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第二章 繰り返す時間軸
未来予知の結果
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父ダンツと別れ、私は懐かしのランカスタ公爵領へとやって来ました。
(ホント、久しぶりだね……)
休憩を削ってまで進んだことにより、予定よりも早い四日という旅程。イセリナの危機とのことで急いだ結果です。
とはいえ、道中は一言で地獄でした。
娘であった頃は無視していたのですが、身分が下となった現在では髭の会話に付き合うしかありません。
根掘り葉掘り聞いてくるものですから、本当に疲労困憊です。
(変わらないなぁ……)
車窓から見る景色は記憶のまま。同じ時間軸なので当たり前ですけれど、ずっとど田舎暮らしだったからね。
この街並みは恵まれた環境であったことを思い出させます。
街を見下ろす高台にあるのがランカスタ公爵邸。勝手知ったる元我が家です。
「公爵様、私の予知がどれほどの精度かお見せいたしますわ。これよりイセリナ様の部屋へと私がご案内いたします」
更なる信用を得るため、私はイセリナの部屋を当ててみると口にしました。
予知じゃなく明らかに記憶なのですけれど、そこは気にしない方向で。
「ほう、我が公爵家は王城と比肩する広さなのだぞ?」
「問題ございませんわ」
言って私はツカツカとエントランスへ入っていく。
広いといっても通算で千年も過ごした家ですからね。間違える方が難しいわ。
エントランスから純白の螺旋階段を昇り、三階まで到着すると私は左手の通路を進みます。
迷うことなく奥から三番目の部屋をノック。これにはランカスタ公爵だけでなく、執事も驚いていました。
まあしかし、驚愕すべき行動かもです。何しろ百以上もある部屋の中から正解を選び出したのですから。
『何の用? 今日は夕食まで来ないでっていったでしょ?』
中からはイセリナの声がした。
部屋にいるのか定かではなかったけれど、彼女がいるのなら好都合だわ。
「イセリナ、入るぞ。紹介したい人がいるのだ」
言って髭は応答を待つことなく扉を開いた。
こういう無神経さが嫌われる原因なんだけど、本人は空気を読む能力が少しも備わっていないわけで、更には読もうともしないのです。
「お父様、応答前に入らないでくださいと……、って貴方どなたですの? というか、その竜はなんです!?」
慌てて扉の前までやって来たイセリナは髭の隣へ立つ私に気付いた。
しかも肩に乗っかったマリィに驚いています。
「イセリナ様、お初にお目にかかります。私はアナスタシア・スカーレットと申します。この子はマリィ。大人しいので気にしないでください」
イセリナの存在感に気圧されぬように、私は挨拶を済ませた。
この世界線の鍵を握る彼女。私はイセリナに取り入って、世界線の結末まで辿り着かねばならないのです。
「お父様、この小汚い子豚ちゃんはどういうことですか?」
イセリナもまた敵を作りやすいのは忌憚ない言葉を発するからでしょう。
私の記憶を有しているのなら、もう少しまともな対応ができるはずなのに。
「お言葉ですがイセリナ様、小汚いのは自覚しておりますけれど、私はそれほど太って見えますでしょうか?」
ここはテンプレで攻めるしかない。まずはイセリナとの会話が必要だからね。
「あら、そういえばそうね。どうも貴方を見るなり、子豚というイメージが湧いたのですけれど……」
「イセリナ、アナスタシア嬢はお前の護衛になる。彼女は未来予知ができるのだ。あと数日でお前は暗殺されるらしい」
髭の説明に絶句するイセリナ。
ま、当然の反応だよね。人生において死は一度きり。
記憶を有したままやり直しができない彼女は多くの殺人者に狙われているなんて、露も考えていないことでしょう。
「ワタクシが殺されるですって!?」
ドレスの話は台無しになってしまった。
さりとて、会話するという点では目的を達している。
