだ。

「莉子、さっさと案内しろ。時間がない」
 莉子の父親には昨日のうちに注文をつけたのだが、受けた依頼は初めての注文であったらしく、最初は難色を示したようだ。しかし、岸野玲奈が同行することを口にすると一転して承諾したらしい。

 三人はフクチヤマのメインストリートを並んで歩いている。かといって五分ほど進んだだけで、莉子がピタリと足を止めた。
「ここだよ!」
 正直に、しなびた鍛冶屋を想像していた玲奈と一八。しかし、莉子が指さしたのは大豪邸である。

「莉子、馬鹿であっても嘘はいけないとあれほど……」
「いや、本当だって! 表札あるじゃん! 金剛って書いてるっしょ!?」
 確かに標識には金剛とある。しかも貴族であることを証明する男爵家の爵位章まで取り付けてあった。

「すげぇ、マジで貴族だったのかよ……」
「いや、まだ信用できん。家系的馬鹿であった場合、偽装しているやもしれんからな」
「それ犯罪だからね! 正真正銘の男爵家だよ!」
 聞けば昔は刀鍛冶を営む傍ら、フクチヤマの自治を行っていたらしい。今は名ばかりの爵位となったようだが、それでも地元の人間にすれば莉子は姫君に違いなかった。

「ただいまー!」
 ガラガラと趣のある音を立てて扉が開かれる。大きな庭を通り抜け、巨大な家屋の西側へとやって来た。
 ここでも一八と玲奈は驚きを隠せない。刀鍛冶と聞いていた規模と工房の大きさが一致しなかったからだ。

「何人も修行してんのよ。うちのパパは人間国宝だし!」
 どこまでも住む世界が異なっている。どうしようもない馬鹿だと考えていた莉子は相当な資産家であったようだ。
 玲奈と一八の家も大きな屋敷であるが、莉子の実家は次元が異なる。工房だけを見ても、道場と合わせた敷地よりも遥かに大きかったのだ。

「パパ! お待ちかねの玲奈ちんだよ!」
 工房の一番奥。弟子たちが働く大部屋ではなく、莉子の父親は個別のアトリエのような部屋にいた。

「おお、玲奈ちゃん! 儂はこのときを夢見ていたぞ! 昨日は思わず徹夜してしまった。興奮して眠ることなどできそうになかったからな! 萌えぇぇっ!」
 とても人間国宝とは思えない。寧ろ馬鹿の家系であるように感じた。玲奈は薄い目をして莉子の父親を見ている。

「儂は二十三代目金剛弥太郎だ。早速だが、玲奈ちゃん。うちの養子にならんか? 代わりに莉子を差し出す……」
「パパ!?」
 どうにも腕前に疑問を覚えてしまう。腕の立つ職人のイメージと弥太郎はかけ離れていた。

「何なら妻も付けよう!!」
「いい加減にして!」
 莉子のグーパンチにより、とりあえずは平静を取り戻す。
 コホンと咳払いをした弥太郎は何事もなかったかのように続けた。

「すまない。ちょっとした冗談だ……」
「絶対、本気だったし!?」
 この父にして娘あり。一八と玲奈は同じようなことを考えていた。さりとて冗談を聞きにきたわけでもない玲奈は早速とお願いを口にする。

「弥太郎殿、要件は昨日伝えた通りだ。お願いできるか?」
「まあ、できなくはないが、決して安くはないぞ? 何しろ儂は人間国宝。我がアイドル玲奈ちゃんといえどもタダでは無理だ。弟子の手前もあるしな。それで玲奈ちゃん、その対価として儂が要求するのは……」
 ゴクリと唾を飲み込む。手の施しようがない馬鹿ではあっても、彼は人間国宝であり、更には男爵である。一体幾ら請求されるのかと戦々恐々であった。

