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1話:ステラの忘れられない人
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王国騎士団の紋章の入ったマントを翻して、ステラは地面に膝をついた。
目の前には負傷した騎士が横たわっている。
「魔物のかぎ爪でやられた。早急に診てほしい」
「わかりました」
負傷した騎士を運んできた騎士団長――ヴィルフリートが、元々強面の顔を殊更に険しくしながら、負傷時の状況を説明する。手袋を外しながら首を縦に振りつつ、傷口の上に手をかざして容体を確認した。
(裂傷が酷い……魔物の血の毒が回ってる……命が危ない。でも――)
「まだ間に合います。討伐の状況は?」
「今回出没した魔物の約9割は討伐が完了している。あとは雑魚級の魔物を一掃するだけだ」
「では時間はありますね。周辺の守りを頼みます」
「ああ」
ゆるくウェーブがかったピンクブロンドの髪を後ろで束ねて、ヴィルフリートを見上げた。わざと、彼の深緑の瞳をじぃっと見つめる。時間にして数秒程度だが、ステラにとっては特別で貴重な数秒だ。
目の前の状況とは全く関係のない、欲望と下心にまみれている視線。
そんな想いに気付いていないヴィルフリートは、ステラの視線をどう勘違いしたのか真剣な顔でひとつ頷くと、少し離れた場所で剣を抜きとった。
周りを警戒してくれているヴィルフリートの姿を視界の端に入れながら、心の中で謝罪する。
(玉砕したのに、諦めの悪い治癒魔術師でごめんなさい、団長)
どきどきと高鳴る心臓を必死の思いで無視をして、騎士の傷口に手を当てた。血でぬるつく肌に自分の両手をしっかりと当てて、治癒魔法を送り込む。
少しだけ損傷している内臓の細胞を修復すると同時に、魔物の毒も浄化していく。かなり時間がかかるだろう。けれど、治せない傷ではない。
朝飯前とはいかないが、ステラにとってはそれほど苦にならない傷の深さだった。これくらいは治せて当然だ。
なぜならステラは、どんな傷も完治させられるほどの魔力の高さを買われて、王国騎士団専属の治癒魔術師になったのだから。
「ステラさん、ありがとうございました……」
重症を負っていた騎士が、ベッドの上で深々と頭を下げた。上体を起こせるぐらいにまで回復したようでひと安心だ。
ステラは騎士の腕をとって、身体の状態をくまなくチェックした。
「……傷口も、内臓の傷も綺麗に塞がっている。毒ももうない。異常なしね」
完治させたとはいえ、本人の治癒能力が無ければただしく〝完治〟とはいえないのが医療の世界だ。その点、騎士たちの自然治癒能力の高さには目を見張るものがある。
とはいえ歩くまでにはまだ時間が必要だろう。目を開けて、にこりと微笑みながら騎士の背中に手を当てた。回復の手助けになるように、少しだけ治癒魔法を施しておく。これで明日には元通りになるはずだ。
「この短時間で、喋れるぐらい元気になってくれてよかった。まだ本調子じゃないだろうから、もう少し様子を見ようね」
「本当に本当にありがとうございます。命の恩人です! 救世主! 女神!」
「救世主は間違っていないかも。私はあなたたちを助けるためにここにいるから」
「ああ~~~! 天使の微笑み~~~!」
「ちょっと、天に召されないでよね」
まったく。
完治させた騎士たちがこうして涙ながらに感謝を告げる、この光景は毎度のことだ。
怪我をしないのが一番良いが、彼らが所属しているのは王国騎士団。危険な任務を主に請け負っているせいか怪我人は減らない。みんな大なり小なり、何かしらで傷を作ってくる。
わざとではないから責められはしないが、もう少し自分の身体を労わってほしいのが率直な気持ちだ。
(まぁ、そうしたら、私がここにいる意味がなくなってしまうんだけれどね)
生還した喜びで泣き始めた騎士を宥めて、寝かしつけてから、ステラは救護テントをそっと抜け出した。
血の付いた包帯を桶にまとめて入れておいたのが消えているのに気が付いたからだ。
「どこ行っちゃったんだろう……布製の資材は貴重なのに……」
今回のように王国から遠く離れた場所での任務では、包帯など物資の補充が困難になる。治癒魔術師はステラしかいないため、どうしても包帯に頼らなければならない時が出てくるのだ。
今回がそうだった。重体の騎士を優先するために、他に負傷した騎士の手当てをヴィルフリートが買って出てくれたのだ。
