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第三章 鮮血に染まる赤薔薇を君に
貴族院
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晴れ渡る大空の下、私とイセリナは貴族院へと来ていました。
本日は前世でいうところの入学式。開業式という行事に参加しています。
マリィもかなり親離れできるようになっていました。
彼女は馬車まで着いてきたものの、お留守番という私の言葉を理解しているみたい。空になった馬車に残ったまま別邸へと帰っていきました。
まあそれで新入生は男女合わせて五十人と少ないのですけれど、概ね上位貴族なので人数はこんなものです。
何しろ一年の寄付金が金貨100枚と高額でありますので、最低でも伯爵位くらいの地位でもないと貴族院で学ぶことは叶いません。
上位貴族以外だと、商人から成り上がった下位貴族のご子息くらいしか寄付金を捻出できないのです。
「本年度の新入生諸君、私が貴院長を務めるアルバート・ゼファー・クレアフィールだ。学年が異なる故、接する機会は多くないが、貴院での生活で困ることがあるのなら、気軽に声をかけて欲しい」
壇上では生徒会長というべき貴院長の話が始まっています。
アルバート貴院長はクレアフィール公爵家のご長男。かなりの俺様系ですが、高宮千紗であった頃は割とお気に入りのキャラクターでしたね。
(ゲームのまんまだし……)
初めて見かけたときには感動しましたが、生憎と私はルーク攻略に勤しんでおりましたから、関わりがないまま卒院されております。
ちなみにサルバディール皇国の皇太子カルロもまた二年生。特にカルロは半年で帰国してしまうので攻略期間は誰よりも短い。
貴族院に入るより前にランダムイベントで出会っておく必要があり、貴族院に入った後は全力でアタックするしか攻略できません。
有り難い貴院長アルバートの話があったあと、壇上に現れたのはルークでした。
やはり王家の新入生は別格の扱いです。来年の貴院長を務めるだろうルークが新入生代表の挨拶をしています。
「ルーク・ルミナス・セントローゼスだ。知っての通り俺は王族であるけれど……」
イセリナであった頃は食い入るように見ていたのですけれど、今は客観的に彼の話を聞いています。
もう婚約者となるべき人ではない。
既にルークは私の手を離れた人なのですから。
キャサリン・デンバーの誕生パーティー以降、ルークには会っていません。
何度か彼ランカスタ公爵家まで足を運んでいましたけれど、私はルークと会いませんでした。
会えるはずがありません。暗殺未遂の計画を立て、実際に服毒させた私が堂々と彼の前に顔を出すなんて。
私は回復させるからと安易に考えすぎていました。
あれ以降の私は鬱屈とした日々を過ごすだけ。事実を知らないルークに謝るなんてできないし、私は憂鬱な思考を抱え込むだけでした。
「お幸せに……」
小さく言葉を発する。
もう彼は私を愛してくれたルークではない。アマンダに指示された対象でもないの。言わば何の接点もない他人。住んでいる国の王子様というだけだ。
長い息が漏れてしまう。
愛については考えないようにしていたというのに、久しぶりに見たルークの顔は無駄な思考を促していました。
「ダメよ。私は世界を動かさなきゃ……」
進むべき道は明らかです。頭によぎった妄想は忘れないと。
ルークを選んでしまうと、私は三度目の転生を強いられてしまうのですから。
開院式が終わるや、教室へと移動します。
百人から入るだろう大講堂に新入生は集められています。男女共通の授業はここで行われるみたいですね。
先生の話は二年間の大雑把なスケジュールから。基本的に大したイベントはありませんけれど、それでも大まかに伝えられています。
一年目は礼儀作法やセントローゼス王国について学びます。魔法や剣術といった科目もありますが、一年目は貴族として学ぶべきことが中心です。
二年目は各学科に別れることになります。
学科は剣術科、魔法科と一般科の三つ。貴族院は王城勤めするために存在しますので、その気がなくてもどれかを選ぶ必要がある。
