186 / 212
第三章 存亡を懸けて
同期の歓談
しおりを挟む
進軍の日がやって来た。共和国中の魔道トラックが集められたと思うほどに、おびただしい数の台数が停車している。
川瀬による短い演説があったあと、各々が指定されたトラックの荷台へと乗車していく。
「やれやれ、戦争続きだな?」
玲奈が言った。先週は二度も経験している。一週間近い休憩があったとはいえ、玲奈と一八は再び山脈越えをしなければならない。
「そういうな。中腹まで魔道車でいけるなら、楽じゃねぇかよ……」
連合国へと向かった折には最初からエアパレットであった。それを考えるとタテヤマ連邦の中腹まで眠っていられるのだから、前回よりはマシであるはずだ。
「玲奈ちん、そんなにキツかったの?」
莉子が聞く。少しばかり話は聞いていたけれど、彼女は暇に任せて詳しい話を求めている。
「峠越えは想像よりも精神的にきつい。足場のないところで眠ったり飯を食べたりするんだぞ? 何個唐揚げを落としてしまったことか……」
「ああ、それは玲奈ちんにとって地獄だね……」
二人は冗談にも似た話を笑う。正直に莉子は緊張しなかった。彼女は奇襲班に編成された瞬間に人生の終わりについて考えたのだ。だからこそ、生き残ったこの今は人生の延長戦であるように感じられている。生き残ったことを女神マナリスに感謝しつつも、既に命は共和国のために捧げ終えていた。
「ところで奥田君、来田って一般兵を知ってる?」
ここで妙な話になる。来田といえば一八だけでなく、玲奈も知っている名前だ。かといって、それを口にしたのが面識がなさそうな伸吾であるのだから、想像する人物なのかどうかは分からない。
「来田一郎か?」
「そうそう、その来田一郎君だよ。昨日、僕が指導したんだ……」
フルネームで聞くと疑いはなくなっている。伸吾が指導したのは雷神こと来田一郎であるのだと。
「ほう、あいつ義勇兵に応募したのか?」
「奥田君や岸野さんの活躍に看過されたと話してたよ」
「しかし、来田の家は金銭的な事情があったはずだが……」
確か一般兵は認めてもらえなかったはず。道場に通うことすら家庭内で問題となっていたと記憶している。
「今は一般兵の待遇も良くなっているからね。それにたぶん、死亡弔慰金が上乗せされたのが大きいと思う。若い一般兵が増えたのは……」
死亡弔慰金は戦場で失われた場合に遺族へ支給される見舞金である。雀の涙ほどしかなかった死亡弔慰金は改定により大幅に増額されていたのだ。
「なるほどな。それなら納得だ。まあでも師範がよく許したな?」
「一八よ、父上は別に兵団が嫌いなわけじゃないぞ? 父上も義勇兵登録をしたと話していた。もしもキョウト市が危機にあれば、剣を取るのだと」
「マジか? まあ師範がキョウトを守ってくれるのなら安心だな。うちの爺ちゃんも山を下りたかもしれんし」
割り込んだ玲奈の話に一八が返す。しかし、聞き捨てならない話が含まれており、玲奈は眉を寄せている。
「七二殿は生きてらっしゃったのか?」
確か五年ほど前に失踪したと玲奈は聞いていた。奥田流魔道柔術道場の最高師範。仙人になるという手紙を残して家を出てしまったのだと。
「それがなミノウ山地にいたんだよ。探査中に偶然出会ったから、家に帰れといっといた」
「玲奈ちん、そのお爺さんてさ、ハーピーに魅了されてんの! 超ウケる!」
莉子のツッコミに益々玲奈は眉間にしわを寄せていた。
仙人になるといって蒸発した七二が本当に山ごもりをしていたこと。更にはハーピーに魅了されただなんて意味が分からない。
「七二殿がハーピー如きに負けるとは思えんのだが?」
「それがオッパイに夢中だったの! たぶん家系だね。カズやん君も魅入ってたし!」
「おい、莉子!?」
莉子の話に玲奈は薄い目を一八に向けた。加えて男は本当にどうしようもないなと漏らしている。
「んでさ、ハーピーは全てあたしの薫風によって殲滅したんだ! だからお爺さんはもう山を下りた可能性が高い!」
「なるほどな。七二殿がキョウトに戻られたのなら安心だ。我々も心置きなく戦えるというもの」