「まさか、団長が……?」
森の中に展開させている仮設基地内を探し回っていた足を止め、指先を顎に当てて考えを巡らせた。
包帯を使いまわすには手順がある。
川の流水ですすいで、石鹸で手洗いをしてから煮沸で消毒する。その後、焚火の煙でいぶして乾燥させてから、清潔な箱へ戻す――。感染症の危険があるため、普段は治癒魔術師であるステラが管理の全てを担うことになっている。
今日はいつもより怪我人が多かったせいもあって、救護テントの収容率は50%を超えていた。
ヴィルフリートは人を殺してそうな顔面の男ではあるが、穏やかな表情で猫の世話をする優しい一面も持っている人なのだ。
きっとステラの手を煩わせぬようにと、先回りして処理をしてくれているに違いない。
ふと視線を上にあげると、焚火の煙が一筋、満点の星空に向かって伸びていた。
(やっぱり)
ステラは嬉しくなって、口角が上がるのを隠そうともせず、煙が出ている方向へと駆け出した。
森を抜けた先に、川が流れているのを知っていたステラは迷いなくそちらに足を向けた。河原の石を踏み締めて辺りを見渡す。
右に視線を移すと、予想通りの人物が石に腰掛けて包帯をいぶしているのが目に映った。
「団長」
「――ああ、ステラか。ご苦労様」
「ありがとうございます。団長こそお疲れ様です。包帯、すみません。あとで感染のチェックだけさせてくださいね」
「気にするな」
ぶっきらぼうな言葉が返ってくるが、ちっとも気にならない。
わざとらしく近くに座って、団長を見上げた。
「そうはいきません、団長。私は王国騎士団専属の治癒魔術師です。皆の命を預かるのが任務です。……お仕事、取り上げないでくださいますよね?」
「……わかった。じゃあ、頼む」
最後の包帯をいぶし終わったヴィルフリートが、しぶしぶといった感じで手を差し出す。その手を取る前に、彼は「あ」と、目を見開いて短く声をあげたかと思うと、おもむろに手拭いを川に浸して、絞りながら戻ってきた。
なんだろう、と、彼の行動を目で追っていると、ヴィルフリートが目の前で跪いたものだからぎょっとして思わず身を引く。
「逃げないでくれ」
「な、なん、なんですか……っ?」
やさしく二の腕を掴まれて、弱い力で引き寄せられた。あまりに突然のことで頭の中がせわしなくなる。
(なに? なに? 何が始まるの? 団長の手が熱い……いや、そんなことはどうでもよくて……どうしよう、どうしよう、さすがにこれは近すぎるわ)
目の前にはヴィルフリートのたくましい胸筋と腹筋。ぴたりとしたシャツを着ているせいで筋肉の形が強調されてしまっている。視界に入るとどうしても意識してしまうのを止められない。恥ずかしさのあまり、ステラは勢いよく両目を閉じた。
側頭部に手拭いが触れた感覚がして肩を竦める。何度か上下に往復する感触があって、最後に指で髪を梳かれたかと思うと、撫でた場所を包み込むように、ヴィルフリートの手があてがわれた。触れられた箇所だけが、じんわりと温かくなっていく。微動だにしない状況のせいで、ステラの心臓の鼓動がどんどん高鳴っていくのがわかった。
忙しない鼓動の音、川のせせらぎの音、虫の鳴き声にくわえて、森に響くフクロウの声までが鮮明に聞こえるぐらい、二人の間に沈黙の時間が流れている。頑張ればヴィルフリートの心音も聞けそうだと耳を澄ましてみたが、さすがにそこまではわからなかった。
(なんだろう、この時間……。動けない……。……でも、もっと触れていてほしいな)
そんな疚しい気持ちを捨てきれない自分に、呆れの溜息が漏れた。
何を隠そう、ステラはヴィルフリートに恋をしている。
どう頑張っても実らないのに、捨てきれない恋心を抱いてしまっているのだ。
普通の女子であれば、好きな人からこんなことをされたら勘違いも起こしそうなものだが、ステラに至っては例外だ。
だって、この人から愛情をかけられることはないと、もう既に知っているから。
改めて考えると空しい気持ちになってきて、ステラは恐る恐る目を開けた。と、同時に、ヴィルフリートの手がすっと離れる。
――ああ、離れちゃった。
残念な気持ちを必死に隠しながら、目顔で何事かとヴィルフリートに問うた。
「……血がついていた。いきなり触れてすまない」
「あ、えっ、うそ……気が付かなかった……すみません、ありがとうございます」
誰かの血糊をつけたままうろうろしてたってこと!? やだ、恥ずかしい……!