ちなみにイセリナであった頃はルークと同じ剣術科を選択していました。
「剣術科だけはないな……」
ルークは必ず剣術科なのです。従って私は魔法科か一般科のどちらか。既に彼の好感度を上げる必要性はなくなっているわけですし。
最初の授業は説明に終始しています。とりあえず、休憩を挟むことになったのですが、
「アナ!!」
危惧していた事態となってしまいます。
私を呼んだのはルーク。予想はしていましたが、彼と話をするつもりはありません。
「イセリナ様、席を外します」
直ぐさま席を立ち、私はスタスタと講堂の外へと向かう。追いかけて来ないようにトイレへと駆け込むのでした。
「会わす顔がないよ……」
あの事件の主犯であったというのに、主役になりすましていたんだもの。
王子様を救った英雄として。
「お願いだから、私の視界に入らないで。私の名を呼ばないで……」
このあとも休憩が入るたびに私はトイレへと駆け込む羽目に。
次の授業が始まる直前に戻るという行動はイセリナの侍女として完全に失格です。
何度目かの休憩、でも、次が最後の授業。だから今回逃げ切れたのなら、もうルークと会わなくても良い。
直ぐさま立ち上がる私に、
「アナ、いい加減にしなさい! どうして殿下と会いたくないのか分かりませんが、貴方はワタクシの侍女ですのよ?」
イセリナが言った。
正直に寄付金までランカスタ公爵家に出してもらっています。侍女という立場をわきまえない私に彼女は怒りを覚えているかのよう。
まあ当たり前か。
伯爵家のご令嬢というより、公爵家の侍女といった方が正しい。寄付金どころか、住む場所まで提供してもらっているのですから。
しかし、イセリナの話は侍女として働けという内容ではありませんでした。
「ワタクシの侍女であるのなら、逃げるなんて真似はやめなさい」
やはり彼女は気高き悪役令嬢なのでしょう。
逃げ回る私に業を煮やしたみたいです。
まあ確かに。これから二年も逃げ続けるなんて不可能です。いつかは向き合わなければならないのであれば、先送りにする意味はありません。
「分かりました」
こんな今もルークが迫ってくる。
私は腹を括るしかないね。別れは既に告げたはずですが、今一度話をするしかないようです。
「アナ、どうして逃げる?」
第一声は私の行動に関して。逃げる理由は明白です。
「殿下、忘れたのですか?」
彼には伝えたはずだ。私の気持ちを余すことなく。
「サヨナラだとお伝えしたはず」
それ以上もそれ以下もない。
ただサヨナラなんです。
その別れの言葉が全て。前世も今世も含めて、私が伝えられる最後の言葉でした。
「いや、そうだけど!?」
どうしてか目が潤んでくる。
でもね、泣いちゃダメだ。私は再び強く生きる。世界線を動かすため、使命を全うするんだから。
「何も話すことはございませんわ。お察しくださいませ」
「アナは良いのか!? 俺を求める令嬢は幾らでもいるんだぞ!?」
ルークとしては切り札であったのかもしれません。
しかし、私にとっては好都合。もう決めたことだもの。貴方を毒殺しようとした私は側にいるべきじゃない。悪役令嬢ならば、自身が犯した罪は最後の最後まで貫くだけ。
「ご勝手に。私には関係のないことでございます」
愛など不要。アマンダの趣味に付き合う必要はない。私は淡々とこの世界線をクリアするだけです。
私の返答にルークは何度か口を動かしますが、言葉になっていませんでした。
もうルークが私に話しかけて来ることもないでしょう。
皆の前で堂々とフラれたのですから。
ルークは何も言わず、背を向けました。
三年前よりも、少し大きくなった背中。しかし、肩を落として歩く様子は記憶のままでした。
心に焼き付けておこう。
私が見失ったこの背中を。愛について考えるたび、思い出せばいい。この背中こそ私が愛したものに違いないのだと。
拝啓 愛の女神アマンダ様
お楽しみいただけなく、本当に申し訳ございません。
私は今日、愛と決別いたしました。
以降はただ悪に努め、ただひたすらにプロメティア世界のため生きようと思います。
セシルと婚約し、イセリナとルークを結びつける。それこそ全身全霊の力でもってクリアすると誓います。
もう二度とリスタートはしない。この一回でエンディングまで辿り着くことを約束しましょう。