「一度でいいから、パパと呼んでくれぇぇっ!」
 再び顔面に鋭いパンチが繰り出されていた。今度は魔力を乗せたようで、弥太郎はノックアウトされてしまう。しばらく起き上がれないほどのダメージを彼は受けていた。

「おい一八、もう帰るぞ……」
「そうだな。期待した俺が馬鹿だった……」
「えええ!?」
 来たばかりだというのに、玲奈たちは見切りを付けたらしい。倒れ込んだ弥太郎に背を向けている。
 莉子は驚いていたけれど、流石に擁護できない。娘と母を差し出してまで養子に迎えようとした父親など……。

「待たれいっ!!」
 ここで弥太郎が叫ぶように二人を呼び止める。実の娘ですら見放したというのに、今さら何を弁明するつもりだろうか。

「まだ帰るのは早いぞ? 玲奈ちゃん、徹夜して製作したバレル型の柄を見てからにしないか?」
 どうやら弥太郎の切り札は夜を徹して製作した柄であるようだ。言い逃れできないのであれば実力を示すだけだと。

 弥太郎は引き出しから製作した柄を取り出し、それを玲奈へと手渡す。
 ズシリと重みを感じる。通常の柄は楕円形をしており、長さも両手で持って少し余るくらい。けれど、手渡されたそれは明らかに長く太く、そして円形であった。

「最初は刃の面を合わせるのに苦労するだろうが、慣れてしまえば問題などない。術式記録用のクリスタルは目釘穴の両脇に配置した。カバーを取り付けているが、解錠魔法にてアンロックすれば左右のカバーが外れる仕組み。最高品質の鉱石を鍛造したバレルをそれに取り付けてある。術式を記録したあとの柄糸は莉子に巻いてもらうといい……」
 金剛鍛冶工房は刀鍛冶がメインであったけれど、幅広く製品を世に送り出している。弥太郎はマジックデバイス加工のノウハウを生かして、玲奈の要求に応えたらしい。

「弥太郎殿、これを一晩で?」
「玲奈ちゃん、儂を見くびってもらっては困る。これでも鍛冶王という天恵技の継承者だ。部品は既にあったものだし、儂は二本のバレルを打っただけ。何の苦労もないよ」
 仕上がり具合には文句などない。かといって問題がないわけではなかった。人間国宝という刀鍛冶が打っただけでなく、最高品質の鉱石を使ったと口にしているのだ。金額によっては武士を頼らざるを得なくなるだろう。

「して、これはお幾らほどに……」
 恐る恐る確認する。刀身は持参であったけれど、用意してもらったものはマジックデバイスそのものなのだ。決して安くはないことを玲奈は理解している。

「無料だ――――」
 思わず目を大きくしてしまう。無理難題を押し付けられる覚悟すらしていたというのに、弥太郎は無料で進呈すると口にしている。

「パパ、本当に無料でいいの?」
「当たり前だろう。玲奈ちゃんと奥田君の名を知らぬ者はいない。その二人が我が工房の刀を使ってくれるんだ。それ以上の宣伝はないだろう? 加えて刀の新しい形を提案してくれた。二人が大活躍してくれたのなら、刀士の数も自ずと増えていくだろう。儂らの関係はまさに……」
 弥太郎はこの後の刀ブームを予想しているらしい。その折には大量の受注が得られると試算しているようだ。

「まさにビンビンの関係じゃないか!」
「それウィンウィンだからね!?」
 他では絶対、口にしないでと莉子。愛娘の指摘であるからか、弥太郎は素直に頷いている。
「ボインボインだったか……」
「耳腐ってんじゃない!?」
 再び声を荒らげている。さりとて莉子は無料について何も口にしなかった。元より裕福な家庭であったし、何より父の話は的を射ていたから。刀士の仲間が増えることを彼女も望んでいる。

「それでパパ、あたしの希望はこれなんだけど……」
 もう付き合う気にはなれないと莉子は用意していたメモを弥太郎に手渡す。それには事細かに指示が記されていた。刀身の長さや重さだけでなく、材質や反り具合まで。刀鍛冶の娘に恥じない注文である。

