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第4章
第152話 太っ腹な王子様
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(ふぁ、あったかぁい。ぬくぬくしていい気持ち……)
もうちょっと寝ようかしら。でも少し喉が渇いたし、水飲みたいな。
そう思って目を開くと、
(うっイケメンの寝顔どアップまぶしっ! ってあれ? なんで?)
僕はクライスの腕の中にいた。寮では定番だった抱き枕スタイルだ。こんなふうに彼と眠ることはもう二度とないと覚悟していたのに……どうなっているんだろう。
彼の腕から這い出てきょろきょろと辺りを見回すと、見たことのない部屋、それもとびきり豪華なお部屋にいるということがわかった。ベッドも信じられないほど滑らかな手触りで、最高級品だと言うことが一触りでわかる。
これは夢かしら……? 僕はもしかしてまだ寝ている? ほっぺをぎゅうっとつねってみるとじんじんと痛みを感じた。やっぱり夢じゃないみたい。
少し体を起こしサイドテーブルに置かれた水差しから勝手に水を一口飲むと、カラカラになっていた体に染み渡っていく。喉が潤うと眠気を感じ、僕はまた謎の高級ベッドにごろんと横たわった。
目を閉じると、瞼の裏にひらひらと舞うジーンの花びらが浮かんだ。
僕はただひたすら歩いていた。
一向に近づく気配のないお城までの距離に絶望し、何度もしゃがみ込みそうになった。でも一度座ってしまうともう二度と歩けないような気がして、とにかく何も考えず前へ前へと足を動かした。ずっと歩いていたら、いつか辿り着くと信じて。
だけど、どれだけ歩いても距離は縮まらず、さっきから同じところをぐるぐる回っているだけのような気がする。行っても行ってもジーンの花が見えるだけで景色も全く変わらない。どんどん不安と疲労ばかりが募っていく。
ひらり、と頭上から白い花びらが落ちてきて、それに目を遣った。
――こんなにたくさん花が咲いているのにここには妖精が一人もいない。
せめて彼らがいたら心の支えになったのに……と残念に思う。今僕は本当に一人ぼっちだ。
痛い。寒い。怖い。
お腹がズキズキと痛み、僕の気力を奪っていく。あいつの魔法でシャツが切り裂かれた時に一緒に二の腕も裂けていたみたいで、血がどんどん流れてきて気持ちが悪い。頭がふらふらするのは貧血のせいだろうか。
また変な呼吸にならないように呼吸のリズムを意識して整えながら、様子を変え始めた空を見上げた。
西の空が真っ赤に染まっている。赤い光を反射する雲は美しいけれど、僕にはそれが自分のシャツを染める赤紫の液体や血の色に見えて、不吉に感じられた。今のペースだと今日中に出口に辿り着くのは無理だろう。
このまま僕はここで死んじゃうのかな……。そう思った時、考えないようにしていた彼の顔が頭に浮かんだ。
(最後にもう一度会いたかったな。)
血のこびりついた指先で額に触れ、彼のくれた温かさを思い出す。毎日毎日彼がくれた素敵なもの。
――おまじない
僕は悪役だから何かをもらう権利なんてないかもしれないけれど、これだけはもらっていくね……。一人で彼に向けて呟いた。
(イベントはどうなったかな? ジュースをかけることはできなかったけど、ユジンとクライスは無事ダンスができただろうか。)
赤い光すらもうほとんど届かなくなり、世界が闇に包まれようとしている。真っ暗になったら、どうせ歩いたってさらに迷うだけだ。もう足を止めて目をつぶって、眠ってしまってもいい? もう疲れたの……。
そう思った時。
「……キルナ!!」
と声がした。 ん、幻聴? だって彼のはずがない。彼は僕のことを助けに来ない。もう嫌いになったから、離れたいのだって、あいつが言っていた。なのに……。
「クライス……本当に?」
迎えにきてくれた……。
本当は心のどこかで彼が助けに来てくれると期待していた。
クライスの姿が見えると、ストッパーが外れたみたいに次から次へと涙が溢れ出てきて前が見えなくなる。気づくと僕は彼の腕の中で小さな子供のように泣きじゃくっていた。
――もう大丈夫。大丈夫。
彼はそう言って優しく抱きしめ、あんなに痛かったお腹をあっという間に魔法で治してくれた。
痛みがすっと消えて、代わりにぽかぽかの光が残る。
