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2話:得体のしれない魔物と頓珍漢な呪い
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魔術師を養成する専門の学園で、ヴィルフリートはステラの2つ上の先輩に当たる人物であり、当初から強面で有名だった。
学園の女子のほぼ全員から『攻略不可能』とまで言わしめたほどの強面、ぶっきらぼうな物言い、眉間にしわを寄せるともう犯罪者の人相にしか見えない。
ステラも最初は、怖がる女子に混じってヴィルフリートを敬遠していたものだ。
先輩であり騎士科にいた彼とは接点はあまりなかったが、年に2回ほど、医術科のステラたちと合同で実習することがあるのでお互い顔は見知っている仲だった。
顔が怖いだけで性格が悪いことではないと知ったのは、一緒のチームとして実習を受けた時だった。強面で皆から敬遠されているけれど、細かいところにも気を配れる性格で、いつも周りを気遣って支えてくれるリーダー気質な人であることにも気が付いて、思えばこの時から惹かれ初めていたんだと思う。
専門じゃないのに、治癒術に関しても事細かにアドバイスをくれる、親切な先輩。身振り手振りでわからなければ、実際に手を取って丁寧に教えてくれる、優しい先輩。
ヴィルフリートの身体に触れるたびに感じる胸の高鳴りを無視できなくなって、ステラは誰にもばれないように顔を伏せて、赤くなった頬を隠した。
その気持ちが恋であると気付くまで、あまり時間はかからなかった。
ある時、集合時間になっても待ち合わせ場所に来ないヴィルフリートを、誰が呼びに行くかという話でひと悶着が起きたのをステラが制した。
「私が呼びに行くよ」
どうぞどうぞと、それまで言い争っていた皆から迎えに行く役目を一斉に譲られる。同級生たちの「死なないでね……!」という謎の励ましの言葉を背中に受けながら探し回った結果、学園の庭に植えられている木々の隙間に蹲る大きな背中を見つけたのだ。
一目見てすぐにヴィルフリートだとわかった。ガタイが良く、おまけに高身長の彼の体躯は逆三角形をしているから。
とくとくと早くなっていく鼓動を押さえつけて、遠目からヴィルフリートの様子をうかがう。彼の手元にいたのは3匹の子猫だった。紙皿の上に出された練状の餌を頬張っている。その様子を、ヴィルフリートは穏やかな表情で見つめていた。
普段と相反する魅力を目の前で見せつけられて、ステラの心はあっという間に持っていかれてしまった。恋心なんてただのまやかしかもと、少しばかり躊躇していた気持ちが一瞬のうちに霧散する。
同時に、この人のいろんな表情を見たいと思ってしまった。表情だけじゃない、ヴィルフリートのすべてが知りたいと、そんな欲望が瞬時に芽生えた。
「ヴィルフリート先輩」
だから、声を掛けたのもほぼ無意識だった。
ヴィルフリートは穏やかな表情を秒で捨てて、険しい表情でこちらを振り向く。
「――ああ、ステラか。どうしてこんなところに」
「先輩、私の彼氏になってくれませんか?」
ヴィルフリートの言葉を遮って、足を一歩前に踏み出した。驚いた子猫がぴゃっと逃げていく。
正直に言って、誰にも取られる心配は無いとわかってはいたが、あの穏やかな表情を自分に向けて欲しいと思ってしまったのもまた事実だ。
だから、勢いのままに告白の言葉を口にしたのも、焦りでもなんでもない、欲望に忠実になってしまっただけだ。
結果はお察しの通り。
ヴィルフリートは驚きで目を瞠ったが、すぐに眉間にしわを寄せて彼は立ち上がった。言葉もなくステラを見下ろす。
女子の中でも身長が低いうえに小柄なステラは、その身長差のせいで見下ろされただけでも威圧感を覚え、思わず後ずさりした。首が真上を向くのが大変なので、少しばかり距離を取りたかったのもある。
が、ヴィルフリートはその行為にまたしても不快だといわんばかりに眉をひそめた。
「……すまないが、俺は色恋沙汰に興味がない。彼氏が欲しいだけなら他を当たってくれ」
