いらない子の悪役令息はラスボスになる前に消えます

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第8章

第425話 クライスSIDE ユジンの呪いと聖女③ 聖女のお茶会

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「こちらです」

 大分奥まったところに一つだけ、他よりも厳重な結界が施された部屋があった。
 いや、部屋があるらしい、というべきか。部屋全体が無限に湧き出る噴水のような流れる水のベールに包まれていて、中の様子は一切見えない。

「この水檻はこの施設の中で最も強力な結界で、音も匂いも魔力も通しません。本当ならば視界も遮れるこの結界越しに対談するのが一番安全なのですが……」

「こっちがお願いする立場ですもんねぇ」

 リオンの言い分はもっともだが、ノエルの言う通り、こんな重大な内容を顔も見せずに交渉するのは不可能だろう。元よりないがしろにできる相手でもない。

「頼む、開けてくれ」
「はい。結界を……解除します」

 結界解除の鍵となる魔法キーはリオンが看守から預かっている。彼が魔法キーに魔力を通すと、さっと水が引き、無機質な白い扉が姿を現した。


「施設長メリダ=ブラークスの三男、リオン=ブラークスです。失礼致します」

 リオンに続いて中に入ると、およそ牢には似つかわしくない光景が広がっていた。

「ビエラ様、お客様が来られたようです」
「まぁ、お客様なんて久しぶりね。うれしいわ」

(なんだ? この大量の侍女は)

 貴族用の牢なのだから、美しく整えられた部屋であることはある程度予想していたが、こんなにも多くの使用人に囲まれながらティータイムを楽しんでいる場に出くわすとは思ってもみなかった。

 リオンに目配せすると、囚人に侍女がつくなど聞いたことがありません、と小声で返事が返ってくる。

「アイリス、彼らの分のお茶を。いえ、やっぱりいいわ。お茶は自分で淹れるから」
「それはいいですね! ビエラ様はお茶を淹れるのがお上手でいらっしゃいますもの」

 純白の髪に真白い肌。人形のように美しい主人とそれを取り囲む侍女たちはきゃあきゃあと楽しげに談笑している。
 皆華やかなドレスで着飾っていて、ここは刑務所のはずなのに、王宮のサロンにでも紛れ込んだかのようだ。しかし、それについて口出しするのは自分の役目ではない。
 多々ある気になる点は横に置き、本題に入ることにした。

「クライス=アステリアです。急な訪問になってしまい、申し訳ありません。実はユジンのことで折り言ってお話ししたいことがあるのです」

 すると、彼女はふわりと顔を綻ばせ、白い頬の横でぱちんと手を合わせる。

「まあ、クライス王子、お会いしたかったわ。ついにユジンと結婚するのですね。発表はいつされるの?」
「ユジンと……結婚? なんのことです?」
「この国では結婚は学園を卒業してから、と決まってるそうですから、卒業パーティーの時かしら? ああ、でもユジンはまだ在学中だからすぐに結婚はできませんね。なら婚約の発表をしたらいいわ。とても楽しみね。私も見に行きたいわ!!」

 あらぬ方向に飛んでいく話題。内容はとんでもないものだというのに、目をキラキラさせてはしゃぐ彼女からは一切の悪気が感じられない。

(どうかしている。なぜ俺とユジンが結婚やら婚約をすることになっているんだ)
 
 鼻から吸った息をゆっくりと口から吐き、心を鎮め、できる限り簡潔にはっきりと言葉を紡ぐ。

「いえ、私はユジンと結婚も婚約もする気はありません。そうではなく、先日ユジンが何者かに呪いをかけられて命が危ない状態なのです。どうか聖女様のお力で治していただけないでしょうか?」

「どうしてクライス王子はユジンと婚約しないの? 呪われているから? なら私が呪いを解けば婚約できるのね。よかった、それなら簡単だわ!」

 少女のようにわくわくしている彼女を前に、もう一度息を吸って、吐く。怒りが漏れないように、必要な言葉だけを選び、伝える。

「……私はユジンとは婚約しません。呪いがかかっていなくても」
「なぜ?」

 きょとんとした目で俺を見つめる彼女。本当にどうしてかわからないという顔だ。基本的に話が通じない相手だということは以前ユジンが零していたから覚悟していたが、ここまでとは……

「ご存知かと思いますが、私にはキルナ=フェルライトという婚約者がいます。私はキルナと結婚すると決めています。ですので彼以外と結婚も婚約もするつもりはありません」

 聖女の瞳を見る代わりに、小さな花びらのような唇を見つめる。キルナの名を出せばさすがに何か反省めいた言葉が出るかと思いきや、可憐なピンクの唇から溢れたのは毒のような一言だった。

「キルナ? ああ、あの、まだ生きていたの」

 全力で暴走しそうになる魔力を押し留める。噛み締めた唇からは濃い血の味がする。

こらえてください、クライス様」
「ユジンくんのためです」
「ああ……わかっている」

 両脇でこっそり俺に助言してくる二人の声も怒りに震えている。平常心を保つのにこんなに苦労する相手もいないだろう。精神干渉系の魔法は心が不安定な時によりかかりやすくなるという。気を逆撫でする発言は相手の策略かもしれない。落ち着かなくては。


「さ、立ち話もなんですし、みんなでお茶会をしましょう。私、お茶を淹れるのが得意なの。王子様はどの茶葉がお好きかしら? おつきの方も好みがあれば教えてくださる?」

 ビエラはさっきまでの会話がなかったかのように、コロッと話題を変え立ち上がった。侍女に促され彼女の向かいの席に座る。リオンとノエルは両隣に座った。
 深呼吸をし、先ほどまでの会話を振り返る。どうやら彼女の話ぶりではユジンの呪いを解く力は持っているようだ。こんなところで茶など飲みたくないが、機嫌を取りつつゆっくり交渉するしかない。

「なんでも、構いません」
「私たちもなんでも結構です」

「そうねぇ、おすすめがたくさんありすぎて困ってしまうわ」と侍女たちと悩む彼女は少女のようにいとけない。いや、実際少女のようだ。40を過ぎているはずなのに、15、6かそこらにしか見えない。
 以前公爵家で見た時は年相応の容姿だったと思うが、これも聖女の力なのか?

「でしたらプライマーの紅茶なんていかがかしら? 甘酸っぱくてミルクにもハチミツにもよく合うの。そういえば、もおいしいと言って飲んでいたわね」

(あの子?)

 プライマーの紅茶はキルナが食後によく飲んでいる紅茶だ。甘酸っぱくてシフォンケーキによく合うからと……

「うれしそうに全部飲み干していたわ。その後血と一緒にほとんど吐き出してしまったみたいだけれど……うふふふふ」

「そ……れは……」

 あの時の毒入り紅茶のことを言っているのか。

(この女!!! 殺してやる!!)

 ぶわっと腹の底から怒りと共に魔力が込み上げ、テーブルに並べられたピンクのティーセットがガチャガチャと音を立てて割れた。

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