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第一章 千の剣帝、ゼロクラスの教師となる
第30話 クリスティアの想い
しおりを挟む「え……っ!?」
それは、逃げ遅れたであろう二人の魔剣学院の女生徒だった。彼女らは蹲りながら肩を震わせながら抱き合っている。
クリスティアは思わず目を見開く。彼女らに近づくと、二人は身体をビクつかせたあとに驚愕の表情に染まった。
「だ、大丈夫ですか……!? 近くにロ……敵がいます! 危ないので、今すぐここから離れて下さい!」
「サ、無能皇女!? どうしてここに……!?」
「そんなことよりも、早く逃げて!!」
「だ、だめなの、腰が抜けて……!」
「怖くて、体が震えて動けないの……!」
「そんな……!」
クリスティアは二人の顔に少しだけ見覚えがあった。見間違いでなければ、彼女らはリーリアと戦った際に闘技アリーナに居たSクラスの生徒の二人だった。
今では恐怖に怯えているが、ほんの少し前まではクリスティア―――いや、他の剣技練度が低い生徒を見下し蔑んでいた。だが、そんなことは今のクリスティアにとっては関係ない。
紅い瞳に強い意志を宿したクリスティアは彼女らに手を差し出す。
「分かりました。でしたら二人とも、私の手を握って下さい。一緒にここから避難しましょう」
「な、なんで……? 私たち学院の生徒は高い剣技練度にかこつけて貴方を無能だとか出来損ないだとか蔑んだんですよ!? ふ、普通見捨てるでしょ!?」
「ど、どうせ、Sクラスなのにこんな無様晒してって、内心ざまあみろって思ってるんでしょう……?」
「……少しも思わない、と言えば嘘になります」
「なら……!」
「―――でも!」
Sクラスの少女が声をあげようとするも、クリスティアはそれを強く遮る。そうして真摯な眼差しを彼女らに向けながら言葉を紡いだ。
「それでも私には、見捨てることが出来ません。……確かに、私にはこれといって特筆する力はないです。剣技練度は底辺、剣技能も使えない……皇族に相応しくない無能皇女です。ですが―――この心だけは、失いたくないのです」
「こころ……?」
「どんなことがあっても優しく、慈しみ、強くあろうとする信念。このレーヴァテイン帝国を導く皇族として、そして帝国に住まう民を想う、私自身のこの心だけは……!」
「いやー、クリっちの言葉はホント心を揺さぶるよねー。思わずウチもジーンときちゃったよぉー」
「「「……ッ!?」」」
つい先程まで聞いていた鈴の音のような可愛らしい声。クリスティアが背後を振り向くと、そこには一定の距離を開けたローリエが笑みを浮かべながら佇んでいた。
但し、その瞳は凍えるように冷ややかだ。そんな目で見つめられたクリスティアは思わずゾクリと背を震わせる。
「ど、どうして……ッ!? レイア様が追っていた筈じゃ……!?」
「そうだね。現に今も必死になって追いかけてるよー」
「…………?」
クリスティアはローリエのその言葉に訝しげな表情を向けるも、へらへらと軽薄な笑みを浮かべた彼女は言葉を続けた。
「じゃ、今度こそ仕留めるね?」
「ッ!!」
「もう誰も邪魔は出来ない。役立たずで実は弱いSクラスの子らは情けないことに立つのすら難しいみたいだし、あの帝国軍の師団長サマももう一人の私を追っている。クリっち、この状況はつまり絶体絶命ってヤツだよね?」
「…………ローリエさん、確認です。狙いは私だけなんですよね?」
「……あぁ! もしかしてその子らのこと気にしてんのー? だいじょぶだいじょぶ、ウチの顔を見られた以上仕方ないもん。もちろん―――ちゃんと殺すよ♪」
「ヒィ……ッ!!」
クリスティアの背後では蚊の鳴くような悲鳴が少女らの口から洩れた。なるべく彼女の殺気に当てられないようにと、クリスティアは視線を遮るようにしてローリエに立ち塞がる。
彼女から漂う濃密な殺意に思わずゴクリと喉を鳴らす。先程から身体中の危険を知らせる警報が鳴りやまないが、気丈にもクリスティアは目端に涙を浮かべながらもその気配から決して逃げようとも、目を離そうともしなかった。
―――それは彼女自身の”強くなりたい”という願い。