いつの間に返り血を浴びていたのだろう。好きな人の前では完璧でいたいのに。
「君に血の色は似合わないな」
「……治癒術師に向けて言う言葉じゃありません」
間抜けだといわれたような気がして、頬を膨らませた。抗議の視線を向けた先のヴィルフリートの顔は、血しぶきが似合うほど怖い。
「頑張って入団したんですから、追い出すような真似はしないでください」
「考えが飛躍しすぎだ」
ぽんと、ヴィルフリートの手がステラの頭に置かれる。雑に撫でられたあと、手のひらを上に向けて目の前にもう一度差し出された。
自分の小さな手がすっぽり包まれてしまうほど、大きくてがっしりとした手。ぐしゃぐしゃになった髪は直さずに、差し出された右手を両手で握り締めた。
剣をふるってできたであろう硬いマメを指先でそっと撫でる。くすぐったかったのか、ヴィルフリートがぴくりと反応を示したことでステラは我に返った。
(いけない、いけない。団長の身体を診ないと)
治癒魔術師としてステラができることは、傷を治すことのほかに、相手の身体に触れることで異常が無いかを確かめられる能力も持っている。
入団条件であるこの力を身に着けるまでかなりの時間を要したが、ステラにはどうしても王国騎士団に入りたい理由があった。
『ヴィルフリートのそばにいたい』
入団理由としては下心がありすぎていることは自覚している。それでも、魔術師高等学園の庭先で見た彼の、穏やかな表情を忘れられずにいるのだ。
***
目の前には負傷した騎士が横たわっている。
「魔物のかぎ爪でやられた。早急に診てほしい」
「わかりました」
負傷した騎士を運んできた騎士団長――ヴィルフリートが、元々強面の顔を殊更に険しくしながら、負傷時の状況を説明する。手袋を外しながら首を縦に振りつつ、傷口の上に手をかざして容体を確認した。
(裂傷が酷い……魔物の血の毒が回ってる……命が危ない。でも――)
「まだ間に合います。討伐の状況は?」
「今回出没した魔物の約9割は討伐が完了している。あとは雑魚級の魔物を一掃するだけだ」
「では時間はありますね。周辺の守りを頼みます」
「ああ」
ゆるくウェーブがかったピンクブロンドの髪を後ろで束ねて、ヴィルフリートを見上げた。わざと、彼の深緑の瞳をじぃっと見つめる。時間にして数秒程度だが、ステラにとっては特別で貴重な数秒だ。
目の前の状況とは全く関係のない、欲望と下心にまみれている視線。
そんな想いに気付いていないヴィルフリートは、ステラの視線をどう勘違いしたのか真剣な顔でひとつ頷くと、少し離れた場所で剣を抜きとった。
周りを警戒してくれているヴィルフリートの姿を視界の端に入れながら、心の中で謝罪する。
(玉砕したのに、諦めの悪い治癒魔術師でごめんなさい、団長)
どきどきと高鳴る心臓を必死の思いで無視をして、騎士の傷口に手を当てた。血でぬるつく肌に自分の両手をしっかりと当てて、治癒魔法を送り込む。
少しだけ損傷している内臓の細胞を修復すると同時に、魔物の毒も浄化していく。かなり時間がかかるだろう。けれど、治せない傷ではない。
朝飯前とはいかないが、ステラにとってはそれほど苦にならない傷の深さだった。これくらいは治せて当然だ。
なぜならステラは、どんな傷も完治させられるほどの魔力の高さを買われて、王国騎士団専属の治癒魔術師になったのだから。
「ステラさん、ありがとうございました……」
重症を負っていた騎士が、ベッドの上で深々と頭を下げた。上体を起こせるぐらいにまで回復したようでひと安心だ。
ステラは騎士の腕をとって、身体の状態をくまなくチェックした。
「……傷口も、内臓の傷も綺麗に塞がっている。毒ももうない。異常なしね」
完治させたとはいえ、本人の治癒能力が無ければただしく〝完治〟とはいえないのが医療の世界だ。その点、騎士たちの自然治癒能力の高さには目を見張るものがある。
