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第十一章 謀略と憎悪の大地
一週間後
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一週間が過ぎていました。
リックが持ち帰った魔道書の内容は魔力を可視化するというもので、何の役に立つのかさっぱりです。
よって詳しく調べることなく放置しているのですけれど、暇ができたら術式を紐解いてみたいと思います。
まあそれで、ようやくモルディン大臣が戻ってきました。彼は三名の貴族を連れて来ておりますが、どうしたものでしょうかね。
「ええ? もう領主代行をお決めになられたのですか!?」
そりゃ驚くわね。
私だって予定してなかったんだもの。
「彼はサルバディール皇国時代に良くしてくれた方なのです。投獄したあと、聖教国は解放したようです。偶然に出会ったものでお願いしました」
一応は素性を明かしておきませんと。カルロ殿下の懐刀であったことまで、私は伝えています。
「リック殿、貴殿と会うのは三年ぶりか?」
どうやら面識があったみたいね。
確かに留学の申請とか走り回っていたでしょうし。大臣だけでなく、他に知人がいてもおかしくはありません。
「ご無沙汰しております。サルバディール皇国にてルイ枢機卿と皇家の橋渡しをしておりました。その縁で厚遇いただいております。行く当てのない私を登用していただいたアナスタシア様には感謝しかございません」
とりあえず問題はなさそうですね。
そもそも私の自由だとモルディン大臣は言ったのです。従って、私は勝手に選んだだけだもの。
リックの生い立ちはよく知りませんけれど、皇太子の側付をしていたのですから貴族であったはず。よって何の問題もないでしょ。
「では、領主代理をお任せするとして、私が連れて来た三名はどうしましょうか?」
「流石に貴族様を雑務要員にできませんわ。一応、区長の席は全て空いておりますが、貴族様に任せる業務ではありませんし」
「区長が空席に?」
眉根を寄せるのはモルディン大臣です。
ま、彼が王都へ戻ったあとの出来事なので知るはずもありません。
「実は大臣が戻られたあと、中央区の区長が挨拶に来たのです。それで初日の騒ぎがあった頃、留守で駆け付けられなかったと話していました。もちろん私は信用していませんので、他の区長も呼び寄せてメルヴィス公爵との繋がりを問い詰めたのです」
初日にゼクシス男爵の尋問を見たモルディン大臣には私があの契約書を用いたのだと容易に想像できたことでしょう。
「全員が契約書にサインをして失われたと?」
「ええまあ、派手に爆発していましたわ。まだゼクシス男爵の方が良い死に方だと思えるほどに。それで集まった十五人のうち十四人はメルヴィス公爵と繋がりがあったのです」
モルディン大臣は長い息を吐いた。
ここまで世が乱れている原因を彼は理解しているのでしょう。
ひとえにモルディンが大臣の退任が近いこと。権力闘争の余波にて私が苦労していると分かったはずです。
「しかし、この地の領主が貴方様で良かったと思います。初日の出来事は既に王様へ報告しておりますが、並の貴族ではああいった振る舞いができなかったかと存じます」
「あら? 別に人心掌握だけが問題ではありませんよ? 次の日には盗賊のフリをした傭兵団に街が襲われたのです。東側の街道から現れ、大暴れしておったのですわ」
追加的な話にまたもやモルディン大臣は声を失っていました。
想定した以上の圧力がこの地にかけられていることを彼も理解してくれたことでしょう。
「何か証拠とか見つかりましたか?」
「リーダー格らしき男を一人捕らえましたが、尋問すらしていません。王都に連行してもらってもよろしいですか?」
生かしておくのも面倒なのよね。
死体をメルヴィス公爵領に送りつけても良いのだけど、証拠がないのですから意味はありません。
