白衣とブラックチョコレート

宇佐田琴美

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出会いと別れ編

ライバル?? 6

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 視線は出入口ドアの横にある個室用のトイレを向いていた。無言で、しかし彼は遠慮がちに小さく頷く。

(翔太君、今血小板低くてトイレは付き添いなんだよね……)

 恭平は呼び出されていたから、恐らく手が離せないだろう。仮に用事が済んでいたとしても、先程から我慢しているらしい翔太をさらに待たせることになる。

「うん、それじゃトイレまで歩こうか。私が付き添うね」

「……」

 少しだけ顔を赤くして俯きながらもベッドから降りる翔太に、雛子は申し訳ない気持ちになる。

「……ちっさ」

「……翔太くんおっきいね」

 立ち上がった瞬間、見下され馬鹿にされる。ベッドに寝ている時は分からなかったが、並んで立つと翔太の方が背が高い。

 十五歳の男子ともなれば、もはやサイズは大人と一緒だ。

「い、いこっか……」

 付き添いとはいえトイレは病室内にあるため、たった二メートル程の距離だ。気まずさからか、その短い距離が長く感じた。

「なんかごめんね、私なんかで……」

「いや、別に……」

 8Aには男性スタッフは恭平しかいない。今までも他のスタッフに付き添われた事はあるだろうし、不服と思いながらもそこは心得ているのだろう。

 雛子はトイレのドアを開け、点滴のルートが絡まないよう注意しながら中に誘導する。

「あっ! み、見ないからねっ!」
 
「当たり前だ! ズボン下げるところまで見守らなくて良いよっ!」

 あ、突っ込まれた。

 そう思った時には内側からトイレのドアを閉められていた。ちょうどその時、雛子のピッチが和やかなクラシックを流す。

 表示されたのは、受け持ちの舞の部屋番号だ。

「はい、どうされました?」

『あぁ、あんたなの? ちょうど良かったわ。水と氷枕ちょーだい。今すぐ!』

「は、はいっ」

 かなり横柄な物言いだが、雛子は二つ返事でOKしてピッチを切る。

 この前の一件はクレームとして訴えられる事はなかったものの、あれ以降、舞はことある事に雛子に用事を言いつけてはああだこうだと文句を言ってくるのだった。

 雛子はトイレのドアに向かって声をかける。

「翔太君、トイレ終わったら中のナースコールで呼んでね」

「まだいたのかよ! 待機されてたら出るもんも出ないだろ! さっさと行けよ!」

「はいはい~」

 また突っ込まれてしまった。

 雛子は水と氷枕を取りにステーションへ戻ろうと、病室のドアを開ける。

 と、ちょうどこちらに入ってこようとしていた人物とぶつかりそうになる。

「あっ……ごめんなさい」

 その女性に謝られ、雛子も慌てて頭を下げる。

「いえっ! こちらこそすみません!」

 女性は気持ち程度に口角を上げてはいたが、疲れたような表情は隠しきれていない。

 彼女、藤村翔太の母親は、病棟で何度となく見かけたことがあった。

「お母さん、初めまして。今日から翔太君の副担当看護師として付かせていただく事になった、雨宮雛子と言います」

 「……あなたが?」

 挨拶をする雛子に、母親は訝しげな表情を向けた。彼女は大抵かっちりとしたパンツスーツにパンプスという出で立ちで、キリリと書かれた眉と相まってややキツい印象を受ける。

「たしか今年入った新人さんよね……? まぁ、よろしくお願いします」

「お、お願いします」

(うっ……絶対不審がられてる……)

 はっきりとは言わないものの、微かに滲み出る拒絶の態度。雛子は少しだけ怯みそうになる。

「あら、翔太は……?」

 ベッドにいない息子に気付き、母親は少し不安げに当たりを見回す。

「あっ、今トイレに……」

「ああ、私が戻しておくので良いですよ。ありがとうございます」

 ここは素直にお願いした方が良いだろう。そう判断し、雛子は一礼して病室を後にする。

 そしてすぐに水と氷枕を用意し、舞の元へと駆けつけた。
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