「恐らく三日後かと思いますわ。心当たりはございますか?」
イセリナは多方面から命を狙われている。従って私は三日後に何があるのかを聞き出さなきゃいけません。
そのイベントさえ分かったのなら、犯人を特定できるかもしれないのですから。
「三日後でしたら、キャサリンの誕生日会に行く予定ですけれど……」
イセリナの返答に私は頷く。
懐かしい名前が飛び出していました。キャサリン・デンバーは侯爵家のご令嬢。とにかくイセリナを嫌っているのよね。
私は出来る限り友好的に務めたのだけど、運命なのか彼女との仲が良くなることなどありませんでした。
「毒殺が濃厚ですわ……」
ポツリと漏らす。
それは明確に経験談であったのだけど、二人は驚きを隠せないようです。
「どど、毒殺ですって!?」
「アナスタシア嬢、誰がそんなことを!?」
まるで名探偵になったみたい。何だか笑っちゃう。
キャサリンの誕生パーティーが怪しいのは明らかでしたが、犯人までは分かりませんものね。
「公爵様は直ぐにデンバー侯爵家に出入りする者を確認してください。複数人が毒を持ち込むはずです」
「むぅ、それもまた予知なのか。ならば早速と陰を送り込む。して、それだけでイセリナは大丈夫なのか?」
陰とはランカスタ公爵が抱える精鋭部隊です。
情報収集から暗殺までこなすエリート私兵。まあ、その中にも間者がいたりするのだけど。
「私兵のリストをください。私が指名します。あとオリビア・アドコック伯爵令嬢に先行させましょう」
私の記憶が確かならば、これで暗殺の大半は未然に防ぐことができる。
かといって、とても複雑なイベントで何度死に戻ったか思い出せないくらい。
周到に計画されたこの暗殺は一度や二度の死に戻りでは決して真犯人に行き着かないのです。
だけど、幸いにも私は結果を知っているのよ。
「オリビアですって? 今から喚び寄せたとして、パーティーに間に合わなくてよ?」
「イセリナ様、ご安心を。彼女はランカスタ公爵領におります。とある劇団の公演を観劇するため、ラルクレイドに滞在中ですわ」
私の話に二人して目を白黒させる。
当然の反応だけど、予知能力を持つと話していたので詳しい説明は省略。オリビアは大通りのステファーニという高級宿に滞在中なのよ。
彼女の存在に気付いてからは飛躍的に物事が進んでいたことを思い出しています。
「早速と会いに行きましょうか。ステファーニという宿を中心に、服飾店やアクセサリー店、あとは劇場を捜せば見つけられるはずですわ」
半信半疑であったものの、二人は私についてくる。
本当に予知というものが存在するのかと確かめるように。
(遭遇率が高いのは大通りの服飾店だったわね……)
私にもどこに彼女がいるのか分からない。だけど、服飾店かアクセサリーのお店を捜せば、六割方見つかるはず。
残りは宿の部屋かレストランとか。遅い時間であれば劇場となる。
馬車を走らせ、私たち三人はラルクレイドの大通りへとやって来ました。
ここも記憶にあるままですね。目立つ派手な看板の店舗がイセリナ行きつけの服飾店です。
「さあ、お店に入りましょう」
「貴方、ここはワタクシが贔屓にしているお店ですわよ!?」
「別にイセリナ様の趣味に合わせたわけではございません。劇は毎日公演されておりますが、夜ですからね。昼間は大通りを散策しておられることでしょう」
言って私はお店の扉を開く。しかし、失態に気付いています。
あまりに汚いドレス。加えて肩には火竜。店員が追い出そうとするのは明らかでした。
「止めなさい! 身なりは酷いものですが、一応は伯爵家のご令嬢ですわ。それにワタクシの連れでございますの」
追い出されそうになる私だけど、透かさずイセリナが店員を制止してくれます。
本当に助かったわ。すっかりド田舎農耕貴族であったことを忘れていましたの。オホホ。
「イ、イセリナお嬢様のお連れ様でしたか! 誠に申し訳ございません!」
「良いのよ。それでは入らせてもらうわよ?」
イセリナは若い店員を睨み付けたあと、店の奥へと一人で歩いて行く。
