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とある山荘での殺人

鷹の目を持つ男

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「それで、目的の山小屋レストランまであとどれくらいだい?」
「何言ってるんだ。ほら、そこに見えるじゃないか」

 梶田はトレッキングポールで右の方を指す。あまりにも小さすぎて危うく見落とすところだった。こう言っては失礼かもしれないが、外見はほったて小屋に近い。本当に名店なのだろうかと心配になる。いや、外見で決めつけるのは良くない。

 初めて会った人の第一印象は会ってから数秒で決まると聞く。あの外見では「ただの山小屋だな」と決めつけて、立ち寄る人はごく少数かもしれない。


「失礼します」
 ドアを開けると大声で断りをいれる。返事はない。
「なあ梶田、そもそも人がいないんじゃないか? あのガイドブックは数年前のものだろう?」
「ああ、その心配はないよ。事前に電話で予約してある。主人の発火能力には回数制限があってね。大勢の客を相手には出来ないんだ」

 そんなたわいもない会話をしていると、リビングと思しき部屋から角刈りの男性が両手を広げて出てきた。

「あなた達は『探偵事務所御一行』かね。待ちわびていたよ。私は佐々木常盛。ここのオーナーだ」
 恥ずかしさのあまり、思わずうつむく。探偵事務所御一行ねぇ。間違っちゃあいないけど、梶田にはもう少しネーミングセンスセンスを磨いてもらいたいものだ。

「ええ、そうです。今日は極上のステーキを食べに遥か遠方から参りました」
 おいおい、遥か遠方って。山の麓までは車で二時間もかからなかったぞ。心の中で思わず突っ込む。

「そうでしたか。お疲れかと思いますので、個室に荷物を置かれてからリビングに来るのをおすすめしますよ。個室は向かって右側にあります」
 個室? てっきり料理専門だと思い込んでいた。どうやら宿泊もできるらしい。確かに標高が高いから、麓まで戻るのは時間的に厳しいだろう。梶田はそれも計算に入れていたに違いない。


 廊下を進むと個室が見えてきた。全部で六部屋だ。主人の発火能力の回数制限のためか、宿泊客を制限しているらしい。

「運のいいことに奥の二部屋が空いてるな。ひとまず荷物を置いて五分後にリビングで落ち合おう」
 そう言うと梶田の姿は扉の向こうに消え去った。


 部屋は簡素な作りだった。木製のテーブルにベッド、机などなど。思わず収容施設を思い出すが、あそことは違い木製の家具のため温もりを感じる。たまには都会を離れて自然を感じるのも悪くはない。しかし、単純に楽しむわけにはいかない。

 今回は編集長から「能力とおいしいステーキの関係性について取材するように」との命を受けている。雑誌で取り上げたら客が押し寄せて迷惑に違いない、と思ったが弱小出版社の記事など誰も見向きもしないだろう。思わず苦笑いを浮かる。おっと、早く行かないと梶田の奴を待たせてしまう。


 リビングにはすでに梶田の姿があった。相変わらず読書に勤しんでいる。表紙には『多様性の科学』と書かれている。
「遅くなってごめん」
「気にするな。どうせ主人が食事の準備をしている間は待たされるんだから」

 ふとリビングを見渡すと先客がいた。女一人に男一人。女の方は一言で表現するなら美女という言葉しか思い浮かばない。月並みだけれども。男は僕たちより若いに違いない。

 そんなことを考えていると、男の方が急に手を伸ばす。次の瞬間、何かの機械が飛んでくると男の手中に収まる。なるほど、彼の能力は「物体引き寄せ」か。距離からして有効範囲は三メートルほどだろう。

「いやー、僕は天才かもしれないぞ。今のを見たかい?」
 目を輝かせて男が話を振ってくる。僕は無言でうなづく。個人的にはテレパシーの方が便利だと思うけれど。

「さあ、今日は由美ちゃんを攻略するぞ。あのお姉さん系独特の抱擁感、たまらないなぁ」
 どうやら美少女ゲームをしているらしい。男の独り言がぶつぶつ続くので梶田はげんなりしている。まあ、無理もない。これじゃあ読書に集中できないからな。

「ちょっと、あなた。静かにしてくれるかしら」
 女が男に声をかけるが、ゲームに夢中なのか無反応だ。ひたすら「由美ちゃん、すてきだよ」だとか「由美ちゃん、たまらないなぁ」などと言っている。
「せっかく美味しいステーキを食べに来たのに、こんなクズと一緒なんて」
 ツンとした表情を浮かべて立ち上がると女はどこかへと去っていった。
(外見が良くても性格があれじゃあね)
 僕の言葉に梶田は肩をすくめた。


 どれくらいの時間が経っただろうか。いきなりパンパンという音が部屋中に響き渡る。音の方向を向くとそこにはエプロンをした佐々木さんの姿があった。
「さあ、ステーキが出来上がったよ」
「もうかい? まだ由美ちゃんを攻略出来てないのに……」
 いや、それはいつでも出来るだろ。ステーキを食べに来たのだろうに。
「そう言いなさるな。出来立てが一番うまいからね」

「ダイニングはこっちだよ」 
 扉に立った佐々木さんが右手で案内する。すでにここまでいい匂いがしている。これは期待ができるぞ。


「なあ、梶田。さっき読んでいた本はどんな内容なんだい?」
「一言で説明するのは難しいな。十五年ほど前の本にしては面白い、としか言えない。おっと、よそ見はよくないぞ。向こうから誰かやってくる」
 前方に目をやると、一人の男がこっちにやって来るところだった。
 男の目は鷹のそれに似て鋭く、体はがっちりとしている。何かのスポーツをやっているらしく胸板は厚い。

 そんな観察をしていると男とすれ違った。次の瞬間、男の肩が僕にぶつかる。
「痛っ」
 ふらつく僕を梶田が支える。
「どこ見て歩いてるんだ。気をつけやがれ!」
 一喝すると男は何事もなかったかのように通り過ぎ去る。

「向こうにも非があるのに、自分のことを棚に上げるのは感心しないな」
「え、あの人はよそ見なんてしてなかっただろ?」
「いいや、よそ見じゃないさ。イヤホンで何かを聞いていた。あの特注仕様から察するにあいつの職業は――」
「職業は?」
「今の話は忘れてくれ。あんまりいい予感はしないからな」
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