―――それは彼女自身の”強くありたい”という信念。
―――それは彼女自身の”民を守りたい”という覚悟。
その行動こそ、クリスティアが成長した証―――彼女の中でそれらの想いが一つになった瞬間に違いなかった。
「なら私は最後まで抵抗します……! 絶対に、この方たちに手出しさせません……!」
「えぇ、クリっちがウチに勝てるとでも思ってんの? 福音である【再現】を使ってもウチに勝てる確率はゼロパーセントに近い。もう抵抗せず楽に死んじゃいなよ? クリっち走らないだろうケド、肉を斬るにも強張ってるとなかなか刃が通らないんだ。特に首。意識があるまま何度も剣を振り落とさなきゃいけないし、きっと血が噴き出す感覚や痛みは想像を絶すると思うよ?」
「そんなの、覚悟の上です……。命を賭して大事な者を守る。それが、私が目指す魔剣使いですから……!」
「わぉ、クリっちカッコいいー! うんうん、流石に皇女であるクリっちがそれを言うと重みが違うねー!」
口角を上げながらふざけたように笑うローリエ。その言葉はどこか薄っぺらい。
圧倒的な重圧に浅い呼吸を繰り返すクリスティアだったが、あることに気が付き自分の掌をじっと見つめる。
この場を支配している恐怖のせいだろう、手の震えが止まらない。冷や水を浴びたように身体が芯から冷えた感覚が消えない。
きっとクリスティアが一人だけだったのならば、立ち向かおうとする気概はあったものの諦念を抱いて今度こそ折れていたのだろう。
だが彼女がこうして自らの命を狙うローリエから逃げずに向き合っているのは、彼女の背後に護るべき存在がいたからだ。
結果、それがクリスティアという少女の成長に繋がった。
クリスティアは決意を固めながら腰元の魔剣精クラリスの柄をしっかりと掴む。それを見たローリエは笑みを深めながら口を開いた。
「でもどーやってウチを倒すの? ソレ、何度試しても抜くことが出来なかったんでしょ? これまで通り鞘付きのままウチに挑む? それとも素手? ま、もしクリっちが剣を抜いたとしても、鞘付きのままでも、素手でも、それよりウチの方が疾くクリっちに届くんだけどね」
「ふん……ッ! ……ッ、くぅ……ッ!!」
「あははっ、その魔剣精も調査済みだよ♪ ソレってホウオウ討伐戦が終わってからずっと意識が無いんでしょ? そんな状態じゃあ必死に抜こうとしても、応えてくれなきゃ意味が無い。もう素直に諦めよ?」
諦めの悪い駄々を捏ねる子供を見るような目付きで、ローリエは力づくで剣を抜こうとしているクリスティアを見つめた。
だが、当の彼女のその紅い双眸には希望の灯火が消えていないことに気が付く。
歯を強く食いしばったクリスティアは、柄を引き抜く力を弱める事無く口を開いた。
「絶対……、絶対に諦めません……! 自分の想いを叶えずしてなにが皇女ですか……ッ! 私はクリスティア・ヴァン・レーヴァテインです! 自国に住まう民の安寧を守る皇女で、魔剣使い! ―――魔剣精クラリス、今だけで良い。私のこの想いに応えなさいッ!!」
「……うーん、クリっちの諦めの悪さは美点でもあるけど、やっぱり虫唾が走るなー。―――じゃ、飽きたしさっさと死のっか」
そう言って表情や感情を消したローリエ。ゆらりと魔剣ジェミニの双剣を逆手に構える。
一方のクリスティアは未だ諦めず必死に魔剣精クラリスを抜こうとしていた。全身の筋力を振り絞って、自らの思いを込めて柄を握る手に力を入れている。決して逃げるつもりも、諦めるつもりも無い。近づいてくるローリエから目を離さずに剣を引き抜こうと幾度も踏ん張る。
そして息を溜めて一気に抜こうと大きく息を吸ったクリスティア。
やがてクリスティア目掛けて跳躍してきたローリエが彼女の視界に入ると、柄に全力の力を込めた。
「っぐ……、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!」
すると、不思議な声が聞こえた。
『―――聞き届けたよ。キミの願い』
次の瞬間、柄を握るクリスティアの手に灼炎が流れ込んだ。
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