とはいえ歩くまでにはまだ時間が必要だろう。目を開けて、にこりと微笑みながら騎士の背中に手を当てた。回復の手助けになるように、少しだけ治癒魔法を施しておく。これで明日には元通りになるはずだ。
「この短時間で、喋れるぐらい元気になってくれてよかった。まだ本調子じゃないだろうから、もう少し様子を見ようね」
「本当に本当にありがとうございます。命の恩人です! 救世主! 女神!」
「救世主は間違っていないかも。私はあなたたちを助けるためにここにいるから」
「ああ~~~! 天使の微笑み~~~!」
「ちょっと、天に召されないでよね」
まったく。
完治させた騎士たちがこうして涙ながらに感謝を告げる、この光景は毎度のことだ。
怪我をしないのが一番良いが、彼らが所属しているのは王国騎士団。危険な任務を主に請け負っているせいか怪我人は減らない。みんな大なり小なり、何かしらで傷を作ってくる。
わざとではないから責められはしないが、もう少し自分の身体を労わってほしいのが率直な気持ちだ。
(まぁ、そうしたら、私がここにいる意味がなくなってしまうんだけれどね)
生還した喜びで泣き始めた騎士を宥めて、寝かしつけてから、ステラは救護テントをそっと抜け出した。
血の付いた包帯を桶にまとめて入れておいたのが消えているのに気が付いたからだ。
「どこ行っちゃったんだろう……布製の資材は貴重なのに……」
今回のように王国から遠く離れた場所での任務では、包帯など物資の補充が困難になる。治癒魔術師はステラしかいないため、どうしても包帯に頼らなければならない時が出てくるのだ。
今回がそうだった。重体の騎士を優先するために、他に負傷した騎士の手当てをヴィルフリートが買って出てくれたのだ。
「まさか、団長が……?」
森の中に展開させている仮設基地内を探し回っていた足を止め、指先を顎に当てて考えを巡らせた。
包帯を使いまわすには手順がある。
川の流水ですすいで、石鹸で手洗いをしてから煮沸で消毒する。その後、焚火の煙でいぶして乾燥させてから、清潔な箱へ戻す――。感染症の危険があるため、普段は治癒魔術師であるステラが管理の全てを担うことになっている。
今日はいつもより怪我人が多かったせいもあって、救護テントの収容率は50%を超えていた。
ヴィルフリートは人を殺してそうな顔面の男ではあるが、穏やかな表情で猫の世話をする優しい一面も持っている人なのだ。
きっとステラの手を煩わせぬようにと、先回りして処理をしてくれているに違いない。
ふと視線を上にあげると、焚火の煙が一筋、満点の星空に向かって伸びていた。
(やっぱり)
ステラは嬉しくなって、口角が上がるのを隠そうともせず、煙が出ている方向へと駆け出した。
森を抜けた先に、川が流れているのを知っていたステラは迷いなくそちらに足を向けた。河原の石を踏み締めて辺りを見渡す。
右に視線を移すと、予想通りの人物が石に腰掛けて包帯をいぶしているのが目に映った。
「団長」
「――ああ、ステラか。ご苦労様」
「ありがとうございます。団長こそお疲れ様です。包帯、すみません。あとで感染のチェックだけさせてくださいね」
「気にするな」
ぶっきらぼうな言葉が返ってくるが、ちっとも気にならない。
わざとらしく近くに座って、団長を見上げた。
「そうはいきません、団長。私は王国騎士団専属の治癒魔術師です。皆の命を預かるのが任務です。……お仕事、取り上げないでくださいますよね?」
「……わかった。じゃあ、頼む」
最後の包帯をいぶし終わったヴィルフリートが、しぶしぶといった感じで手を差し出す。その手を取る前に、彼は「あ」と、目を見開いて短く声をあげたかと思うと、おもむろに手拭いを川に浸して、絞りながら戻ってきた。