しかし、直ぐに立ち止まって、彼女は固まった。
唖然した表情をして、イセリナが叫ぶように声を上げる。
「オ、オリビア!?」
(ホント、久しぶりだね……)
休憩を削ってまで進んだことにより、予定よりも早い四日という旅程。イセリナの危機とのことで急いだ結果です。
とはいえ、道中は一言で地獄でした。
娘であった頃は無視していたのですが、身分が下となった現在では髭の会話に付き合うしかありません。
根掘り葉掘り聞いてくるものですから、本当に疲労困憊です。
(変わらないなぁ……)
車窓から見る景色は記憶のまま。同じ時間軸なので当たり前ですけれど、ずっとど田舎暮らしだったからね。
この街並みは恵まれた環境であったことを思い出させます。
街を見下ろす高台にあるのがランカスタ公爵邸。勝手知ったる元我が家です。
「公爵様、私の予知がどれほどの精度かお見せいたしますわ。これよりイセリナ様の部屋へと私がご案内いたします」
更なる信用を得るため、私はイセリナの部屋を当ててみると口にしました。
予知じゃなく明らかに記憶なのですけれど、そこは気にしない方向で。
「ほう、我が公爵家は王城と比肩する広さなのだぞ?」
「問題ございませんわ」
言って私はツカツカとエントランスへ入っていく。
広いといっても通算で千年も過ごした家ですからね。間違える方が難しいわ。
エントランスから純白の螺旋階段を昇り、三階まで到着すると私は左手の通路を進みます。
迷うことなく奥から三番目の部屋をノック。これにはランカスタ公爵だけでなく、執事も驚いていました。
まあしかし、驚愕すべき行動かもです。何しろ百以上もある部屋の中から正解を選び出したのですから。
『何の用? 今日は夕食まで来ないでっていったでしょ?』
中からはイセリナの声がした。
部屋にいるのか定かではなかったけれど、彼女がいるのなら好都合だわ。
「イセリナ、入るぞ。紹介したい人がいるのだ」
言って髭は応答を待つことなく扉を開いた。
こういう無神経さが嫌われる原因なんだけど、本人は空気を読む能力が少しも備わっていないわけで、更には読もうともしないのです。
「お父様、応答前に入らないでくださいと……、って貴方どなたですの? というか、その竜はなんです!?」
慌てて扉の前までやって来たイセリナは髭の隣へ立つ私に気付いた。
しかも肩に乗っかったマリィに驚いています。
「イセリナ様、お初にお目にかかります。私はアナスタシア・スカーレットと申します。この子はマリィ。大人しいので気にしないでください」
イセリナの存在感に気圧されぬように、私は挨拶を済ませた。
この世界線の鍵を握る彼女。私はイセリナに取り入って、世界線の結末まで辿り着かねばならないのです。
「お父様、この小汚い子豚ちゃんはどういうことですか?」
イセリナもまた敵を作りやすいのは忌憚ない言葉を発するからでしょう。
私の記憶を有しているのなら、もう少しまともな対応ができるはずなのに。
「お言葉ですがイセリナ様、小汚いのは自覚しておりますけれど、私はそれほど太って見えますでしょうか?」
ここはテンプレで攻めるしかない。まずはイセリナとの会話が必要だからね。
「あら、そういえばそうね。どうも貴方を見るなり、子豚というイメージが湧いたのですけれど……」
「イセリナ、アナスタシア嬢はお前の護衛になる。彼女は未来予知ができるのだ。あと数日でお前は暗殺されるらしい」
髭の説明に絶句するイセリナ。
ま、当然の反応だよね。人生において死は一度きり。
記憶を有したままやり直しができない彼女は多くの殺人者に狙われているなんて、露も考えていないことでしょう。
「ワタクシが殺されるですって!?」
ドレスの話は台無しになってしまった。
さりとて、会話するという点では目的を達している。
「恐らく三日後かと思いますわ。心当たりはございますか?」
イセリナは多方面から命を狙われている。従って私は三日後に何があるのかを聞き出さなきゃいけません。
そのイベントさえ分かったのなら、犯人を特定できるかもしれないのですから。
