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第2部
フェーズ7.9-25
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いつもより少しだけ早く帰宅した涼を出迎えた。
「これ、おみやげ」
仕事帰りにわざわざどこかへ寄って買ってきてくれたのか。そうではなかった。差し出されたのは、見慣れたロゴの入った茶色の紙袋だったからだ。私が働いている病院内のカフェの袋だ。
「ありがとう。珍しいね」
お礼を言って受け取った。中身はこの夏の新商品であるコーヒーゼリーだ。二種類のコーヒーゼリーとミルクプリンの三層になっていて、テイクアウト用に蓋をかぶせてくれてある。涼と私の分で二個ある。
コーヒーゼリーを冷蔵庫にしまい、晩ご飯の支度を再開する。部屋着に着替えた涼が洗面所から出てきた。冷蔵庫からペットボトル入りのお茶を取り出し、グラスを持ってダイニングテーブルにつく。その間、私はずっと彼の動きを目で追っていた。
「おみやげなんて、どうしたの、急に?」
「ん? 帰りがけにたまたまカフェを覗いたらあったから」
このコーヒーゼリーは私も気になっていたから買ってきてくれたのはうれしい。ただ、何か怪しい。私の勤務外の時間帯にわざわざ店を覗いて買ってくるなんて。昼間も来店してたのに。それに、帰ってきたときからなんとなく違和感がある。さっきから涼は私と目を合わせようとしない。まさかとは思うけれど、またあれをやってみようか。涼が麗子さんとキスした翌日にも使ったあの手を。
「口紅ついてるよ」
「その手にはもう引っかからな……」
グラスにお茶を注いでいた涼の手が止まった。やらかしたことに自分で気がついたらしい。しかも涼は二重にやらかしている。「引っかからない」と言い切ってしまえばまだよかったのに、途中で止めたから確定だ。
「何が? 引っかかることがあるんだ?」
すかさず指摘すると、涼が頭を抱えた。嘘でしょ。
「最低」
私は力なく言った。涼が顔の前で手を合わせる。
「ごめん」
「信じられない。二度目だよ? 結婚式挙げたばかりなのに、もう浮気したの!?」
だんだん怒りと悲しみが込み上げてくる。あの結婚式はなんだったの? 誓いの言葉はなんだったの?
「浮気じゃない。彩、そこ座って。弁解させて」
「今度は誰? また麗子さん? それとも看護師さん!?」
「違うよ。とりあえず座って」
正直言って今は顔も見たくない。ご飯の支度を放り出して寝室にこもりたい気分だ。いや、それよりも出ていきたい。その前に言いわけがあるのなら一応聞いてあげようと、涼の正面に座った。
「前にゴムよこした女子高生がさ」
またその子なの? やっぱり涼に本気なんじゃない。だから言ったのに。
「親の都合で都内の大きな病院に転院することになったんだ。本人は残りたいって言ってたんだけど、結局はうつることになった。で、『あっちでもがんばるからキスして』ってねだられた」
私と同じだ。私はキスではなく「抱きしめてください」だったけど。
「それで言われるままにしてあげたの?」
「仕方ないから額に軽く」
「じゃあ、唇同士ではしてないってこと?」
言い淀んでから、涼は観念したように口を開いた。
「いや、した。というより、された」
「奪われたのね」
涼が頷き、私は深いため息をついた。防御してよ。油断しすぎ。
でもその子、私が入院していたときと同じ高校二年生で、境遇も似ている。気持ちはわかる。心の底から責める気にはなれない。私は涼と付き合えて結婚までできた。幸運だった。その子は涼のことをあきらめなければならない上に、もう会うことすらできないんだ。それも親の都合で勝手に引き離されてしまう形で。
「正直に話したから、許して?」
それでもすぐに許せるはずはない。私は無言で涼を睨んだ。
食事中も私はずっとムスッとしたままだった。やっぱりもやもやする。許せない。キスしたことには変わりはないのだ。
キッチンで洗いものを終えた私に、涼が冷蔵庫からコーヒーゼリーを取り出しながら言った。
「彩、おいで。これ食べよ」
まだ怒ってるけれどゼリーに罪はない。おとなしくソファに移動して食べることにした。一番上の層にスプーンを入れて口に運ぶ。ほろ苦い味が今の気分にぴったりだ。
「怒ってる?」
「うん」
怒ってますとも。結婚式を挙げた直後で、しかも涼が私以外の人と唇を重ねたのはこれで二度目なのだ。二度あることは三度ある。そんな不吉なことわざは今すぐに辞書から消してほしい。
「前にも言ったけど、お前以外としても何も感じないよ」
私はまた涼を睨んだ。だからといって他の人とブチュブチュしてほしくない。私は涼以外の人としたことないし、絶対にしたくもない。涼にもそうであってほしい。簡単に触れさせないでほしい。特別な場所なのに、私以外の人が触れたなんて胸が張り裂けそう。
