9 / 17
音の主
しおりを挟む
初めての一人暮らしにも、ようやく慣れてきた。
この部屋に越してきて、もう三ヶ月。
新生活は快適だけど、時々どうしようもなく、寂しくなる。
友達に相談すると「ペットでも飼えば?」と言われ、
その言葉に背中を押されて近所のペットショップに立ち寄った。
「この子、人懐っこくて、夜中もよく遊びますよ」
店員に勧められたのは、ふわふわした毛並みの小さなハムスターだった。
丸い目でこちらをじっと見上げている姿が、なぜだか胸に響いた。
私はその子を連れて帰り、**“チロ”**と名づけた。
それからの日々は、少しずつ明るくなった。
仕事で疲れて帰っても、チロがケージの中で回し車を回していたり、
おもちゃにじゃれていたりする姿に、自然と笑みがこぼれる。
夜行性だから、夜中にガサガサと音を立てるのは仕方ない。
最初の頃は眠れなかったけど、今ではすっかり慣れた。
――でも、ある夜、ふと違和感を覚えた。
いつものようにチロが動き回る音で目を覚ました。
だがその音が、いつもより少し重く、鈍いように感じたのだ。
「チロ?」
電気をつけてケージを見ると、チロはおもちゃをかじっている。
目を細めて、しばらく観察してみたけれど、特に異常はない。
音のせいか、疲れているのか、寝ぼけていたのか――
私はすぐに気にしないようにして、また眠りについた。
しかし、その夜を境に、私は時折“その音”を耳にするようになった。
ガサ……ガタッ……コト……
深夜になると、ケージの外――部屋のどこかから物音がする。
最初は風かと思った。でも窓は閉め切っている。
隣人の生活音かとも考えたが、壁越しには聞こえない角度だ。
ある夜、私は思い切ってスマホの録音アプリを使い、寝ている間の音を録音してみた。
翌朝、恐る恐る再生してみると――
ガタガタ……コト……ギィィ……
何かが、床を這うような音。
そして一瞬だけ、「パチン」という爪の音のような何かが入っていた。
それが何だったのかは、わからない。
怖くなって友人に泊まりに来てもらった日、音はまったく鳴らなかった。
チロも静かだった。
(ストレスか、疲れてるだけだよ。考えすぎ)
友人はそう言って笑っていたが、私はあの日から、チロの目を時々怖く感じるようになった。
まっすぐに、ケージの外――私の後ろを、見つめている気がしたのだ。
それでも毎日、同じように過ごした。
朝起きて、仕事に行き、帰ってきて、チロに餌をあげる。
何も変わらない日々のはずだった。
――けれど、つい昨日、決定的なことが起きた。
夜中の物音が、明らかに“近く”からした。
私は怖さを押し殺しながら、布団から手探りでスマホを取って、電気をつけた。
そこにいたのは、チロだった。
でも――チロのケージの中にも、チロはいた。
私は凍りついた。
二匹目なんて飼っていない。
……じゃあ、私が“チロ”だと思っていたのは、誰だったの?
その瞬間、もう一方のチロが、私の目の前で溶けるように消えた。
朝、恐る恐るケージを見ても、そこにはいつものチロがいる。
何も変わらない。
だけど、私は知ってしまった。
音の正体は、チロではなかった。
私は今、ケージのチロを見つめている。
あの目は、やっぱり何かを見ている。
……私の後ろか、それとも、“もう一匹の私”か。
この部屋に越してきて、もう三ヶ月。
新生活は快適だけど、時々どうしようもなく、寂しくなる。
友達に相談すると「ペットでも飼えば?」と言われ、
その言葉に背中を押されて近所のペットショップに立ち寄った。
「この子、人懐っこくて、夜中もよく遊びますよ」
店員に勧められたのは、ふわふわした毛並みの小さなハムスターだった。
丸い目でこちらをじっと見上げている姿が、なぜだか胸に響いた。
私はその子を連れて帰り、**“チロ”**と名づけた。
それからの日々は、少しずつ明るくなった。
仕事で疲れて帰っても、チロがケージの中で回し車を回していたり、
おもちゃにじゃれていたりする姿に、自然と笑みがこぼれる。
夜行性だから、夜中にガサガサと音を立てるのは仕方ない。
最初の頃は眠れなかったけど、今ではすっかり慣れた。
――でも、ある夜、ふと違和感を覚えた。
いつものようにチロが動き回る音で目を覚ました。
だがその音が、いつもより少し重く、鈍いように感じたのだ。
「チロ?」
電気をつけてケージを見ると、チロはおもちゃをかじっている。
目を細めて、しばらく観察してみたけれど、特に異常はない。
音のせいか、疲れているのか、寝ぼけていたのか――
私はすぐに気にしないようにして、また眠りについた。
しかし、その夜を境に、私は時折“その音”を耳にするようになった。
ガサ……ガタッ……コト……
深夜になると、ケージの外――部屋のどこかから物音がする。
最初は風かと思った。でも窓は閉め切っている。
隣人の生活音かとも考えたが、壁越しには聞こえない角度だ。
ある夜、私は思い切ってスマホの録音アプリを使い、寝ている間の音を録音してみた。
翌朝、恐る恐る再生してみると――
ガタガタ……コト……ギィィ……
何かが、床を這うような音。
そして一瞬だけ、「パチン」という爪の音のような何かが入っていた。
それが何だったのかは、わからない。
怖くなって友人に泊まりに来てもらった日、音はまったく鳴らなかった。
チロも静かだった。
(ストレスか、疲れてるだけだよ。考えすぎ)
友人はそう言って笑っていたが、私はあの日から、チロの目を時々怖く感じるようになった。
まっすぐに、ケージの外――私の後ろを、見つめている気がしたのだ。
それでも毎日、同じように過ごした。
朝起きて、仕事に行き、帰ってきて、チロに餌をあげる。
何も変わらない日々のはずだった。
――けれど、つい昨日、決定的なことが起きた。
夜中の物音が、明らかに“近く”からした。
私は怖さを押し殺しながら、布団から手探りでスマホを取って、電気をつけた。
そこにいたのは、チロだった。
でも――チロのケージの中にも、チロはいた。
私は凍りついた。
二匹目なんて飼っていない。
……じゃあ、私が“チロ”だと思っていたのは、誰だったの?
その瞬間、もう一方のチロが、私の目の前で溶けるように消えた。
朝、恐る恐るケージを見ても、そこにはいつものチロがいる。
何も変わらない。
だけど、私は知ってしまった。
音の正体は、チロではなかった。
私は今、ケージのチロを見つめている。
あの目は、やっぱり何かを見ている。
……私の後ろか、それとも、“もう一匹の私”か。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
目の前で始まった断罪イベントが理不尽すぎたので口出ししたら巻き込まれた結果、何故か王子から求婚されました
歌龍吟伶
恋愛
私、ティーリャ。王都学校の二年生。
卒業生を送る会が終わった瞬間に先輩が婚約破棄の断罪イベントを始めた。
理不尽すぎてイライラしたから口を挟んだら、お前も同罪だ!って謎のトバッチリ…マジないわー。
…と思ったら何故か王子様に気に入られちゃってプロポーズされたお話。
全二話で完結します、予約投稿済み
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
なお、スピンオフもございます。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる