いらない子の悪役令息はラスボスになる前に消えます

日色

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第8章

第427話 クライスSIDE ユジンの呪いと聖女⑤ 黒い魔物?

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 再び意識が飛ばされた先。
 そこは、パーティー会場だった。見たところ場所は学園の大ホール。かなり広いホールではあるが、王立魔法学園の生徒全員が集まっているようで、どこに誰がいるのかわからないくらいごった返している。
 壇上にいる俺の姿はすぐに見つけることができたが、キルナの姿がない。

 着飾った生徒たちが俺を取り囲み、「卒業おめでとうございます、クライス殿下」と次々に祝いの言葉を口にしていることから、これはなのだと推測できた。

 渡された大量の花束をギアとロイルがせっせと受け取って別室へと運んでいるのを見ていると、先ほどと同じく天井視点から、俺の視点へと切り替わった。くそ、まだキルナを探せていないのに、と心の中で舌打ちしながら周囲に目を走らせる。

(それにしても、なぜキルナは隣にいない?)

 パーティーでは婚約者と共にいるのが普通だ。それは学園のパーティーであっても同じ。むしろ、この先の社交界を学ぶ場という意味合いもあるので、マナーは特に重要視される。

 なのに、隣にいないなんて。

(もしや彼の身に何かあったのでは?)

 ここが作り物の世界だとわかっていても気になる。大声で彼の名を呼びたいくらいだ。もちろんそんなバカなことはしないが……と思っていたら、

『キルナ=フェルライト、前に出ろ』

 口が勝手に動いてキルナを呼んだ。

(まさか、嘘だろう?)

 あまりに不躾ぶしつけな呼び出し方に、俺を含める全ての人間の時間が一瞬止まったような気がした。

『……はい』

 カツカツカツ

 飲み物を机に置き、咀嚼そしゃくしていたおやつを慌てて飲み込み、なりゆきを見守る生徒たち。

 祝いムードから一転張り詰めた空気の中、会場の隅にいたらしいキルナは前に歩み出て、俺に対して膝をつき右手を胸に当て最高礼の形をとった。
 相変わらず美しい所作だが、そのソツのなさがいつもの彼とは違うことを物語っている。ただ、その指先は細かく震えていて、その不安な心のうちが透けて見える。
 緊張の面持ちで言葉を待つキルナに向かって、俺は高らかに声を張り上げてこう宣言した。

『お前との婚約を破棄する!』

(!?)

『そんな……こんやく……はき? どうかお考え直しください。クライス様!!』
『これはお前の日頃の行いが招いたことだ。ところ構わず俺につきまとうだけならいざ知らず、嫉妬に狂いユジンにまで手を出そうとは』
『一体僕が何をしたというのです!? このように糾弾される謂れなどありません。弟に何かした覚えもありません』

(キルナがユジンに嫉妬? ありえないだろ!!)

『ユジン様に対し、あなたが数々の嫌がらせを行ったことは調査済みです』

 俺の心の声とキルナの言葉を無視し、隣ではロイルが淡々といくつもの罪状を上げ連ねていく。

 上靴にガラス片を仕込んだ。
 数術の教科書をビリビリに破いた。
 体操服を動物の血で汚した。
 屋上前の階段から突き落とした。
 ルーナの毒入りハーブティーを飲ませて殺そうとした、などなど……

 どれもこれも優しく弟思いのキルナがするとは到底考えられないものばかり。なのに、誰も反論することなく同意するように頷いている。
 キルナだけが「そんなことはやっていません」と涙ながらに訴えているが、誰も彼の意見に耳を傾けようとはしない。

『このような悪事を働く人間は次期王妃にふさわしくない。よって、俺はキルナ=フェルライトとの婚約を破棄し、ここにいるユジン=フェルライトと婚約する』

 どこから登場したのか、ふわりと花のような笑みを浮かべ俺の横に立つユジン。
「おおおおおおおおおおお」と歓声が湧き、盛大な拍手が湧き起こった。

(なっ、キルナと婚約破棄してユジンと婚約だと? ふざけるな!!)

 彼らのやることなすこと愚かの極み。正気の沙汰とは思えない。

 仮に婚約破棄をするとしてもこんな大衆の面前ですることではないし、破棄した直後に新しい婚約者を発表するなど、しかもその弟に婚約を申し込むなどありえない。
 ここにいる俺の言動はわざとキルナを貶めようとするものにしか見えない。

 キラキラキラ……
 目の周りに纏わりつく白い光が鬱陶しい。

 胸糞悪い光景をこれ以上見たくなくて、必死に目を閉じようとするが、瞼が引っ張られ閉じることができない。まだ続きを見なければいけないのか!?

 そうこうしている間に、キルナの様子が一変した。輝きが失われた空虚な瞳からいく筋もの涙がこぼれ落ち、黒い靄を発している。

『なぜ……僕ではダメなんだ? なぜ……ユジンばかりが愛される? 僕は……いらない? 誰からも必要とされてない? うぅ、うあああああああああぁあああああああああああああ!!!!!!!!』

(これはもしや、闇の力が暴走している!?)

 暴走した闇の魔力はきもだめしで見た時と同じように黒い炎となってキルナの体を包み込んだ。
 炎はゴオオオと音を立てて燃え上がり、天井に届くほどの勢いだ。果敢な者たちは魔法で炎を消そうとするが効果はない。

 何をやっても無駄だと悟り、皆が出口を目指す中、激しく燃え盛る黒い炎から姿を現したのは……長い爪に鋭い牙、黒い毛に覆われた魔物だった。

 ーー黒い魔物。

 という言葉が頭に浮かぶが俺はすぐにその考えを否定した。なぜなら彼の目はよく知る金の瞳だったから。しかもその目は孤独と悲しみに沈んでいる。

 見た目は魔物だが、彼はキルナだ。

(どうしてこんな姿に。どうしたら彼を救えるんだ?)

 動くことのできない体がもどかしい。もし動けたなら、たとえ彼を救う方法が思いつかなくても、抱きしめることくらいはできるのに。

『きゃあああ!!』
『ば、化け物だああああ!!!』
『あれはまさか……厄災の黒い魔物!?』

 生徒たちは我先にと外に出ていき、会場に残ったのは俺とユジンと学友たちだけになった。

『くそっ、なんだ……このおぞましいバケモノは!!』

 魔物の正体がキルナだと気づいていないのか、俺は目の前の魔物を口汚く罵り始めた。学友たちは俺の前に出て攻撃が俺に届かないよう警戒している。隣に寄り添っていたユジンは俺を見上げ、決意を込めた目で言った。

『クライス王子、このままでは学園の生徒が犠牲になってしまいます!! 皆が無事この建物から離れ、安全なところに逃げ切るまで、僕たちの光の力でなんとかアレを食い止めましょう。僕は聖なる力も使えますし、きっと大丈夫です』
『ああ、そうだな。こんな時にもお前はその身を盾にして皆を守ろうとは……さすが優しき俺の婚約者だ。だが。決して無茶はするなよ、ユジン』 
『あなたの方こそ、お怪我はしないでくださいね』

 非常事態だというのに、ひしっと抱きしめ合う俺とユジン。

(そんなことをしている場合じゃないだろう。早く結界を張ってキルナを助けろ!!)

『愛しています。クライス王子』
『愛している。ユジン』

(おい、待て! なぜこの場面でそうなる)

 互いに顔を近づけ合う二人。もう息がかかるほど近い距離だ。
 このままでは俺とユジンの唇が……

(重なる!!!!)

 バリーン!!!!

 ……と思ったところで流れは止まった。
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