「ええ、構いません。しかし、何らかの対策が必要ですね。王国としましては、褒美としてエスフォレストを下賜したというのに、これでは厄介ごとを押し付けてしまったとしか思えません」
「自警団しかいませんので、王都から兵を派遣してもらえると助かります。私が居ない間に二百人の傭兵を送り込まれたとしたら、今頃は占領下でしょうし」
「二百人ですか……。憶測でしかありませんが、傭兵に不法占拠させたあと、兵を送ってこの地を解放させたと主張する算段であったのかもしれませんな」
恐らくそうだろうね。
私に領主としての才覚がないと意見するつもりだったのでしょう。
「街中でなければ千人規模であったとして殲滅できますが、私とマリィがいてこそですからね……」
マリィを残して王都に戻るのは不安だしなぁ。
産まれてから今まで離れて過ごした経験がありません。
仮にも一国を滅ぼすような存在だからね。万が一のとき、どうしようもなくなってしまうわ。
「陛下には王家の兵を出すように、伺いを上げさせてもらいます。あと魔道通話の魔道具をお持ちしましたので、いつでも王城と交信が可能です」
それは有り難いね。南部との密な連絡は助かります。
魔道通話は前世で言うところの電話です。登録した水晶同士が魔力糸で繋がると会話ができるというわけです。
「兵たちが到着するまで、私はここに滞在しますわ。貴院長選挙の準備もありますが、仕方ありません」
「一刻も早く組織して向かわせます。アナスタシア様でなければ、褒美は無駄になるどころか王家への批判にも繋がったことでしょう」
できれば全員をペガサスで運んで欲しいね。
サルバディール皇国へと攻め入ったときのように。
「モルディン様、派兵の建前はどうするおつもりですか? 恐らく反発を招きます」
「でしょうね。しかし、既に大盗賊団が現れているのです。下賜した王家として安全を保証する必要があるのではありませんか?」
思わず私は声に出して笑ってしまいました。
いや、前世から知っているけれど、モルディン大臣は割とやり手だわ。
まさか陰湿爺さんの策を利用してしまうなんてね。
ならばお任せしましょう。
私はこの地を守るべく兵の到着を待つだけでした。
リックが持ち帰った魔道書の内容は魔力を可視化するというもので、何の役に立つのかさっぱりです。
よって詳しく調べることなく放置しているのですけれど、暇ができたら術式を紐解いてみたいと思います。
まあそれで、ようやくモルディン大臣が戻ってきました。彼は三名の貴族を連れて来ておりますが、どうしたものでしょうかね。
「ええ? もう領主代行をお決めになられたのですか!?」
そりゃ驚くわね。
私だって予定してなかったんだもの。
「彼はサルバディール皇国時代に良くしてくれた方なのです。投獄したあと、聖教国は解放したようです。偶然に出会ったものでお願いしました」
一応は素性を明かしておきませんと。カルロ殿下の懐刀であったことまで、私は伝えています。
「リック殿、貴殿と会うのは三年ぶりか?」
どうやら面識があったみたいね。
確かに留学の申請とか走り回っていたでしょうし。大臣だけでなく、他に知人がいてもおかしくはありません。
「ご無沙汰しております。サルバディール皇国にてルイ枢機卿と皇家の橋渡しをしておりました。その縁で厚遇いただいております。行く当てのない私を登用していただいたアナスタシア様には感謝しかございません」
とりあえず問題はなさそうですね。
そもそも私の自由だとモルディン大臣は言ったのです。従って、私は勝手に選んだだけだもの。
リックの生い立ちはよく知りませんけれど、皇太子の側付をしていたのですから貴族であったはず。よって何の問題もないでしょ。
「では、領主代理をお任せするとして、私が連れて来た三名はどうしましょうか?」
「流石に貴族様を雑務要員にできませんわ。一応、区長の席は全て空いておりますが、貴族様に任せる業務ではありませんし」
「区長が空席に?」
眉根を寄せるのはモルディン大臣です。
ま、彼が王都へ戻ったあとの出来事なので知るはずもありません。