「むぅ、これは骨が折れるな。莉子よ、出世払いだからな?」
「ひどっ! あたしだって宣伝になるのに!」
 実の娘には甘いかと思いきや、弥太郎はしっかりと代金を要求するらしい。

「地区大会すら突破できなかった雑魚に何の宣伝ができる? オマケに落第しおってからに……」
 それを言われると辛い。莉子はまだ受験前の大会で優勝しただけなのだ。鍛冶士になるといいながら、再び刀を手に取った彼女は父親を納得させるだけの実績がなかった。

「まあ見ててよ。もうあたしはアタッカーじゃない。身の丈に合った適切な攻撃をするから。大きな手柄はないかもしれないけど、必ず仲間を守ってみせるし」
 莉子の決意にも似た話に弥太郎は頷いていた。小さな頃から振っていた零月を手放すほどに玲奈のことを信頼しているのだと思う。

「玲奈ちゃん、それに奥田君。娘をどうかよろしく頼みます。同じ班に君たちがいることは幸運であり、莉子だけでなく儂にとっても自慢なんだ。このデバイスはお礼と期待を込めておる。飛竜に対して莉子が活躍できたのも、生き残れたことですら二人のおかげ。儂は鉄を打つしか能のない人間だが、陰ながら応援させてもらうよ」
 斜陽と零月にデバイスを取り付けながら弥太郎が言った。
 やはり彼も父親である。娘が戦場に赴くなんて好ましい話ではなかったはず。けれど、再び刀を手に取った娘が生き生きとし、飛竜退治に一役買ったとの事実は父親として嬉しかったに違いない。

「おっちゃん、俺は必ず仲間を守ってみせる。安心してくれ」
 ここで一八が口を開く。彼もまた無料でデバイスを進呈してもらったのだ。意志を伝えずにはいられなかったらしい。

「儂の代になって奥田君のような規格外の刀士が現れるなんてな。飛竜の下顎を両断してしまうなんて考えられんよ。いつかは君の刀を打ちたいもんだね?」
 そのときまでにしっかりと稼いでくれと弥太郎は言う。十八代目金剛が何を思って打ったのか分からない奈落太刀。岸野家から注文があったのは間違いない事実だが、どうしてか十八代目は対となる零月までもを鍛刀していたのだ。

「ああ、俺は斜陽で稼ぎまくる。今日のお礼にとびきりの一振りをおっちゃんに打ってもらうからな……」
 一八の話に弥太郎は笑顔を見せた。実際に会って見ると想像通りの大男であったが、性格は体格に似つかわしくない。横柄な態度はなく親しみやすい感じだった。

 しばらくしてデバイスの取り付けが終わる。二人は早速と手渡され、軽く振って見せた。
「うむ、やはり二人は筋がいい。握り手が変わったというのに、少しもブレていないな。よほど岸野師範の指導が良かったのだろう……」
 岸野魔道剣術道場からは長く注文をもらっていない。それだけに今回の件は感慨深いところ。騎士となる刀士が現れた場合でもなければ、金剛の銘を付けた刀など高すぎるのだ。

「弥太郎殿、どうもありがとう。私も必ずや莉子を守ってみせる。学校でも前線でも……」
「そうしてくれると有り難い。で、養子の件は考えてくれるのか?」
「パパ!?」
 冗談で話を締めくくる。更には、はよう学校に戻れと弥太郎は続けた。
 莉子の刀は完成までしばらくかかるはず。ならばと三人は再び弥太郎に礼を言って、工房をあとにしていく。
 片道二時間を費やしここまで来た成果は十分だ。一八と玲奈は新しい相棒を手にし、莉子もまた発注を済ませている。
 三人は意気揚々と帰路を急ぐ。列車の中で食べる弁当を購入してから、騎士学校へと戻っていくのだった……。
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