なんだろう、と、彼の行動を目で追っていると、ヴィルフリートが目の前で跪いたものだからぎょっとして思わず身を引く。
「逃げないでくれ」
「な、なん、なんですか……っ?」
やさしく二の腕を掴まれて、弱い力で引き寄せられた。あまりに突然のことで頭の中がせわしなくなる。
(なに? なに? 何が始まるの? 団長の手が熱い……いや、そんなことはどうでもよくて……どうしよう、どうしよう、さすがにこれは近すぎるわ)
目の前にはヴィルフリートのたくましい胸筋と腹筋。ぴたりとしたシャツを着ているせいで筋肉の形が強調されてしまっている。視界に入るとどうしても意識してしまうのを止められない。恥ずかしさのあまり、ステラは勢いよく両目を閉じた。
側頭部に手拭いが触れた感覚がして肩を竦める。何度か上下に往復する感触があって、最後に指で髪を梳かれたかと思うと、撫でた場所を包み込むように、ヴィルフリートの手があてがわれた。触れられた箇所だけが、じんわりと温かくなっていく。微動だにしない状況のせいで、ステラの心臓の鼓動がどんどん高鳴っていくのがわかった。
忙しない鼓動の音、川のせせらぎの音、虫の鳴き声にくわえて、森に響くフクロウの声までが鮮明に聞こえるぐらい、二人の間に沈黙の時間が流れている。頑張ればヴィルフリートの心音も聞けそうだと耳を澄ましてみたが、さすがにそこまではわからなかった。
(なんだろう、この時間……。動けない……。……でも、もっと触れていてほしいな)
そんな疚しい気持ちを捨てきれない自分に、呆れの溜息が漏れた。
何を隠そう、ステラはヴィルフリートに恋をしている。
どう頑張っても実らないのに、捨てきれない恋心を抱いてしまっているのだ。
普通の女子であれば、好きな人からこんなことをされたら勘違いも起こしそうなものだが、ステラに至っては例外だ。
だって、この人から愛情をかけられることはないと、もう既に知っているから。
改めて考えると空しい気持ちになってきて、ステラは恐る恐る目を開けた。と、同時に、ヴィルフリートの手がすっと離れる。
――ああ、離れちゃった。
残念な気持ちを必死に隠しながら、目顔で何事かとヴィルフリートに問うた。
「……血がついていた。いきなり触れてすまない」
「あ、えっ、うそ……気が付かなかった……すみません、ありがとうございます」
誰かの血糊をつけたままうろうろしてたってこと!? やだ、恥ずかしい……!
いつの間に返り血を浴びていたのだろう。好きな人の前では完璧でいたいのに。
「君に血の色は似合わないな」
「……治癒術師に向けて言う言葉じゃありません」
間抜けだといわれたような気がして、頬を膨らませた。抗議の視線を向けた先のヴィルフリートの顔は、血しぶきが似合うほど怖い。
「頑張って入団したんですから、追い出すような真似はしないでください」
「考えが飛躍しすぎだ」
ぽんと、ヴィルフリートの手がステラの頭に置かれる。雑に撫でられたあと、手のひらを上に向けて目の前にもう一度差し出された。
自分の小さな手がすっぽり包まれてしまうほど、大きくてがっしりとした手。ぐしゃぐしゃになった髪は直さずに、差し出された右手を両手で握り締めた。
剣をふるってできたであろう硬いマメを指先でそっと撫でる。くすぐったかったのか、ヴィルフリートがぴくりと反応を示したことでステラは我に返った。
(いけない、いけない。団長の身体を診ないと)
治癒魔術師としてステラができることは、傷を治すことのほかに、相手の身体に触れることで異常が無いかを確かめられる能力も持っている。
入団条件であるこの力を身に着けるまでかなりの時間を要したが、ステラにはどうしても王国騎士団に入りたい理由があった。
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