異之国奇譚3~平凡OL女王のいと愛し~

月乃 影

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マーガレッタ王女の側近

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 夢を見ていた。
 いや、眠ってはいない。たぶんこれは幻覚だ、と、彼は思った。
 彼の愛する女王が腕を広げて「お帰りなさい、キリウス」と微笑んでいる。
 寂しかったの。と、儚い悲しい微笑みだ。
 自分の腕を広げて、愛する女王の折れてしまいそうに細い体を抱きしめた。
 そして、おとがいを持ち上げて口づけをした。
 甘い口づけで潤うはずの口腔がカラカラに乾いているのに気がついた。
  
 愛しい幻覚が激しい喉の渇きで破られた。
 目覚めてからの長い時間、何も口にしていない。
 水や食べ物が欲しかったら、懇願しろとマーガレッタ王女は言った。
 キリウスはベッドに横たわり、体中からじわじわと気力が抜けていくのを耐えていた。
 もし、マーガレッタ王女に屈したら、もうレーナとは逢えない、逢っても以前のように純粋に愛を誓えなくなる。
 水をもらう代わりにマーガレッタ王女を抱くくらいなら死を選ぶ決意はしているが、このまま愛おしいレーナに逢えないまま死にたくはない。
 悩ましい葛藤が朦朧とする頭を支配している。
 息をするだけでも体から水分が抜けていきそうな苦しさの中で、コツコツと廊下を歩く音が聞こえた。
 あれはマーガレッタ王女の足音だ。
 「どう?もう、我慢できなくなったのではないの?」
 マーガレッタ王女の手にはガラスの水差しが握られていた。水の冷たさがガラスの表面についた水滴からも想像できた。
 喉が鳴るのを自分でも抑制できないキリウスに、マーガレッタ王女は勝ち誇った顔で告げた。
「ここに来て、跪いて、『欲しい』って言ったら好きなだけ飲ませてあげるわ」
 『貴女が欲しい』と言いなさい。王女の挑戦的な目はそう言っていた。
 
 ほしい・・・
 
 そう言いそうになるのをキリウスは乾いた唇を噛んで堪えた。
 一度でも相手の言葉に従ったら、あとは服従しかない。相手の望む言葉を言われされてしまったら、魂の尊厳はなくなる。
 彼の口から、掠れた声が出た。
「俺が欲しいのはレーナだけだ」
 水差しが音を立てて落ちて砕けた。
「そう・・・まだ、そんなたわ言を言う元気があるのね。だったら、もう少し我慢してもらうわ」
 苛立ちと怒りに肩を震わせた王女は踵を返して荒々しく扉を閉めた。
 キリウスはよろよろと落ちた水差しに近づくと、ガラスの破片にわずかに残っていた水を飲んだ。じゅうたんにしみ込んだ水をすすって荒く息を吐いた。
 これで、まだ少しは保つ。
 手負いの獣が体力を温存するようにキリウスは体を丸めた。
 レーナに逢いたい。
 彼の思いは一つしかなかった。
 ここから出たい。
 
 ダシテヤロウカ

 唐突に頭の中で響いた声に、キリウスはハッとして、辺りを見回した。
「今のは・・・」
 闇の中に何かが潜んでいるような気がして、彼は警戒に体を強張らせた。




 地下部屋に行って、水差しの割れたガラスを片づけるようにマーガレッタ王女に命じられた若い側近は、地下部屋に閉じ込められている人物を見て、驚きの声を洩らしそうになった。
 ローマリウス国の国王!?
 王女からは何を見ても他言無用だ、もし見たモノを人に話したら縛り首だと脅されていた。
 これは・・・・大変なことだ、と側近は青くなった。
 もし、見たことを誰かに話したら、間違いなく王女は自分を処刑するだろう。そうやって消された召使いや側近も一人や二人ではなかった。
 側近はパーティのときに王女に言われ、キリウスにダンスを頼みに行った。その時に見た国王の端正で精悍な顔は忘れない。国王がマーガレッタ王女のダンスの誘いを断ったのも、内心では喝采ものだったのだ。
 あのパーティの時から、ここに幽閉されていたのか。王女は皆にはローマリウスの王は自分の部屋にいる、と言ったのに。
 やっぱり、王女に篭絡されてはいなかったのだ。だから、こんな目に合っている。
 すべてを察しても側近は何も言うことができない。
 王女に殺されるのはごめんだ。と、目や耳に蓋をした。
「すまないが」
 キリウスに突然声をかけられて、側近は身を硬くした。ここから逃がせということだろう。もしくは助けを呼んでこい、と言うのだろうか。
「パーティから何日たった?」
「え?」
 側近は質問の意味を一瞬考えて、それから「5日たちますが・・・」
 ローマリウスの国王は口惜しそうな溜息をついた。
「3日で帰ると約束したのに」
 守れなかった、と。
「それは・・・レーナ女王様とのお約束ですか?」 
 側近はつい聞いてしまった、なにも言わないつもりだったのに。
「俺の唯一愛する女性との約束だ」
 こんな状況でも女王のことを語る国王の目は優しくなるのだと、側近は不思議な気がした。
 思い切って聞いてみた。
「私に、逃がせとは言わないのですか?」
「そいつは妙案だが、俺を逃がせば、お前はどうなる」
 側近は想像もしていなかった返答に戸惑い、唇を噛んだ。
「それに、生きていさえすればなんとかなる。ローマリウス国の大臣たちは優秀だ」
 側近はやはり黙ってはいられなくなった。
「ローマリウス王・・・助けは来ないかもしれません。マーガレッタ王女が・・・国王陛下はマーガレッタ王女を愛しており自分の意思でここに残っているのだと・・・大臣の方にそう言っているのです。・・・もし大臣が国にお帰りになり、そうレーナ女王に・・・伝えたら・・・」
 言い終わらないうちに体中から冷や汗が吹き出て、側近は口をつぐんだ。
 国王の雰囲気ががらりと変わったからだった。側近は獰猛は肉食獣と同じ檻に入っているような気がして、全身に恐怖の鳥肌がたった。
「レーナに・・・そう、伝えるというのか。俺が、マーガレッタ王女を愛した、と」
 肉食獣の唸り声だ。
「申し訳ありません」
 側近は悲鳴のような声を上げて、急ぎ地下部屋を出て扉を閉めた。
 もしかして、自分はとんでもないことを言ってしまったのかも知れない。
 側近は死を前にした重篤な病人のように震えが止まらなかった。
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