「――……」
彼氏が欲しいだけとかじゃない。ヴィルフリートに惹かれているから。あなたが好きだから。恋をしているから。
言いたいことはいろいろあったが、どこから話すべきか迷って言い淀んでいるうちに、ヴィルフリートはくるりと背中を向けて去って行ってしまった。
結局そのあとの実習では避けられてしまい、話す機会が一度も訪れないまま、卒業する彼の背中を涙ながらに見送ったのが数年前。
卒業後はその優秀さから王国騎士団に入団したという話を聞いて、ステラは猛勉強したのだ。もう一度会って話をするために。ちゃんと、彼に好きだと伝えて、そしてもう一度、彼氏になってほしいとお願いするために。
ずっとそばに居続けられるように。
同じく王国騎士団の入団を目指す騎士科の友人と一緒に勉強をしながら、そんな想いをぽろりとこぼした。彼は心底驚いた顔をして「物好きもいたもんだ」と逆に関心を示したので、ヴィルフリートがどれだけ優しい人なのかを熱弁したのは今となっては良い思い出だ。
治癒魔術師として王国騎士団に入団するには、かなりの能力が求められる。狭き門より狭い、合格倍率は0.1%の世界。つまり1000人に1人が受かる計算になる。
その試練を突破したのはステラただひとりだった。王国騎士団の紋章を背中に背負って、無事にヴィルフリートとの再会を果たしたのだが。
「先輩! 私、先輩が好きです、だから――」
「色恋沙汰に興味はないと言ったはずだ。そんなことを言うために入団したのか?」
これにはさすがのステラも傷ついた。
不純な理由で入団を希望したのは嘘ではないが、王国騎士団の役割を知っていくうちに、自分も騎士団の一員として、王国に貢献したいと思ったからだ。女子にとっては過酷だということもわかっていたから、武術も会得したし、剣も扱えるように特訓した。馬術だって完璧だ。
――誰も死なせない。
そんな覚悟を抱いて入団したのも、嘘じゃない。
二度目の玉砕を経験したステラは、ヴィルフリートに呆れられる前に、この覚悟を見てもらおうと思って恋心を完全に封印した。
諦めることはできないのはわかっていたから。
ひっそりと想い続けることぐらいは許してほしいと、心の中で謝罪を繰り返して。
***
瞑っていた目を開けて、そっとヴィルフリートの手を離した。
「身体に異常はありませんでした。大丈夫です。でも、何かあっては困るので、今度から声を掛けてくださいね」
「わかった」
あれから、少しは見返してくれただろうか。色恋で狭き門を通り抜けてきた、ただの恋愛バカではないことはわかってくれただろうか。
確かめる勇気もなければ、もう一度想いを打ち明ける度胸もない。
きっとこの先ずっと、ヴィルフリートのことを想いながら、彼と一緒にいる未来を進むに違いない。
「そろそろ戻りましょうか」
「ああ」
綺麗にまかれた包帯が、綺麗に箱の中に納まっている。実にヴィルフリートらしい手際の良さに、くすりと小さく肩を揺らした。
不思議そうな顔でこちらを見た彼に、なんでもないですと小さく首を振って、腰をあげた時だった。
ずくん、と、一直線に頭から足元まで何かが貫いた感覚がして、膝をついた。
「う˝……ッ……?」
喉から勝手にうめき声が漏れる。強制的に息を止められているような感覚。全身が強張って、目からは生理的な涙があふれ出た。
(なにこれ? なにこれ……!? 私の身体、どうなってるの……!?)
「かはっ……ッ!」
「ステラ? おい、大丈夫か!? ステラ!?」
全身が弛緩して、ようやく呼吸ができると、思い切り息を吸い込んだと同時に、ぶわっと身体が熱くなった。
(え……?)
腹に何かが這いずっている感覚がして、思わずシャツを脱ぎ捨てた。もたつきながら、最後は破るようにして肌着も取り去る。あらわになった下腹部に黒い何かが蠢いているのが見えて悲鳴を上げた。
「いぃやああぁ!?!? なにこれなにこれなにこれ?!??! 気持ち悪い!!」
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