白衣とブラックチョコレート

宇佐田琴美

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トラウマ編

慣れた手つきで脱がせる 2

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 雛子の寮の部屋が十個は入りそうなワンルームタイプで、天井は掃除出来そうにないほど高い。

 高級そうな家具はロココ調で統一され、まさに王女様のベッドルームといった煌びやかさだ。

「すっごい……綺麗……」

 室内を構成する淡いピンクとアイボリーの色調に乙女心を擽られ、雛子は室内に歩みを進める。

 部屋の真ん中に鎮座する天蓋付きベッドはキングサイズで、真っ白なシーツの上には生花の赤い薔薇が散りばれられていた。たっぷりのオーガンジーを捲ってふかふかのベッドにダイブすれば、まるで薔薇園にいるかのような甘く濃密な香りが雛子を包んだ。

「はぁぁ……なんか、お姫様になった気分……ていうか塔山さん、ここで朝まで愛し合うつもりだったんだ……うぁ」

 ここに来て唐突に塔山の歯の浮くような台詞を思い出し、雛子はベッドの上でゴロゴロと転がりながら身体の熱を冷まそうとした。

「……朝まで、何だって?」

「っ、桜井さん!?」

 部屋に入った途端、またレストルームに駆け込んでいた恭平がふらつきながら部屋へと入ってきた。恐らく泥酔状態でのエレベーター移動で三半規管がやられたのだろう。

 不機嫌そうな顔のままよろよろとベッドに近付く恭平に、雛子はたじろぐ。

「なぁ、そのワンピース」

 それまでの緩慢な動きから一転、恭平は素早くベッドに上がり、以前雛子の部屋でしたように馬乗りになる。

「きゃっ……!?」

 抵抗するすべもなく押し倒された雛子の背に恭平の手が回り、次の瞬間には背中のファスナーが下ろされていた。

「ちょっと、何をっ」

「これ、アイツから贈られたんだろ」

 そのまま恭平はワンピースに手をかけ、肩から乱暴に脱がされる。雛子は慌てて胸元に手をやるも、そんな事はお構い無しに再び片手が背に回り、一瞬で下着の金具を外される。

「知ってるか? 男が女に服を贈るのは、自分で脱がせるためなんだよ」

 キャミソールの中に手が入れられ、恭平の指が脇腹をなぞるとぞくりと全身が粟立った。それと同時に首筋には唇も這う。

 全身に未知の感覚が押し寄せ、けれどそれが不思議と不快でもなくて、雛子は一瞬、そのまま身を任せそうになる。

「っ……って、ダメダメ! ダメですっ!!」

「うぐっ……」

 はっとして雛子が蹴り上げた膝は、恭平の鳩尾にクリーンヒットした。彼はくぐもった呻き声を上げると、そのまま雛子の隣へと転がりベッドに突っ伏す。

「……」

「ご、ごめんなさい……大丈夫ですか……?」

 動かなくなった恭平に、雛子は恐る恐る声をかける。どちらかというと雛子が被害者であるが、それでもつい、やり過ぎたと思い謝罪が口をつく。

「……大丈夫なわけあるか……」

 やがて恭平が、突っ伏した体勢のままブツブツと呪詛の言葉を呟き出す。

「可笑しいと思ったんだよ……あんな酒の量でここまで……酔い覚ましに渡してきた水にウォッカが……くそ……」

このまま死んだら一生鷹峯に取り付く怨霊になりそうだ。雛子はシーツを身体に巻き付けてベッドから這い出でると、備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。

 その時ふと、窓の外にある派手なイルミネーションが雛子の目に飛び込んでくる。

(クリスマスツリー……こんな高層階から……?)

「あ……綺麗……」

 それは、クリスマスカラーにライトアップされたスカイツリーだった。東京に住む者にとって既に見飽きたその電波塔も、この日だけは特別な色に輝いている。

 室内の絢爛な装飾に気を取られていたが、全面ガラス張りの窓から見える都心の景色もまた美しく、雛子は暫し放心した。

 まるで星空をひっくり返したかのような地上の光。そこに聳え立つスカイツリーは、目まぐるしくそのライティングを変えていった。

「ひなっち……水くれ……本物の……」

「あ、はいっ」

 そんなか弱い声に我に返り、雛子は手に持ったままだったペットボトルを恭平に手渡す。

 彼はそれを半分程一気に煽ったところで、大きく息をついた。

「……お前が」

 ポツリと、恭平が呟く。

「……お前があの御曹司の言葉に顔を赤くしてんの見て、正直ムッとした」

 唐突に告げられた言葉に、雛子はキョトンとして首を傾げる。

「あいつのオペの日。リカバリールームから帰ってきて、全然部屋から出てこないから様子を見に行った……。そこに院長や看護部長まで来て、そういうことか……ってな。そんなの、俺が出る幕じゃないって思った」

「そんなっ……」

 雛子は抗議の声を上げる。

「私だって、あの時は何が起こったのかよく分からなかったんですよ! そ、それに、塔山さんの言葉に赤くなったのは……」

 雛子は一度言葉を切り、俯いて唇を噛む。

「それは……」

「……」

 恭平は黙って続きを促す。雛子は観念して口を開く。

「さ、桜井さんに、同じ言葉を言われたのを想像したら、つい……」

 途端に、雛子の頬が真っ赤に染る。今度は恭平がキョトンとする番だった。しかし話の意図が読めると、彼は口角を僅かに上げ、寝転んだまま片手を伸ばすと雛子の頬にそっと触れた。

「『君は本当に白衣の天使だね、子猫ちゃん』だっけか?」

「っ……!」
 
  羞恥に全身が熱くなる。恭平は頬に触れているのと反対の手で雛子の腕を掴むと、いとも容易く引き倒す。

「桜井さっ……!?」

 そのまま雛子の小さな身体は、恭平の腕の中に抱き止められた。

 恭平の匂い。それから、アルコールと薔薇の匂い。雛子まで酔ってしまいそうだ。

「あとは、何言われた?」

 恭平の視線が、真っ直ぐ雛子を捉える。

「そうだな、あのキザ野郎のことだから……『今夜は朝日が登るまで目一杯愛し合おう』……とか?」
 
「な、なななななんでっ……」

「……さっき声に出てたぞ」

 耳元で飽きれたようにそう囁かれ、まるで身体全てが心臓になったかのように脈打つ。その音が恭平に伝わってしまいそうで何とか脱出を試みるも、恭平の腕からは抜け出せそうにない。

「あっ、そ、そういえば、あれ何だったんですかっ? お、俺の、女、って……」

 逃れることを諦める代わりに、雛子は先程の言葉の真意を問い詰める。声に出すと恥ずかし過ぎて、盛大に吃ってしまった。

「あー、あれな……聞きたい?」

 恭平は恥ずかしそうにすることもなく、なんて事ないような声音でそう尋ねた。雛子は首を縦に振って答える。

 何かを、期待してしまう。



「俺にとって、お前は」



 でも、何かとは何だろう。




 (落ち着くな……桜井さんの腕の中……)




 雛子はそっと目を閉じる。





「お前は、大事な─────……だから」
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