なぜなら、私はもう二度とこの役目を請け負いたくありませんから。
本日は前世でいうところの入学式。開業式という行事に参加しています。
マリィもかなり親離れできるようになっていました。
彼女は馬車まで着いてきたものの、お留守番という私の言葉を理解しているみたい。空になった馬車に残ったまま別邸へと帰っていきました。
まあそれで新入生は男女合わせて五十人と少ないのですけれど、概ね上位貴族なので人数はこんなものです。
何しろ一年の寄付金が金貨100枚と高額でありますので、最低でも伯爵位くらいの地位でもないと貴族院で学ぶことは叶いません。
上位貴族以外だと、商人から成り上がった下位貴族のご子息くらいしか寄付金を捻出できないのです。
「本年度の新入生諸君、私が貴院長を務めるアルバート・ゼファー・クレアフィールだ。学年が異なる故、接する機会は多くないが、貴院での生活で困ることがあるのなら、気軽に声をかけて欲しい」
壇上では生徒会長というべき貴院長の話が始まっています。
アルバート貴院長はクレアフィール公爵家のご長男。かなりの俺様系ですが、高宮千紗であった頃は割とお気に入りのキャラクターでしたね。
(ゲームのまんまだし……)
初めて見かけたときには感動しましたが、生憎と私はルーク攻略に勤しんでおりましたから、関わりがないまま卒院されております。
ちなみにサルバディール皇国の皇太子カルロもまた二年生。特にカルロは半年で帰国してしまうので攻略期間は誰よりも短い。
貴族院に入るより前にランダムイベントで出会っておく必要があり、貴族院に入った後は全力でアタックするしか攻略できません。
有り難い貴院長アルバートの話があったあと、壇上に現れたのはルークでした。
やはり王家の新入生は別格の扱いです。来年の貴院長を務めるだろうルークが新入生代表の挨拶をしています。
「ルーク・ルミナス・セントローゼスだ。知っての通り俺は王族であるけれど……」
イセリナであった頃は食い入るように見ていたのですけれど、今は客観的に彼の話を聞いています。
もう婚約者となるべき人ではない。
既にルークは私の手を離れた人なのですから。
キャサリン・デンバーの誕生パーティー以降、ルークには会っていません。
何度か彼ランカスタ公爵家まで足を運んでいましたけれど、私はルークと会いませんでした。
会えるはずがありません。暗殺未遂の計画を立て、実際に服毒させた私が堂々と彼の前に顔を出すなんて。
私は回復させるからと安易に考えすぎていました。
あれ以降の私は鬱屈とした日々を過ごすだけ。事実を知らないルークに謝るなんてできないし、私は憂鬱な思考を抱え込むだけでした。
「お幸せに……」
小さく言葉を発する。
もう彼は私を愛してくれたルークではない。アマンダに指示された対象でもないの。言わば何の接点もない他人。住んでいる国の王子様というだけだ。
長い息が漏れてしまう。
愛については考えないようにしていたというのに、久しぶりに見たルークの顔は無駄な思考を促していました。
「ダメよ。私は世界を動かさなきゃ……」
進むべき道は明らかです。頭によぎった妄想は忘れないと。
ルークを選んでしまうと、私は三度目の転生を強いられてしまうのですから。
開院式が終わるや、教室へと移動します。
百人から入るだろう大講堂に新入生は集められています。男女共通の授業はここで行われるみたいですね。
先生の話は二年間の大雑把なスケジュールから。基本的に大したイベントはありませんけれど、それでも大まかに伝えられています。
一年目は礼儀作法やセントローゼス王国について学びます。魔法や剣術といった科目もありますが、一年目は貴族として学ぶべきことが中心です。
二年目は各学科に別れることになります。
学科は剣術科、魔法科と一般科の三つ。貴族院は王城勤めするために存在しますので、その気がなくてもどれかを選ぶ必要がある。
ちなみにイセリナであった頃はルークと同じ剣術科を選択していました。
「剣術科だけはないな……」
ルークは必ず剣術科なのです。従って私は魔法科か一般科のどちらか。既に彼の好感度を上げる必要性はなくなっているわけですし。
