【完結】魔導士会には入らない

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第2章 魔導の御子

5 保健医療部 衛生管理棟

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「死ぬな、セオ。死ぬな…」

アークのそんな声が聞こえた気がした。

セオ、と呼ばわれた瞬間、なぜかドクンと心臓が跳ねた。

まだ死ねないと、強く思った。




プツ、プツ、と微かな振動で目が覚める。

見上げるとそこには、前世で何度も世話になった点滴が吊るされていた。
管を視線でたどると、右腕の肘に針が刺してある。点滴袋を器具で吊るして針をテープで固定する技術は、まさしく俺の見知った現代日本に浸透していた医療そのものだった。

病院らしいピッピッという電子音さえ聞こえなかったが、ここは日本の病院だろうと思った。

では俺は、やはり夢を見ていたのだろうか。
セオ・リズレイではなく、川瀬桜太としての人生は、まだ終わっていなかったということなのだろうか。

ここは何という国で、今は何年何月なのだろう。俺はいくつで、今は何をやっているのだろう。
まだ全身を苛む熱と痛みがあるのだが、これは何の病気だったのだろうか。

しかしそんな思考は、ガチャリと開けられた扉から現れた黒い人影によって霧散した。

「……生き返ったのか?」
「…管理官?じゃあ、ここは…?」

俺は首だけを動かしてぼんやりと室内を見回した。

「少し待て。おい、目覚めているぞ、ヘルシエフ。おい。何か食べさせるんだろ」

アークは廊下に引き返して、奥に向かって声をかけた。他にも誰かいるらしい。

「聞こえてるよアーク。全くお前、いつの間にそんな孫を心配するジジイのような話し方をするようになったんだ?」
「うるさい。早く診ろ」

アークの横から顔を出したのは、アークと同じくらいの、白衣を着た若い男だった。

「はいはい、喜んじゃってまあ…お!おお、おお、本当だ、ずいぶん元気そうな顔になったじゃないか!こんにちはセオくん、ここは保健医療部の衛生管理棟だよ。僕はここの医者でヘルシエフと言います。あの創世の神ヘルネシウスから取った名だよ。よろしくね」

人好きしそうな笑顔を浮かべて、緑色の長髪を大きな三つ編みにして肩に垂らしている。その顔にはシバと同じようなフレームの厚い銀色の眼鏡がかけられていた。

「ヘル…っ、あっ、その、お医者様の、先生。よろしくお願いします」
「ん?なんだろう、名前は言ってはいけない家系か何か?」

俺は名前を復唱しようとして、慌ててやめた。アークの言葉を思い出したからだ。不自然に言葉を切った俺にヘルシエフも首を傾げた。
少し自分からは言いづらくて、アークに助けを求めると、彼も頷いて説明してくれた。

「こいつは、名前を呼ぶ魔力が強烈なんだ。俺もレジストし損ねた」
「へえぇ?そりゃ傑作だ。だからお前もこの子にゾッコンってワケか。どれ、それも一緒に診察するから、試しに呼んでみてもらおうかな。ちょっと待ってね、魔力濃度を測るから」

ヘルシエフはそう言うと、一度部屋を出て、銀色の箱を抱えて戻ってきた。
何かの機器のようだ。
俺は息を詰めてパタパタと働くヘルシエフを見守っていたが、その機器にヘルシエフが手をかざして空中に文字とグラフが浮かびあがった時、これは日本よりもかなり発展した技術なのだと思った。

「そのままゆっくり息しててねー、うん、すっごい漏れてるね。すごい。これが君なの、わかる?」

横になりながら浮かびあがった画面を食い入るように見つめ、コクコクと頷いた。
確かにピコピコと計測値の揺れるグラフの中に、一つだけ飛び抜けているものがあった。数値には数千から一万のブレがある。

「これ、並みの魔導士なら半日も持たずに魔力切れで気絶してるよね。こんな子、どこで拾ってきたのアーク?」
「エストバールだ。地方監査官が魔力指導に出向いた先で見つけたらしい。魔力操作の授業で突然発露して倒れたとか…」
「あーエストバールかー。あそこはなぁ…じゃトメさんと同じタイプってことかな?あの人もかなりのものだったらしいからねー」