脱線話となってしまったのだが、玲奈と莉子の話が一段落するや、伸吾は話を戻している。
「それで来田君は奥田君に会いたいと話していたんだ。彼の立場からすると、君は手の届かない人だからね。現場についたら、一度会ってあげて欲しい」
どうやら伸吾は来田から頼まれたらしい。久しぶりに話がしたいのだと。
「なら探してみっか。玲奈はどうする?」
「わ、私は別に。会ったとして話すことがない……」
一八と玲奈の会話は三人が知り合いであることを明らかにしている。また玲奈には少しばかり後ろめたさがあることも。
「おや? 玲奈ちん、ひょっとして来田って子にフラれた?」
ニシシと笑う莉子。どうやら彼女は勘違いしている。玲奈に覚える気まずさが、恋愛的な原因であり、玲奈がフラれるという結末だったのだと。
「莉子、私はフラれていない……」
「そうだそ? 玲奈は来田をこっぴどくフッた酷ぇ女だ!」
「一八、貴様!?」
莉子は笑みを大きくしている。予想していたより面白い展開に。従って莉子はこの話題を続けていく。
「玲奈ちん、やっぱモテるんだ。いいなぁ! さっすが黒髪の雷姫!」
茶化す莉子に玲奈の眉根がピクリとする。流石に苛っとしてしまったらしい。
「莉子、死にたいようだな?」
言って玲奈は莉子の顔面を鷲掴みにし、思い切り力を入れている。
「痛い痛い! やめて! 死ぬぅぅ!」
「一度死んで馬鹿を直してこい!」
二人の遣り取りを伸吾は笑っている。共和国が初めて天軍の領土へと攻め入るというのに、脳天気な二人には呆れるを通り越して面白いと思う。溜め息ばかりを吐かれるよりも、ずっと良いことだろうと。
真っ直ぐに進んでいく魔道トラック。平野を抜け、長い坂道へと差し掛かっていた。
中腹からはトラックから降りねばならない。過酷な連邦越えが始まろうとしていた……。
川瀬による短い演説があったあと、各々が指定されたトラックの荷台へと乗車していく。
「やれやれ、戦争続きだな?」
玲奈が言った。先週は二度も経験している。一週間近い休憩があったとはいえ、玲奈と一八は再び山脈越えをしなければならない。
「そういうな。中腹まで魔道車でいけるなら、楽じゃねぇかよ……」
連合国へと向かった折には最初からエアパレットであった。それを考えるとタテヤマ連邦の中腹まで眠っていられるのだから、前回よりはマシであるはずだ。
「玲奈ちん、そんなにキツかったの?」
莉子が聞く。少しばかり話は聞いていたけれど、彼女は暇に任せて詳しい話を求めている。
「峠越えは想像よりも精神的にきつい。足場のないところで眠ったり飯を食べたりするんだぞ? 何個唐揚げを落としてしまったことか……」
「ああ、それは玲奈ちんにとって地獄だね……」
二人は冗談にも似た話を笑う。正直に莉子は緊張しなかった。彼女は奇襲班に編成された瞬間に人生の終わりについて考えたのだ。だからこそ、生き残ったこの今は人生の延長戦であるように感じられている。生き残ったことを女神マナリスに感謝しつつも、既に命は共和国のために捧げ終えていた。
「ところで奥田君、来田って一般兵を知ってる?」
ここで妙な話になる。来田といえば一八だけでなく、玲奈も知っている名前だ。かといって、それを口にしたのが面識がなさそうな伸吾であるのだから、想像する人物なのかどうかは分からない。
「来田一郎か?」
「そうそう、その来田一郎君だよ。昨日、僕が指導したんだ……」
フルネームで聞くと疑いはなくなっている。伸吾が指導したのは雷神こと来田一郎であるのだと。
「ほう、あいつ義勇兵に応募したのか?」
「奥田君や岸野さんの活躍に看過されたと話してたよ」
「しかし、来田の家は金銭的な事情があったはずだが……」
確か一般兵は認めてもらえなかったはず。道場に通うことすら家庭内で問題となっていたと記憶している。
「今は一般兵の待遇も良くなっているからね。それにたぶん、死亡弔慰金が上乗せされたのが大きいと思う。若い一般兵が増えたのは……」
死亡弔慰金は戦場で失われた場合に遺族へ支給される見舞金である。雀の涙ほどしかなかった死亡弔慰金は改定により大幅に増額されていたのだ。
