異之国奇譚1~平凡OL王女は常ならむ~

月乃 影

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20話 キスのタイミング

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 王都ローマリウスから、かなり隔たった場所にある自分の領地の一つの村をキリウスは馬上から眺めた。
 キリウスの領地行脚はこの地で終わりだった。
 レーナ姫が言った通り、どの町も村も貧困に喘いでいた。
 父親の後を継いだばかりとはいえ、あまりに自分の世間知らずぶりに、キリウスは悔恨の情が湧いた。各地を巡るごとに悔恨は増していった。
 自分が不甲斐ない。レーナ姫から諭されなければ守るべき民人を殺すところだった。
 それでも、公爵であるキリウスに面と向かって不平を言う者はいなかった。もし、公爵の怒りに触れたら、何かの罰を受けると思ってのことだろう。
 そういう風な怯えを民に植え付けたのも自分らのせいだ。
 そして、その怯えはやがて怒りと絶望に変わり、王制を揺るがず革命となるやもしれない。
 レーナ姫はきっとそこまでは考えてはおられないだろう。
 ただ、純粋に民を慕う気持ちにキリウスは頭が下がる思いだ。
 キリウスは各地で町長まちおさ村長むらおさと会い、今後、無体な税の取り立てはしないと約束した。皆にもそのように申し伝えるようにと。
 町長たちは年若く美しい公爵の真摯な眼差しに明るい未来をみるようだった。
 巡る地のあらゆる場所でキリウスはレーナ姫に対する賛辞を耳にした。その言葉はレーナ姫に結婚を申し込んだキリウスには誇らし気でもあった。

 ある村の長の家を訪ねた時のことだった。
 「そういえば・・・」と年老いた村長がキリウスに尋ねた。
「城から、先だって奇妙なおふれが出ちょりますが、キリウス様はご存知ですかいの?」
「奇妙なおふれ?」
 村長は内容を思い出すように顔をしかめて「たしか・・・『求人広告』とかいう・・・『大臣募集』とか・・・いったい何のことだか、わしら年寄りには分かりませんで。んだども、若い衆は何やら騒いでおったです」
「大臣を・・・募集?」
 キリウスは一寸間、考えて察した。
 ああ、きっとあのお方の仕業だな、と。
 今度は何をやらかしているんだろう、と。苦笑した若い公爵の顔を村長が不思議そうに見ていた。
 



