半グレ銀行マンの復讐と野望

愛国文恵

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海棠常務の一喝

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人事部長は、受話器を取るまでに三度、深呼吸をした。
手のひらは汗で濡れ、番号を押す指がわずかに震える。

――海棠常務。

コール音が、やけに長く感じられた。

「……はい、海棠だ」

低く落ち着いた声が返ってくる。
部長は背筋を正し、思わず立ち上がった。

「し、失礼いたします。人事部長の○○でございます」
「ほう」
「本日は、前島立夫氏の復職の件につきまして……」

一瞬、間があった。
そして、意外なほど軽い声が返ってきた。

「ああ、その件か」
「娘が、ずいぶん頑張ったそうじゃないか」
「ほう……そこまで言ったか」

部長は、胸をなで下ろしかけた。
――機嫌は、悪くない。
むしろ、どこか愉快そうですらある。

「い、いえ……あの……営業部付という配置につきまして、ご指示を――」

「……君」

常務の声が、すっと低くなった。

「君、何歳なんだ?」

「は、はい。五十六歳でございますが……」

「五十六にもなってだな」
「そんなことを、いちいちわしに聞く器量しかないのか?」

部長の喉が、ひくりと鳴った。

「……え?」

「いいか」
常務の声は、もう笑っていなかった。
「人事の判断は、人事がやれ」
「わしの名前を、盾に使うな」

「し、しかし……娘さんが……」

「娘がどうした」
語気が一気に強まる。
「責任を取るのは誰だ?」

部長は、言葉を失った。

「免職にしたのは、誰だ?」
「前島を切ったのは、わしじゃない」
「君だろうが」

受話器の向こうから、叩きつけるような声が飛ぶ。

「わしに、何をしに電話してきたんだ」
「尻拭いか?」
「それとも、責任逃れか?」

「と、とんでもございません……!」

「なら、自分で決めろ」
常務は、冷たく言い放った。
「支店長にするかどうかも含めてな」
「判断して、責任を取れ」

部長の顔から、血の気が引いた。
耳鳴りがする。
汗が、背中を伝って落ちる。

「……わ、わかりました」
絞り出すように答える。

「二度と、わしの名前を使うな」
「次に聞いたら――そのときは、本当に責任を取らせる」

プツリ、と音がして、通話は切れた。

部長は、しばらく受話器を握ったまま動けなかった。
――逃げ場は、ない。
――全部、自分の判断になる。

椅子に崩れ落ち、天井を仰ぐ。
前島立夫。
そして、海棠姓。

「……とんでもないところに、手を出した」

そう呟いた声は、震えていた。
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