トメさん。何となく日本名のような響きだが、案外そんな名前は多かったりする。前に屋敷に出入りしていた行商人にもマルサンという名があった。

「はい、じゃあいいよー。名前呼んでみてくれる?ヘルシエフ、だよ」
「へ…、ヘルシエフ、さん…」
「っ!」

言われた通りに名を呼ぶと、計測器の画面は一瞬白く濁り、グラフは枠を振り切って上に張り付いた。

俺は息を呑んでヘルシエフを見つめる。
ヘルシエフは驚いた顔の後、額に手を当てて眼鏡を取り汗を拭った。

「あ、ああー…これはマズイね…」
「ちっ、だから言ったんだ。愚か者め」

アークは至極不快そうに顔をしかめて腕を組み、ヘルシエフを強烈に睨んだ。
ヘルシエフは苦笑いを浮かべて胸に手を当てている。

「一応気をつけてたんだけどな。元々強いの垂れ流しだし…でもこれはしばらく様子見かなぁ、とりあえずは体力と相談しながら、魔力操作の特訓だね?」

そう診断を下すヘルシエフに、不安になって問いかけた。

「あ、あの…へル…先生も、管理官も、俺の魔力のせいで、お、おかしくなってしまうのでしょうか…」

俺はこの身体に欲情していた王子や父の顔を思い出した。
ブルリと背筋が震え、肩を抱き寄せる。

「セオくん?今日はとにかく難しいことは置いておいて、起きられる内にご飯を食べよう?すぐ温かい食事を持ってくるからね」
「はい…すみません…」

ヘルシエフの優しげな態度も、アークがここにいることも、全て自分の魔力のせいなのだと思うと、酷く寂しく、虚しい気持ちに心が侵食されてしまう気がした。
ヘルシエフが出て行くと、アークは俺を見下ろしてぶっきらぼうに声をかけてくれる。

「…寒いのか?」
「いえ。その…すみません。ご迷惑ばかりで…。管理官も、お仕事でお忙しいのに…」
「いや。今は休暇中だ。ダイアンも休ませてやらなきゃならないからな」

ダイアンとはあの飛竜の名だ。飛んでいる途中で何度かそう呼びかけていた。

「そう…ですか」
「俺は、いない方がいいか?」

そんな意外なほどに控えめな態度に、俺は慌てて首を振った。

「そんな!そんなこと…俺、管理官がいてくれて…嬉しいです。はあっ、でも、俺のせいでご迷惑を…」
「子どもがそんなことを気にするな」
「…」

その後ヘルシエフが持ってきてくれた食膳の中には、うどんに酷似した麺料理の小鉢があった。少々驚きながらもそれを半分ほど食べて、再び床につく。

少し動いただけなのに酷く怠かった。身体が熱いし、重い。

「ゆっくりお休み、セオくん」
「おやすみなさい…」

俺はヘルシエフのその言葉の通りに眠った。
少し寝過ぎなくらいだ。




次もその次にも、起きた時は一人だった。
誰か来てくれないかなとも思ったが、外はもう夜中だ。

寝てばかりいては身体に毒だなと、部屋の常夜灯…これも貴重な魔道具なのだが、わずかな灯りを頼りに、点滴を外さないよう、部屋の中を少し歩いてみたりした。トイレと一体のシャワールームもあったが、シャワーは浄化で何とかなるのでやめておいた。

「ごほっ…ごほっ…」

熱のせいなのか、変に痰が絡んで噎せる。少し歩いただけで熱に酔い疲れてしまったので、すぐに寝ることにした。もっと食べて体力をつけなくては。

朝になれば、アークは来てくれるだろうか。

あの黒いマントが恋しいと思いながら、俺は白いシーツを抱きしめて眠った。




「セオくん、ごめんね、ちょっと起きてくれるかな?」

ヘルシエフの優しい声で目が覚めた。あれだけ眠ったのにまだ眠い。

「ん、はぃ…、先生?おはよぅ、ございます…」

眠たいながらも何とか起き上がり、ヘルシエフにペコリとおじぎをしてから、ベッドに腰掛けてぼうっと部屋を見渡す。

「ふふ、はい、おはよう。…ああ、起き上がれる?さすがに若いな、あれだけ衰弱してたのに」

黒い人影を探すが、まだ早いからかアークはいなかった。

代わりに白いローブを羽織った神父のような格好の若者がいた。
真っ白な髪をこちらでは珍しく短く刈っていた。少し気難しそうに真面目な表情をしている。

「紹介するよ。彼は教育養成官のフィリップだ。君の魔法の先生になってもらおうと思ってね」

「はじめまして、セオ。私は君の指導にあたることになったフィリップです。私のことは…先生だと紛らわしいですから、師匠でいいですか?」
「あ、はい。…師匠、よろしくお願いします」

