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第三章 存亡を懸けて
帰還
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第一師団の師団長を務める竹之内。次々と寄せられる被害報告に頭を悩ませていた。
「師団長、まだネームドは発見されておりません!」
随時、ネームドの発見報告をするよう命令している。しかし、まだ有力な情報はなかった。依頼をした共和国軍の兵士がオークの一団に飛び込んでいったのは確認したけれど、二時間が経過した現在では生きているとは思えない。
「勇敢な若者だったな。断ったとして誰にも非難されないというのに……」
二人に聞かされていたようにネームドではない進化級オークは連合国軍でも対処できている。しかし、ネームドモンスターが現れてしまっては太刀打ちできるか分からない。
竹之内が溜め息を吐いていると、眼前の兵が割れた。特別な指示はしていないというのに、魔物が通り抜けるような一本道が出来上がっている。
「おい、何をしている!? オークの侵攻を食い止めろ!」
叫ぶように声を張るも兵たちは動かない。それどころか立ちこめる粉塵の向こうには、もうオークらしき影が映っていた。
「オークを漏らすな! 我らはトウキョウの未来を任されているのだぞ!」
どれだけ叫ぼうとも無駄であった。道を空けたような兵は微動だにしない。
しかし、ようやく竹之内も理解していた。どうして兵が道を空けたのか。なぜにオークが隙を突いてこないのか。
粉塵の向こうから現れた人影に意図せず察せられている。
「竹之内師団長、戻りました……」
砂塵の向こうから姿を現したのは血まみれの兵士であった。右手には大太刀。更には女性を担いでいる。言わずもがなその女性も全身が血に染まっていた。
「お、奥田君か……?」
堪らず質問を返している。尋常じゃない量の血を流す男。だが、恐らくそれは全てが斬り裂いたことによる返り血であろう。今も男は鋭い眼光であり、精気が失われたようには思えない。
「奥田です。少しばかり苦労しました……」
返答を受けた竹之内だが声を失っている。確か二人は雑兵のオークを飛び越えて進軍していたのだ。攻め入るオークを倒しながら進んだのではなく、自ら死地へと赴くように。
「無事だったのか……」
「ええまあ。それでこれが戦果です……」
再び竹之内は絶句させられている。一八がハンディデバイスから取り出したものが、予想外の大きさであったからだ。
「これが……ネームド……?」
明らかに大きな体躯。左腕は切り落とされ、更には腹部に深い傷を負っていた。この進化級オークが苦しみながら息絶えたのは想像に容易い。
「君たちが討伐したのか……?」
竹之内は明らかな事実を確認していた。今し方、一八が取り出したのは確認したはずで、彼ら二人がオークの軍勢に突っ込んでいったことを、知っていたというのに。
「割と苦戦しましたが……」
どうにも信じられない。話が事実であれば二人だけで倒せるはずがないのだ。何しろネームドモンスターは天災級と呼ぶに相応しい強大な魔物であるのだから。
「俺たちはこれで。ご武運を祈ります……」
言って一八が立ち去ろうとする。休むことも回復も求めることなく。返り血によって怪我の程度は分かりにくいが、彼の左腕は明らかに負傷していたというのに。
「待ってくれ。せめて治療を任せて欲しい。我らの軍勢ではとてもネームドオークエンペラーに太刀打ちできなかっただろう。感謝を行動で示したい」
「それは有難いっす。流石にボロボロなんすよ……」
やはり五体満足ではないようだ。竹之内は戦線から離れた治癒班のテントへと二人を案内している。
「一八、降ろしてくれ。もう歩ける……」
「テントまで運んでやるよ。最大の功労者はお前なんだ。少しくらい休め……」
二人の会話は竹之内にも届いていた。聞けば女性が功労者なのだという。体躯から彼女は露払いが役目だと想像していたというのに。
「岸野さんはこちらに。奥田くんは向こうのテントで治療を受けてくれ……」
玲奈をテント内のベッドに寝かせてから、一八は指定されたテントへと向かう。また竹之内は話を聞こうとしているのか、一八に同行している。
まずは返り血を浄化魔法にて落としてもらう。しかし、魔法を施した支援士は声を失っている。
「これは……?」
「奥田君、この怪我はどうしたんだ!?」
堪らず竹之内は問いかけてしまう。なぜなら彼の左腕は挫滅していたのだ。上腕から肩口にかけて。血まみれであり、共和国軍の装備がライトジャケットであったこと。支援士をしても怪我の具合には気付けなかった。
「き、緊急処置を施します! 支援士を集めてください! 高橋班長を呼んできて!」
どうやら一人では手に負えない怪我のよう。このあと五人の支援士が集められ、懸命の治療が始まっている。
竹之内は息を呑んでいた。このような酷い状態であったなんて少しも考えていなかったのだ。
「奥田君はこの怪我を負いながらも、オークの群れを抜けて戻ったのか……」
右腕一本。しかも功労者だという玲奈を担いだまま。事実確認をしようとついてきた竹之内だが、既に十分だと思い直している。
「オークの大群を切り捨てながら戻ることすら、うちの兵にはできないだろう。まして怪我人を背負い、自らも重度の怪我だなんて。ネームドを討伐できる者にしか不可能だ……」
ネームドオークエンペラーの討伐に疑問はなくなっていた。鬼神の如き姿を確認したのだ。あの返り血は何百というオークを切り裂いた結果に違いない。
竹之内は聞いたままを報告しようと思う。オークエンペラーの死骸も調べれば真偽が判明するだろうし、治療を請け負ったと報告すれば下手なことにはならないだろうと。
