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念願の姫路支店長に!
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受話器を置いた人事部長は、しばらく身動きが取れなかった。
海棠常務の言葉が、まだ耳の奥で反響している。
――自分で決めろ。
――責任を取れ。
逃げ道は、完全に塞がれていた。
机の上には、前島立夫の人事資料。免職決裁の稟議書。そこに並ぶ自分の署名が、やけに黒く重く見える。
「……支店長、か」
営業部付という“無難な落としどころ”は、もう許されない。
中途半端な処置こそ、最大の責任逃れだと見抜かれている。
部長は立ち上がり、窓の外を見た。
――ここで踏み込まなければ、すべてが裏目に出る。
――踏み込めば、反発は必至。
――だが、それでも決めなければならない。
「……やるしかない」
小さく呟き、決裁印を手に取った。
姫路支店長・内示。
一気に書き上げる。筆圧が、自然と強くなった。
その頃、行内では別の空気が流れ始めていた。
「聞いたか?」
「人事部長、常務に呼びつけられたらしいぞ」
「怒鳴られたって話だ」
「前島の件で、海棠常務が激怒したらしい」
尾ひれは、瞬く間にひれを増やす。
“激怒”は“激怒の末に白紙撤回”になり、
“白紙撤回”は“支店長で押し戻せ”に変わっていく。
「娘のためなら何でもやるらしい」
「前島って、そこまでの男だったのか」
「海棠姓、恐ろしいな……」
事実は、誰も知らない。
知っているのは、当事者だけだ。
人事部長は、その噂が広がっていることを承知の上で、あえて否定しなかった。
誤情報は、時に盾になる。
「常務の逆鱗に触れた」という物語は、反発を抑え込むには都合がよすぎた。
――これは、俺の決断だ。
――だが、俺一人の責任にはしない。
部長は、静かに内線を取った。
「姫路支店長内示。至急、手続きを回せ」
受話口の向こうで、息を呑む気配が伝わる。
だが、もう後戻りはできない。
「……はい」
電話を切ったあと、部長は深く椅子に沈み込んだ。
汗が、背中を伝って落ちる。
「……これでいい」
「これで、終わりにする」
そう言い聞かせながらも、胸の奥では分かっていた。
これは終わりではない。
海棠常務の言葉が、まだ耳の奥で反響している。
――自分で決めろ。
――責任を取れ。
逃げ道は、完全に塞がれていた。
机の上には、前島立夫の人事資料。免職決裁の稟議書。そこに並ぶ自分の署名が、やけに黒く重く見える。
「……支店長、か」
営業部付という“無難な落としどころ”は、もう許されない。
中途半端な処置こそ、最大の責任逃れだと見抜かれている。
部長は立ち上がり、窓の外を見た。
――ここで踏み込まなければ、すべてが裏目に出る。
――踏み込めば、反発は必至。
――だが、それでも決めなければならない。
「……やるしかない」
小さく呟き、決裁印を手に取った。
姫路支店長・内示。
一気に書き上げる。筆圧が、自然と強くなった。
その頃、行内では別の空気が流れ始めていた。
「聞いたか?」
「人事部長、常務に呼びつけられたらしいぞ」
「怒鳴られたって話だ」
「前島の件で、海棠常務が激怒したらしい」
尾ひれは、瞬く間にひれを増やす。
“激怒”は“激怒の末に白紙撤回”になり、
“白紙撤回”は“支店長で押し戻せ”に変わっていく。
「娘のためなら何でもやるらしい」
「前島って、そこまでの男だったのか」
「海棠姓、恐ろしいな……」
事実は、誰も知らない。
知っているのは、当事者だけだ。
人事部長は、その噂が広がっていることを承知の上で、あえて否定しなかった。
誤情報は、時に盾になる。
「常務の逆鱗に触れた」という物語は、反発を抑え込むには都合がよすぎた。
――これは、俺の決断だ。
――だが、俺一人の責任にはしない。
部長は、静かに内線を取った。
「姫路支店長内示。至急、手続きを回せ」
受話口の向こうで、息を呑む気配が伝わる。
だが、もう後戻りはできない。
「……はい」
電話を切ったあと、部長は深く椅子に沈み込んだ。
汗が、背中を伝って落ちる。
「……これでいい」
「これで、終わりにする」
そう言い聞かせながらも、胸の奥では分かっていた。
これは終わりではない。
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