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見知らぬ練習相手
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バスケ部のレギュラーを掴むため、俺は毎晩のように体育館に残って練習していた。
シュート、ドリブル、ステップワーク――全部、自分に足りないものだ。
公式戦まであと一週間。
ベンチのままで終わるなんて、絶対に嫌だった。
遅い時間の体育館は、静かで、自分の息づかいやボールの音がやけに響く。
でもそれが逆に心地よかった。
誰にも見られない場所で、自分とだけ向き合えるから。
そんなある晩、いつものようにフリースローを繰り返していると、
「……バスケ、好きなんだな」
背後から声がした。
誰かがいる。
慌てて振り向くと、体育館の入り口にひとりの生徒が立っていた。
制服姿だが、顔はぼんやりと霞んでいて、よく見えない。
逆光のせいか、目を凝らしても表情が掴めなかった。
「誰……?」
そう聞く間もなく、そいつはスッと近づき、俺の持っていたボールを奪った。
そしてそのまま、ゴールへ一直線。
軽やかなステップでフェイントをかけ、見事にシュートを決める。
……悔しかった。
こんな知らない奴に、あっさり抜かれたことが。
「もう一回、やろう」
気づけば俺は、そいつと1on1を始めていた。
それから毎晩、体育館でそいつと1on1を繰り返した。
誰にも言えなかった。
いや、言う必要もなかった。
ただ、そいつとの勝負は、自分の限界を押し広げてくれる“練習”になっていたから。
体力も技術も、少しずつ上がっていった。
気づけば、試合の紅白戦でもコーチに褒められることが増えた。
そして大会前日。
顧問に呼び出され、正式にスタメン入りを告げられた。
「お前の努力は、ちゃんと見てたからな。明日、期待してるぞ」
涙が出そうだった。
やっと、夢に手が届く。
あの“謎の1on1”がなかったら、ここまで来れなかったかもしれない。
その夜も、俺は嬉しくて、自然と体育館に足が向いた。
もちろん、あいつとやるためだ。
けれど――
その日、体育館には誰もいなかった。
「……来ないのか」
ボールを手に立ち尽くしていると、ふと、ベンチの上に何かが置いてあるのに気づいた。
古びた学生証。
拾い上げて中を覗くと、そこには“藤井翔”という名前があった。
名前に見覚えはなかった。
でも、なんとなく気になって、帰り道にスマホで検索してみた。
ヒットしたのは、三年前の新聞記事だった。
《地元高校生、練習中の事故で死亡――深夜の体育館で…》
日付、学校名、名前――すべてが一致していた。
藤井翔。
三年前、この学校のバスケ部員。
夜遅くまで練習していた際、転倒し、頭を打って命を落としたという。
体育館の夜間利用は、あの事故以来、禁止されたはずだった。
顧問も、鍵を貸していた様子はなかった。
でも俺は、毎晩入れていた。
そして“誰か”と練習していた。
……あれは、誰だったんだ?
翌日。
俺はスタメンとしてコートに立ち、試合に出た。
結果は惜敗だったが、自分の全力は出せたと思う。
そして最後のタイムアウト中、ふと視線を感じて観客席を見上げると――
最上段の席で、あのぼんやりとしたシルエットが立っていた。
口元だけが、うっすら笑っているように見えた。
シュート、ドリブル、ステップワーク――全部、自分に足りないものだ。
公式戦まであと一週間。
ベンチのままで終わるなんて、絶対に嫌だった。
遅い時間の体育館は、静かで、自分の息づかいやボールの音がやけに響く。
でもそれが逆に心地よかった。
誰にも見られない場所で、自分とだけ向き合えるから。
そんなある晩、いつものようにフリースローを繰り返していると、
「……バスケ、好きなんだな」
背後から声がした。
誰かがいる。
慌てて振り向くと、体育館の入り口にひとりの生徒が立っていた。
制服姿だが、顔はぼんやりと霞んでいて、よく見えない。
逆光のせいか、目を凝らしても表情が掴めなかった。
「誰……?」
そう聞く間もなく、そいつはスッと近づき、俺の持っていたボールを奪った。
そしてそのまま、ゴールへ一直線。
軽やかなステップでフェイントをかけ、見事にシュートを決める。
……悔しかった。
こんな知らない奴に、あっさり抜かれたことが。
「もう一回、やろう」
気づけば俺は、そいつと1on1を始めていた。
それから毎晩、体育館でそいつと1on1を繰り返した。
誰にも言えなかった。
いや、言う必要もなかった。
ただ、そいつとの勝負は、自分の限界を押し広げてくれる“練習”になっていたから。
体力も技術も、少しずつ上がっていった。
気づけば、試合の紅白戦でもコーチに褒められることが増えた。
そして大会前日。
顧問に呼び出され、正式にスタメン入りを告げられた。
「お前の努力は、ちゃんと見てたからな。明日、期待してるぞ」
涙が出そうだった。
やっと、夢に手が届く。
あの“謎の1on1”がなかったら、ここまで来れなかったかもしれない。
その夜も、俺は嬉しくて、自然と体育館に足が向いた。
もちろん、あいつとやるためだ。
けれど――
その日、体育館には誰もいなかった。
「……来ないのか」
ボールを手に立ち尽くしていると、ふと、ベンチの上に何かが置いてあるのに気づいた。
古びた学生証。
拾い上げて中を覗くと、そこには“藤井翔”という名前があった。
名前に見覚えはなかった。
でも、なんとなく気になって、帰り道にスマホで検索してみた。
ヒットしたのは、三年前の新聞記事だった。
《地元高校生、練習中の事故で死亡――深夜の体育館で…》
日付、学校名、名前――すべてが一致していた。
藤井翔。
三年前、この学校のバスケ部員。
夜遅くまで練習していた際、転倒し、頭を打って命を落としたという。
体育館の夜間利用は、あの事故以来、禁止されたはずだった。
顧問も、鍵を貸していた様子はなかった。
でも俺は、毎晩入れていた。
そして“誰か”と練習していた。
……あれは、誰だったんだ?
翌日。
俺はスタメンとしてコートに立ち、試合に出た。
結果は惜敗だったが、自分の全力は出せたと思う。
そして最後のタイムアウト中、ふと視線を感じて観客席を見上げると――
最上段の席で、あのぼんやりとしたシルエットが立っていた。
口元だけが、うっすら笑っているように見えた。
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