このあと一八と玲奈はテント内で眠ってしまった。いち早く戻ろうとしていた二人であるが、疲労には抗えなかったようだ。
「師団長、まだネームドは発見されておりません!」
随時、ネームドの発見報告をするよう命令している。しかし、まだ有力な情報はなかった。依頼をした共和国軍の兵士がオークの一団に飛び込んでいったのは確認したけれど、二時間が経過した現在では生きているとは思えない。
「勇敢な若者だったな。断ったとして誰にも非難されないというのに……」
二人に聞かされていたようにネームドではない進化級オークは連合国軍でも対処できている。しかし、ネームドモンスターが現れてしまっては太刀打ちできるか分からない。
竹之内が溜め息を吐いていると、眼前の兵が割れた。特別な指示はしていないというのに、魔物が通り抜けるような一本道が出来上がっている。
「おい、何をしている!? オークの侵攻を食い止めろ!」
叫ぶように声を張るも兵たちは動かない。それどころか立ちこめる粉塵の向こうには、もうオークらしき影が映っていた。
「オークを漏らすな! 我らはトウキョウの未来を任されているのだぞ!」
どれだけ叫ぼうとも無駄であった。道を空けたような兵は微動だにしない。
しかし、ようやく竹之内も理解していた。どうして兵が道を空けたのか。なぜにオークが隙を突いてこないのか。
粉塵の向こうから現れた人影に意図せず察せられている。
「竹之内師団長、戻りました……」
砂塵の向こうから姿を現したのは血まみれの兵士であった。右手には大太刀。更には女性を担いでいる。言わずもがなその女性も全身が血に染まっていた。
「お、奥田君か……?」
堪らず質問を返している。尋常じゃない量の血を流す男。だが、恐らくそれは全てが斬り裂いたことによる返り血であろう。今も男は鋭い眼光であり、精気が失われたようには思えない。
「奥田です。少しばかり苦労しました……」
返答を受けた竹之内だが声を失っている。確か二人は雑兵のオークを飛び越えて進軍していたのだ。攻め入るオークを倒しながら進んだのではなく、自ら死地へと赴くように。
「無事だったのか……」
「ええまあ。それでこれが戦果です……」
再び竹之内は絶句させられている。一八がハンディデバイスから取り出したものが、予想外の大きさであったからだ。
「これが……ネームド……?」
明らかに大きな体躯。左腕は切り落とされ、更には腹部に深い傷を負っていた。この進化級オークが苦しみながら息絶えたのは想像に容易い。
「君たちが討伐したのか……?」
竹之内は明らかな事実を確認していた。今し方、一八が取り出したのは確認したはずで、彼ら二人がオークの軍勢に突っ込んでいったことを、知っていたというのに。
「割と苦戦しましたが……」
どうにも信じられない。話が事実であれば二人だけで倒せるはずがないのだ。何しろネームドモンスターは天災級と呼ぶに相応しい強大な魔物であるのだから。
「俺たちはこれで。ご武運を祈ります……」
言って一八が立ち去ろうとする。休むことも回復も求めることなく。返り血によって怪我の程度は分かりにくいが、彼の左腕は明らかに負傷していたというのに。
「待ってくれ。せめて治療を任せて欲しい。我らの軍勢ではとてもネームドオークエンペラーに太刀打ちできなかっただろう。感謝を行動で示したい」
「それは有難いっす。流石にボロボロなんすよ……」
やはり五体満足ではないようだ。竹之内は戦線から離れた治癒班のテントへと二人を案内している。
「一八、降ろしてくれ。もう歩ける……」
「テントまで運んでやるよ。最大の功労者はお前なんだ。少しくらい休め……」
二人の会話は竹之内にも届いていた。聞けば女性が功労者なのだという。体躯から彼女は露払いが役目だと想像していたというのに。
「岸野さんはこちらに。奥田くんは向こうのテントで治療を受けてくれ……」
玲奈をテント内のベッドに寝かせてから、一八は指定されたテントへと向かう。また竹之内は話を聞こうとしているのか、一八に同行している。
まずは返り血を浄化魔法にて落としてもらう。しかし、魔法を施した支援士は声を失っている。
「これは……?」
「奥田君、この怪我はどうしたんだ!?」
堪らず竹之内は問いかけてしまう。なぜなら彼の左腕は挫滅していたのだ。上腕から肩口にかけて。血まみれであり、共和国軍の装備がライトジャケットであったこと。支援士をしても怪我の具合には気付けなかった。
「き、緊急処置を施します! 支援士を集めてください! 高橋班長を呼んできて!」
どうやら一人では手に負えない怪我のよう。このあと五人の支援士が集められ、懸命の治療が始まっている。
竹之内は息を呑んでいた。このような酷い状態であったなんて少しも考えていなかったのだ。
「奥田君はこの怪我を負いながらも、オークの群れを抜けて戻ったのか……」
右腕一本。しかも功労者だという玲奈を担いだまま。事実確認をしようとついてきた竹之内だが、既に十分だと思い直している。
「オークの大群を切り捨てながら戻ることすら、うちの兵にはできないだろう。まして怪我人を背負い、自らも重度の怪我だなんて。ネームドを討伐できる者にしか不可能だ……」
ネームドオークエンペラーの討伐に疑問はなくなっていた。鬼神の如き姿を確認したのだ。あの返り血は何百というオークを切り裂いた結果に違いない。
竹之内は聞いたままを報告しようと思う。オークエンペラーの死骸も調べれば真偽が判明するだろうし、治療を請け負ったと報告すれば下手なことにはならないだろうと。
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