いらない子の悪役令息はラスボスになる前に消えます

日色

文字の大きさ
183 / 304
第7章

第319話 悪役活動②

しおりを挟む
※少し汚い表現がありますので、お食事中の方はご注意ください。



ーーハヤク……ワタシノモノニ……ナレ……

頭の中を誰かに無理やりいじられているような感覚。気持ちが悪くて吐きそう。嫌、ここから逃げたいともがけば、暗闇からにゅるりと長いつるのようなものが僕の四肢に絡みつく。逃げようとしてもその蔓はミシミシと骨を砕くほど強く巻きついて離さない。

どうしたらいい? 逃げたい。逃げたいのに……。助けて……。



「キルナ! 起きろ!」
「あ……夢……?」

揺すられて目を覚ますとクライスが僕の顔を心配そうに覗き込んでいた。寝汗をたくさんかいていてシャツがびしょ濡れになっている。見回してみるとここが温室だとわかり、水遣りのあと横になってそのまま寝てしまったのだと気がついた。

「ごめん。寝るつもりはなかったのだけど」
「こんなところで一人で……何かあったらどうするつもりだ!? 今は青フードがお前を狙っていて危険だと説明しただろう!」
「ご……ごめん……」

クライスが怒っている。拳を震わせて本気で。彼の激しい怒りを前に、怖くて涙がこぼれそうになったけれど、どう考えても悪いのは自分だ。ここで泣くのはずるいと思い、下唇を噛んでそれをぐっと堪えた。

青フードがいるから一人で行動するなと何度も念を押されていた。なのに悪役活動のためにクライスがいない隙を見計らって登校したあげく、温室でぐうぐう寝ているなんて。これでは怒られても仕方がない。



「あ…れ?」

ちゃんと謝ろうとして立ち上がると、酷い眩暈がしてぐらぐらとよろめいた。平衡感覚を失い倒れた体を、クライスが抱き止めてくれる。すると何かに気づいたように、僕の前髪を掻き上げ額に手を当てた。

「なっ…すごい熱だ。顔色も悪い。こんなに汗をかいて。医務室にいくぞ」

彼は僕の答えも聞かず、横抱きにしたかと思うとすぐに転移した。


薬品の香りがする医務室で診察を受ける。ここへ来るのは久し振りな気がする。

「頭痛と吐き気と発熱。少し魔力に乱れがありますね。重度の魔力風邪でしょう。最近季節の変わり目で増えていますから。薬を出しておきますね。よく効く薬なのでこれを飲んで寝たら良くなりますよ。
 魔力が増え過ぎたらこの青い薬を、減り過ぎたら黄色い薬を飲んでください。今は魔力が減っているようなので黄色ですね。どちらの症状か自分でわからなければ医務室にご連絡ください」

「はい…はぁ…はぁ……ありがとう…ございます」

魔力風邪とは。魔力を持つ貴族たちの間でよく流行る病で、気温の変化などで体調を崩した時にかかりやすい。普通の風邪よりも頭痛などの症状が重く、魔力が減ったり増えたりして不安定になることが特徴で、安静にしていれば2週間ほどで完治する。

保健医の先生にいくつかの薬を処方してもらい、冷却枕をもらった。(魔石入りで、冷たい状態が長時間持続する枕らしい)クライスは先生にお礼を言い、僕を連れてまた転移する。転移先は自室で、ゆっくりとベッドに寝かされた。



「薬、飲めそうか?」
「……うん」

また怒られたら嫌だと思って頷くと、盛大なため息が聞こえた。

「嘘をつくな」
「うそ……じゃ…ないよ」

僕はできるだけテキパキと(実際にはかなりぐずぐずと)袋から薬を出してみせる。白と黄色のコロンとした丸い錠剤を2錠右の手のひらに載せ、左手には水の入ったコップを持つ。準備は万端。

(寒気がする。頭が割れそうに痛くて酷い吐き気がするけれど、これを飲めば治る……。目を瞑って鼻を摘んで水と一緒に飲み込めば、味も感じないはず。こんな小さな粒すぐに飲める、のめる……。のめ……)

朦朧として目の前の薬がぼやけて何十錠にも見える。

「くす…り……はぁ…はぁ……う、うぇえ」

見ているだけで吐き気が込み上げてきて駄目だった。胃の中のものが迫り上がってくる。震える手からコップが落ちそうになってクライスが手を添えてくれた。背中をさすってくれながら困った表情で僕の様子を見ている。

「やはり飲めないか。光魔法で風邪を治すのはあまりよくないんだが……かなり辛そうだ。少しだけ熱を下げて頭痛と吐き気を和らげよう」

ベッドサイドの椅子に座って僕の額に魔法陣を描きはじめる彼を見つめる。あんなに怒ってたのに、こんなに優しい。怒ってたのだって僕を心配してくれていたからで……。それがわかるともう怖くなかった。

「あり…がと……」

魔法陣が完成し自分のおでこが少し光ったかと思うと身体がふわっと楽になった。

寝間着に着替えさせてもらい、頭に冷たい枕をあてられると眠気が襲い、また深いところに落ちそうになる。怖いものがまた来る、そんな気がしたけれど、大丈夫だった。彼がおまじないをしてくれて、そのまま隣に寝てくれたから。


もぞもぞと腰に手を回して抱きつき、一番落ち着く体勢になった。彼の服の中にそろりと手を潜り込ませ、硬い腹筋をなでなでする。この極上の触り心地……スベスベシルクの寝巻きと同じくらい好き。

自分より冷たい彼の体が気持ちよくて、僕は思い切り体を擦り付けていた。でも、ちょっとおかしいと気づく。

(あれ? クライスも寝間着に着替えてる。今から学校なのになんで?)

「いいの? 学校」
「休むことにした。俺も理事長のところで補習を受けるよ」
「クライス、おこってる?」
「ああ、知らないうちに居なくなって、おまけにこんなに熱い身体になっていて、怒ってる」
「あの……ごめん」

あんなところで寝てたせいで風邪までひいてしまった。ほんとバカすぎる……。

「もうあんな置き手紙を残して消えないと約束しろ。心臓が止まるかと思った。どこかに行くなら俺を連れていけ」
「ん、わかった……」
「わかったならいい。もう怒ってないから寝ろ」

怒っていないと言いながらやっぱりちょっとムスッとした口調。でも、僕を想ってくれてるのだと思うとその口調もなんだか愛おしい。怒られてるのに嬉しいなんて変なの。

「ねえ、クライス」
「なんだ?」
「大好き」

ちゅうっと彼の唇に、心配かけてごめんなさいのキスをした。
僕の意識はその辺で途切れた。
しおりを挟む
感想 714

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。