 眠い。
 私はふぁあああっ、と、大きなあくびをした。
 目の前のベッドテーブルにはふわふわパンとスモークしたお肉と野菜を煮込んだスープとフルーツのサラダが並んでるけど、食欲がない。
 銀のフォークでつんつんとサラダをつついて、またあくびをした。
 寝たのは結局2時間ほど前だ。
 このまま布団に潜り込みたい。
「すいません、きょうは具合が悪いので休みます」とか、OL時代にはよくやった手だけど。
 今ソレやったら主治医を呼ばれるだろうし、大騒ぎになっちゃう。
 満足に風邪もひけない身分が恨めしい。
 食欲はない。けど、早朝から朝食をこしらえてくれた料理人たちに申し訳ないので、がんばって口に押し込んでモグモグしていると。
 ん?
 なんだか、廊下が騒がしい。
 召使いたちの声だろうか。
 私は廊下のほうに注意を向けて、耳をすませてみた。
 声はだんだんと大きくなり、こっちに向かってきているみたいだ。
 誰かを呼ぼうとベルを手にとったとき、ひときわ大きな声が聞こえた。
「いけません、お戻りをっ・・・王女様はまだおやすになって・・・」
 !
 これって毎度おなじみの!
 私はベッドテーブルを押しのけてガバッとはね起きた。
 ちょ、ちょっと、ちょっと、待ってよ!なんで、今なの!?
 早朝だよ?私、寝間着だよ!巻き毛の髪もクシャクシャだし!メイクもしてない!
 こんな姿、キリウスに見られたら恥ずかしくて死んじゃう。
 隠れる!?そうだ、隠れるしかない!
 私は急いでテーブルの下へと潜り込んだ。
 と、同時にバタンと大きな音をたてて部屋の扉が開いた。
 「いけません、どうかお戻りください。王女様はまだ・・・キリウス様、どうか謁見の申し込みをされてから」泣きそうな声を上げる少女召使いを完全無視して、キリウスが部屋に入ってきた。
 彼は瞬時部屋を見回すと、すぐにドカドカと私の隠れている場所までやってきた。
 えっ!どうして、私のいる方向が簡単にわかるのよ。
 キリウスは迷いもなく私の隠れているテーブルの前に立つと長身をキツそうに折り曲げて、テーブルの下を覗いた。小さくなってる私とキリウスの目が合った。
「さっこんはそのような場所で朝食を取られるのがご趣味か?」
 私は、ずるずるとキリウスによって引きずり出された。
 うえ~~~ん
「どうして、私の隠れている場所が分かったの?」抗議を言葉の端に浮かばせて私は尋ねた。
「貴女がそこにいそうな気がして」さらりと答えたキリウスに私は溜息をつくしかなかった。
「キリウス様、私、まだ寝間着なのですけど」薄い夜着は体のラインが透けて見える。胸を腕で隠してるけど、恥ずかしさに穴があったら潜りたい。
「大丈夫だ。姫がどんな服を着ていても俺は気にしない」
 いや、あのね、そういう問題じゃなくて。
「キリウス様は、旅からいつお戻りになられたの?」目で忙しくガウンを探しながら尋ねた。
「今朝がた。城が見えたら、どうしても姫の姿を一目見たくなった」
 その行動力はスゴイと思うけどね。でも、なにも私がみっともない姿のときに見に来なくったって。
 アランフェットがキリウスは女心に疎いって言ってたけど、まさしくだわ。
 あ、ガウン、あんなところに。
 さりげなく、そろそろと上着に向かって移動している私を、キリウスがまぶしそうに目を細めて見つめている。
 ごめんなさい、ほんっと、視線が痛いです。
 つと、キリウスが腕を伸ばした。
「レーナ姫、無礼をお許しください」
 は?
 返事をする間もなく、私は彼の腕の中にいた。
 キリウスの筋肉質のしなやかな腕が、壊れ物を扱うように優しく私を包む。
 温かくて気持ちいい。
 やっぱりコレ、好きだ、と思う。
「旅のあいだ、姫のことをずっと思っていた」
 前言撤回。女心、わかってるじゃないか。嬉しがらせてくれる。
 私は返事の代わりにキリウスの胸に顔を寄せる。胸の鼓動が聞こえる。規則正しい力強い鼓動。なんて・・・なんて・・・
 健康的なの。
 いや、違う。えーと。
 こういうときに言うべき色っぽい言葉が見つからない。
 恋愛レベル低すぎだよ、私。
 私はそっと手をキリウスの背中に回してみた。密着度がさらに増して、キリウスの胸の鼓動が早くなるのが分かった。
 私の胸の鼓動もきっと早くなってる。息が苦しいもん。
 漫画なら、このまま・・・キスとかしちゃうんだけど。
 そう、これって絶好のキスのタイミングだよね。
 期待(?)を込めて、キリウスを見上げてみた。意識して目を潤ませてみたりして。
 彼は私の視線を受けて、困ったように微笑むと、私を抱く腕に少し力を入れた。
 ・・・あれ?漫画みたいな展開にはならないのかな?・・・残念。
 ゴホン
 と、咳払いの音がした。
 首を曲げて、音の方角を見ると・・・
 扉の前で、額に青筋を浮かべたサラさんが、無表情に私とキリウスを見ていた。
 


 婚礼前の男女が共に朝を過ごすなど、なんとフシダラな。
 と、私はサラさんにコッテリ、キッチリ絞られた。
 誤解なのに・・・いや、ちょっとは誤解じゃないかもしれないけど。
 でも私のせいじゃないのに、私が怒られるのは理不尽すぎだよ。
「サラは少し姫に厳しすぎじゃないのか」キリウスが余計な口を挟んだので、火に油が注がれて、さらに説教が増量された。
「レーナ様は国王代理なのです。常に正しく、国民の見本となるべきおかたなのです」
 王族って、なんて窮屈。そういえば『ローマの休日』を観てて思ったっけ。王女さまって自由に恋愛もできないんだ、かわいそうだな、って。
 私はまだキリウスが貴族で婿候補だったってことで、幸せなんだろうな。
 私がプロポーズをOKさえすれば結婚できるんだもの。
 
 お説教が終わって、午前中の仕事をキリウスにも手伝ってもらって済ませたら、もう正午前だった。
 私はキリウスの分も昼食を用意してくれるように、サラさんに頼むと、しぶしぶといったていで「では料理長にお弁当を用意させましょう」
 天気がよいので、庭園の東屋で昼食にしたらどうか、というサラさんの提案に1も2もなく私は飛びついた。
 
 城の庭園は庭師のプライドを感じる見事な造形だった。現代の有名な某テーマパークにも劣らない。刈り込まれた庭木は様々な動物の形をしていて、まるでおとぎの国のようだった。
 所々の木々の間からリスや小鳥が顔をのぞかせる。
 柔らかい陽射しが東屋を優しい影で包み、ときおり吹き抜ける風が、肌を心地よく撫でていった。
 調理長渾身のお弁当は、お弁当というより、オシャレなレストランのランチみたいで、味も目も楽しめた。
 「そうだ、これを忘れないうちに」食事の手を止めてナプキンで口を拭くと、キリウスが懐から何かを取り出して、私の手をとって乗せた。
 それは手のひらの上で淡く輝く貝殻のネックレスだった。桜貝に似た薄い桃色で小粒な貝がたくさんつながっている。手作りのぬくもりが伝わってきた。
「これは?」
「領地の小さな漁村を訪れたときに、村の子供たちから預かった。姫に渡してくれと」
「私に?」
「子供たちが貝を集めて作ったそうだ。その貝はその土地でもめったに取れない貴重なものだと言っていた」
 それを聞いて、私は胸がキュってなった。私に贈るために子供たちが一生懸命集めてくれたのだ。
 その小さな手を思って目頭があつくなった。
「うれしい、すごくうれしい。こんなに嬉しい贈り物は初めて」
 暖かな日差しのような眼差しで私を見ていたキリウスが、ふと、思いついたように言った。
「ところで、姫、各地で奇妙なおふれを見たんだが」
 奇妙なおふれって、あ、『求人広告』のことね。
「あれは姫のしわざか?」
 キリウスの目が好奇心を含んでいたので、私はにっこりと笑ってみせた。
 おっさんずと夜中にした恋バナだけは隠して、一通り、今までのいきさつを説明した後、私は尋ねた。
「キリウス様はどう思います?大臣を民人から選んだことを」
「俺はいいと思うがな。国の為に働こうとする者に貴賤は関係なかろう。それに、あのニーサルとアランフェットが納得して決めたんだろう。それが姫のやったことに対する彼らの評価じゃないのか?」
 うっ・・・うれしい。誰に褒められるより、キリウスに認められるのが1番嬉しい。
「それにしても、大臣を7つの政務に分けるなんて、よくそんなことを考えついたものだ」
 キリウスは感心してるけど、現代では当たり前だったし、単に国王代理じぶんの仕事を減らしたかっただけなんだよね。
「それでですね、7日後には大臣の『任命式』が・・・」
 言いかけた私の声をさえぎるように、遠くから叫び声が聞えた。

「レーナ様、王女様、キリウス様、大変です!!大変です!!」」
 衛兵が真っ青な顔をして、足がもつれそうになりながらこっちに走ってくるのが見えた。
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