「三日後でしたら、キャサリンの誕生日会に行く予定ですけれど……」
イセリナの返答に私は頷く。
懐かしい名前が飛び出していました。キャサリン・デンバーは侯爵家のご令嬢。とにかくイセリナを嫌っているのよね。
私は出来る限り友好的に務めたのだけど、運命なのか彼女との仲が良くなることなどありませんでした。
「毒殺が濃厚ですわ……」
ポツリと漏らす。
それは明確に経験談であったのだけど、二人は驚きを隠せないようです。
「どど、毒殺ですって!?」
「アナスタシア嬢、誰がそんなことを!?」
まるで名探偵になったみたい。何だか笑っちゃう。
キャサリンの誕生パーティーが怪しいのは明らかでしたが、犯人までは分かりませんものね。
「公爵様は直ぐにデンバー侯爵家に出入りする者を確認してください。複数人が毒を持ち込むはずです」
「むぅ、それもまた予知なのか。ならば早速と陰を送り込む。して、それだけでイセリナは大丈夫なのか?」
陰とはランカスタ公爵が抱える精鋭部隊です。
情報収集から暗殺までこなすエリート私兵。まあ、その中にも間者がいたりするのだけど。
「私兵のリストをください。私が指名します。あとオリビア・アドコック伯爵令嬢に先行させましょう」
私の記憶が確かならば、これで暗殺の大半は未然に防ぐことができる。
かといって、とても複雑なイベントで何度死に戻ったか思い出せないくらい。
周到に計画されたこの暗殺は一度や二度の死に戻りでは決して真犯人に行き着かないのです。
だけど、幸いにも私は結果を知っているのよ。
「オリビアですって? 今から喚び寄せたとして、パーティーに間に合わなくてよ?」
「イセリナ様、ご安心を。彼女はランカスタ公爵領におります。とある劇団の公演を観劇するため、ラルクレイドに滞在中ですわ」
私の話に二人して目を白黒させる。
当然の反応だけど、予知能力を持つと話していたので詳しい説明は省略。オリビアは大通りのステファーニという高級宿に滞在中なのよ。
彼女の存在に気付いてからは飛躍的に物事が進んでいたことを思い出しています。
「早速と会いに行きましょうか。ステファーニという宿を中心に、服飾店やアクセサリー店、あとは劇場を捜せば見つけられるはずですわ」
半信半疑であったものの、二人は私についてくる。
本当に予知というものが存在するのかと確かめるように。
(遭遇率が高いのは大通りの服飾店だったわね……)
私にもどこに彼女がいるのか分からない。だけど、服飾店かアクセサリーのお店を捜せば、六割方見つかるはず。
残りは宿の部屋かレストランとか。遅い時間であれば劇場となる。
馬車を走らせ、私たち三人はラルクレイドの大通りへとやって来ました。
ここも記憶にあるままですね。目立つ派手な看板の店舗がイセリナ行きつけの服飾店です。
「さあ、お店に入りましょう」
「貴方、ここはワタクシが贔屓にしているお店ですわよ!?」
「別にイセリナ様の趣味に合わせたわけではございません。劇は毎日公演されておりますが、夜ですからね。昼間は大通りを散策しておられることでしょう」
言って私はお店の扉を開く。しかし、失態に気付いています。
あまりに汚いドレス。加えて肩には火竜。店員が追い出そうとするのは明らかでした。
「止めなさい! 身なりは酷いものですが、一応は伯爵家のご令嬢ですわ。それにワタクシの連れでございますの」
追い出されそうになる私だけど、透かさずイセリナが店員を制止してくれます。
本当に助かったわ。すっかりド田舎農耕貴族であったことを忘れていましたの。オホホ。
「イ、イセリナお嬢様のお連れ様でしたか! 誠に申し訳ございません!」
「良いのよ。それでは入らせてもらうわよ?」
イセリナは若い店員を睨み付けたあと、店の奥へと一人で歩いて行く。
しかし、直ぐに立ち止まって、彼女は固まった。
唖然した表情をして、イセリナが叫ぶように声を上げる。
「オ、オリビア!?」
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