べゼルシス・オンライン

雨霧つゆは

文字の大きさ
上 下
27 / 38

27.森の逃走者

しおりを挟む
 クイーンビーの隙を突いた私は両手に持つ黒鬼で一閃、ギギギィィと断末魔を吐きながらクイーンビーは消滅した。

「はぁはぁ、ん……や、やった、倒した」

 朧火は森の門番用に取っておくつもりだったが悠長に戦っていられる場合じゃなかった。まさかクイーンビーが特殊スキルを使って来るとは思いもしなかったからだ。
 ホムラ山で山の主を討伐した時以来、息を切らせるほど動いたのは久しぶりだ。

「ふーマナポーション結構使ったなぁ。瞑想しとこ」
「朧火にバーストは少し無理があったわ。お陰で武器の耐久が九割も減ってる……次は持たないわね」

 皆一様に武器への負担が大きい朧火を使用した所為で耐久値が大幅に減少していた。特に激しい消耗を見せたのがエリカのチャージライフル、モロズキ改だ。私で四割強、チカで三割強ほど消耗したがエリカは私の二倍も消耗している。
 この結果から朧火とバーストを組み合わせた必殺技は使い所を見極めないと自爆することになりかねない。メンテナンスを挟まないで次使えば間違いなく破損する。

「これほど消耗が激しいとは予想外だったわ。モロズキ改はメンテナンスに出さないといけないわね」
「そうだねぇこのままボス戦までもつとは到底持てないし」
「あと幾つか替えが欲しいわ。十万メタのモロズキ改がこのありさまなんだから、初期武器で使おうものなら即破損ものね」
「モロズキ改って十万メタもしたんだ……」

 てっきりエリカのチャージライフルも私と同じ五万台かと思っていたがそんなことはなかった。地味にショックである。

「この際、ホムラ石を一個ボリスさんのところで買い取ってもらって五、六本買おうかしら。そうすれば必殺技をローテンションで使い回せるし」
「あんなのバカバカ撃ってたらメンテナンス代が馬鹿にならないよ。モロズキ改でも一万ちょっとは掛かるでしょ?」
「そうよねぇ、元が稼げないなら意味ないか」
「だね。でも替えを何本か持ってても問題はないと思うよ? 町に帰ったら私ももう一本買う予定だし」
「そうなの?」
「流石に、朧火一回で五割近く減るのは痛すぎ。まさか朧火にこんな欠点があったなんて」
「欠点というかただ単に武器の性能が低いだけだよねぇ。私は三割強だから、もっと性能が高い武器なら消耗を抑えられるかも」
「その分、メンテナンス代は高くつくだろうけどね」
「うっ……」

 今回の戦闘で今まで見えなかった部分が浮き彫りになった。早い段階で気付けたことを素直に喜べるほど現状を楽観視できない。耐久値を五割も削る特殊スキル、迂闊な使用は控えねばならなくなった。

 一先ず町へ引き返すためボロボロになった武器を携え森を歩く。

「うわぁ……マジかぁ、このタイミングで出るーふつう」
「何が出た……フー」
「あっ鹿だ」

 よりによってこのタイミングで出てくるとは運が良いのか悪いのか。私達が探していた白い鹿が遠くの方で呑気に歩いていた。よく見ると大きな枝先に木の実が生えている。

「エリカ、スコープで覗いちゃダメだからね!」
「わかってるわよ」

 私の推測が正しいなら距離に関係なく敵意を感じ取れるセンサー的な何かをあの鹿は持っているはずだ。前回取り逃がした原因は、エリカがスコープで覗いたためだ。そのことを考えると今回もスコープを向けると感づかれる可能性が高い。

「仕方ない、慎重に近づこう」
「近づくのはいいけど、その後どうするの? 近距離で武器を向けるわけにも行かないし」
「攻撃はチカに任せることにする。魔法なら気づかれないかもしれないから」
「そこはかもなのね」
「選択肢が他にないからね」
「私が攻撃するとして、攻撃タイミングだけ指示ちょうだい」
「わかった。ハンドサイン出すよ」

 それぞれ間をおいて感覚を取りながら鹿の後を追う。余計な音を立てないよう根に足をとられないよう慎重に行動する。こういった神経を使う尾行は慣れないためとても緊張感がある。緊張から汗が滴る始末だ。