冷たい土の上に横たわりながら、こうしてずうっと彼を見上げていたいな、とぼんやり思っていたのだけれど、僕の意識はそこまでしか保たなかった。
「……キルナ? 目を、覚ましたのか?」
僕がなかなか眠れずもぞもぞしていたせいか、隣で寝ていた彼も起きてしまったようだ。
「うん。さっき起きたの」
「どうだ? もう、痛むところはないか?」
言われてはじめて、あぁ、そう言えば僕は酷い怪我をしていたのだった、と気付く。服を捲って確かめてみると腕もお腹も足もぴかぴかに治っていて、跡すら残っていなかった。あんなにボロボロになっていたのにすごい。
「ん、全然どこも痛くないよ。だいじょぶ。クライスが治してくれたの?」
と尋ねると、彼はああ、と頷いた。ありがと、とお礼を言うと、彼は切なそうに顔を歪めてぎゅうっと僕を抱きしめてきた。
「すまない、見つけるのが遅くなってしまって」
なんで謝るのだろう、と僕は心の中で首を捻った。だって悪いのはあの弟? だ。クライスはちゃんと助けに来てくれたし、治療までしてくれた。謝ることなんて一つもないのに……。
なのに、なぜか彼は罪悪感を感じているようでとても辛そうな顔をしている。そして、
「俺にできることならなんでも言え」
だなんて、太っ腹なことまで言い始める。
「ふぇ? なんでも?」
「ああ、なんでも」
彼は力強く頷いた。じゃあ、と僕は(彼に非はないと分かっていても悪役らしく)ここぞとばかりにお願いしちゃうことにした。なんでも、というなら今一番欲しいものをお願いしよ。
「おまじないをちょうだい」
僕は彼がやりやすいように前髪を手で押さえ、おでこを出して用意をする。
ふっと彼の吐息がかかってくすぐったいなと思ったら、次の瞬間には柔らかい唇がいつもより少し長めに押し当てられた。
ちゅっとキスされたところが、ぽっと温かくなる。
おまじないをするとよく眠れる、と彼が最初に教えてくれた通り、今度は目をつぶっていてもジーンの花は浮かんでこず、あの能天気なののんの寝ている姿が思い出された。目がとろとろする……。
「眠いのか?」
「ん、そうなの……」
僕が眠たくなってきたことに気付いたクライスは僕をベッドに寝かせ、また抱き枕スタイルで一緒に寝転がってくれた。彼のぬくもりに包まれながら僕はあっという間に眠りに落ちた。
もうちょっと寝ようかしら。でも少し喉が渇いたし、水飲みたいな。
そう思って目を開くと、
(うっイケメンの寝顔どアップまぶしっ! ってあれ? なんで?)
僕はクライスの腕の中にいた。寮では定番だった抱き枕スタイルだ。こんなふうに彼と眠ることはもう二度とないと覚悟していたのに……どうなっているんだろう。
彼の腕から這い出てきょろきょろと辺りを見回すと、見たことのない部屋、それもとびきり豪華なお部屋にいるということがわかった。ベッドも信じられないほど滑らかな手触りで、最高級品だと言うことが一触りでわかる。
これは夢かしら……? 僕はもしかしてまだ寝ている? ほっぺをぎゅうっとつねってみるとじんじんと痛みを感じた。やっぱり夢じゃないみたい。
少し体を起こしサイドテーブルに置かれた水差しから勝手に水を一口飲むと、カラカラになっていた体に染み渡っていく。喉が潤うと眠気を感じ、僕はまた謎の高級ベッドにごろんと横たわった。
目を閉じると、瞼の裏にひらひらと舞うジーンの花びらが浮かんだ。
僕はただひたすら歩いていた。
一向に近づく気配のないお城までの距離に絶望し、何度もしゃがみ込みそうになった。でも一度座ってしまうともう二度と歩けないような気がして、とにかく何も考えず前へ前へと足を動かした。ずっと歩いていたら、いつか辿り着くと信じて。
だけど、どれだけ歩いても距離は縮まらず、さっきから同じところをぐるぐる回っているだけのような気がする。行っても行ってもジーンの花が見えるだけで景色も全く変わらない。どんどん不安と疲労ばかりが募っていく。
ひらり、と頭上から白い花びらが落ちてきて、それに目を遣った。
――こんなにたくさん花が咲いているのにここには妖精が一人もいない。
せめて彼らがいたら心の支えになったのに……と残念に思う。今僕は本当に一人ぼっちだ。
痛い。寒い。怖い。
お腹がズキズキと痛み、僕の気力を奪っていく。あいつの魔法でシャツが切り裂かれた時に一緒に二の腕も裂けていたみたいで、血がどんどん流れてきて気持ちが悪い。頭がふらふらするのは貧血のせいだろうか。