「なるほどな。それなら納得だ。まあでも師範がよく許したな?」
「一八よ、父上は別に兵団が嫌いなわけじゃないぞ? 父上も義勇兵登録をしたと話していた。もしもキョウト市が危機にあれば、剣を取るのだと」
「マジか? まあ師範がキョウトを守ってくれるのなら安心だな。うちの爺ちゃんも山を下りたかもしれんし」
割り込んだ玲奈の話に一八が返す。しかし、聞き捨てならない話が含まれており、玲奈は眉を寄せている。
「七二殿は生きてらっしゃったのか?」
確か五年ほど前に失踪したと玲奈は聞いていた。奥田流魔道柔術道場の最高師範。仙人になるという手紙を残して家を出てしまったのだと。
「それがなミノウ山地にいたんだよ。探査中に偶然出会ったから、家に帰れといっといた」
「玲奈ちん、そのお爺さんてさ、ハーピーに魅了されてんの! 超ウケる!」
莉子のツッコミに益々玲奈は眉間にしわを寄せていた。
仙人になるといって蒸発した七二が本当に山ごもりをしていたこと。更にはハーピーに魅了されただなんて意味が分からない。
「七二殿がハーピー如きに負けるとは思えんのだが?」
「それがオッパイに夢中だったの! たぶん家系だね。カズやん君も魅入ってたし!」
「おい、莉子!?」
莉子の話に玲奈は薄い目を一八に向けた。加えて男は本当にどうしようもないなと漏らしている。
「んでさ、ハーピーは全てあたしの薫風によって殲滅したんだ! だからお爺さんはもう山を下りた可能性が高い!」
「なるほどな。七二殿がキョウトに戻られたのなら安心だ。我々も心置きなく戦えるというもの」
脱線話となってしまったのだが、玲奈と莉子の話が一段落するや、伸吾は話を戻している。
「それで来田君は奥田君に会いたいと話していたんだ。彼の立場からすると、君は手の届かない人だからね。現場についたら、一度会ってあげて欲しい」
どうやら伸吾は来田から頼まれたらしい。久しぶりに話がしたいのだと。
「なら探してみっか。玲奈はどうする?」
「わ、私は別に。会ったとして話すことがない……」
一八と玲奈の会話は三人が知り合いであることを明らかにしている。また玲奈には少しばかり後ろめたさがあることも。
「おや? 玲奈ちん、ひょっとして来田って子にフラれた?」
ニシシと笑う莉子。どうやら彼女は勘違いしている。玲奈に覚える気まずさが、恋愛的な原因であり、玲奈がフラれるという結末だったのだと。
「莉子、私はフラれていない……」
「そうだそ? 玲奈は来田をこっぴどくフッた酷ぇ女だ!」
「一八、貴様!?」
莉子は笑みを大きくしている。予想していたより面白い展開に。従って莉子はこの話題を続けていく。
「玲奈ちん、やっぱモテるんだ。いいなぁ! さっすが黒髪の雷姫!」
茶化す莉子に玲奈の眉根がピクリとする。流石に苛っとしてしまったらしい。
「莉子、死にたいようだな?」
言って玲奈は莉子の顔面を鷲掴みにし、思い切り力を入れている。
「痛い痛い! やめて! 死ぬぅぅ!」
「一度死んで馬鹿を直してこい!」
二人の遣り取りを伸吾は笑っている。共和国が初めて天軍の領土へと攻め入るというのに、脳天気な二人には呆れるを通り越して面白いと思う。溜め息ばかりを吐かれるよりも、ずっと良いことだろうと。
真っ直ぐに進んでいく魔道トラック。平野を抜け、長い坂道へと差し掛かっていた。
中腹からはトラックから降りねばならない。過酷な連邦越えが始まろうとしていた……。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~
スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」
悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!?
「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」
やかましぃやぁ。
※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる