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暗雲
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侍従の朝は早い。
主君が1日の予定を滞りなく執り行えるように段取りをするのも侍従の大切な仕事だ。
主君より早く寝ることも遅く起きることも許されない・・・という姿勢でレオナード・ブラッシュは国王のキリウスに仕えてきた。
いつもの朝のように空が白む前に侍従の制服に身を包み、身だしなみを整えて、それから、女王陛下の侍従であるフラン・カリサドルの部屋に向かう。
まったくの余計な仕事だ、とレオナードは朝、フランを起こしに行くたびに思う。
一人前の侍従なら、起こされずとも自分で起きるべきだ。それなのに、あの新米侍従は起こしに行くまで寝ている。それに・・・
レオナードの眉間にしわが寄った。
この前はうっかり、フランに醜態を晒してしまった。フランの手管に誘惑されて、口づけどころか、恥ずべき行為をされてしまった。思い出すだけで己の失態に後悔が襲う。あの後、なんとか冷静さを取り戻したけれど、男相手にあんなこと許してしまったのは自分の心の弱さだ。
もう、2度とフランの誘惑にはのらない。
そう、レオナードは堅く誓いながら、フランの部屋の前に立ち、朝の静けさを破るようなノックをした。
「ふあい」中から寝ぼけたような声とともに、ベッドから転げ落ちる盛大な音が響いて、レオナードはこめかみを指で押さえた。
「お待たせしました」茹で卵ができるほどの時間がたって、ようやくフランが部屋から出てきた。
レオナードはため息をつきながら「フランさん、おはようございます。髪は梳かされていませんね。それに着衣も乱れています」
「はあ・・・レオナードさんはいつも完璧に整ってますね」
何を当然なことを、と言うように片眉を上げるとレオナードは「後しばらく待ちますから、髪は梳かしてきてください」
せっかくの女王陛下に似た黄金の髪が台無しだと、薄暗い廊下でフランを待ちながらレオナードは呟いた。
「きょうは両陛下は国王陛下の部屋でおやすみになっているはずです」廊下を先に立って歩くレオナードにフランが走るように着いてきて言った。
「でも、お2人とも部屋が別にあるのに、いつもどっちかの部屋にいるんですよね。別々に部屋がある意味ってなくないですか?」
「それだけ仲が睦まじいということでしょう。国の繁栄には望ましいことです」硬い表情を崩さずレオナードは答えた。
「レオナードさん、レーナ・・・女王陛下がお好きなんでしょう。焼けませんか?・・・・ふぎっ」
前を行くレオナードがイキナリ足を止め、フランが顔面からぶつかった。
「フランさん。そのようなことは軽々しく公言なさらないでください。それに、私の心の整理はついていると申し上げたはずです」
顔を手で抑えて少し鼻声でフランは言う。
「そんなに簡単に、人を好きになる想いって整理ができるものじゃないと思うんですけど」
「この話はやめていただけませんか、フランさん」
そう、分かっている。自分は虚勢を張っているだけだと・・・。レオナードは深い藍色の瞳をさらに深くした。
女王への想いは簡単に割り切れるものじゃない。しかし、想ってもどうにもならないことも理解している。
深い泥沼のような恋だと、レオナードは思う。もがいても出られない。沈んで行くだけだ。救いなどない。
「もし、お寂しいなら、いつでもお慰めしますよ。レオナードさん」
フランが媚びを含む明るい青色の瞳で自分を見つめているのに気がついたレオナードは、その言葉には応じずに足を進めた。
国王の部屋の前までくると、レオナードは集中するように目を閉じた。その様子をフランが横から静かに見ている。
ふと、目を開けて「だめですね。今邪魔をすると、国王陛下の機嫌を損ねます。先に厨房に行って朝食の支度を手伝いましょうか」
溜息交じりのレオナードの言葉にフランが感動したように
「毎朝のことですけど、レオナードさんってまるで魔法使いみたいですね。扉の前で部屋の中の様子がわかるなんて」
「フランさん。あなたは睦み事を邪魔された国王陛下の機嫌の悪さをご存知ないから、そんな気楽なことが言えるのです。このくらいできないと、いつか国王陛下に殺されますよ」
まさか、女王との睦み事を邪魔されたくらいで・・・と言いかけてフランは押し黙った。思い直したのだった。
女王を溺愛している国王ならやりかねないと。
「でも・・・レーナ・・・いえ、女王陛下は息が詰まらないのかな。愛され過ぎると窮屈になるとか・・・」
独り言のようなフランの言葉にレオナードが眉を顰めた。
「女王陛下も国王陛下を愛されてます。すべて受け入れて、慈しみ、国王のためには命も捨てる覚悟で・・・」
語るのが苦痛になったようにレオナードは言葉を止めた。代わりに
「時間の無駄です。早く厨房に向かいましょう」と、窓から差す陽の光で明るくなり始めた廊下を歩き出した。
と、
廊下の先から走ってくる人影が見えてレオナードとフランは足を止めた。
こんな朝早くに?
人影は防衛担当大臣のリトルフ・ガンドールだった。争いごと担当の大臣が焦りの表情を浮かべて駆けてくるということは、国によくない事が起こったのだ。
城を包み込むような暗雲を感じて、レオナードは知的な顔を曇らせた。
主君が1日の予定を滞りなく執り行えるように段取りをするのも侍従の大切な仕事だ。
主君より早く寝ることも遅く起きることも許されない・・・という姿勢でレオナード・ブラッシュは国王のキリウスに仕えてきた。
いつもの朝のように空が白む前に侍従の制服に身を包み、身だしなみを整えて、それから、女王陛下の侍従であるフラン・カリサドルの部屋に向かう。
まったくの余計な仕事だ、とレオナードは朝、フランを起こしに行くたびに思う。
一人前の侍従なら、起こされずとも自分で起きるべきだ。それなのに、あの新米侍従は起こしに行くまで寝ている。それに・・・
レオナードの眉間にしわが寄った。
この前はうっかり、フランに醜態を晒してしまった。フランの手管に誘惑されて、口づけどころか、恥ずべき行為をされてしまった。思い出すだけで己の失態に後悔が襲う。あの後、なんとか冷静さを取り戻したけれど、男相手にあんなこと許してしまったのは自分の心の弱さだ。
もう、2度とフランの誘惑にはのらない。
そう、レオナードは堅く誓いながら、フランの部屋の前に立ち、朝の静けさを破るようなノックをした。
「ふあい」中から寝ぼけたような声とともに、ベッドから転げ落ちる盛大な音が響いて、レオナードはこめかみを指で押さえた。
「お待たせしました」茹で卵ができるほどの時間がたって、ようやくフランが部屋から出てきた。
レオナードはため息をつきながら「フランさん、おはようございます。髪は梳かされていませんね。それに着衣も乱れています」
「はあ・・・レオナードさんはいつも完璧に整ってますね」
何を当然なことを、と言うように片眉を上げるとレオナードは「後しばらく待ちますから、髪は梳かしてきてください」
せっかくの女王陛下に似た黄金の髪が台無しだと、薄暗い廊下でフランを待ちながらレオナードは呟いた。
「きょうは両陛下は国王陛下の部屋でおやすみになっているはずです」廊下を先に立って歩くレオナードにフランが走るように着いてきて言った。
「でも、お2人とも部屋が別にあるのに、いつもどっちかの部屋にいるんですよね。別々に部屋がある意味ってなくないですか?」
「それだけ仲が睦まじいということでしょう。国の繁栄には望ましいことです」硬い表情を崩さずレオナードは答えた。
「レオナードさん、レーナ・・・女王陛下がお好きなんでしょう。焼けませんか?・・・・ふぎっ」
前を行くレオナードがイキナリ足を止め、フランが顔面からぶつかった。
「フランさん。そのようなことは軽々しく公言なさらないでください。それに、私の心の整理はついていると申し上げたはずです」
顔を手で抑えて少し鼻声でフランは言う。
「そんなに簡単に、人を好きになる想いって整理ができるものじゃないと思うんですけど」
「この話はやめていただけませんか、フランさん」
そう、分かっている。自分は虚勢を張っているだけだと・・・。レオナードは深い藍色の瞳をさらに深くした。
女王への想いは簡単に割り切れるものじゃない。しかし、想ってもどうにもならないことも理解している。
深い泥沼のような恋だと、レオナードは思う。もがいても出られない。沈んで行くだけだ。救いなどない。
「もし、お寂しいなら、いつでもお慰めしますよ。レオナードさん」
フランが媚びを含む明るい青色の瞳で自分を見つめているのに気がついたレオナードは、その言葉には応じずに足を進めた。
国王の部屋の前までくると、レオナードは集中するように目を閉じた。その様子をフランが横から静かに見ている。
ふと、目を開けて「だめですね。今邪魔をすると、国王陛下の機嫌を損ねます。先に厨房に行って朝食の支度を手伝いましょうか」
溜息交じりのレオナードの言葉にフランが感動したように
「毎朝のことですけど、レオナードさんってまるで魔法使いみたいですね。扉の前で部屋の中の様子がわかるなんて」
「フランさん。あなたは睦み事を邪魔された国王陛下の機嫌の悪さをご存知ないから、そんな気楽なことが言えるのです。このくらいできないと、いつか国王陛下に殺されますよ」
まさか、女王との睦み事を邪魔されたくらいで・・・と言いかけてフランは押し黙った。思い直したのだった。
女王を溺愛している国王ならやりかねないと。
「でも・・・レーナ・・・いえ、女王陛下は息が詰まらないのかな。愛され過ぎると窮屈になるとか・・・」
独り言のようなフランの言葉にレオナードが眉を顰めた。
「女王陛下も国王陛下を愛されてます。すべて受け入れて、慈しみ、国王のためには命も捨てる覚悟で・・・」
語るのが苦痛になったようにレオナードは言葉を止めた。代わりに
「時間の無駄です。早く厨房に向かいましょう」と、窓から差す陽の光で明るくなり始めた廊下を歩き出した。
と、
廊下の先から走ってくる人影が見えてレオナードとフランは足を止めた。
こんな朝早くに?
人影は防衛担当大臣のリトルフ・ガンドールだった。争いごと担当の大臣が焦りの表情を浮かべて駆けてくるということは、国によくない事が起こったのだ。
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