エーテルニア・コード:世界からの脱出

蒼清

文字の大きさ
2 / 30

第2話 アストラルムの片鱗

しおりを挟む
救世の村での異変は、日を追うごとに悪化の一途を辿っていた。
ピクセル化した魔物の目撃情報。不自然な霧の発生。それは、もはや日常風景と化していた。リオスが拾い上げた「歪み」を宿すあの青いクリスタルは、増え続ける異常現象の象徴のように感じられた。
村人たちは不安を募らせながらも、その原因を究明しようとはしない。ただ目の前の異変に順応しようと努めていた。彼らにとって、これらは季節の移ろいや神の気まぐれ、あるいは「魔物の活動期」というような、理解の範疇に収まる「自然な出来事」なのだ。
その姿を見るたび、リオスは胸に拭い去れない違和感が募る。彼らに見えない「歪み」が、世界を蝕んでいる。その事実は、彼にとって明白だった。
「リオス、君もこの島を出た方がいい」
ある日、村の長がリオスにそう告げた。長老はリオスの剣術の才を高く評価し、彼の異質性にも薄々感づいているようだった。
「この島はもう長くは持たない。アストラルム大陸のエテルナ・セントラルなら、まだ安全なはずだ」
長老は、村の数少ない船を手配すると言った。
村を出ることは、リオスにとって「この村で受けられる依頼は、もうほとんど残っていない」という意味でもあった。冒険者としての役割を終え、新たな場所を求めるのは、この世界に生きる者にとってごく自然な流れだ。
誰もが自分の熟練度を上げ、新しい「スキル」を習得することで、より困難な「依頼」に挑戦し、より良い「アイテム」や「報酬」を得て生計を立てる。あるいは「魔法」の詠唱を覚え、魔力を高めることで新たな活路を見出す者もいる。それがこの世界の「日常」であり「成長の証」だった。
リオスは迷わなかった。この島に留まっていても、真実には辿り着けない。彼自身の「歪み」の源、そしてこの世界の「異常」の根源を探るため、より多くの情報が集まるであろうアストラルム大陸へ向かうのは、必然の選択だった。
出発の日。村の海岸には、少ないながらも多くの村人が見送りに来ていた。彼らの顔には不安と希望が混じり合っている。
「リオスさん、どうかご無事で!」
「あんたならきっと、この島の異変を、この村を救ってくれる!」
温かい言葉がリオスに投げかけられる。彼らの期待に応えられるかは分からなかったが、リオスは静かに頷き、小さな漁船に乗り込んだ。
ソラの姿は、そこにはなかった。彼女は、あの後、すぐに船でこの島を離れたのだろう。
船は、数日間穏やかな海を西へと進んだ。孤島を離れ、広大な海原を進むにつれて、リオスの胸中に響く「歪み」のノイズは、いくらか和らいだように感じられた。しかし、完全に消えることはない。それは、彼自身がこの世界の「異物」である限り、常に彼と共に在るものだと、リオスは漠然と理解していた。
水平線に巨大な影が浮かび上がったとき、リオスの視界に、新たな数値情報が飛び込んできた。
《アストラルム大陸 エテルナ・セントラル 領海に進入しました》
まるで何かの報せのように、彼の視界の片隅に半透明の文字が浮かび上がり、すぐに消える。彼は以前から、自身の剣術熟練度ERRORのように、こうした不可解な数値や文字が時折視界に現れることを経験していたが、その意味までは分からなかった。ただ、それが自身の「歪み」と密接に関わっていることだけは確信していた。
船がアストラルム大陸の港に到着すると、リオスは一歩足を踏み出した。
港町は活気に満ちていた。孤島の小さな村とは比べ物にならないほど多くの人々が行き交い、港に並ぶ露店では、商人が声を張り上げ、旅人や冒険者が品々を吟味している。
人々は、整然と並べられた品々の中から必要な「アイテム」を選び取り、手に握られた「金貨(G)」を瞬時に交換していく。その取引は、まるで何の滞りもなく、システムが自動的に処理しているかのように流れる。その流れるような経済活動は、彼らにとって世界の「理」そのものだった。
リオスは、まず冒険者ギルドへと向かった。情報収集と日銭稼ぎのためだ。
ギルドの建物は、孤島のそれよりも遥かに大きく、多くの冒険者で賑わっていた。Dランクの依頼を難なくこなしながら、リオスは街の様子を観察した。人々の動き、会話、表情、全てが淀みなく、調和している。しかし、その「完璧さ」の中に、リオスはまたしても微かな違和感を見出した。
それぞれが自身の生活を謳歌し、喜びや悲しみを分かち合っているように見えた。行商人は活発に商品を売り込み、子供たちは目を輝かせながら遊びに興じる。しかし、その活動の「秩序だった繰り返し」の中に、リオスは不自然さを感じた。日々のルーティン、会話のパターン、行動の予測性……。まるで彼らが、個々の意思とは別に、無意識のうちに何らかの「大いなる法則」に従って営みを続けているかのようだった。
リオスは、ギルドの掲示板に貼られた依頼書を眺めていた。その一つに、見慣れた文字を見つけた。
《薬草採集依頼:エテルナ草の採集。報酬:5000G》
その依頼書には、見覚えのある筆跡で「ソラ」という署名があった。
リオスの胸が、僅かに高鳴った。あの孤島で出会った少女が、この街にいる。彼女もまた、この世界の「歪み」に気づいている数少ない一人だ。彼女に会えば、何か新たな情報が得られるかもしれない。
リオスは依頼書を手に取り、ギルドの受付へと向かった。
「この依頼、今から向かいます」
