いらない子の悪役令息はラスボスになる前に消えます

日色

文字の大きさ
228 / 304
第7章

第364話 お母様(ちょい※)

しおりを挟む
(どうしてわかったのだろう)

ずっと謝らなくちゃと思っていた。ユジンからお母様を奪ってしまったことを。

「わかります。兄様はお母様がいなくなってからというもの、僕を見ては申し訳なさそうな顔をしていましたから」
「気づいて…たの?」
「ええ、兄様のことならお見通しです」
「僕は、ずっと一緒にいた二人を引き離してしまったから……ユジンの大好きなお母様を奪ってしまったから謝らなくちゃと……思ってて……」
「あの人を大好きだなんて思ったことは、一度もありません」

はっきりとそう言い切る声は冷たく尖っていて、いつもの優しく甘い彼の声とは違っている。

「あの人だって、僕のことを愛してはいなかった」

愛していない? そんなはずがない。

ユジンを見に何度も通った噴水前のベンチ。一生懸命覗いた先にはユジンをあやすお母様の姿があった。いつだってそれは自分の憧れる世界そのもので……。

「そんなことないよ。だってお母様はいつもユジンを抱いていた。ユジンのことを片時も離さなかったし、一緒にいる時はいつも幸せそうに微笑んでいらっしゃったよ」

ユジンはゆるゆると首を横に振った。

「彼女が愛していたのは自分だけです。ずっと一緒にいたからこそわかるんです。あの人は自分にとって都合の良いものだけを近くに置いていただけ。
 光属性で魔力の多い僕を装飾具のように側に置いて、周りに見せびらかしたかっただけです。自分の価値観でキル兄様をないがしろにして、毒殺しようとまでした、最低な人間です。彼女の冷たさは被害者である兄様が一番よく知っているはずだ」

「……ぼく…は……」

「わかっています。キル兄様が母様のことを悪く言えないことは……。でも兄様が許しても僕は彼女を許せない。覚えておいてください。僕にとって一番大切なのはキル兄様です。もうあの人のことで僕に悪いと思うのはやめてください。謝罪の言葉なんて聞きたくない」

ユジンは今まで見たことのない形相で怒っている。僕のために怒ってくれている。そんな彼にこんなことを言うともっと怒らせてしまうかも。でも自分の気持ちをきちんと話しておこうと思う。

「ユジン、僕はもう一度お母様にお会いしたいと思っているの」

僕の告白に一瞬彼の動きが止まったように見えた。一呼吸おき、ゆっくりと彼が尋ねる。

「それは、なぜ…ですか?」
「僕は、ずっとずっと一人で考えてた。どうしてお母様が僕を殺そうとしたのか。でもなんであそこまで嫌われていたのかは、どうしてもわからなかった。僕はお母様に会ってお聞きしたい」
「会っても兄様が傷つくだけだと思いますよ」
「それでも。どうして僕をいらないって言ったのか、きちんと聞いておきたいの。今は魔法刑務所にいるから簡単には会えないだろうけど」


お母様は僕のことがお嫌い。
だから会いにはこなかった。
お茶会で初めて用意してくれたお茶には毒が入っていた。
僕のことはいらないとはっきり仰った。

黒い髪だから? 金の瞳だから? 闇属性だから? 魔力がないから? 

そんなことを今更聞いて何になるのか。
愛されることはないともうわかっているのに。


なのに、もう一度会いたい。


「僕は、永遠に会わない方がいいと思いますが。もし会うなら、僕を連れていってください。必ず」

低く威圧するような声だけど、よく見ると、そのピンクの瞳は揺れている。

「ごめん。心配をかけて」



ユジンは、魔法を駆使してぐちゃぐちゃだったキッチンをスッキリ片付けてくれた。残ったクッキーはというと、ポポが全て平らげていた。もう一欠片も残っていないお皿までおいしそうに舐めている。人間には厳しい味のクッキーも、ユジンの魔力が入っていたからポポには御馳走だったらしい。

「すごいね、あんなに散らかってたのにもうピカピカ」

こんだけハイスペック男子なのに料理が苦手だなんて、セントラみたい。

ああ、でももう一人いたな。

あれだけ温厚なお母さんに、二度とキッチンに入らないで! と怒鳴られていた彼も、驚くほど料理が下手だったっけ。


ポポが食べたクッキーのお皿を洗って水気を拭きとりながら、ぼうっと前世のことを思い出していると、ユジンが真剣な面持ちで口を開いた。

「キル兄様が母様に会うことは二度とないと思っていたので黙っていましたが、この先会う気があるのなら、教えておきます。僕は、母様と目を合わせたことがありません。合わせないように気をつけてきました」

「なぜ?」

あれだけ一緒にいて目を合わせないなんて、どういうことだろう。

「母様は、精神干渉系の魔法が使えるのです。他では聞くことのない特殊な魔法です。おそらく血統で伝わる魔法。なぜそれがわかるかというと、僕にもその魔法が受け継がれたからです。僕が魔法を発動した状態で目を見つめると、その術にかかります」

「何それ。精神に干渉するってどんな魔法?」
「やってみましょうか?」


そう言って、ユジンは僕の前に立った。

「キル兄様、僕の目を見て」

ユジンの目を見ると、深いピンク色に頭を侵食される。なんだろうこれ。ふわふわする。

「今兄様に軽い意識操作の魔法をかけています。こうなると、普段なら絶対にしないようなことだってしてしまいます。たとえば僕に抱きついてキスをしろと言ったら」
「ふぇ!?」

ユジンに抱きついてキスなんて、と思うのに腕が彼の体に絡みつく。背中に手を回し、背伸びして……自分から顔を寄せていく。

あ、ダメだ。キスはクライスとしかしないと約束したのに……。そう思っても逃れられない。ユジンの唇にあと少しでくっついてしまう。どうしたら……。


と思ったら体から力が抜けた。ユジンが魔法を解いたらしい。力の入らない体をユジンが抱きとめてくれ、なんとか床に崩れ落ちずにすんだ。

「というようなことになるので、あの人に会う時は目を合わせないよう十分注意して…って、え? おう…じ……」
「ほぅ。そろそろ昼食だからと戻ってみれば、抱き合って楽しそうだな。そんなに顔を近づけあって……何をしていた?」

ドアのところにいつの間にか禍々まがまがしいオーラをまとったクライスが立っていた。


「しかもユジンは上半身裸のようだが……」
「ち、違うよ。ユジンは悪くない! これは、僕が無理やり脱がせたの」
「兄様その言い方は……」

「ほぉ?」


ああ、やばい。オーラがもっと強くなっちゃった。やましいことは何もしてないのに、伝えるのが難しい!! 怖すぎて頭が回らない。ど、ど、どうしよ!!

「おねがいゆるしてぇ~」

とりあえず土下座。どざ~っとクライスの足元に土下座すると、なんだか必死すぎて余計に怪しい感じになってしまった。

ポポだけがそんな空気の中、自由に部屋を飛び回っていた。
しおりを挟む
感想 714

あなたにおすすめの小説

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 透夜×ロロァのお話です。 本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけを更新するかもです。 『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も 『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑) 大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑) 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 ほぼ毎日お話のことを登場人物の皆が話す小話(笑)があがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。   ※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました! えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。   ※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです! ※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。