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第十章 闇夜に咲く胡蝶蘭

出兵の爪痕

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 セシルが倒れたセントローゼス王国軍は、私がとやかくいう必要もなく撤退となっていました。

 結果的に東部三国を荒らしただけ。何とも後味の悪い結果となっています。

 かといって、セーブポイントが決闘後のシーンに上書きされてしまっては、もうどうしようもありません。


 私はランカスタ公爵家の別邸に戻っています。まだ夏期休暇中でありまして、貴族院はお休みです。

 スラム街の清掃に向かう気分でもありませんでしたから、自室でボウッと過ごしているだけでした。

「アナ、お父様が呼んでるわよ? いつまで呆けているつもり? だらしのない」

「イセリナに言われたくないわ。てか、髭が来てんの?」

 早速と別邸にやって来るとは思いませんでした。

 正直に彼の作戦が大成功だったとは言い難い。きっと文句を言うために来たのだと思えてなりません。


 部屋を出て応接室へと。

 ふんぞり返って座る髭が目に入りました。

「えっと、何?」

 座る前に聞く。私に弁明する言葉などありません。よって、早々に立ち去りたく思って。

「まあ、座れ。セシル殿下の容体については聞いた。儂は別に怒っておらん。少しばかり確認したいことがあるだけだ」

 叱責されるのでないのならと、私は対面に座る。

 またどうしてかイセリナまで隣に着席しています。

「此度の件は及第点だ。王国軍に被害が出ておれば良かったのだが、負傷したのがセシル殿下だけではな。まあしかし、殿下の出兵を後押ししたメルヴィスは立場がなくなった。儂の子飼いであるアナスタシアがいなければ、殿下は死んでいたとの報告が上がっておるからな」

 ああ、そういうこと。

 てか子飼いって何よ? 私はあんたの小間使いじゃないっての。

 まあしかし、セシルが瀕死の状態となった責任をメルヴィス公爵が負わされているのね。とりあえず、誰かに責任を押し付ける貴族界らしい結末です。

「またも、お前の評価が上がっている。皇国だけでなく、帝国も既に戦う余力を残していないのはセシル殿下の功績ではなく、明確にアナスタシア個人がもたらせた成果だ。結果的にお前を送り出した儂の評価まで高まっておる」

 どうやら、後始末は髭が私を送り込んだとすることで決着とするつもりだったみたい。

 上手く運んでいなければ尻尾切りの可能性もありましたけれど、それも今となってはです。

「じゃあ、私に褒美をください。割と大変だったのですから」

「当然、考えておる。既にメルヴィスが国務大臣に指名される目は無くなった。全てお前の功績だ。期待して待っておれ」

 意外にも髭は褒美を与えてくれるらしい。何でも口にしてみるものだわ。

 どのような褒美をもらえるのか分かりませんけれど、大臣の椅子が手に入るのですから、きっと良いものに違いありません。

 少しばかり気が晴れたように思う。

 いつまでも沈んでなどいられない。

 次々と選択肢を失っていくこの世界線で、私は使命を全うしなければならないのですから。
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