また変な呼吸にならないように呼吸のリズムを意識して整えながら、様子を変え始めた空を見上げた。
西の空が真っ赤に染まっている。赤い光を反射する雲は美しいけれど、僕にはそれが自分のシャツを染める赤紫の液体や血の色に見えて、不吉に感じられた。今のペースだと今日中に出口に辿り着くのは無理だろう。
このまま僕はここで死んじゃうのかな……。そう思った時、考えないようにしていた彼の顔が頭に浮かんだ。
(最後にもう一度会いたかったな。)
血のこびりついた指先で額に触れ、彼のくれた温かさを思い出す。毎日毎日彼がくれた素敵なもの。
――おまじない
僕は悪役だから何かをもらう権利なんてないかもしれないけれど、これだけはもらっていくね……。一人で彼に向けて呟いた。
(イベントはどうなったかな? ジュースをかけることはできなかったけど、ユジンとクライスは無事ダンスができただろうか。)
赤い光すらもうほとんど届かなくなり、世界が闇に包まれようとしている。真っ暗になったら、どうせ歩いたってさらに迷うだけだ。もう足を止めて目をつぶって、眠ってしまってもいい? もう疲れたの……。
そう思った時。
「……キルナ!!」
と声がした。 ん、幻聴? だって彼のはずがない。彼は僕のことを助けに来ない。もう嫌いになったから、離れたいのだって、あいつが言っていた。なのに……。
「クライス……本当に?」
迎えにきてくれた……。
本当は心のどこかで彼が助けに来てくれると期待していた。
クライスの姿が見えると、ストッパーが外れたみたいに次から次へと涙が溢れ出てきて前が見えなくなる。気づくと僕は彼の腕の中で小さな子供のように泣きじゃくっていた。
――もう大丈夫。大丈夫。
彼はそう言って優しく抱きしめ、あんなに痛かったお腹をあっという間に魔法で治してくれた。
痛みがすっと消えて、代わりにぽかぽかの光が残る。
冷たい土の上に横たわりながら、こうしてずうっと彼を見上げていたいな、とぼんやり思っていたのだけれど、僕の意識はそこまでしか保たなかった。
「……キルナ? 目を、覚ましたのか?」
僕がなかなか眠れずもぞもぞしていたせいか、隣で寝ていた彼も起きてしまったようだ。
「うん。さっき起きたの」
「どうだ? もう、痛むところはないか?」
言われてはじめて、あぁ、そう言えば僕は酷い怪我をしていたのだった、と気付く。服を捲って確かめてみると腕もお腹も足もぴかぴかに治っていて、跡すら残っていなかった。あんなにボロボロになっていたのにすごい。
「ん、全然どこも痛くないよ。だいじょぶ。クライスが治してくれたの?」
と尋ねると、彼はああ、と頷いた。ありがと、とお礼を言うと、彼は切なそうに顔を歪めてぎゅうっと僕を抱きしめてきた。
「すまない、見つけるのが遅くなってしまって」
なんで謝るのだろう、と僕は心の中で首を捻った。だって悪いのはあの弟? だ。クライスはちゃんと助けに来てくれたし、治療までしてくれた。謝ることなんて一つもないのに……。
なのに、なぜか彼は罪悪感を感じているようでとても辛そうな顔をしている。そして、
「俺にできることならなんでも言え」
だなんて、太っ腹なことまで言い始める。
「ふぇ? なんでも?」
「ああ、なんでも」
彼は力強く頷いた。じゃあ、と僕は(彼に非はないと分かっていても悪役らしく)ここぞとばかりにお願いしちゃうことにした。なんでも、というなら今一番欲しいものをお願いしよ。
「おまじないをちょうだい」
僕は彼がやりやすいように前髪を手で押さえ、おでこを出して用意をする。
ふっと彼の吐息がかかってくすぐったいなと思ったら、次の瞬間には柔らかい唇がいつもより少し長めに押し当てられた。
ちゅっとキスされたところが、ぽっと温かくなる。
おまじないをするとよく眠れる、と彼が最初に教えてくれた通り、今度は目をつぶっていてもジーンの花は浮かんでこず、あの能天気なののんの寝ている姿が思い出された。目がとろとろする……。
「眠いのか?」
「ん、そうなの……」
僕が眠たくなってきたことに気付いたクライスは僕をベッドに寝かせ、また抱き枕スタイルで一緒に寝転がってくれた。彼のぬくもりに包まれながら僕はあっという間に眠りに落ちた。
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