受付嬢はにこやかに依頼書を受け取り、機械的な動作で処理を進める。その動きもまた、リオスにはどこか不自然に感じられた。
エテルナ草の採集場所は、城下町のすぐ外にある「始まりの森」だった。ギルドを後にして、リオスは森へと足を進める。森の中は、孤島の森とは異なり、どこか人工的に整備されているかのような印象を受けた。道は広く、魔物の出現も程よい頻度で、初心者冒険者でも安全に活動できるよう「調整」されているかのようだ。
リオスは、自身の視界の片隅に表示されるステータスウィンドウを無意識に眺めていた。自身の剣術熟練度ERRORの表示の下に、「取得スキル」や「所持アイテム」といった項目が並ぶ。これらは、彼がこの世界に生まれた時から、自然に存在していたものだ。
人々は、自身の肉体を鍛えることで「身体能力」を高め、特定の「訓練」を積むことで「剣技」や属性魔法を身につける。それらを総じて「スキル」と呼び、誰もがその獲得と成長を自らの「努力」の賜物と信じていた。だが、彼は剣術を極めることはできても、魔法の才は一切持ち合わせていなかった。その「システム」は、なぜ存在するのか?彼の「歪み」の感覚は、この疑問を深くえぐり始めた。
森の奥へ進むと、遠くから、澄んだ歌声が聞こえてきた。その声は、森の鳥のさえずりや、風の音と見事に調和し、リオスの心に静かな安らぎをもたらす。
その歌声の主が誰なのか、リオスはすぐに察した。
木漏れ日が差し込む林の中、そこにソラがいた。彼女はエテルナ草の群生地で、楽しそうに歌いながら薬草を摘んでいる。その周囲には、彼女の歌声に惹きつけられたかのように、小さな森の動物たちが集まっていた。
彼女の指先からは、薄緑色の柔らかな光が発せられ、それが摘み取られたばかりの薬草を優しく包み込んでいる。それは、リオスが孤島で目にした彼女の「治癒魔法」の光だった。
リオスは、ソラに近づいて声をかけた。
「ソラ、やはり君だったか」
ソラは驚いて顔を上げた。リオスの姿を認めると、彼女の瞳が嬉しそうに輝いた。
「リオスさん!こんなところで会えるなんて!孤島を出てきたんですね!」
彼女の屈託のない笑顔は、リオスの胸中に響く「歪み」のノイズを、一瞬だけ忘れさせた。
リオスは、手に持っていた依頼書をソラに見せた。「君の依頼を受けて、ここまで来た」
ソラは目を丸くして、それからくすくす笑った。「まあ、偶然ね!ありがとう、助かるわ!」
彼女は摘み取った薬草をリオスの採集籠に移しながら言った。
「ねえ、リオスさん。この街に来てみてどう?やっぱり、この世界、どこか変だと思わない?」
ソラの言葉に、リオスの「歪み」の感覚が強く共鳴した。彼は頷いた。
「ああ。全てが……あまりに完璧すぎる。まるで、誰かが作った箱庭のようだ」
ソラは、静かに顔を上げた。その瞳は、楽しげな笑顔の奥に、深い憂いを宿していた。
「兄さんも言ってた。この世界は『私たちが見ているものだけじゃない』って。そして、『何か大きな力が、私たちの世界を動かしている』とも」
リオスの胸中で、「大きな力」という言葉が強く響いた。彼自身の剣術熟練度ERROR。視界に現れる数値や文字。そして、この街の完璧すぎる営み。全てが、一本の線で繋がり始めるような感覚に襲われる。
「君の兄は、一体何を……」
リオスが問いかけようとしたその時、森の奥から、乾いた金属音が響いた。チリン、チリン、とまるで鈴を鳴らすような不規則な音。それは、不穏な「歪み」のノイズと共に、リオスの耳に飛び込んできた。
ソラの顔色も、瞬時に青ざめる。
「この音は……!」
その音は、まるでどこかのシステムの不具合を告げるかのように、森の静寂を切り裂いていた。リオスの直感が叫ぶ。この音は、あのクリスタルを生み出した、異質な魔物のものだ。それも、以前遭遇したものよりも、はるかに強力な「歪み」を宿している。
リオスは素早く大剣を構えた。ソラもまた、採集籠を抱え直し、リオスの背中に隠れるように身を寄せた。
「来るぞ、ソラ。用心しろ」
リオスの視界の片隅で、彼の熟練度を示す数値が、不規則に点滅し始める。それは、彼が今から対峙する存在が、この世界の「システム」にとって、あるいは彼自身にとって、かつてない脅威となることを告げているかのようだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

キメラスキルオンライン 【設定集】

百々 五十六
SF
キメラスキルオンラインの設定や、構想などを保存しておくための設定集。 設定を考えたなら、それを保存しておく必要がある。 ここはそういう場だ。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~

北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。 実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。 そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。 グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・ しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。 これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

処理中です...