「実は大臣が戻られたあと、中央区の区長が挨拶に来たのです。それで初日の騒ぎがあった頃、留守で駆け付けられなかったと話していました。もちろん私は信用していませんので、他の区長も呼び寄せてメルヴィス公爵との繋がりを問い詰めたのです」
初日にゼクシス男爵の尋問を見たモルディン大臣には私があの契約書を用いたのだと容易に想像できたことでしょう。
「全員が契約書にサインをして失われたと?」
「ええまあ、派手に爆発していましたわ。まだゼクシス男爵の方が良い死に方だと思えるほどに。それで集まった十五人のうち十四人はメルヴィス公爵と繋がりがあったのです」
モルディン大臣は長い息を吐いた。
ここまで世が乱れている原因を彼は理解しているのでしょう。
ひとえにモルディンが大臣の退任が近いこと。権力闘争の余波にて私が苦労していると分かったはずです。
「しかし、この地の領主が貴方様で良かったと思います。初日の出来事は既に王様へ報告しておりますが、並の貴族ではああいった振る舞いができなかったかと存じます」
「あら? 別に人心掌握だけが問題ではありませんよ? 次の日には盗賊のフリをした傭兵団に街が襲われたのです。東側の街道から現れ、大暴れしておったのですわ」
追加的な話にまたもやモルディン大臣は声を失っていました。
想定した以上の圧力がこの地にかけられていることを彼も理解してくれたことでしょう。
「何か証拠とか見つかりましたか?」
「リーダー格らしき男を一人捕らえましたが、尋問すらしていません。王都に連行してもらってもよろしいですか?」
生かしておくのも面倒なのよね。
死体をメルヴィス公爵領に送りつけても良いのだけど、証拠がないのですから意味はありません。
「ええ、構いません。しかし、何らかの対策が必要ですね。王国としましては、褒美としてエスフォレストを下賜したというのに、これでは厄介ごとを押し付けてしまったとしか思えません」
「自警団しかいませんので、王都から兵を派遣してもらえると助かります。私が居ない間に二百人の傭兵を送り込まれたとしたら、今頃は占領下でしょうし」
「二百人ですか……。憶測でしかありませんが、傭兵に不法占拠させたあと、兵を送ってこの地を解放させたと主張する算段であったのかもしれませんな」
恐らくそうだろうね。
私に領主としての才覚がないと意見するつもりだったのでしょう。
「街中でなければ千人規模であったとして殲滅できますが、私とマリィがいてこそですからね……」
マリィを残して王都に戻るのは不安だしなぁ。
産まれてから今まで離れて過ごした経験がありません。
仮にも一国を滅ぼすような存在だからね。万が一のとき、どうしようもなくなってしまうわ。
「陛下には王家の兵を出すように、伺いを上げさせてもらいます。あと魔道通話の魔道具をお持ちしましたので、いつでも王城と交信が可能です」
それは有り難いね。南部との密な連絡は助かります。
魔道通話は前世で言うところの電話です。登録した水晶同士が魔力糸で繋がると会話ができるというわけです。
「兵たちが到着するまで、私はここに滞在しますわ。貴院長選挙の準備もありますが、仕方ありません」
「一刻も早く組織して向かわせます。アナスタシア様でなければ、褒美は無駄になるどころか王家への批判にも繋がったことでしょう」
できれば全員をペガサスで運んで欲しいね。
サルバディール皇国へと攻め入ったときのように。
「モルディン様、派兵の建前はどうするおつもりですか? 恐らく反発を招きます」
「でしょうね。しかし、既に大盗賊団が現れているのです。下賜した王家として安全を保証する必要があるのではありませんか?」
思わず私は声に出して笑ってしまいました。
いや、前世から知っているけれど、モルディン大臣は割とやり手だわ。
まさか陰湿爺さんの策を利用してしまうなんてね。
ならばお任せしましょう。
私はこの地を守るべく兵の到着を待つだけでした。
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