白衣とブラックチョコレート

宇佐田琴美

文字の大きさ
58 / 156
白衣の天使編

嘘 2

しおりを挟む
 やがて各々シャワーを浴びたりコンビニへ食事を買いに行ったりと十二時のチェックアウトまでのんびり過ごし、その後は再び海へ遊びに行く事になった。

 恭平と、チェックアウトギリギリまで寝ていた悠貴は酷い二日酔いだったようだが、遊びに行く頃にはすっかり体調は戻っていたようだ。

「はい、雨宮アウトー」

「ええっ、また雛子なの? 雛子狙うの禁止にしましょう」

「いや市ヶ谷さん、それだと試合になりませんから。三対三ですし」

「うふふ、女の子だもの、運動できなくたって雛子ちゃんは十分可愛いわ」

「よし、そっちチームあと一人だな」

 自分以外は皆スポーツ万能。そのメンバーでドッヂボールなど、狙ってくれと言っているようなものだ。

「皆本気で投げ過ぎで怖い……」

 ビーチドッヂボールに闘志を燃やす面々の熱気に耐えられず、雛子は一度戦線離脱した。



「はぁ~疲れたぁ」

 雛子は舞のいるパラソルの元へと向かう。

 彼女は念の為大人しくしているよう恭平から釘を刺され、不服そうにしながらも素直に言いつけに従っていた。

「……あんたほんっとに運動音痴なのね」

 つまらなそうな顔をしながら試合観戦していた舞が飽きれた口調で呟くようにそう言った。雛子はクーラーボックスからアイスティーを取り出して水分補給しながら恥ずかしそうに頭をかく。

「あ、あはは、まぁ人には向き不向きがありますので……」

「あんたに向いてることって何よ」

「うっ、そう言われると特には……」

 雛子の予想通りの返答に、舞はやはりつまらなそうにしながら溜息を吐いた。

「……ねぇ、散歩。暇だからちょっと付き合いなさいよ」

「えっ、でも……」

 雛子はちらりとまだゲームに熱中している五人を見やる。舞は大人しくするように言われているとはいえ、確かに目の前でこれだけ楽しそうにされたらじっとしているだけでは物足りないだろう。

(少しだけなら、まぁいっか?)

 元々軽い熱中症との事だし、今は元気そうにしているし少し歩くくらいなら問題ないだろう。

「良いですよ。その代わりちょっとだけですからね?」

 念を押して、雛子は歩き出した舞のあとを着いていく。




「あーあ、せっかく遊びに来たのにここでも患者扱い……本当嫌になっちゃうわ」

 砂浜からだいぶ離れ、防波堤をブラブラと歩きながら舞が独り言のようにゴチる。

「そりゃそうですよ。篠原さんに何かあったら叱られる所の話じゃないんですから」

 雛子は舞の言葉に苦笑いで答える。

「……私ね、嬉しかったのよ。恭平達と一緒に泊まりで遊べて」

 舞は憎たらしいくらいに晴れた空を見上げた。

「こんな変な病気のせいで何度も入退院を繰り返してて、でも命に別状ない病気だって分かると皆言うのよ『なぁんだ、じゃあ休めてラッキーじゃん』って」

「そんなこと……」

 舞の悲しげな表情に、雛子は何も言えなくなる。

「この病気を発症したのは社会人になってからだけど……。入院するとね、思い出すの。小さい頃熱を出すと、亡くなったお母さんが看病してくれたこと」

 舞は空を仰ぎながら続ける。

「お母さんだけは、心から心配してくれてた……熱なんかなくたって、私がちょっと風邪っぽいって言うだけでとっても心配して……あの時は気付かなかったわ、お母さんの愛って凄いのね」

 舞は立ち止まり、片耳のピアスを外して手のひらに乗せた。それは陽光を反射してキラリと小さく光った。

「……お母さんの形見なの」

「篠原さん……」

 舞は小さく笑う。
 
「私、いつの間にかお母さんの代わりを探して、お母さんみたいに優しくしてくれる人を求めて……入院するたびにどんどん我儘になっていったのかなぁ」

 雛子は舞の悲しげな笑みを見て、目の奥が熱くなったのを感じた。

「優しくしますよ、いつだって」

 雛子は押さえた声でそう告げた。

「そりゃ全部の我儘は聞けないけど……でも桜井さんだって篠原さんのことすごく心配してるから今日だって休んでろって言ったわけで……だから……」

 いくら考えても、何も気の利いた言葉など出てこない。雛子はそれでも、精一杯の伝えたい気持ちを口にした。


「一人じゃないですよ、篠原さんは」


「っ……」

 一瞬、舞が目を見開き、泣きそうな顔をしたように見えた。

 強い風が吹く。雛子は目を細め、舞はめくれそうになったワンピースの裾を慌てて押さえようとした、その時。

「あっ───── ……」

 手を下ろした反動で、右手に握られていた片側のピアスが飛んでいった。

 それは防波堤を超え、消波ブロックの隙間へと吸い込まれて消えていく。

「ピアスがっ……!」

 雛子は咄嗟に防波堤の下を覗き込む。小さなものだ。海に落としてまず見つかるはずがない。振り返ると、舞が顔を青くして目に涙をためながら震えていた。

「ど、どうしよう……お母さんのピアスがっ……」

 そのまま下に降りようとする舞を、雛子は慌てて止める。

「無理ですよっ! 降りるのは危険です!!」

「ダメよっ……! あれは大切なものなのっ……!」

 今にも飛び込みそうな勢いの舞を、雛子はその場に押しとどめることで精一杯だ。皆の元へ引き返そうにも、舞はテコでもこの場を動こうとしない。

「分かりました! じゃあ私が行きますからっ……篠原さんはここから動かないでくださいっ!!」

 患者を危険な目に合わせるわけにはいかない。無謀だと思いながらも、雛子は意を決して消波ブロックの隙間から海へと降りていく。

「あ……ありがとう……」

 やがて雛子の姿が完全に見えなくなった時、舞は口元に冷ややかな笑みを浮かべていた。





「ほーんと、お馬鹿さんよねぇ……」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

ズボラ上司の甘い罠

松田丹子(まつだにこ)
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-

プリオネ
恋愛
 せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。  ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。  恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。

悪徳公主と冷徹皇帝陛下の後宮薬膳茶

菱沼あゆ
キャラ文芸
 冷徹非道と噂の皇帝陛下のもとに、これまた悪しき評判しかない異国の王女、琳玲がやってきた。  琳玲は皇后の位は与えられたが、離宮に閉じ込められる。  それぞれの思惑がある離宮の女官や侍女たちは、怪しい薬草で皇帝陛下たちを翻弄する琳玲を観察――。  悪徳公主と冷徹皇帝陛下と女官たちの日々は今日も騒がしい。

処理中です...