効能には個人差があります

暁基朋也

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黄色い薬と正しい年齢

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その薬は黄色かった。
光にかざすと、蜂蜜みたいに優しい色をしている。

【好きな年齢に若返る】

説明はそれだけ。
副作用欄には、小さな文字で一行だけ書かれていた。

※精神年齢も同時に調整されます。

意味は分からなかったが、深く考えなかった。

俺は今三十五歳。
仕事では責任だけが増えた。
独り身のまま過ごすうち、将来のことを考えるだけで気が滅入るようになった。

そんな俺が選んだ年齢は十八歳。
大人になる一歩手前、あの頃は何者にでもなれると本気でそう信じていた。

翌朝
目が覚めると、体が異様に軽い。
鏡の中の俺は、ちゃんと若かった。

肌も声も、文句のつけようがない。
むしろ出来過ぎなくらいだ。

会社は辞めた。
貯金は十分ある。
若く健康な肉体と、自由な時間。
人生をやり直す条件は揃っている。

それなのに、どこかおかしい。

最初に現れた違和感は、ほんの些細なものだった。
本は、数ページで閉じてしまう。
先の予定を考えると、理由もなく気が滅入ってしまう。

「まあ、十八なんてこんなもんか」

若さを手にした俺にとって、
その程度の違和感は、気にするほどのことでもなかった。

同窓会では、数年ぶりに友人たちと顔を合わせた。
初めは皆が俺の若さに注目した。
だが話題はすぐに、仕事や結婚、子供、老後と将来の話へ移っていく。

どの話にも、今の俺には実感がなかった。
グラスを傾ける時間だけが、やけに長い。

俺は、考えたままを口に出していた。

「そんなの、まだ先でよくない?」

その瞬間、場の空気が凍る。
誰かがグラスを置く音だけが、やけに大きく響いた。

最近できた恋人は十八歳。
同い年のはずなのに、彼女は俺よりずっと大人に見える。

朝は決まった時間に起き、
バイトのシフトも、来月の予定も、
ちゃんと頭の中で整理して生きている。

何も考えずに過ごす彼女との時間は、とても心地好かった。
隣で黙っていても、気まずさを感じない。

「この先、どうしたい?」

ある日、いつも通りの何気ない会話の中で彼女はそう問いかける。

重い気はしなかった。
将来設計というより、明日の天気を聞かれたような感覚だった。

「そんなの、まだ先でよくない?
今は、この時間を楽しもうよ」

俺はへらへらと彼女に返す。

彼女は、少しだけ黙った。
別に怒った様子はない、ただ、俺を見る目だけが静かに変わったように感じる。

「決めなくていいよ」
そう前置きしてから、彼女は続ける。
「でも、考えてるかどうかは知りたいな」

その言葉は妙に重くのしかかる。

一緒に過ごす未来、恋人から家族として彼女の人生に俺が存在するという事実、責任。

そのどれもが、今の俺には大きすぎた。

数日後、俺は連絡を返さなくなった。
理由を説明する勇気もなく黙って逃げ出した。

間違いなく今の俺は自由だ。
自由になったはずなのに、胸の奥につかえるような違和感。
それでも俺は見なかったことにした。

「お前、見た目は若いままだと思ったけど中身も子供のままだな」

同窓会で友人に言われた事が頭をよぎる。

違う。
俺は子供になっただけだ。
あの薬のせいで、覚悟も忍耐も、責任感さえも、
子供の頃の感性に戻されただけなのに。

今、俺は十八歳の心と体で三十五歳までに貯めた貯金を十八歳の判断力で使っている。

貯金は、みるみる減っていく。
そのことに不安はある。

でも、この不安とどう向き合えばいいのか分からない。

この薬の効果は本物だ。

【好きな年齢に若返る】

ただ、それは外見だけの話ではない。

心まで若返る。
そういう意味だった。
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