「これ、おみやげ」
仕事帰りにわざわざどこかへ寄って買ってきてくれたのか。そうではなかった。差し出されたのは、見慣れたロゴの入った茶色の紙袋だったからだ。私が働いている病院内のカフェの袋だ。
「ありがとう。珍しいね」
お礼を言って受け取った。中身はこの夏の新商品であるコーヒーゼリーだ。二種類のコーヒーゼリーとミルクプリンの三層になっていて、テイクアウト用に蓋をかぶせてくれてある。涼と私の分で二個ある。
コーヒーゼリーを冷蔵庫にしまい、晩ご飯の支度を再開する。部屋着に着替えた涼が洗面所から出てきた。冷蔵庫からペットボトル入りのお茶を取り出し、グラスを持ってダイニングテーブルにつく。その間、私はずっと彼の動きを目で追っていた。
「おみやげなんて、どうしたの、急に?」
「ん? 帰りがけにたまたまカフェを覗いたらあったから」
このコーヒーゼリーは私も気になっていたから買ってきてくれたのはうれしい。ただ、何か怪しい。私の勤務外の時間帯にわざわざ店を覗いて買ってくるなんて。昼間も来店してたのに。それに、帰ってきたときからなんとなく違和感がある。さっきから涼は私と目を合わせようとしない。まさかとは思うけれど、またあれをやってみようか。涼が麗子さんとキスした翌日にも使ったあの手を。
「口紅ついてるよ」
「その手にはもう引っかからな……」
グラスにお茶を注いでいた涼の手が止まった。やらかしたことに自分で気がついたらしい。しかも涼は二重にやらかしている。「引っかからない」と言い切ってしまえばまだよかったのに、途中で止めたから確定だ。
「何が? 引っかかることがあるんだ?」
すかさず指摘すると、涼が頭を抱えた。嘘でしょ。
「最低」
私は力なく言った。涼が顔の前で手を合わせる。
「ごめん」
「信じられない。二度目だよ? 結婚式挙げたばかりなのに、もう浮気したの!?」
だんだん怒りと悲しみが込み上げてくる。あの結婚式はなんだったの? 誓いの言葉はなんだったの?
「浮気じゃない。彩、そこ座って。弁解させて」
「今度は誰? また麗子さん? それとも看護師さん!?」
「違うよ。とりあえず座って」
正直言って今は顔も見たくない。ご飯の支度を放り出して寝室にこもりたい気分だ。いや、それよりも出ていきたい。その前に言いわけがあるのなら一応聞いてあげようと、涼の正面に座った。
「前にゴムよこした女子高生がさ」
またその子なの? やっぱり涼に本気なんじゃない。だから言ったのに。
「親の都合で都内の大きな病院に転院することになったんだ。本人は残りたいって言ってたんだけど、結局はうつることになった。で、『あっちでもがんばるからキスして』ってねだられた」
私と同じだ。私はキスではなく「抱きしめてください」だったけど。
「それで言われるままにしてあげたの?」
「仕方ないから額に軽く」
「じゃあ、唇同士ではしてないってこと?」
言い淀んでから、涼は観念したように口を開いた。
「いや、した。というより、された」
「奪われたのね」
涼が頷き、私は深いため息をついた。防御してよ。油断しすぎ。
でもその子、私が入院していたときと同じ高校二年生で、境遇も似ている。気持ちはわかる。心の底から責める気にはなれない。私は涼と付き合えて結婚までできた。幸運だった。その子は涼のことをあきらめなければならない上に、もう会うことすらできないんだ。それも親の都合で勝手に引き離されてしまう形で。
「正直に話したから、許して?」
それでもすぐに許せるはずはない。私は無言で涼を睨んだ。
食事中も私はずっとムスッとしたままだった。やっぱりもやもやする。許せない。キスしたことには変わりはないのだ。
キッチンで洗いものを終えた私に、涼が冷蔵庫からコーヒーゼリーを取り出しながら言った。
「彩、おいで。これ食べよ」
まだ怒ってるけれどゼリーに罪はない。おとなしくソファに移動して食べることにした。一番上の層にスプーンを入れて口に運ぶ。ほろ苦い味が今の気分にぴったりだ。
「怒ってる?」
「うん」
怒ってますとも。結婚式を挙げた直後で、しかも涼が私以外の人と唇を重ねたのはこれで二度目なのだ。二度あることは三度ある。そんな不吉なことわざは今すぐに辞書から消してほしい。
「前にも言ったけど、お前以外としても何も感じないよ」
私はまた涼を睨んだ。だからといって他の人とブチュブチュしてほしくない。私は涼以外の人としたことないし、絶対にしたくもない。涼にもそうであってほしい。簡単に触れさせないでほしい。特別な場所なのに、私以外の人が触れたなんて胸が張り裂けそう。
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