俺は寝起きで初対面の人に会うことに恥じ入って、慌てて寝癖を整え、居住まいを正してフィリップと握手をした。
ヘルシエフもだったが、皆シバと似たような懐かしい気配がするのは、魔導士だからだろうか。

「少し無理をさせることになるけど、君の場合、早く魔力を扱えるようになることが一番の治療だからね。もちろん食事もだ。起きていられるなら皆で食堂で朝ごはんにしようと思うんだけど…セオくん、車椅子と僕が抱っこするのと、どっちがいい?」
「え?…あっ、歩けます…歩きます」
「ええ?もう歩けるの?…いやダメだよまだ。そ、それとも僕の抱っこがそんなに嫌なのかい…?」

ヘルシエフの冗談めかした態度に、俺は恥ずかしく顔を俯かせ、フィリップが笑った。

「ははっ、振られましたね」
「うるさいな。セオくん、食堂はすぐそこだけれど、疲れたら抱っこしてあげるからね?」
「は、はい…」

俺は壁に手をつきながら二人の後を追って、廊下を歩いた。二人は革靴やブーツを履いていたが、俺はスリッパだ。

いつの間にか着せられていた寝間着は真っ白の一枚布で、フィリップのローブも白で、ヘルシエフの白衣ももちろん白だ。
三人で奇妙な白い集団だな、と思いながら、ゆったりと歩く二人に続き、ふらふらと歩を進めた。




病院らしき建物は全体的にやや古臭い木造だったが、壁紙や床は新しいものだ。前世のテレビで見たリノベしたカフェのような、レトロチックな雰囲気だった。

広めの食堂はすでに他の患者や医師らしき人で半分ほどが埋まっていて、ヘルシエフやフィリップが気軽に挨拶を交わしている。
俺に声がかかることもあったが、それはヘルシエフがやんわりと遮ってくれた。

食堂は十数種類の料理を自由に取るビュッフェ形式のようで、種類は少ないが料理は日替わりになるとのことだった。

「お腹が空いたらいつでもここで食べられるからね。夜中は冷蔵庫に何かしら入ってるから、あるもの何でも勝手にチンして食べていいよ」

ヘルシエフの言葉に、俺はフラついて配膳台に倒れ込みそうになった。
ヘルシエフがすかさず肩を支えてくれる。

「冷蔵庫?チン…?」
「おっと、大丈夫?…そうか、エストバールには魔道具もあまり出回ってないんだっけ?冷蔵庫はあれだよ。あの白い大きな箱。食べ物を長持ちさせるために冷やして保管するんだ。チンっていうのは、その隣の小さな箱のことだよ。内部加熱器だ。食べ物を内側から温めることができる。便利だろ?」

電子レンジは電子ではないのだろうか。それともこちらの言語では翻訳できなかったのかもしれない。
ヘルシエフが指差す厨房の手前には、見覚えのある家電が並んでいた。

自分と同じように別の世界の知識が蘇った人は、ここでは珍しくないのかもしれない。
俺は細めのうどんをとって、二人に勧められるまま席についた。

するとすかさず、近くに座っていた医師らしき若者が声をかけてくる。

「ヘルシエフ医療官、その子ですか?例の…」
「ああ、でも今は経過観察中なんだ。ごめんね?上から許可が出たら、皆にも紹介するから」
「は、はあ…」

そんなやり取りが何度もあって、すっかり萎縮してしまった。

「ごめんね、騒がしくて…やっぱり食堂はまだ早かったかな?」
「いえ…」
「魔力操作を覚えれば問題ないのでしょうが…これだけ若いのにこの量だと、少し手こずるかも知れません」

フィリップの見立てを聞いて、俺は肩を落とした。

あまり迷惑はかけたくないが、魔力操作ができていない自覚はある。シバに少し教えられたが、身体の中の熱を下腹部に詰め込むというものが、どうしても上手くできなかったのだ。
魔力は身体中に漲らせていてはいけないものらしい。