最初の授業は説明に終始しています。とりあえず、休憩を挟むことになったのですが、
「アナ!!」
危惧していた事態となってしまいます。
私を呼んだのはルーク。予想はしていましたが、彼と話をするつもりはありません。
「イセリナ様、席を外します」
直ぐさま席を立ち、私はスタスタと講堂の外へと向かう。追いかけて来ないようにトイレへと駆け込むのでした。
「会わす顔がないよ……」
あの事件の主犯であったというのに、主役になりすましていたんだもの。
王子様を救った英雄として。
「お願いだから、私の視界に入らないで。私の名を呼ばないで……」
このあとも休憩が入るたびに私はトイレへと駆け込む羽目に。
次の授業が始まる直前に戻るという行動はイセリナの侍女として完全に失格です。
何度目かの休憩、でも、次が最後の授業。だから今回逃げ切れたのなら、もうルークと会わなくても良い。
直ぐさま立ち上がる私に、
「アナ、いい加減にしなさい! どうして殿下と会いたくないのか分かりませんが、貴方はワタクシの侍女ですのよ?」
イセリナが言った。
正直に寄付金までランカスタ公爵家に出してもらっています。侍女という立場をわきまえない私に彼女は怒りを覚えているかのよう。
まあ当たり前か。
伯爵家のご令嬢というより、公爵家の侍女といった方が正しい。寄付金どころか、住む場所まで提供してもらっているのですから。
しかし、イセリナの話は侍女として働けという内容ではありませんでした。
「ワタクシの侍女であるのなら、逃げるなんて真似はやめなさい」
やはり彼女は気高き悪役令嬢なのでしょう。
逃げ回る私に業を煮やしたみたいです。
まあ確かに。これから二年も逃げ続けるなんて不可能です。いつかは向き合わなければならないのであれば、先送りにする意味はありません。
「分かりました」
こんな今もルークが迫ってくる。
私は腹を括るしかないね。別れは既に告げたはずですが、今一度話をするしかないようです。
「アナ、どうして逃げる?」
第一声は私の行動に関して。逃げる理由は明白です。
「殿下、忘れたのですか?」
彼には伝えたはずだ。私の気持ちを余すことなく。
「サヨナラだとお伝えしたはず」
それ以上もそれ以下もない。
ただサヨナラなんです。
その別れの言葉が全て。前世も今世も含めて、私が伝えられる最後の言葉でした。
「いや、そうだけど!?」
どうしてか目が潤んでくる。
でもね、泣いちゃダメだ。私は再び強く生きる。世界線を動かすため、使命を全うするんだから。
「何も話すことはございませんわ。お察しくださいませ」
「アナは良いのか!? 俺を求める令嬢は幾らでもいるんだぞ!?」
ルークとしては切り札であったのかもしれません。
しかし、私にとっては好都合。もう決めたことだもの。貴方を毒殺しようとした私は側にいるべきじゃない。悪役令嬢ならば、自身が犯した罪は最後の最後まで貫くだけ。
「ご勝手に。私には関係のないことでございます」
愛など不要。アマンダの趣味に付き合う必要はない。私は淡々とこの世界線をクリアするだけです。
私の返答にルークは何度か口を動かしますが、言葉になっていませんでした。
もうルークが私に話しかけて来ることもないでしょう。
皆の前で堂々とフラれたのですから。
ルークは何も言わず、背を向けました。
三年前よりも、少し大きくなった背中。しかし、肩を落として歩く様子は記憶のままでした。
心に焼き付けておこう。
私が見失ったこの背中を。愛について考えるたび、思い出せばいい。この背中こそ私が愛したものに違いないのだと。
拝啓 愛の女神アマンダ様
お楽しみいただけなく、本当に申し訳ございません。
私は今日、愛と決別いたしました。
以降はただ悪に努め、ただひたすらにプロメティア世界のため生きようと思います。
セシルと婚約し、イセリナとルークを結びつける。それこそ全身全霊の力でもってクリアすると誓います。
もう二度とリスタートはしない。この一回でエンディングまで辿り着くことを約束しましょう。
なぜなら、私はもう二度とこの役目を請け負いたくありませんから。
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