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第九章 永遠の闇の彼方

永遠の闇の中へ

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「良い剣です! だが、荒い!」

 カルロの先制攻撃でしたが、生憎とセシルには届きません。彼は軽くいなして、攻撃を仕掛けます。

 鋭い突きがカルロを捕らえる。何とか致命傷を避けられたものの、カルロは左腕から血を流すことに。

「カルロ!!」

「ルイ、心配すんな。かすり傷だ……」

 このあともセシルの猛攻が続きます。

 一方的に攻め続けられるカルロは防戦一方であって、斬り返す場面は少しも訪れません。

 まるで痛めつけることが目的であるかのように、カルロの身体に傷が増えていく。


 全身から血を流しているカルロを私は正直に見ていられませんでした。

「さて、そろそろ終わりにしましょうか。弱い者イジメは僕の主義とは異なるのです」

「言ってろ。俺はまだ諦めない。貴様の首を落とせば勝ちなんだからな……」

 強がっているカルロでしたが、この劣勢を跳ね返せるようには思えない。

 恐らく彼はセシルの斬撃を受け、その生を終えることでしょう。

(決めた……)

 死に戻る覚悟は既にしていましたけれど、私は絶望的な状況でも剣を握るカルロの最後を見届けようと思う。

 それこそが彼の恩義に報いることではないかと。

『姫、遅くなりました!』

 そんなとき、脳裏に念話が届く。

 どうやら、コンラッドが私を見つけたようです。

 これはチャンスかもしれない。二人の戦いを止められるかもしれません。

『コンラッド、カルロが殺されそうなの! 何とかできる!?』

 暗殺者である彼ならばと、私は念話で問う。

 剣術の戦いに私が割り込むのは不可能であるし、彼ならば何らかの手段があるのではないかと思って。

『御意に。お任せあれ』

 心強い返答に私は希望を見出す。

 行き詰まった世界線に差し込む光明であるかのように。

「皇太子カルロ、覚悟せよっ!」

 刹那にセシルが鋭い剣技を繰り出す。

 カルロは避けようともせず、此度は果敢に踏み込んでいます。

 息をするのも忘れ、私は見入っていました。

 決闘ともいえる一騎討ちの全貌を見逃してはならないのだと。

「――っ!?」

 私は息を呑む。

 一瞬のあと、世界の時間が停止していました。

 誰もが唖然とし、その状況を呑み込めなかったことでしょう。

「嘘よ……?」

 なぜなら、セシルの剣が的確にカルロの胸を突き刺していたのです。

 加えて、どうしてかセシルの首元からも血が噴き出しています。

 確かにカルロは剣を振っていました。しかし、私が目撃したその攻撃は空を裂いていたはずなのに……。

「コンラッド……?」

 恐らくはコンラッドの仕業。カルロを生かすという命令の解は、セシルを殺めることしかなかったのかもしれません。

 遠目にはカルロが斬ったかのようにも見えましたが、暗殺者が得意とする投擲武器を使用したのだと思われます。


 一騎討ちは一瞬にして決着がついていました。

 首元を斬られたセシルは前のめりに倒れ込む。と同時にカルロの胸へと刺さった剣が抜け、カルロもまたおびただしい血を胸から飛散させています。

 しばらくは誰も動けない。血を流す両殿下を眺めているだけでした。

 しかし、両国の兵が駆け寄るや、私はすべきことに気付く。

「今ならまだ間に合う!」

 致死性の攻撃であれど、今ならばエクストラヒールで命を救うことができるのではないかと。

 急いで二人の元へと駆け寄ろうとしたものの、皇国の兵は私を遮るのでした。

「退きなさい!」

 声を荒らげるも、彼らは敵と認定した私を通すつもりがないようです。

「退けっていってんのよ!!」

 ヒールなどでは回復させられないというのに。

 急いでエクストラヒールをかけたのなら、二人を救えるというのに。

「二人を救います! 退いて!!」

 無理矢理に通る。斬られたとして構わない。

 どうせ死に戻る予定なの。自害する手間が省けるってだけよ。


 倒れ込む二人に私は最大級の回復魔法を施します。

「エクストラヒール!!」

 全魔力を放出するかのように、エクストラヒールを発動。この魔法で救えなければ、私も自害するだけです。

 周囲に満ちる光の粒。幻想的な光景に兵たちは敵味方関係なく、声を失っています。

 生命力の活性化を最大限に促すこの魔法ならば、主人が助かるのではないかと。

「う……ぅぅ」

 まずはセシルが薄く目を開きました。

 正直に首筋を切られた彼の方が危ないと感じていましたが、セシルの生命力はまだエクストラヒールに応えるだけの力を残していたみたいです。

 けれども、カルロは今も目を閉じたまま。

 エクストラヒールは重ねがけしたとして意味がありません。だからこそ、私はカルロに寄り添い、必死で呼びかけるだけ。

「カルロ! カルロ、しっかりして!」

 敬称を付けるのも忘れ、ただ彼の名を呼ぶ。

 意識さえ戻れば安心できるはずと。

「ルイ……」

 何度目かの呼びかけのあと、カルロが薄く目を開いています。

 言葉を発した姿には私だけでなく、兵たちも一様に安堵している様子。

「口づけを……」

 何の要求なの? 

 私は理解できずに戸惑っている。

 朧気な彼の視線は私を混乱させるだけでした。

 私が困惑していると、程なくカルロは再び目を閉じてしまう。

「愛している――――」

 言って、カルロは動かなくなってしまいました。

 このあと何度も呼びかけましたが、私の声は届かない。彼が反応することは、もう二度とありませんでした。

「嘘よ……?」

 呆然と頭を振る。

 用意されたシナリオ通りに、彼は息を引き取っていました。

 私が改変しようとした世界線は、どうしてもカルロの生存を許してくれない。

「カルロ……」

 何も考えられない。

 でも、私は彼の期待に応えなければなりません。

 カルロの頬に手を添えて、私は口づけを交わした。

 どうか安らかに逝ってもらいたいと。


 不意に涙がこぼれ落ちる。

 それは一筋流れ落ちるや溢れ出し、堰を切ったかのように止めどなく流れ落ちていく。

「カルロォォオオッッ!!」

 ぶっきらぼうな彼。

 私を愛した人。

 もうこの世にはいない。

 どうあっても、この世界線で彼を選ぶことはできなくなりました。

「ぁあぁっ……あ゙ぁぁっ……」

 号泣しながら、何度も頭を振ってみる。

 何度も目を閉じてみた。

 けれど、現実は変わらない。カルロは失われたまま……。

「カルロォォオオオオッツ!!」

 静まり返る広場に私の絶叫だけが響いている。

 居合わせた兵たちには不可解に思えたことでしょう。敵となった私がカルロのために涙しているなんて。

 エクストラヒールにしても、先ほどの口づけについても。


 一方的な愛の行方など、分かるはずがありません。

 冷たく接しながらも、その実は私を守ってくれたこと。

 真相はもはや、私の心の中にしかないのです。

 必ず訪れる未来を知っていなければ、理解できるはずがない。私がカルロを生かそうとしていたこと。世界線をやり直してまで頑張ったことなど……。

 無情にも現実はシナリオ通りでした。

 私一人が抗ったくらいで運命は動かない。

 不条理なこの世界。もどかしさと悔しさが混じり合った叫声が、虚しく周囲に木霊していました。
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