「ご迷惑を、おかけします…」

小さくなった俺を見かねてか、ヘルシエフがたしなめるような声をかけた。

「フィリップ」

フィリップは肩をすくめてフォークをとった。
自分のせいなのにフィリップが悪いような雰囲気が気まずく、俺は話題を変えるために、ずっと気になっていたことを尋ねた。

「あの、アー…じゃない、管理官は、今日はお忙しいのでしょうか…?」
「アークのことですか?朝から七賢人に呼ばれていたようですが…」
「シチケンジン…?」

フィリップが放ったまたしても聞いたことのない単語に首を傾げる。しかし食堂全体がなぜかザワりどよめいて、俺は背筋を伸ばした。
同時にヘルシエフが立ち上がって、入り口に向かって手を振る。

「ああ、噂をすればだ。おーいアーク!」

振り返れば、確かに白い白衣の人間ばかりの間に、真っ黒い服を着た大柄な男が歩いてきていた。

「管理官…っ」

俺はアークが来てくれたことが嬉しくて、立ち上がって走り寄ろうとしたのだが。

「わっ」

急に動いたせいか立ちくらみがして、おまけに自分の椅子に足を引っかけてしまい、転びそうになる。
しかしそれをアークが瞬間移動でもしたのか、あっという間に近づき、ヒョイと身体ごと持ち上げてくれた。

「何をしてる。もう起きていても大丈夫なのか?」

アークは眉間に皺を寄せて俺を片手に抱き込むと、流れるように片膝に乗せ、帽子をとって席についた。

「くくっ…そこまで慌てなくともいいでしょうに」
「僕が抱っこしたかったのに…!」
「まだ熱いな…食えるのか?なら食え」

フィリップとヘルシエフの軽口を完全に無視して、アークはそう言うと、置いてあったうどんの器をグイグイと押し付けてきた。

「あの、食べにくい…です…」
「また倒れるぞ。いいから食え」
「はい…」

俺はアークの膝に乗せられながら、渋々とアークの持つ丼にフォークを突っ込んだ。
騒がしかった食堂はなぜか静まりかえり、皆アークに注目しているようだった。

食べづらい。

そう思いながらもモタモタとうどんを一本咥えて吸い込んだ。

「あの、管理官は…お食事は…?」
「済ませた」
「そうですか…」

アークは無表情で丼を突きつけている。
俺はせっせとそれを食べるのだが、ついに目を丸くしていたフィリップが口を開いた。

「あの…君はいつの間に、オヤツを押し付ける爺の真似ができるようになったんですか?」
「ぶふっ!…やっぱりそう見えるよねー!口を開けば食え食えって、あははっ、僕の死んだじいちゃんそっくり!」

二人からからかわれて、アークは更に険しい表情になる。

「うるさい。フィリップ、お前はなぜ居るんだ。新人教習はどうした」
「いつの話ですか。これだからジジイは。私は今日からこの子の専任です。君こそ何をしに来たんですか」

「……仕事だ」
「ふーん?」
「ほーお?」

アークが不機嫌になってしまったので、このままではすぐに帰ってしまいそうな気がして、思わず彼のマントを掴んだ。

「あの、管理官」
「なんだ」

アークはつまらなさそうに俺の顔をチラリと見た。
俺は何となく彼と離れがたく思っているのだが、迷惑をかけるわけにはいかない。

「今日は、お暇ですか?できれば、その…」
「今日はお前の観察をする。七賢人からも、しばらくロスディアに留まり様子を見ているようにと命じられた」

アークの言葉に、久しぶりに気分が高揚していく。

「わっ、本当ですか?うわぁ…!あ、じゃあ、お昼はご一緒、できますか?俺、おにぎりも、食べたかったんですけど、一人じゃ、食べきれなくて…また管理官と、半分こに…ごほっ、はあ…。あ、でも、管理官は、おにぎりは、食べられますか?」
「ああ。食いたいだけ食え。…慌てなくていい」
「は、はい…っ」

そう言うとアークはまた丼を押し付けて来たので、俺はせっせと食べた。

「あの、ヘルシエフ?彼は一体…」
「言わなくていいよ…地獄の使者も所詮は人の子だったということさ。はあ…何で僕は管理官にならなかったんだろう…幼すぎるほど幼妻…」

二人はアークをからかうのをやめて、ボソボソと何かを囁きあっていた。

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