 二百メートル進んだころ漸く動きを止めた白い鹿。木の根元で足を折って寛ぐ姿が確認できたのでチカへ向けてハンドサインを行った。

「(いいよ)」
「(了解!)」

 長杖を構えたチカ。私同様に緊張しているのか構えた杖が小刻みに震えている。

「くっん、クイック、キュア、エナジーレイン」
「えっ」

 なぜか軽減魔法のあと回復魔法を使ったチカ。そして本命であるエナジーレインに回復属性が付与され拡散して行った。空中を弘を描きながら木の根元で休む鹿に向かって行く。
 魔法に気づいた鹿が慌てて立ち上がろうとするが魔法が一足先に着弾。淡い緑のヴェールに辺りが包まれた。

「あちゃあー……」
「「……」」

――チリーン。
《特殊クエスト:大鹿モラスと対話。 報酬:豊穣の実 Yes/No》

「えっ?」
「特殊クエストが出たわよ! どうする?」
「対話するだけなら受けても大丈夫だと思うけど……」

――チリーン。
《特殊クエスト:大鹿モラスと対話を開始しました。リスポーン制限が掛かります》

『お主ら、まさか回復スキルを当ててくるとは面白い奴らだな』
「おおぉお!! モンスターの声が聞こえる!!」
「凄いわね」
『一つ聞いてよいか?』
「な、何でしょうか?」

 何とも不思議な感じだ。光り輝く鹿を前にして私達はこの鹿と会話をしている。未知の体験だ。

『回復魔法は意図して当てたのか?』
「「……」」
「…………えっ?」
「いやほら、魔法使ったのチカじゃん。チカが答えなよ」
「わ、わたし?」
「チカ以外にこのパーティーで魔法を使う人がいると思う?」
「そ、そうだね……ゴホンッ、間違えてました」
『間違えたとは?』
「あまりの緊張で間違えまして。本当は攻撃魔法を撃とうとしたんですが、エナジーレインで仕留めなくちゃと思って、あっエナジーレインていうのは前に使った魔法の――」

 そこからチカの回りくどい説明が始まった。エナジーレインの解説から始まりどうして攻撃スキルと回復スキルを間違えたのかまで細かく説明していく。

「というわけでして」
『つまり、緊張のあまりエナジーレインという魔法で仕留める思考に捕らわれ、前魔法が直撃したらエナジーレインの魔法が無意味になる故、対象を自身に限定したキュアを使い、エナジーレインを撃ったと。この解釈で間違いないか?』
「は、はいぃぃ」

 まるで教え子を静かに説教する構図が一瞬目に浮かんだ。

『まぁ何はともあれ、お主らは合格だ。報酬をやろう』

――チリーン。
《特殊クエスト:大鹿モラスとの対話を完了しました。報酬:豊穣の実×1》

「おおっ完了した!」
『まさか間違えて回復スキルを撃って来る奴がいるとわ思わなかった』
「攻撃スキルを撃ってたらどうなったんですか?」
『どうにもならんよ。私は逃げるだけだ』
「恐らくだけどユーリ、特殊クエストの発生条件が攻撃スキル以外のスキルを当てることなんじゃない?」
「なるほど……なら補助魔法でもこの特殊クエストって出現するんですか?」
『勿論、出現するな』

 どうやらエリカの推測が正しかったようだ。攻撃スキル以外での攻撃。こんな出現条件、普通はわからない。

「あっついでにもう一つ聞いてもいいですか?」
『うむ、私に答えられる範囲で答えよう』
「この森のどこかに森の番人がいると思うんですけど、どこにいるか知りませんか?」
『ほほぅ、番人に挑戦するのか。なら今来た道を戻り、東へ進むといい。その先に門番がいる扉へと辿り着く』
「おぉおお!! ありがとうございます」
『他に聞きたい事はあるか?』
「何か聞きたいことってある?」
「番人の居場所も聞いたしもういいんじゃないかしら、チカは?」
「私は特に……レアアイテムの場所とか聞いとく?」
「意外とチカって欲張りだよね」
「俗物ね」
「えぇー! 酷いよぉ、聞きたい事ないかって聞いたから答えたのにぃ」

 偶然にも特殊クエストを見つけクリアした私達三人。チカの凡ミスにより今回は功を奏した形になった。大鹿モラスに見送られながら番人の居場所へと向かうことになった。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役に好かれていますがどうやって逃げれますか!?

BL / 連載中 24h.ポイント:3,230pt お気に入り:2,558

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

BL / 連載中 24h.ポイント:38,467pt お気に入り:2,778

アラフォー料理人が始める異世界スローライフ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,329pt お気に入り:3,100

処理中です...